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異世界転移のその裏で~残業はしない主義なので定時に上がります~

 真っ暗な部屋で機材の起動音が響き、非常灯が薄っすらと室内を照らした。その真下には人が一人寝れるぐらいのカプセルがある。ガラス窓からは透明な液体と眠っている青年が見えた。

 少しずつ液体が排出され蓋が開く。青年は眠そうに目を開けながら、ゆっくりと上半身を起こした。


「体が重いなぁ」


 気怠そうに動きながら何かを探すように見回す。


「やっぱりいないよね」


 青年はどこか残念そうに言うと立ち上がって歩き出した。ベッタリとまとわりついてくる焦げ茶色の髪を一つにまとめながら壁の前で立ち止まると、壁の一部が消えて中から箱が出てきた。中にはタオルと着替えが入っている。


「予定通りだね」


 青年がタオルで体を拭いて服を着ていると、箱の底に残っている二つのモノに気が付いた。一つは度が入っていない黒縁眼鏡。フレームには古代文字で時の神の名が刻まれている。


「これで変装しろってことかな? 彼女らしい発想だな」


 青年が苦笑いを漏らしながら垂れ目を隠すように黒縁眼鏡をかけると、もう一つのモノに手を伸ばした。


「人を傷つけることを嫌った君がこんなものを用意するなんて……」


 静寂を突き破るように警報音が鳴り響く。


「さて、これからどうしようかな」


 ふと青年の脳裏に少女の笑顔が浮かんだ。


 太陽のように輝く金髪と、大きな紺碧の瞳。血色が良い白い肌に桃の花の香りがしそうな唇。可愛らしいとしか表現しようがない顔はいつも笑顔だった。

 だが最後に見た少女の顔は今にも涙がこぼれそうだが笑顔を作ろうと必死になっていて、見ている方が辛かった。


 青年が視線を床に落とす。


「今の君は僕の知らない君だけど……会ったら、いつもの笑顔を見せてくれるかな?」


 慌ただしく警備兵が走ってくる音を聞きながら青年が微笑む。


「もう誰も僕を縛ることはできないよ」


 警備兵が警報の鳴り響く部屋に入ると、そこに人影はなく床にシミだけが残っていた。


※※


 少年は戸惑っていた。眩しい光に囲まれたと思ったら、次の瞬間見たことがない場所にいたのだ。高い天井に大理石で造られた床。神殿のような厳かな雰囲気と目の前には極上の金髪美人と白髭の老人。


 とりあえず、ここが日本ではないことを少年は瞬時に理解した。それと同時に淡い期待が少年の中に渦巻く。

 小説か漫画のような展開に少年の胸が高鳴っていると、金髪美人が声をかけてきた。


「突然のことで驚いていると思いますが、どうか私たちの話を聞いて頂けませんでしょうか?」


「は、はい!」


 思わず声がうわずってしまい少年は顔を赤くした。


 これって、異世界転移だよな!? チート展開か!? ハーレムものか!? とにかく! オレが主人公で間違いないよな!


 心の中でガッツポーズをする少年に金髪美人が一歩進み出る。


「この世界は今……」


「木村暁くん?」


 粛々と説明をしようとしていた金髪美人の声を可愛らしい声が容赦なく遮った。


「はい?」


 少年が反射的に返事をしながら振り返ると、声のイメージ通りの可愛らしい少女がいた。


「すぐに見つかって良かった」


 腰にまでかかる長い豊かな金髪、海のような紺碧の大きな瞳。色白の肌に小さな顔が素直な笑顔で喜んでいる。

 金髪美人が大人の色気満点の女神なら、少女は穢れを知らない純真無垢な天使である。


 その姿に少年が見惚れていると、少女が笑顔のまま目の前に立った。


「えっとね、私はこういう者です!」


 少女が胸の内ポケットから名刺を取り出して渡そうとする。


「はぁ……」


 少年が差し出された名刺を受け取ろうとした瞬間、目の前から名刺が消えた。


「名刺なんか渡さないで下さい。そもそも、なんで名刺を持っているのですか?」


 少年が驚いて横を向くと、そこには黒縁眼鏡をかけた黒髪の青年が立っていた。


 青年が取り上げた名刺を容赦なくクシャリと握りつぶす。一見、怒っているかのような動作だが、青年の顔は無表情ながらも、どこか諦めたような雰囲気が漂っている。


 黒縁眼鏡の下にある切れ長の鋭い黒い瞳に静かに問われ、少女は少し小さくなった。


「だって、自分の名刺を持ってるって、なんかカッコイイよね? それをサッと出すキャリアウーマンって、もっとカッコイイよね? 鏡の前でずっと練習してたんだよ。うまく出来てたよね? ね?」


 少女は顔を傾けて、おねだりをするような表情をする。


「かわいい……」


 少年は両手で慌てて口を押さえた。思わず出た本音なのだが、この場で言う言葉ではないことぐらいは分かる。


 青年は大きくため息を吐いた。


「何度も言っていますが、少しは年上らしくして下さい」


「年上?」


 少年は口を押さえていた手を青年に向けたあと少女に向けた。

 少女はどう見ても十代半ばぐらいにしか見えない。一方の青年は二十代前半の外見だ。何をどうしたら少女が青年より年上になるのか。


「もう! 君が老け顔だから、また私が年下に見られたじゃない」


 腕組みをして怒った少女に対して青年は無表情のまま軽くあしらう。


「あなたが童顔なだけです。行きますよ」


「はーい」


 少女ががっしりと少年の腕を掴む。


「え? 何?」


 少年が顔を真っ赤にして戸惑っていると、呆然と成り行きを眺めていた金髪美女が慌てて入ってきた。


「お待ちなさい! あなた方は何者ですか!? 供物を放しなさい!」


 青年が金髪美女に顔を向ける。


「時空間管理法、第二条『異世界からの人、動物、物の転移は禁止ずる』違反者には罰則が科せられますが、この世界は時空間管理連盟に未加入であること、また加入条件を満たしていないことから、それは免除されます。ただし、今後は異世界からの転移が出来ないように処置をします。あと、今ここであったことの記憶は全て消去します。では失礼しました」


 淡々と説明をした青年が少年の首を掴む。


「どういうこ……」


 金髪美女の目に赤い光が突き刺さる。次に目を開けた時、そこには誰もいなかった。

 靄がかかったような、はっきりとしない頭をさすりながら金髪美女が老人に問う。


「供物の召喚は失敗しましたの?」


「はて? 今から召喚の儀を行うのではなかったかの?」


「では急いで始めましょう」


 それから金髪美女は何度も異世界転移の魔法を実施したが、成功することはなかった。





 異世界に転移したことの記憶を消してから少年を元の世界に戻し、一連の報告書を提出した青年が少女と並んで廊下を歩いていた。


「これなら定時で上がれるな」


 青年の呟きに少女が反応する。


「どうして、定時にこだわるの?」


 青年がどう答えるか思案していると、青年の左腕に装着している携帯端末が光った。


「先に上がって下さい。お疲れ様でした」


 青年は少女を置いて上司がいる執務室へと足を向けた。


 また厄介な仕事を押し付けられるのだろうな。


 即帰宅したくなったが、どうにか我慢して歩く。上層階の角部屋にある執務室の前に立つと、名乗る前にドアが開いた。


 青年が室内に入ると、そこには予想通り神妙な顔をした上司が椅子に座って待ち構えていた。

 白銀の髪を頭になでつけ、鋭いアイスブルーの瞳が値踏みをするように睨んでくる。外見は三十代半ばだが、その年齢以上に経験を積んだ冷徹で切れ者という雰囲気が漂っている。


「忙しいところ悪いな」


 誰のせいで忙しいと思っているんだ?


 青年が喉まで出かかった言葉をどうにか飲み込む。


「いえ。用件はなんでしょうか?」


「詳細は端末に転送した」


 青年が端末を確認して顔を上げる。


「裏の仕事ですか?」


「あぁ。同時に表の仕事もある」


「つまり通常業務でカモフラージュしながら裏の仕事も遂行しろということですか?」


「そうだ」


 青年が思案するように眼鏡をかけ直す。


「この内容ですと勤務時間外も仕事をするようになりますが?」


「そこは時間外報酬と特別休暇をつける」


「あと相方も狙われると思いますが?」


「それはこちらで対処する」


「わかりました」


 淡々と返事をすると上司がニヤリと笑った。それだけで冷めた印象が消え、人好きのする顔になる。


「いやぁー、助かった。他の連中はみんな出払ってるのに、上の連中が早く処理しろって言うからさ。本当、中間管理職は辛いね」


 上司がアイスブルーの瞳をくしゃりと細めると、目元に薄いシワが浮かんだ。世間ではこういうのをイケオジとか言うのだろうが騒がれる理由が一切わからない。


 青年がため息を吐くと、上司が悲しそうな顔になった。


「そんなため息吐いていると幸せが逃げるぞ。あ、そうだ。新しい相棒はどうだ?」


 最後の一言に青年のこめかみが引きつる。


「最悪だ。早く代えてくれ」


「なんで? 君が希望した通り超優秀な子だぞ? なんだって資格試験を満点で合格したんだからな」


「成績は優秀かもしれないが性格が問題だ」


「そうか? うまくやってるって聞いたぞ」


「誰から?」


 上司がここぞとばかりに茶目っ気たっぷりな顔でウインクをする。


「風のう・わ・さ」


「失礼する!」


 青年は荒々しく執務室から出ると、眼鏡を外して目頭を押さえた。


「面倒な事ばっかりだな」


 度が入っていない黒縁眼鏡のフレームには古代文字で時の神の名が刻まれていた。

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