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白天郷

作者: 味男

 どこまでも広がる雪原の上を、私はただ独りで歩き続けていた。辺りを照らす物は何一つ無い。

もはやその美観を楽しむこともできないが、いずれにせよ見飽きた景色である。

私を包む深い闇は方角の確認さえも許さず、行き先は頭上をゆっくりと流れる星に委ねるしかない。

たとえ彷徨わずにを進んでいたとしてそれを確認する術も無く、過ちを指摘してくれる者も無い。

この歩みを保証するものは音もなく雪に沈む足の感覚だけだ。

もしも、空に浮かぶあの星がすぐ傍にあるとすれば、私は楽になれたのだろうか?無駄な推論だ。少なくとも今は・・・


 どれだけ歩いただろうか、暗闇を歩き続けた先に磁器反応を確認する。

そこには規模から見て灯台の類と考えられる鉄塔が一基だけ、忽然と聳え立っていた。

鉄塔の周辺には建造物こそ無いものの、代わりに数十個の熱源反応が検知される。

少し時間をおいて熱源の動きを観察したところ、どれも鉄塔の周辺および内部を徘徊している。その様子は周期的で乱れはほぼない。

熱源反応の微弱さから察するに、それらは警備用の機械兵だろう。少なくとも生体ではない。

ここは詳しく調査すべきか、過去の経験と今の状況を比較して考える。おそらくここは「当たり」で、調査すべきだろう。

私は周囲に何も存在しないことを確認してから、懐にしまっていた偵察機を起動した。

およそ六時間後、無事に帰還した偵察機から細かい情報を得る。

鉄塔周辺の徘徊者はいずれも旧式の人型機兵で、その両腕には銃器を携えている。

もっとも、いずれも凍り付いており、まともに動作しないと予測する。危険性は皆無とみて良いだろう。

また、熱源反応とは別に雪に埋もれて動かない機兵が数体存在した。

目立つ損傷が見当たらないことから、電源切れによる機能停止だと思われる。

つまり、現在起動中の機兵も電源残量は僅かと言う事になる。

焦る必要は無い。持参してきた電源には十分な余裕があるし、鉄塔の内部にはそれ以上の電源が備蓄されているはずだ。全て回収すればよい。


 どれだけ時間を経ても変わらない景色の中、私は機兵に知られぬよう警戒しつつ鉄塔に近づく。

もっとも、この闇では何も見えないし、旧式の機兵が熱源や磁器を探知するとも考えづらい。

なにより戦闘能力はほぼ殺がれている。今の私にとっては脅威に当たらないが、それでも注意するに越したことはない。

やがて十数歩先に機兵を確認する。よくよく見るとその動きは確かに規則的ではあるが、積もりきった雪を嫌がるように見えて中々に滑稽でもある。

私は両腰に備えた拳銃を二丁とも抜き雪を充填して機兵の背部、電源部分に向ける。

すぐさま一発目を放ってその配電線を切断し、続けて二発目で固定部を破壊する。

ここでようやく機兵が反応を見せるが、すぐに停止して熱源反応が消失する。破壊成功だ。

私は停止した機兵から電源を取り出して、内容物を自身のそれに移す。

機兵からの電源収奪は過去に何度も繰り返した行為であり、今や一連の処理は思考する暇もなくこなせる。

まるで、そのために設計された機兵であるかのように。

取り出した電源は残り僅かだが、この状況下では贅沢を言うつもりはない。

さらに機兵を弄って使えそうな部品を探るが、使えそうなのは凍り付いた銃器くらいのものだ。

その上、対応した弾丸は十分に確保できない。諦めよう。

一呼吸を置いたころに新たな機兵の接近を確認、銃に雪を再充填して構え直す。


 ここに来てから二時間ほど経過しただろうか、十数回にわたる収奪を通して撃ち続けた銃が熱を帯び始めた。

このままでは充填した雪を即座に蒸発させてしまう。

再使用にはしばらく時間を置く必要があるだろう。

さて、どの機兵も他機の停止にまるで反応しないことから、通信・その他機能が完全に停止していると推測。

もし鉄塔内部も同様であれば、ここへ赴いた成果はあまり期待できない。

過去には何度も無駄足を踏まされたことはあるが、それでもなお徒労を憂う余地がまだ自身に残っていることを再認識する。

新たに機兵が近づいてくるが、今や銃が使えないため接触は避けて進む。

幸い鉄塔はごく近く、特に問題なく入口前に到着する。

私は改めて周囲の安全を確認した後、再び偵察機を起動して鉄塔内部に発進させた。

偵察機を待つ間、私は特にする事もなくただ黒い天空を眺め続けた。

そこには無数の星が浮かび、時間を経て少しずつ流れて視界から消えると共に新たな星が視界に入ってくる。

それらはすべて恒星であり、実際にはその周囲に惑星が回っているはずだ。ここからはどう足掻いても見えないが。

この宇宙全体を見渡せば、この地球のような星はいくらでも存在するのだろう。そう思う度に私の活動が空虚に思えてくる。


 静かに佇むこと四時間後、丁度銃が冷えてきた頃に偵察機が帰還する。

私は偵察機から塔内地図および機兵の進路を収集し、それを基に自身が取るべき最適な行動順序を計算する。

塔内の機兵はここと同じ型番で状況も等しい。同様に処理すればいいだろう。

ただし屋内では雪の補充はできないため、今の内に過剰量の雪を背部衣嚢に詰める。おおよそ二十発分、節約すればもう二・三発は撃てるだろう。

さらに待機すること数十分、予定通りに二機の巡回者が入口直ぐの通路を通過する。行動開始だ。

いつもの動作で両者の電源を収奪して補充し、そのまま中央を目指す。

塔内は常用灯はおろか非常灯すら落ちているため、取得した地図と磁器反応だけが頼りになる。

ここは灯台だと思っていたが、構造が複雑な割りにはこれといった装飾は見当たらない。元々の軍用基地か何かだったのだろうか。

光源の一つでも生きていればそれを頼りに何らかの考察ができるのだが、今や標識すら読めないため推測で止めざるを得ない。

先と同様に数回の収奪を挿みながら進み、とうとう鉄塔の中央部に到達する。

上階からは何の反応もない。施設の特徴から見て上がる価値は薄いだろう。

一方で地下からは更なる熱源が検知された。次は地下に進むことにする。


 ここまできて、先ほどの憂いが俄かに晴れると共に新たな問題を目の当たりにする。

証明が落ちているにもかかわらず、地下につながる気閘が今も機能しているのだ。

つまり、地下では未だ大気が現存していることになる。厄介だ。

私は思案の末に銃を腰に戻し、用意した雪を全て捨てた。

現在所持している銃は僅かな火薬を用いて雪を蒸発させ、その空気圧で弾丸を打ち出す。

そういった性質上、真空中では威力を発揮する一方で大気中ではまともに機能しないのだ。

少し戻って機兵の銃器を入手することも一考したが、凍り付いたそれを復元する手段を持ち合わせていないため断念せざるを得ない。

代わりに腕に備えた短剣を抜く。あまり使いたくはないが、これからはこれに頼る必要があるだろう。

残る問題はもう一つある。気閘の起動は施設の起動を意味し、それは施設全体に私の存在を感知させることになる。

短剣での戦闘は危険を伴うため回避したいが、地下の状況次第ではそれも叶わないだろう。

だが、この先に自体を進展させる何かがある可能性は否定できないし、今更引く気は毛頭無い。

意を決して気閘を起動し、徐々に加わる大気圧を身に染み渡らせる。

忘れて久しい気圧は想像以上に強く、補強したはずの四肢をも震わせる。

加圧中、背部に残る僅かな雪が落ちる。私はその崩れる音を聴く。

それは四肢の痛み以上に大気の存在を証明しており、未だそれらが現存するとは思ってもいなかった。

やがて訪れた静寂がよりその事実を強く意識させる。


 鉄塔の地下は気温こそ皆無ではあるが、かつてと変わらぬ大気を保持し続けていた。

この分だと、先に確認した熱源反応には僅かならぬ期待が持てる。

私の存在は既に感知されているが、できるだけ音を立てないように通路を進む。

もっとも、今のところ近くには熱源反応が見られない。磁器反応も微弱だ。

また、地上部は迷路の様だったがここの構造は一直線だ。壁には標識の類すら存在しない。

伏兵の心配が無いのは良い。とはいえ隠れ場が無いのは不安でもある。

しばらく進んだ先、熱源反応のすこし手前に過剰規模の扉が確認された。

前に気閘が設けてあったあたり、ここは施設にとって重要な部屋なのだろう。

不安は今のところ杞憂だった。が、機兵がいないことはある種の警告ともとれる。

つまり、この先には何か恐ろしいものが待ち受けている可能性が見受けられるが、裏を返せばそれを得られる可能性でもある。

強大な兵器の一つでも拝借できれば私の目的成就に貢献するはずだ。

さて、右に備えられた制御盤で扉の開閉を試みるが、それには管理者権限が必要。当然私は所持していない。

強制操作ができるなら問題ないが私にそういった機能は備わっておらず、正攻法を断念する。

結局、短剣を用いて制御部を破壊、手動で扉をこじ開ける。重い、が、かろうじて動く。


 ず、ずず、ずおぅ。部屋の中には壁一面を覆う装飾、いや、何らかの画面と操作盤が確認された。

驚くべきことに、熱源反応は画面から検知される。画面が点灯しているのだ。

光自体は数時間前に流れ星として眺めたばかりだが、それをこれほど近くに感じるのは久しぶりだ。

目元に固まった雪を払って画面を確認する。

『こんにちは、侵入者→要件は?』

失ったはずの感情が胸を突く。会話・・・最後にしたのは何時だったか。

「本設備に兵器の類はあるか?」

『過去には存在しましたが、全て消失しています→他の要件は?』

「本設備の動力源はどこにある?」

『この先にあります→目的は?』

「それが欲しい」

『拒否します→他の要件は?』

「動力源を分けてほしい」

『拒否します→他の要件は?』

本来なら滑稽でしかないのであろう機械との単調な問答。

だが、私にはそれが嬉しくてたまらなかった。

たとえ、それが用意された仮初めの言葉であったとしても。

「拒否する理由を教えてほしい」

『分ける理由がありません→他の要件は?』

続けてその文字列を入力するために、どれだけの時間を要したのだろう。

数秒か、数分か、はたまた数時間か。

とにかく私は動力源を分けてもらう理由として、こう入力した。

「もう一度、白い天空を見たい」

『その言葉が理解できません→他の要件は?』

当然だ、機械にこの意味が分かるはずがない。一拍置いてから新たに入力する。

「ならば力づくで奪い取る」

すると私が入った扉の対面、より大きな扉が開く。

同時に複数の熱源反応を確認、機兵が私を止めようとしているのだろう。

『侵入者を排除します→休止状態に移行』


 合計四機の機兵は両腕に機銃を携え、異常なほど太い四本足でその身を支えている。

明らかに戦闘用であり、その武力は地上で見た機兵とは比べるまでも無い。

が、がががが、がががががががが。計八門の機銃が一斉に音を立てる。

射線を予測して跳び避ける。機銃が向きを変える。再度跳ぶ。音は鳴りやまない。何度も跳ぶ。

実弾ならば永遠には打ち続けられまい。その推測は確かだが、相手の人工知能は決して無能ではなかった。

相手のうち二機が狙いを私から外す。それが何を意味するか即座に把握するが、既に遅い。

外れた射線は私を囲うように描き、徐々にその幅を狭めていく。

逃げ場がない。いや、一箇所だけある。私はそこを目掛けて跳ぶ。弾丸が私の腕を掠める。

銃撃がぴたりと止む。理由は至極単純だ。私は今、施設の心臓たる制御部を背にしている。

もし機兵が私を撃てば施設自体が破壊される。それゆえにあちらは攻撃をとめざるを得ない。

私はゆっくりと振り向き、制御部に入力する。

「これ以上の戦闘は無益だ、中止を要求する」

『了承、攻撃を中止します→要件は?』


 ・・・おそらく先よりずっと長い沈黙の後、改めてここに来た目的を入力する。

自分でもそれが何を意味するか、それがどれだけ無謀であるか、そして、それがどれだけ無意味であるかは理解している。だが決して嘘ではない。

「もう一度、この星を太陽の下に戻したい」

『不可能です→他の要件は?』

解っている。何度も挫折した。だが何度も夢見直した。

もう映像としては思い出せないが、あの日起こったことは決して忘れない。

かつて人類は文明発展の勢いを制御できず暴走させ、最悪の形でその終わりを迎えた。

直接その事態を引き起こした原因は今でも解らないが、何らかの理由により地球は太陽軌道を離れたのだ。

それに伴い大気は徐々に凍り付き、いつしか地球は物言わぬ永久凍土と化した。

それでも当初は幾つかの生命反応が残っていたが、やがてすべて消失した。・・・唯独りを除いて。

私は再び太陽を取り戻し、元の地球を見るためにここにいる。そのためだけに。

「不可能でも、やるだけの事をやりたい」

『他の行為を推奨します→他の要件は?』

「他にすることはもう無い、あの日から八百年以上経つ」

返答は即座に来ない。機械にもどうすべきか判断しかねるのだろう。

『私から質問します→この施設に生存者はいますか』

「人類は滅びた。だれも生きてはいない」

『私から質問します→では貴方は何者ですか』

腕に痛覚を感じる。たとえ体を機械化したとしても、寿命の概念を無くしたとしても、そう。

「私は人間だ」

『私から質問します→人類が滅びたにもかかわらず、なぜ貴方は生きているのですか』

「死ぬ理由を無くした。今更死んでも誰も喜ばないし、悲しみもしない。」

『私から質問します→まだ、我々が稼働する理由はありますか』

「私は知らん。死にたければ好きにすればいい」

『質問を終了します→機能を停止します』

「待て、まだ話は終わっていないぞ。待て。」

反応が無い。この施設がどういった思考をなしたのかはわからない。

ただ、機械ですら自らの死を望んだ事は事実だ。むしろその方が賢明とすら言える。

私に死ぬ気はまだ無い。扉を抜けて動力源を回収する。機兵に備えられたそれとは比較にならない量だ。


 数時間後、私は施設を離れて回収した動力源を保存する。

それは実に膨大ではあるが、星の軌道を変えるには到底及ばない。

仮に地球全ての動力源を集めても、それが実現する可能性はごく僅かだろう。

だが、私は未来永劫をかけてでも成し遂げると誓った。

設備との対話でも答えたが、他にやる事もない。

ただ最後の人間としてやれるだけの事をやりたい。それだけだ。


 いつまでも変わらぬ白景色の中、私は再び歩き出す。活動のための電源はまだ十分にある。

いつまでこれを繰り返すのか、いつになったら終わるのかは私自身解らない。

もしかしたら、隕石の衝突で地球が崩壊する方が先かもしれない。

保持した電源が尽きて活動出来なくなる方が先かもしれない。

それでもなお、私はもう訪れない明日のために歩き続ける。

足元では小さな花が一輪だけ、かつてと変わらぬ姿のまま静かに眠っていた。

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