例えば僕らは画面に向かって話をするわけだけど、視線が合うことはあるのかな
「持つべきものは友達だな……なんて君がそんなことを唐突に書き出してくるものだから、僕もつい見入ってしまったじゃないか。君のことだから何か裏でもあるんじゃないかって。君のことを信頼した上でだよ? 疑ってなんかいるものか」
携帯電話の画面越しに、綴られる文字が僕らを繋ぐ。今に始まったことではないがSNSの発達の勢いは留まることを知らず、遠く離れていても近くにいるような、そんな疑似感覚が僕を支配しつつある。僕はときとして思う。現実で顔を合わせていても尚、人は他者に自らの望みの虚像を被せる。その人の本性と呼べるものを見たことなんて僕は一度もない。SNSで炎上するコメントの類いだって、その言葉が全てじゃないわけだ。例えば愛しているの言葉一つ、状況によっては称賛のシャワーか批難のシャワーか、温度の難しさときたらこの上ない。
――持つべきものは友達。言葉通りの意味だぜ。久しぶりの手紙で、すっかり漢字が出てこなくて参った……でもたまにはいいもんだ。
「達筆なのは相変わらずじゃないか。漢字を知っていても読解不可能だと言われるくらいに字が汚い僕に言わせれば羨ましい限りだ」
――俺たちも過去を振り返るような年になったな。
「振り返るって言ったってまだ21だよ」
――あの頃は楽しかった。
「今だからそう思えるんだろ。当時は僕も君も苦痛でしかなかった。規則正しい学校生活なんていうのは実に単調だからね」
――お前も過去を懐かしむようになる日が来るよ、そのうち。
「そんなものかな……。ああそうそう、それで。手紙折り返し有難う」
――礼を言うべきは俺の方だ。お前くらいだよ、俺の誕生日に手紙を寄越す奴なんて。早速一緒に送ってくれた万年筆の書き心地を試したくなって書いてみたけど、あれはとてもいい。
「中学の頃なんか、紙に手書きで小説書きあってたよな。ちょっとそれ思い出した」
――お前だって、過去に浸ってるじゃないか。
「そうだな、こればっかりは仕方がない」
一対一の会話なら、何も苦労することはない。ただ、大多数の人間が控える巨大電子ネットワークにおいては、言葉の多くは一方通行だ。過ぎ行く時間の名残を懐かしむことはあっても、電子空間で細々と光りながらぽつんぽつんと取り残されていく言葉の灯の数々を懐かしむ人間がどれだけいるだろう。送り手からすればただ発信されるだけの言葉、受け手からすれば自分の好きなように解釈して咀嚼される言葉たち。
――彼女とは最近どうなんだ?
「ああ、別れたよ。あまり話せなくてつまらない、だってさ。彼女は言葉の質をわかっていない」
――何だかな、その彼女遠距離には向いていないような気はしてた。
「他愛ないことで盛り上がるのも愛なのかもしれないけどさ、常に共感を求めるのは違うと思うんだ。頻度は少なくても僕らだから交わせる会話とか、そういうのが僕は欲しかった」
――まぁ仕方ないよ。女って別の世界の生き物っていうし。
「こうしてチャットでやり取りするのが一年に数回くらいの君の方がよほど信頼があるかな」
――俺も、こういう仲でいられるのはお前くらい。
「っと、ごめん。そろそろ外出の用事があるから、また今度」
――了解、またな。
友達になろうと言って作る友達、コミュニティに所属する以上知り合うことを余儀なくされてできる友達、好奇心が噛み合ってできる友達――様々な出会いの場があふれる中で、やはり大切なものは知らず知らずに当たり前とみなしている日常の色を纏って目には見えない。そもそも僕は友達という関係を示す言葉自体好きではない。言葉には定義が必要だ。そうして、僕は人との関係性に定義は必要ないと思っている。
次は一々好きかどうかを問うような女の子は遠慮願いたいものだな、そう思いながら僕は黒くなった携帯の画面を見つめた。この中にはある種の小宇宙があると思う。まだまだ未開のことだらけだ。




