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晴れた日は異世界に行こう! 妖怪たちを連れてさ

 死体が歩いている。


 腐りかけた脚を引きずりながら、眼球と顎のない顔を少し傾けて。何かを欲しがる子供のように、両手を前に突き出して。


 少女が、歩く死体の前に腕を組んで立ちふさがり、その様子をじーっと眺める。眉のあいだに小さくシワを寄せて。

 燦燦と降り注ぐ夏の朝の陽光の下で、ゾンビ VS 太宮小学校5年2組美化委員の戦いが始まろうとしている。


「死んでる。と、思う」


 戦いの基本はまず相手を知る事、とばかりに観測の結果を告げる少女。しかし、足元の赤黒い毛並みの猫が大きな溜め息をつく。


「そりゃそうだ。で、どこがおかしい?」


「死んでるのに動いてるのは、変? かな?」


小さく首をかしげて答える少女。答えはするが、納得はしていない表情だ。


「正解。普通は死んだら動かないんだ」


「でもさぁ? そんな事ないんだよ。通学路の十字路のとこにいるおじさんは、車の事故で死んだらしいけど毎日手を振ってくれるし、スピード出した車が来ると危ないよって教えてくれるもの」


「だから、それは『普通』ではないんだよ。お前以外のほとんどのヒトにはそのおじさんは見えていないんだ」


 えーあ゛ーと迫りくる動く死体をヨソに、親切な幽霊についてフォローする。戦いは始まらない。


「でも、この……腐ってるヒトはみんなに見えてるんだよね?」


「そうだろうな。だから墓場の掃除という仕事を頼まれたのだと思うぞ」


「みんなに見えてるのかぁ! 嬉しいなぁ!」


 両手をガッツポーズの形で震わせて喜ぶ少女を、猫は不憫そうに見上げた。


「鈴よ。お前の目はなぁ、遺伝とは言い切れん。お前の母親はこんな事になっておらんのだから。わしらをもってしても『不思議』としか言えんよ」

「あはは。妖怪に不思議って言れちゃったよ」


 この、『鈴』という、薔薇とバオバブと狐の出てくる名作文学から名前を頂いた少女は、死者の霊などの本来見えない筈のモノをくっきりと見てしまうというやっかいな体質を持っていた。


 その為、「誰もいないところに挨拶する」「誰もいないのに対向者を避ける仕草をする」「視力は良いのに『黒板が見えません』と先生に泣きつく」などの奇妙な行動をとっており、クラスで変な子扱いを受けているのだ。


 だから、誰にでも死者が見えている、というのは鈴にとってはとても気が休まる事だった。


 同じ死者とはいえ、実体を持って動く死体と実体の無い霊魂では条件が違うのだが、そこには二人とも気が付いていない。両方ともがお互いに相手の世話をしているつもりなのだが、どちらも大事なものが抜けているのだ。『常識』である。


「鈴に死者や妖怪が見えている事は皆きづいとった。まやかしが効かない事もわかっとる。じゃが、死者と生者の区別がつかない程だとは思いもせんかった」

「もともと透けてるヒトはくっきり見えてないよ。六条さんちの朧車さんとか、角の煙草屋のえんらえんらのおばちゃんとか」

「だが天狗は泣いてたぞ。秘蔵の隠れ蓑で驚かせようと思ってたのに普通にあいさつされて」

「元気にご挨拶しましょうっていうのが帰りの会で決まった今週の標語だったから……」


 いまいち噛み合わない会話をしながら、動く死体に石を投げる。大きく振りかぶってトルネード投法で投げられた石は、動く死体の胸に当たりボスンと体にめり込む。

 

「ああ、こっちは片付けておくから、お前は草取りの方を終わらせておくと良い」

「いいの?」

「まぁ、死体なんて物は猫が跨げば動き出す物だ。任せておけ」

「はぁーい」


 鈴はさっそく動く死体に背を向けてしゃがみ込むと、足元の草をむしり、墓石にしてはかなり大きな石製のモニュメントを布で拭いていく。


 その様子を見届けた猫は、掴みかかってくる動く死体の腕を躱すと、肩を蹴ってヒョイと飛び越える。すると、動く死体はくるりと背を向けて自分が這い出てきた墓穴に潜りこんでいき、大きな石を頭上に持ち上げて自分自身の頭を叩き潰した。死体を操ったのだ。


「ほれ、こっちは終わりじゃ」


「拭き掃除ももうすぐ終わるよ」


「ではこれでぎるど(・・・)から指定された仕事は終わりじゃな。そろそろ戻らんと晩ご飯に間に合わんぞ」


「ギルドには早めに報告しないとだから、走っていこうか!」


 木の皮を編んで作った籠に、汚れた布に包んだ草取りナイフと水の入っていた皮袋を放り込むと、鈴はよっこらしょと年寄り臭い掛け声をかけて籠を背中に背負うと一気に走り出した。


「かーくん、ギルドまで競争ね!」


「脚を二本しか使ってない人間が駆けっこで勝てると思うなよ?」


 街のはずれにある墓地から中央広場沿いにあるギルド館まで徒歩30分ほどの距離を、二人は10分掛からずに走り抜けた。元々クラスの男子に混じって野球やサッカー(廊下カーリングには不参加)をやっている鈴はかなり足が速いし体力もある。だが、異世界での活動を続けるうちに体力はさらに磨きがかかっているようだ。高地トレーニングのような効果があるのかもしれない、と鈴は考えている。


「お墓のお掃除、おわりましたー!」


 ギルドに駆け込んだ鈴は満面の笑顔で受付嬢に報告する。報告を受けた受付嬢はにっこりと営業スマイル以上の笑顔で返すと正しいクエスト内容を復唱した。


「墓地の見回り、ね。随分時間もかけて熱心に掃除してくれたみたいだけど、そっちはついでで良かったのよ? 変わったことは無かったかな?」

「はい!」


 この街では死者は街はずれの共同の墓地に埋葬される。しかし、神官の祈りか神の加護が足りないと、時折アンデッドとなって街に戻ってくる。それを警戒して、死者が出てから数日の間は子供に見回りを頼むことがある。キチンと見回りをした事の証拠に、墓石の苔を落としてくる事が含まれているのだが、そのような経緯をしらない鈴達は、普通にお墓参りのように掃除をしてきた。これが常識がないという事であった。


 日本の小学生である鈴が、このタラパガ帝国のギルドで仕事を受注しているのには4000文字では語りつくせない理由がある。


 あるが、あえてラノベタイトル風に長めの一行で纏めるなら『窓から落ちたら異世界だった』という一言になる。


 13文字でいけたのでもう少し詳しく説明すると、鈴本人の希望で日本の自宅と異世界のタラパガ帝国領サバ自治都市とを往復している、という事になる。


 庭になっている夏みかんを取ろうと、窓から体を乗り出したときに手を滑らせて落ちてしまい、最初の異世界迷い込みが起きた。

 突然異世界に落ちた鈴は、普通なら慌てるところなのだろうが、見えないモノが見えてしまうという体質のせいで奇妙な出来事への耐性が強かった。あわてず騒がず、自分の落ちてきた場所につま先で大きく目印をつけると、頭上を見上げて数メートルの高さに上るための道具を探し始めた。


 周囲を見渡してそこが見晴らしの良い丘である事を確認すると、さらに高い所に上り人の住んでそうな建物を見つけることに成功する。廃屋であったその建物の物置から二挺のハシゴとロープを無断で借りると、自分が落ちてきた当たりの空間にハシゴを架けて無事に日本への帰還を果たしたのだ。


 実に40分。異世界に落ちて40分でのスピード帰宅であった。エクストリーム異世界という競技があれば上位間違いなしだろう。


 だが、律儀な鈴は「無断でハシゴなどを借りた」という事が気になっており、窓の外の不思議な世界に戻りキチンと返しに行くべきと考えた。交友関係に妖怪という存在自体あやふやではっきりしない人がいるせいか、鈴は何事もキッチリさせたがる癖があった。

 もう一度、あの世界にいけるのか。

 行けるなら高い所から落ちる事無く安全に降りるにはどうしたらいいか。

 戻る為の、場所の目印はどうするか。

 無断でハシゴを借りた事の謝罪の言葉の原稿。

 持っていく菓子折りについて。


 自由帳に一つずつ書き出して、両親や近所の地縛霊のおじさん、家によくやってくる妖怪に次々と相談した。学校の先生にも相談しようとしたのだが、止めたほうがいいと猫に止められた。


 3メートルほど落ちた事への対策として、縄梯子を用意する。初めは百均で買ったビニールロープを編んで作ろうとしたのだが、縄梯子の構造をネットで調べているうちに縄梯子専門店などという物の存在を知り、お年玉の預金を崩して正規品を購入した。ついでに目印につかう為に三角コーンも。


 手土産はカステラにしようと決めた鈴が近所のジャスコで買っていこうとしたが、ここで妻と娘の体質上、伝承などにやかましい父親から物言いがついた。

 異世界で物を飲み食いした場合は元の世界に戻れなくなるパターンがある、というのだ。この場合日本から食べ物を持ち込んで異世界人に食べさせた場合どうなってしまうのかわからない。そこで現地の食べ物か、何か謝罪に相応しいものを買って持っていくべきだろうという結論に達した。


ちなみにここまでの家族会議の中で「窓から落ちたら異世界にいた」点を両親は疑っていないし、再び訪れることも止めていない。唯一のルールは「晩御飯までには戻りなさいよ」という点だけだった。


とはいえ、一人で異世界は危ないだろうと、休日に父親がついて行こうと一緒に窓をくぐったが、父親だけが異世界にはいけず庭に落ちた。通学路にいる地縛霊の田中さんはそもそも動くことができず、幼いころから親交のある妖怪に試してもらったところ、鈴が先に窓を潜り異世界側から招いて貰えれば異世界にいけることが判明した。


こうして、知人の妖怪をつれた鈴の異世界見学が始まった。

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