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鱗エルフと歌いたい彼女は、ついでに世界を変えることにした。

 むかしむかし。

 いばらの森にエルフたちはキノコの家に住み、花の服をまとい、妖精の歌を歌って暮らしていました。

 幸せに、とても幸せに。

 けれど、エルフは茨の森の中では困ることが多かったのです。

 狩りをすれば茨に獲物が逃げ込んだり、棘がエルフの柔肌を傷付けてしまいます。


 蓄光石の下、ベッドの中でこの話を聞いていた女の子は小さな頭をかしげて訊ねます。「茨の森じゃないところで暮らせば?」

 兄は言います。「外には俺たち、ヒトが一杯住んでいたんだ。エルフたちには茨の森しかなかった。茨はエルフたちを守るものでもあったんだな……」

 そう教えてから兄は少女に物語の続きを語った。無理に作った笑顔のままで。


 あるとき茨の中から銀の紐が現れました。

 真銀ミスリルのようにキラキラと光り美しかったのですが、その紐が喋ったのでエルフは驚きました。

 実はその紐は銀でもなく、紐ですらありませんでした。


「それは一匹の銀のウロコを持った竜蛇ヘビ。竜蛇は言う。【私には茨にも負けない鱗と、茨の茂みに逃げ込んだ獲物を探す第六感ピットが有ります。それをあなたにあげましょう。】、そう言ったんだ」


 少女はギュウっと布団を抱きしめ、大きな運命の予感を感じ取っていた。

 美しいエルフに対して美しい竜蛇が求めたもの。それは――。




 あれから十年。彼女が爛漫な女軍人へと成長した頃。

 エルフと蛇の物語の舞台となった茨の森を走っていた。

 湿って豊かな草の香りが肩に担いだ魔伝銃エーテル・アルケブスで疲れた心身を癒し、同時に重くした。こんな美しい森を戦場にしているのだと。

 彼女――エヴラスラス・Ψ(プシー)・ワグドナムの軍靴は、それでも木の根を叩き、走り抜ける。

 振り返ると、超巨大な岩の塊、魔伝鉱兵ゴーレムの威容が空と雲を背景にそびえる。巨木のような足は木を薙ぎ倒し、森に道を作るように進撃する。


 魔導共国(ジャガン・ヅ・ラサ)の貴族であるワグドナム家に生まれたエヴラスラスは、魔伝銃を扱うことの許された騎銃士(アルケブス・ライダー)である。

 騎銃士は、敵国の魔導士や指揮官を超長距離狙撃を可能とするが、その力が振るわれることは少ない。

 その存在を旗振りたちが知らしめることで戦わずして降伏させる。優雅にして慈悲に溢れる軍人である。だが。


「もおお! ゴーレムを操ってるヤツ、どこに居るのよぉーッ!」


 魔伝鉱兵を操る操霊術士プランターを狙撃すれば勝てるが、索敵を担う部下たちとも散り散りになった今、その敵がどこに居るのか分からない!

 山と言えば小さすぎるが、丘と言うには大きすぎるそれに対抗する手段は、いかに魔伝銃といえど()()()()

 そう、限られるが皆無ではない。覚悟と信念が必要では有るが。


「……でも、やるっきゃない、か!」


 誰にともなく自分に向かってエヴラスラスは叫び、きびすを返した。

 エヴラスラスにとって最悪は自らの死だけではない。最悪は殺されて魔伝銃が敵の手に落ちること。ならば“この技”を使うしかない。

 エヴラスラスは肩に担いでいた魔伝銃を転がすように両手に運び、槍のように握り息を呑み――そのときだった。

 落とし穴のように、落とし穴としては考えられないほどに深い穴が、エヴラスラスの足元に現れた。

 唐突すぎるタイミングで真っ暗な穴の中へと落ちるエヴラスラスは、何が起きたのかを考える間もなく落ちて行く。



 暗転あんてん。そして好転こうてん

 気が付き目を覚ましたことで、エヴラスラスは自分が気絶をしていたことに気が付いた。

 絶望的に追い込まれた状況で暗がりに落ちたはずの自分が、なぜか明るい空間に居たことに希望的観測を持つのは、不自然なほどに自然なことだった。


 エヴラスラスが目を覚ました部屋には窓もランタンもなく光源は不明だが、そこが奇妙珍妙な部屋であることを確信できる程度には明るかった。

 布にも革にも似ているが異なるフカフカした白い材質の壁と、灯るようなほのかな光を放つ。

 エヴラスラスは、この壁に見覚えと、鼻覚えがあった。ちょうど今が旬のマゲスチーニ茸のような見た目と匂いだ。

 キノコ? この部屋は、キノコを編み込んで作られている?


 先ほどまでの生死を掛けた非日常の戦場から一転し、非現実的な状況。

 幼少期に兄に聞いた物語が、エヴラスラスの脳裏に過っていた。


 ()()()()()()()()()()()()


 土が刎ねるような音と共に、その影は現れていた。

 花の茎を編み合わせたようなローブを着た子供のような――子供だった。


「……起き・た・のか」

「あなたが助けてくれたの?」

「た・すけたわけじゃ・ない。お前・は・換気口・で倒れ・ていた。

 換気口・で・死なれ・たら、お前を・苗床に・家茸イエキノコが生え・てしまう。

 そうすれば、私は・窒息・だ。だか・ら避けて・おいたんだ」

「あたしの国では倒れてたのをベッドに寝かせてくれたら助けたって言うわ。あたしはエヴラスラス・Ψ・ワグドナム。ジャガン共国の軍人よ。あなたは?」

「私・の名は……ルウ。ただの・ルウ・だ」

「ルウ。助けてくれてありがとう。あなたはエルフなの?」


 エヴラスラスは、自分より二回りは小さい華奢な彼女が足場の悪いキノコの道を通って見ず知らずの自分を運んでくれたことに感激していた。

 加えてイメージとは少々異なるが、この小さな彼女は、花の服を着て茨の森の茸の家に住んでいる。そう、あの物語にピタリと符合する。興味がないわけがない。


「……単刀・直入、だ・な」

「ウソや遠回りなのは好きじゃないのよ。特に友達になりたい相手には使いたくないわね」

「……ならば、私・も……素直であろう。おまえ・は蛇とエルフの童・話を・聞いたことが有るか?」

「――ええ」

「私は、その一族だ。これで・わか・るだろう?」


 飛び切りの笑顔を向けるエヴラスラスに、ルウは諦めに慣れたような手付きでローブをめくり上げ、顔を出した。

 物語では、エルフは獲物を探す能力と銀の鱗を得たが、代償としてエルフは魔法の歌と白い肌を失った。

 目の前の少女は、全身に銀の鱗が生え、長すぎて逆に舌足らずになってしまい呪文の詠唱もできない異形。

 エルフの人形のように端正な顔立ちに蛇のパーツを付けた悪戯人形のような姿、それがルウだった。


「……どうだ、私の・姿は・とても・みにく……」

「カワイイ……ッ!」

「そう・カワ……? は?」


 爛々と、それこそ鱗のように、ルウを見るエヴラスラスの目は輝いていた。

 幼少期から竜蛇とエルフの物語を聞いて育ったエヴラスラスは、自然と蛇にのめり込んだ。

 蛇を観察・研究して、軍の作戦で蛇の冬眠場所が減りそうになったことを突き止めて中止させたり、怪我をしている三メートルの毒蛇竜ヒュドラを治療したこともあった。

 そして今、それら以上に胸躍る姿に、溢れる愛を危機的状況をも忘れた紅潮と大音声で表した。


「鱗は均一で艶も良い! ご両親の良いところを継いだのね! 蛇としてもエルフとしても、目元がとってもステキ! ルウ! あなた! とっても! チャーミングだわ!」

「――私・そんなこ・と、言われたこと・ない……」

「だったら光栄だわ! あたしがルウを初めてカワイイって言えたなんて!」


 ルウの瞳の中、シャッターのような透明な鱗が動いて、頬を一滴の涙が伝った。

 それがどういう意味の涙だったのか、ルウにもエヴラスラスにも分からない。

 エヴラスラスに分かるのは、それがエルフやヒトではなく、蛇に由来するマバタキであるということだけ。


「……身体が・熱い・んだ」

「大丈夫? ルウは変温動物なのかしら? それとも恒温動物?」

「……みんな、私、をバケ・モノだ・て……」

「茨の森は目に効く薬草でも摂れるの?」

「……え?」

「ルウは視力の悪い人としか会わなかったんでしょ?」


 そのときだった。

 直下型地震どころか直上型地震が天井から衝き抜けるようにエヴラスラスとルウを貫いた。

 分かり切っている。魔伝鉱兵。一度はエヴラスラスを見失ったが、また戻って来たのだろう。


「ルウ!、出口はどこっ!」

「戦う・つもり・なのかっ? ここに隠れ・ていれば見付から・ない!」

「……あいつに、あなたの森を踏み荒らされちゃうわ!」

「!? なぜだ!? 私のため・に行くというのか!?」

「むしろ、あたしたちが戦場にした“せい”で森が荒らされてるんだけどね! でもお国のためって言うより友達のためって言う方が身体に力が入るわ」

「――奇・遇だ・な」

 ルウの華奢でなめらかな鱗が、決意によって光った。


 ――二年前。

 ラムネ火山に生息するマグマスライムを急速に冷やすとラムネ鉄ができることが発見された。

 加工のし易さは銅や錫級。量産性は鉄以上。そして強度は金剛石アダマンタイト級。

 それまで不可能だった巨大な魔伝鉱兵をはじめとする様々な兵器が実現していった。

 崩れた軍事均衡(ミリタリー・バランス)によって生じたこの一連の戦争は後に、融霊戦争(スライム・ウォー)と呼ばれる。


 ルウの華奢でなめらかな鱗が、決意によって光った。

「――私も、友達の・ために・戦いた・い」

「あら、やっぱりあたしたち、気が合うわね」


 エヴラスラスとルウの出会い。

 世界が変わることが決まったのは、薄暗い地下のキノコの中でのことだった。

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