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闘い続けている私  作者: 棚田 純
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虐めに苦しむ私

この私小説の手に取っていただき有難うございます。

よくこんな言葉があります。

「人は誰しも平等ではない」まさしくその通りだと今でもずっと思うのです。

この話は私自身の体験をもとに書かれたものです。恥ずかしいという気持ちはありません。ただあるのは、伝えたいのです。

私は、4000gで産まれました。ですが、周囲から見てどこにでもいるような「ちょっと背が高いな」というくらいの身長。ただ、何一つ不自由の無い状態で生まれませんでした。

私は、ある症状を抱えて生まれました。それは“てんかん”という突然、意識がなくなる恐ろしい病気です。

最近では老若男女関係なく誰にでも起こりうる病気だといわれています。実は、古代から伝わる病気らしいです。ですが、世間一般的には「へぇ、そんなのがあったんだ」と印象の薄いものと見なされております。何故でしょうね。

私は、それを知ったのは中学2年の後半でした。では、私がこの症状を知るまで何があったのか話をしましょう。


私は、“てんかん”という突然意識を失くす病気を抱えて生まれました。そして、私が両親に初めて会ったのは病院のベッドの上でした。当然、みんなと外で激しく体を動かすことは医師から止められていました。いわゆるドクターストップというものです。私は、みんなと遊べない辛さを無くすために絵を描くという遊びを一人で黙々描き続けたのです。丁度、私は兄と同じ水泳教室で水泳を習っていました。兄は水泳教室で学んだ通りのことができる運動神経が良い小柄な方。それに比べて私は、運動神経が悪く不器用な小太りな人でした。当時、少々小太りでしたが、成長期になると体格的に大きくなるので、痩せていきました。

私は、想像力豊かと呼ばれ水泳教室を辞め、絵画教室に通い始めました。

兄は途中参加でしたが、次第に兄と会話する程の触れ合いも無くなり、兄は絵画教室を辞めて野球をすることに没頭し始め家族との会話も減り、今では自分で『野球バカ』と名乗る程野球関係の仕事をしています。

小学校の時、私はこの症状を抱えていた為。特別教室の生徒として育ちました。当然、普通科のみんなと触れ合う機会が少ないせいで私はガイジ(障害者)呼ばわれされ続けました。つまり、虐められるという被害を受け続けていました。私は、普通科ではなかったこともあり、コミュニケーションより体を使って人に伝えるという教えしか知りませんでした。また、同級生より一学年遅れて教育されていました。当然、『自分は今〇〇でこうなんだ』を『伝えたい』が周囲からは「君は喋るのが好きなんだね。」「君には、主語がないから分からない」「日本人として日本語がなってない」と未だに言われ続けています。最近では、それを言う人は減り、人と会話してもそこまで気にする程ではありません。虐めは、何処の学校でもありうる事件でありトラブルの対象です。私は、一週間とか1ヶ月という短期間ではありませんでした。小学校の後半の人生が虐めでした。つまり、3年です。最初は、変人扱いそれから動物扱い、存在扱い...最終的には もう誰求めることはできない程、酷かったですね。

同級生全員に目をつけられるという恐怖でした。それでも、欠席数だけは増やさないように。また、何故でしょう「両親に心配をかけたくない」という子供ながらの純粋な願望がありました。また、何故か「高校生に早くなりたい」という言葉をよく先生に話していたというのを中学の時、両親から言われました。正直、「高校生に早くなりたい」というのは全く記憶にありません。

虐めを受ける人には必ず「えっ?そんな所が居場所なの?」と思うような所があると思います。あくまで、個人的な経験ですが、あると思うのです。

私は、理科室の理科の先生が居場所だと思っていました。

その先生は、男性で背が高く古い眼鏡を掛けていた印象があります。ですが、先生にも職が変わるというのは付き物です。

その人は、何処かの研究員になり学校を辞めました。そして、女性の理科の先生に変わりました。「あぁ、居場所が無い」と気づいた時には、既に私の周りは悪魔という虐める人ら、私を見た目で判断した人らばかりが私を待っていました。


今回はここまでにしておきます。

読んでいただき有難うございます。

この話を書いているとなんて言うのだろう。いろいろ細かく思い出してしまい、長々となってしまいましたね。そこの所は申し訳ございません。

もし、次も読んで頂けると幸いです。

この“てんかん”という病気が人々に広く伝わり、また誰にでも起こりうる病気であることを知って頂けると幸いです。この病気は、いつどんな時に起こりうるのかは分かりません。また、この話には載っていませんでしたが、この病気を抑える薬はあるのありますが、その効き目が完治するのかは人それぞれです。

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