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鬼娘と行く刀集め


「アレの居場所は掴めたか?」

「いえ、まだです。この大陸に全てあるのは、間違いないでしょうが」

「早く見つけなければならない」


 どこかで誰かがねとつく声で言葉を交わす。

 部屋の全貌も把握できないほど暗い部屋。

 老若男女が集い、顔には欲望がにじみ出る。


「あの武器があれば、この大陸を支配することなど、容易い事」

「だが肝心のそれが見つからない」

「探せ。どの国よりも早く見つけだすのだ」

「しかし、障害があります」


 顔の見えない誰かが呟く。


「彼らは、我々以上にあの武器を……宝刀を探しています」

「ふん、かつての所有者とほざく田舎者か」

「それでも、彼らは強い」

「問題ない。むしろ、その連中を追えば、宝刀が手に入るということだ」

「そのことで報告が」


 「とある街で、一人発見いたしました」また、誰かが小声で報告する。

 途端に静かな興奮がわき上がった。


「動きを監視し続けろ」

「もし宝刀を発見されたのなら……殺して、奪いなさい」


 その言葉を最後に、全ての人影が闇と溶けていった。




 雨がしのつく、石畳を町民や商人、騎士が駆け抜け、雨よけを探している。

 と、その大通りからやや逸れた路地裏は異様な雰囲気を醸していた。

 湿気の香りと、カビの臭いが漂う、薄暗い細道。

 まだ若い男の荒い吐息が薄く響く。


 シン・セミスは、頬にべったり水滴を張り付けていた。

 だがそれは雨粒ではなく汗、苛立ちつつ腕で拭う。

 金と茶の混じった髪には泥が張り付き、ジャケットもその下も重いくらいに水を吸っていた。


「ちぃ」


 四本目のナイフを取り出し、順手で構え、乱れた思考を整列させていく。

 視線は路地裏の暗闇に向けられ、途中には倒れた材木や散らばったゴミが散乱していた。

 障壁にと自らなぎ倒した物だが、今となっては無駄な行動だった。


(まずいな。逃げられない)

 激しい運動と緊張で、心臓が破裂しそうだ。

 向こうに、気配を感じる。

 路地の出口は遠い。

 足下に砕けたナイフを見て、生唾を飲んだ。


 ひう、と風の動く音がしたかと思えば、何者かが恐るべき速度で肉薄する。

 咄嗟に応戦し、振り下ろされた剣を受け止め、直後ガキンと甲高い音が響く。

 手に持ったナイフはその一瞬の交錯で深く刃こぼれし、シンは慌ただしく距離を取った。

 視界の端に、ふと細長い武器が揺らめく。


 恐怖を弾く為、短く叫ぶが、相手は何も言わずに二回、三回と攻撃を重ねてくる。

 対処するのが精一杯だ。

 暗い上に、猛烈に速く、姿を確認する余裕もない。


 唯一判断できるのは、その人物が真っ黒な髪を伸ばし、額に何かが生えていることだけだが、この状況を打開する材料ではない。

 逃げ場のない路地を辟易しつつ、どうにか応戦し続けた。


「この野郎っ。良い加減に……うっ」


 頬を斬撃がかすめる。

 つうと血が伝い、思わず腰が抜けそうになった。

 あまりの切れ味で、むしろ痛みを感じないことが恐ろしい。


 予備を含めて六本所持しているナイフもすでに半分以上を失っている。

 体術や格闘術、剣術では確実に勝てないし、自慢の脚力でも逃げられない。

 いつもならナイフを投げ、その隙に逃げるのだが、機動力は相手が遥かに上だった。


「……魔術を」


 途端、シンの手のひらから青い炎がこぼれた。

 だがそれは炎ではなく、周囲の魔力を変換し発生した光だ。

 意識を集中させていくと次第にその魔力が集中してくる。


 けれども、それをみすみす見逃す相手ではない。

 異様な光を警戒しつつも目にも止まらぬ早さで迫り来る。

 ぎらりと、片刃の剣が鈍く光った。


 (今だっ)

 刃が迫る。

 近づく。

 速い斬撃。

 しかし、肉が断ち切られる前に魔術は完成した。


 不定形な光がほとばしり、噴水のように拡散する。

 魔力が手の周囲を覆って、より強固な組成に変化した。


「っぐ!?」


 振り下ろされた攻撃が、音もなく弾かれ、相手は疑問と驚愕の声を漏らす。

 瞬時に二撃目を放つも難なく跳ね返る。

 まるで分厚い革を棒で叩くような反動だ。


 その一瞬生まれた隙を、シンは狙いうつ。

 長物の武器が効果を発揮できなくなる至近距離に……いわゆる取っ組み合いに持ち込んだ。


 全体重を使って押し倒すと、不思議とその体はあっさり倒れ、しかも軽い。

 両肩を押さえつければ、短く弱々しい息づかいが聞こえた。


「……ん?」


 今まではっきり見えなかった顔が確認できた。

 肌は白く、目はつり目でくりんと大きい。

 薄ピンクの唇は悔しそうに歪み、頬には戦いの興奮で血が巡っている。


 そして自身の手は、なんだか柔らかい場所に触れていた。

 見てみると布越しに慎ましい胸の膨らみに食い込んでいる。

 顔をさらに赤くした相手……少女と目が合って体は硬直した。


「お、女?」

「悪いか」


 ぐん、と押さえ込んだ両手に猛烈な衝撃を感じる。

 油断した、と後悔するより早く、彼女は無理矢理シンの両手を弾き飛ばし、立て続けに蹴りを鳩尾に食らわせる。

 数秒の空中飛行の末、路地奥の壁に背中から着陸した。


 息が出来なくなるほどの痛みに悶えつつ、シンはよろりと起きあがる。

 だが、首もとにスラリと刃が当てられた。

 一歩でも動けば、そのまま首を切り裂くだろう。


「動くな」

「……なんで俺を襲うんだ」

「そっちがあたしを追っていただろう」


 指摘されて、不服ながらも納得する。

 ……確かに、路地裏に入ったのはシン自身だ。

 しかもそれは気まぐれでもなんでもなく、この少女を追った末のことだった。


 (先に女と知っていれば……)

 内心で舌打ちした。

 外見は愛らしいが、恐ろしい得物を構え、尋常ならざる殺気を放っている。


「宝刀はどこだ?」

「なんのことだ」

「とぼけるな。その目は宝刀が何か、知ってる目だぞ」

「……詳しくは知らない」


 刃が静かに、肌にめり込む。

 雨で冷えた身体がさらに寒気を覚える。


「本当に知らん。お前が持ってると思ってた」

「……は?」

「宝刀のことは知ってる。この街に来て話を聞いてたら、偶然お前のことを知っただけだ。探してるヤツが居ると」

「……嘘、ではないな」


 情報屋からの情報は正しかったが、正確ではなかった。

 と、警戒しながらではあるが、少女は武器を降ろす。

 そしてしどろもどろになりながら、ぱっとシンの方を見た。


「すまん」

「気にしてない、とは言えないな」


 生傷を自身で指さしながら皮肉れば、少女は露骨に狼狽えた。

 何かを言い出そうとするも、口は空気を噛むだけ。

 さすがにその困り様ではシンも追撃することは出来ず、すぐに治る、とフォローする。


「それにしてもただ者じゃないな。なんなんだ、お前」

「……」

「あの宝刀を探っているんだろ? 何か知ってるのか。それに、お前は何の種族なんだ?」


 シンは怪訝そうに目を細めた。

 平面的な構造をした服装、腰に下げる剣は流通しているもととは大きく違う、髪は漆を思わせるほど黒い。


 なにより特徴的なのが、額から延びる一本の角。

 サラシで覆われてるが、偽物や飾りではなさそうだ。


「話したくないなら別に良いけどな。そうなると俺は腹いせに、お前を騎士に突き出すかもしれないんだ」


 若干の脅しを混ぜ込みつつ詰問する。

 宝刀、ここで語るには複雑な事情があるが、シンはそれを探し求めていた。

 そして偶然現れた、宝刀の情報を知っていると思わしき少女。


 僥倖というにはかなり恐ろしい相手だったが、今ならば何かを掴める。

 その一心で詰め寄った。

 が、途端に少女は膝を崩す。


「お、おい?」


 積み木が壊れたように地面に倒れ伏せ、浅く息を繰り返している。

 覗いてみれば、その顔は良い色ではない、疲労がにじみ出ているようだった。

 極端な表現をすれば、土気色に見えなくもない。


「なんだよ。くたばりかけか」


 頬を叩いても反応は薄い。

 このまま放っておけば、そのうち死ぬだろう。

 しかし介抱するには、財布への負担が気になるところ。自身の食費を切り詰める覚悟が必要かもしれない。


「……」


 捨てていこうか、否か、迷う。

 (なんだかんだ殺されかけたしな)

 看病するより、もっと良い情報屋に金を使った方が良い様な気もして、踵を返す。

 しかし不穏な気配を感じて振り返れば、路地裏の奥から数人の男がよたよたと歩いてきていた。


 俗に言う浮浪者、物乞い、乞食、家無し、といった連中だ。

 少女の幼くも端正な顔立ちを覗き込み、ごちそうを前にしたように手を揉む。

 これから起こる事態を察して、さすがに動かざる得ない。


「待て。触るな」

「あぁ? なんだ、ツレじゃないんだろ?」

「喧嘩してたじゃねえか。その女よこせよ」

「……今からツレになるんだ」


 肩で担いだ少女の重いようで軽い体重に困惑しつつ、男たちを追い払う。

 「感謝しろよ」抱き上げた少女に向かって、小さく呟いた。

 雨は意外にも、晴れつつある。

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