ガンズ・ウィズ・ボンズ! ~そのボンズ、銃と荒野を友とする~
麗猫の暮らすこの星に人々がやってきたのは、もう何千年も昔の話だという――それはあまりにも昔のこと過ぎて、今や誰も正しい話を知りえない。荒野の果てに突き刺さっている『船』にのって、空の向こうのうんとうんと遠くからやってきた人々が、地に降りて殖えたのが始まり、だ、そうだ。そうだ、というのは、それ以外の話がてんでにバラバラだからだ。
ある人が、「われわれの祖先の船は千と百年前に降りたった」といえば、隣町では「我々は千と二百年前だ」と言い張ったりして、誰も彼も、自分たちの都合のいい様にしか話をしなかったかららしい。争いごとの度に、「あの町は墜落した『船』の子孫ばかりだから出来損いばかりだ」とか、「あの集落は全員妖怪人間どもの末裔だ」とか罵り合って。
そんな事をしているうちに、自分たちの事と一緒に、色んな事を人間は忘れてしまったそうだ。
機械の手足。
不老長寿の薬。
星の光から動力を引き出す方法。
麗猫が産まれたときから毎日のように見ている『鉄道』の作り方。
もう、一握りの人しか覚えてない。
だから白龍鉄道と呼ばれるその鉄道の、ささやかな駅しか得手の無いこの町の大人たちは、心のどこかでずっと不安に思っている。――もしも、鉄道が明日から動かないといわれたら、どうすればいいのか。
荒野と砂嵐と、外を行きかう砂鮫の群れと、ちっぽけなタンパク・プラントしかないこの町は。
鉄道が止まれば、きっと死んでしまう。
あるいは、駅で人が降りなくなっても。
「だからよ、麗猫。俺たち町人はお客様にだけは、逆らっちゃあならねぇんだ。絶対に、逆らっちゃあならねぇんだ」
と、麗猫の父は毎晩言って聞かせたものだった。
「絶対に、絶対に。――俺たちは人だけど、お客様は、仏様なんだ」
店を閉めてから次の日の仕込みを始めるまでの小休止で、毎夜父は繰り返した。幼い麗猫に含んで聞かせるように。――そして、自分にも言い聞かせるように。
「お客様は仏様、お客様は仏様。さぁ、麗猫。お祈りの時間だ」
店にしつらえた祭壇に向き直り、手を組む。母が水と供物をささげ、家族三人で膝をついて、イナリブッダに祈る。
父の手は油のはね跡だらけで、母の手はあかぎれで真っ赤だった。そんな手を組み、額に当て、片膝をついて祈る両親に挟まれ、麗猫も、つたなく真似をした。
「おきゃくさまはほとけさま。おきゃくさまはほとけさま」
舌足らずに麗猫が繰り返すのに合わせて、両親が、口の中で転がすようにナムダブ、ナムダブ。と唱える。
ナムダブ、ナムダブ。イナリサマ。ショウバイ、ハンジョ。
麗猫は今でも覚えている。
『あの日』の前日の供物はアブラ=ゲだった。(合成モノでも、一家の用意できる一等に良い供物だった)
早く明日になって、イナリサマの御下がりに預かれないか、とそんなことを考えていたのだ。よく、覚えている。
「なむだぶ、なむだぶ――」
そして、祈りは裏切られた。――折角立派なアブラ=ゲを捧げたというのに。
朝、麗猫の街はにわかに活気づいていていた。平常のダイヤになく、列車が整備のため一日停車になったのだ。突発的なものだった。そして麗猫の店は、備えが不十分だった。
父は厨房で必死にあちこちに電話をかけて、酒と食料を分けてもらえないか、と繰り返していた。同時に、親類の若い男をよこしてほしい、とも。普段は町でブラブラしては砂狸等を苛めているような若者、そういう連中が、必要な場面だった。
お客様は仏様。決して逆らえない仏様。
たとい、見るからに素行が悪そうでも。
昼間から大酒を飲んで、あげく給仕の(つまり麗猫の母の)手を取って、尻を撫でまわしても、だ。
「この店は焼き飯を出すのにいつまでかかるんだぁ? ええ?」
五人組の男たちが、店の真ん中に陣取って管を巻いていた。
入ってくる時、母はきちんと事情を説明していたというのに。そんな風に難癖をつけては呼びつけた母を撫でまわす。
身をよじって嫌がる母を見て、男たちは下卑た笑いを上げる。
「なんだよ、ぇえ? カマトトぶるようなトシかよぉ。ババァの癖に勿体つけやがって」
すいません、すいません。もうしばらくお待ちください――。そういって頭を下げて、厨房に下がってきた母の目じりには涙が浮かんでいた。父は黙って鉄鍋を強く、強く握りしめていた。掌に爪が食い込んで、右手から、真っ赤な雫が滴っていた。料理のために、毎夜短く手入れしているというのに。
「麗猫は料理のお勉強だ」と言われ、表に出ないようにと言い含められていた。父の裾を握りながら、男たちの声に怯えていた。
本当なら、今すぐにでも飛び出していきたかっただろうに――。後に知ったが、実際、父は身重の頃の母に同じことをされて、一度諍いを起こしている。そして、複数人の『仏様』に押さえつけられて、右足を焼かれたのだ。
度数の高い酒をまびせて火を放ち、父が気絶するまで『仏様』は焼けただれた足を踏みにじり、小水さえかけたという。
それ以来、父の右足は木の棒きれだ。駆け込んだ警僧院で警卒にあしらわれて以来、父も母も『仏様』に抗うことをあきらめた。それにしたって、この日ばかりは、辛かった。
料理を出す度に男たちはケチをつけて母にそれを下げさせた。酒ばかりをぐいぐいと煽って、げらげらと笑う。聞こえるたびに麗猫は身がすくんだ。他の客はとうに失せてしまっていた。
母が、厨房に戻らなくなった。麗猫の背丈では、カウンター越しに店内を覗けない。父が、歯ぎしりをしながら、俯き、涙を流している。
「――母さん?」
麗猫が厨房を出ようとすると、父に抱きとめられた。
「麗猫。お客様は、仏様なんだ――」
ぼろぼろと涙を流しながら、父が言う。
わけもわからず、麗猫はただ繰り返した。
「なむだぶ、なむだぶ。おいなりさま。なむだぶ――」
「――ウッ。グゥッ……! ウゥ……!」
そして、ドアベルが鳴り。
彼らがやってきたのだ。
***
元熊は上機嫌だった。砂埃まみれの湿気た町に足止めを食らったものの、酒場で見つけた給仕の女が中々に上玉で、しかもカ=タワの町人の人妻だというのが最高だった。白龍鉄道の巡礼切符があれば町人は逆らえない。――それがチンケなチンピラの持つ六等車切符であっても。
「お客様は仏様だ、えぇ!? そうだろが! 俺たちは切符持ちだぞ!」
その一言で給仕の体から力が抜ける。
さんざに飲んだ酒のせいで、果たして使い物になるかわからなかったが。――とにかく、こういうのは挑戦が大事だ。連れの男達と給仕を机に押さえつけながら、元熊は下履きのベルトを緩めた。
仲間の頭が弾け飛んだ。
「えっ」
机の対面からこちらを見ていた仲間の一人
だったものが、倒れこんだ。首から背骨が見えている。
その後ろに、小さな人影があった。
子供と見まごう背丈の、男とも女ともつかない、人影。
「――妖怪人間?」
元熊が呟くのと同時に、仲間たちが銃を抜いた。
「ッダテッメッ!」
「シャアッソォラァ!」
「ナメッナァアッ!」
三者三様にゴクド=マントラで威嚇する仲間たちに、横目で責められようやく事態を理解する。――この、遺伝子改造の産物が、仲間の頭を殴り飛ばしたのだ。そして、その膂力だけで頭蓋は吹き飛び、壁にたたきつけた赤茄子のようになってしまった。
「――オ、オンドラガッ! ゴロッソガッキャ!」
遅ればせながら、元熊もまた銃を抜く。事態の理解はまだ不十分だが、そんなものはぶっ放してから考えればいい。
合計で四つの銃口――たとえ目の前の化け物がいかなるものでも、これで死なないわけがなかった。
引き金さえ、引ければ。
全員の右手が、ずるりと音を立てて、床に落ちていた。
「アィッ!?」
「――お師ぃ様ぁ」
妖怪人間が振り返り、舌たっらずな声で呼びかける。
「こいつら、わるいやつらだよ」
「――ゴクゥ」
店の入り口に、一人の男。
「食事前に、服を汚すものではありません」
警卒制服に、隠しもせず腰からつった拳銃――。一目で理解する。この化け物の飼い主で、警卒だ。
「てめぇ……。ンダラッ! 俺ラァ切符持ちだぞ! ア゛ッ!」
だくだくと血の流れる右手を抑えながら、元熊は叫ぶ。
「ナンシテクレッジャ! ラ゛ッ! お客様ァ! 仏様だろがァ゛!」
「だって、お師ぃ様。こいつら仏様なの?」
「ふむ、左様で――」
銃声。
二つ目の、赤茄子が、弾けた。
「ッラ!? テメ、ッラ゛!?」
「お客様は、仏様、ですか」
そういって、銃口を向けたまま、男はそれを懐から取り出す。
「アァ!? ……アリィ!?」
僧院の所属を示す首下げの鉄片。
「ア、ア、赤フチの、高僧証明……」
その装飾。示される身分。
「公殺許可僧!」
「おや、よくご存じで」
にこやかに笑んで、男は鉄片を懐にしまう。
「勉強熱心、大変結構。ついでに、一つ説法差し上げましょう。――仏様とは」
そう嘯きながら、男が、一歩ずつ、歩み寄る。
「お行儀よく死ぬるものだけですよ」
元熊は最後に祈った。
「ナブダブ――ぎゃってむ」
銃声が、聞こえた。




