仕事のサポート
会社へ着ついて、仕事の準備をする。
俺は技術営業という仕事をしている。まぁ営業に変わりは無いのだが、ただ売るだけでなく、扱っている商品が専門的なものが多いので機種の選定など少し技術者寄りの知識も活用して営業しているという具合だ。
扱っている商品のせいもあって顧客からの要望は専門的なものが多い。
仕様書とにらめっこをして回答しないといけないことも、手持ちのもので足りなければメーカーとの間を取り持って行くことも必要だ。
おかげさまで商品を売るだけでなくサポートもしないといけないのでとても忙しい。
ちょっと前の事だが、「顧客のサポートが多くてで仕事が周りきらない。俺のサポートが欲しいくらいだ」と、上司に嘆いていた。
そしたらついに俺にもサポートを付けてもらえることになった。
煩わしい雑務やちょっとした見積もりの発行などはサポートにお願いして、営業に専念するようにとのことだった。
サポートに来てくれてた人は麻木さんという新入社員だ。
「霧島拓人です。よろしくね。」
「はっ、初めまして。麻木麻美です。」
彼女は少し俯き加減になりながらも恥ずかしそうに挨拶した。つまりこれが上目遣いって奴なのだろうか……
「麻木さんはどこまで聞いてるのかな?
「えっ、どこまでというのは……」
「仕事の話ね。どんな仕事をするとか」
「あぁ、はい!すいません。霧島さんの営業サポートと伺っています。」
「そうそう、俺の仕事は営業なんだけどね、そのサポートをして欲しいんだ。」
「はいっ!」
返事ははっきりと威勢のいい声で言ってくれるので気持ちがいい。
「じゃあ、まずは扱っている商品から覚えていってもらおうか、それから実際に作業してみて……、こんなところかな。実は俺もサポートを付けてもらうは初めてなんだ。一緒に頑張っていこう。」
「よろしくお願いしますっ。」
返事の良さと、笑顔で答えてくれるので気持ちいい。
これから自分の仕事を任せていく。この子になら任せても大丈夫かなという雰囲気も出ていたので安心していた。
そして今に至るわけだが……
「はい、電話変わりました霧島です。」
「いつもお世話になります。」
「はい、えぇ、先ほどメールした見積書の件ですが?」
「えぇ、えぇ……、申し訳ありません。御社で使用の品番はAAAではなくABAですね。見積もりを再度作成致します。お手を煩わせて申し訳ありません。」
「はい、はい。こちらこそよろしくお願いします。」
「失礼致します。」
顧客からの電話だ。
麻木さんに作ってもらった見積書だが、顧客の要望する品物ではなく別の品番の商品の見積もりをしたようだ。
「これでいいのか?」という問い合わせで、お客さんに気づいて貰えてよかった。
「麻木さん?」
「はい、霧島さん。次は何の仕事をすればよいでしょうか?いつでも麻木は準備できております。」
麻木さんはいつも元気だ。
「先ほど作ってもらった見積書なんだけど、品番がAAAではなく、ABAだよ。お客さんから問い合わせが来たよ。」
「えっ!すいません。気づきませんでした。手配大丈夫ですか?どうしよう……」
「それは再確認してもらえるかな?お客さんが気づいてくれたから手配かかってる事は無いと思うけど、在庫があるかは再確認しないとね。」
「はいっ!すぐに取り掛かります。」
麻木さんは落ち込みながらもすぐに仕事にとりかかった。
「次は送る前に見せてね」
「はいっ!」
いつでも麻木さんは元気がいい。
その返事を聞いていると、大体の事は笑って許せる……
そんな期間は当に過ぎていた。
まぁ、俯いた表情で、聞こえるか分からないか細い声で「はぃ……」とか言われるものならこっちまで滅入って発狂しているかもしれない。
麻木さんはうっかり屋さんのようだった。
仕事を急ぐあまり確認がおろそかになる。ついつい自分の予定を優先させて本来するべき業務を見失ってしまう。
新入社員だ、まぁそこら辺は仕事をしていくうちに理解して、勉強してくものだ。
と、思っていたが、そうでも無かった。というのが正直な感想だ。
結構手取り足取り教えていたつもりだったが、まだまだ足りなかったか、私の頼み方が悪かったのだろうか?それとも彼女の素質なのか?
「霧島さん!できました。」
「早いな。はい!超特急で仕上げました。」
「超特急でも中身がアレだと困るんだけど」
「大丈夫です。」
(だからそれが大丈夫じゃないんだってば……)
「ここね。納期は前のと同じで大丈夫だった?」
「すいません、確認してませんでした。
「えーっと、じゃあ確認してくれるかな」
「すぐにやります。」
「急がなくていいから、落ち着いてやってね……」
俺は若干頭を抱えていた。
正直これなら一人でやっていた方が早いのではないだろうか?
良くない言葉が頭をよぎる。
それでもめげずに麻木さんは頑張っている。
失敗しても悪気が無いという感じでもなく、すいませんすらハキハキとしている。
たまにイラッとするが、まぁ、まだ許せる範囲だ。
「麻木さん、さっきの見積書作り終わったら、A社の電磁弁の仕様書を取り寄せておいてもらえるかな?B社に納品するユニット一覧見れば型番載ってるから」
「分かりました!」
麻木さんは返事は良い。そう返事は良いのだ。気持ちのいい返事をしてくれる。
中身はポンコツだけど……
「麻木さん、今日終わったら飲みに行こうか?」
「飲みですか、良いですね。麻木の予定はOKです。」
「そうか、良かった。今日は夕方までに仕事終わらそう」
「はいっ!」
そんな話をしていたら隣の日浦さんがちょっかいを出してきた。
「いいねぇ、飲みかい?麻木さん誘って、僕は誘ってくれないのかな?」
「日浦さんも行きましょう!」
麻木さんが答える。
(何故麻木さんが答える?)
「おっ、いいねぇ。じゃあ霧島君のおごりで」
「えっ!そりゃあ無いですよ。日浦さん」
「いやぁ、子供ができたらお小遣い制でね。意外にきついんだよ」
「飲みに行って、子供は良いんですか?」
「そうなんだよねぇ、嫁と子供が待ってるからねぇ。ご飯作ったのにとか言われたりねぇ」
「家族がいるとそうなりますよね」
「だから霧島君、僕は残念だけどいけないから、その分麻木さんをご馳走してあげてね。麻木さんも遠慮しないでね。」
「はいっ!」
(いや、奢るの俺なんだけど、ってか奢ることになってるし、返事はいつも通り良いし)
「そこも元気良いんだな」
「もちろんです!」
麻木さんはいつでも元気がいい。
これで仕事ができてたら最高だったな。でもそしたら俺なんかあっさりと追い抜かれてたかもしれないなぁ、と思った。
「仕事終わった?」
「あとちょっとです。」
「俺は終わったけど、手伝おうか?」
「いえ、あとちょっとなので大丈夫です。ありがとうございます。」
「そっか、終わるまで次の仕事少し手を付けてるわ」
「あぁぁ!待ってください。手を付けないでください。霧島さんが次の仕事手を付けたら私が終わっても帰れないじゃないですか」
(そんなに言わなくても……)
「いや、別にちょっとだし、麻木さん終わったら切り上げるから」
「そんな事言って、あとちょっとがすごいかかるじゃないですか。ダメです。今日はダメです。先にお店言ってても良いですからダメです。」
「なんだよ、その言い方。分かったよ。仕事しないで麻木さん待つよ」
そう言うと麻木さんはにっこり笑って「ありがとうございます!」と元気な声で答えた。
麻木さんの仕事はどれくらいかかるのだろうか?
仕事をしないで待つと言っても、会社にいて仕事しなかったら何をすればいいのだろうか?
仕方が無いのでこれから行くお店の事を考えていた。
肉か、魚か、和食か、イタリアンか、普通の飲み屋でもいいかなぁ?そういえば高架下にドイツ居酒屋とかできてたな。ドイツ料理ってどんなのだろうか?
俺は携帯を取り出して、「スーさん、駅前のドイツ居酒屋を調べて欲しいんだけど」と言った。
「えっ!誰ですか?スーさんって!」
麻木さんが高い声で聞いてきた。
「AIの名前だよ」
俺は普通に答える。
「えぇっ!霧島さん、AIに名前付けてるんですか?というより、AIって何ですか?ゲームか何かですか?」
目を丸くして興味があるそうに聞いてくる。
「AIはAIだよ。人工知能っていうの?MUNEって前に宣伝やってたじゃない。覚えてない?」
「えぇっ、人工知能ですか?すいません、あんまり覚えてないです。」
「そっかぁ、後で見せてあげるから、早く仕事終わらせちゃいなよ。」
「はいっ!後で見せて下さいよ。忘れないですからね。」
「分かった、分かったよ」
何故か麻木さんは興味を持ったようだ。興味を持った時、麻木さんの行動力はすごい。あっという間に調べ上げて資料を作ったり、私用でも急に遠くまで出かけたいたりする。
麻木さんにエンジンが入ったので仕事もすぐに終わるだろう。
携帯を見るとドイツ居酒屋のホームページが表示されていた。
携帯をサイレントモードにしていたのでスーさんは静かに文字で解説をしている。
メニューはいろいろあるな、ジャーマンポテトにズッペ?ズッペってなんだ?
あぁ、具だくさんのスープの事なのか。
アイスバインとか肉の絵を見てても美味しそうだな。
見てるだけでお腹が空いてくる、今日はここに行きたいな。
え~っと、店の場所は……、席は……、スーさんが痒い所に手が届く感じで結果を表示してくれる。
「麻木さん、ドイツ料理食べたことある?」
「無いです!あったかもしれないけど覚えてないです。」
(即答だな……)
「じゃあ高架下にできたドイツ居酒屋行ってみる?」
「OKです」
「仕事終わった?」
「まだです。もう少し待ってください。霧島さんがこんなに振らなきゃいいんですよ」
「えぇ?俺のせい?」
「そうです。だから今日は奢ってください。」
「分かったよ……、だから早く終わらせようね~」
「なんか意地悪ですね。霧島さん」
「なんで?手伝うって言ってるじゃない?」
「そういうのじゃないです。」
「ん~。分かったよ、おとなしく待ってるよ。」
「別におとなしくしてなくていいですよ。」
「ん~、じゃあどうするかな……」
「無理して喋らなくてもいいですよ」
「あぁ、そうするよ……、怒ってる?」
「あぁ、もう話しかけるから終わらないじゃないですか」
「ごめん、悪かった。ちょっとコーヒー飲んでくる。麻木さんも飲む?」
「……、ビールまで我慢します。」
(麻木さんはちょっとコーヒーを飲みにいく俺の事を横目で少しじーっと見て答えた。)
「あぁ、そうか。じゃあ俺も我慢しようかな。」
「霧島さんは無理に我慢しなくてもいいんですよ」
「なんか俺いじめられてる?」
「そんな事ないですよ。」
ん~、女心は分からない。ウザいのか?
なんだろうか、とりあえず俺は机の上を静かに整理しながら麻木さんが終わるのを待った。
2017/5/2 所々修正しています。