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#71 裏切者

 大きくS字を描いて湾曲しながら続く通路を進むグエインたち。

 先の見えない通路の場合、突然正面や後方から敵が現れることもある。前後を警戒しながら進む彼らの前にジャイアントアントの集団が現れる。

 その構成はナイトアントが2体、ガーディアンアントが4体、さらにその後ろにカノンアントが3体とその影にコマンダーアントが一体。新種であるアントレディアの姿は無かった。


「新種はいないみたいだな。ルーク、行くぞ! アリーシャは後ろにも注意を払っておいてくれ!」

「おう!」

「了解!」


 敵を発見すると同時に、グエインとルークが距離を詰め、さらにその後ろにアリーシャが続く。後衛では魔法使いのヒルダが杖を構えてタイミングを見計らい、回復役のハロルドは盾を構えて、敵の遠距離攻撃に備えた。


「おぉおお!」

「『ファイアアロー』!」

「こっちは任せろ!」


 グエインが腰を落とし、彼の方へと突進してきたナイトアントを盾で受け止める。僅かに後ろへと押し込まれた彼だが、すぐに足に力を籠めてナイトアントを抑え込む。

 足を止めたグエインを狙って、後方にいるカノンアントが放った酸弾。

 飛来するそれらを、ヒルダの放った数本の炎の矢が打ち抜き蒸発させる。さらにもう一体のナイトアントを、ルークが受け止めた。

 グエインとナイトアントが押し合い、その動きが止まったところで、彼の後ろから素早く駆ける影が近づく。


 グエインの背後から現れたアリーシャが、足の甲殻の継ぎ目を狙って短剣を振るう。

 腱を切られたナイトアントは自重を支えられずにその場に崩れ落ちる。彼女はそれを横目に確認すると、ルークが抑え込んでいるナイトアントへと駆ける。

 同じようにもう一体のナイトアントが崩れ落ちたところで、彼らの背後から声が届く。


「グエイン! 横に! 『ロックカノン』」

「おうよ!」


 声に反応したグエインが素早く横へ移動すると、先ほどまで彼がいた場所を岩の砲弾が通り過ぎる。

 彼らへと向かっていた酸の弾丸を巻き込みながら進む岩の砲弾は、後ろにいたカノンアント一体と、その護衛役をしていたガーディアンアント2体をまとめて吹き飛ばす。

 砲弾を盾にしながら走っていたグエインとルークが敵の前衛に開いた穴へと飛び込み、左右のガーディアンアントを壁側へと押し込む。その隙間を狙って放たれた岩の槍がさらに2体のカノンアントを地面に縫い付けた。

 攻撃役がやられ、退却しようとしたジャイアントアントたちを動けなくした後は、順番に首元へと短剣を突き刺して止めを刺していく。


「お疲れさま。誰も怪我はしてないか?」

「ああ俺はこの通り、怪我一つしてないぜ」

「俺もだ」

「アタシもかすり傷一つないわよ」

「それは何よりだ。さっそく解体作業に移ろう」


 怪我人がいないことを確認すると、すぐさま解体作業を始める。

 不要な部分の多い腹部を取り外し、ナイトアントからは背中部分の甲殻を、カノンアントからは内臓器官を取り出す。

 敵の増援が来る前に移動するため、この場で完全に解体せずにある程度の大きさのに分けた後は、袋詰めにして鞄へとしまっていく。


「解体は済んだな? 他のジャイアントアントが寄って来る前に移動するとしよう」

「ええ、その前に――」


 解体を終え立ち上がったアリーシャが、腰のベルトから短剣を抜き、後方でナイトアントの解体をしていたヒルダたちの方へと投げる。

 風を切りながら一直線に飛ぶ短剣は、解体のためにしゃがみ込んでいたヒルダへと迫り――その横を通り過ぎると、曲がり角の向こうから姿を現そうとしていたアサシンアントの頭へと突き刺さった。


「わっ!? びっくりした!」

「アサシンアントか、全然気が付かなかったな」

「こいつらは気配を消すのが上手いからね。それにしてもヒルダ、いくら解体中だからってもう少し周りに気を付けたほうがいいわよ? もしアタシがあなたを狙うつもりだったらどうするのよ」


 そう言ってアリーシャはため息をついた。


 冒険者同士の殺し合いはもし発覚すれば厳しい処分が下されるが、ダンジョン内では目撃者もなかなかおらず、証拠も残りにくい。

 目撃者全員を殺してしまえば、特殊な魔導具を使用しない限りは発覚することもない。そのため、ごく稀にだがダンジョン内で他の冒険者を襲い、その装備や狩りの成果を奪い取るような悪質な冒険者も存在する。

 後はモンスターの素材をギルドで換金し、奪い取った装備は別の町で流してしまえばいい。表に出しにくい商品を専門に扱う商人というのも、探せば見つからないわけではない。


 数か月かけてパーティーに馴染んだと思っていた仲間が、実は悪質な冒険者たちが送り込んだ内通者だったというのは、この手の輩が良く使う手段でもある。

 解体中や休憩中の無防備な時を狙い、魔法使いや神官を殺した後は、合流した仲間たちと共に残りの冒険者たちを殺し、その持ち物を奪い取るのだ。他にも金に目が眩んだ仲間に殺されるということも、あり得ない話ではない。

 よほど信頼できる仲間だけでもない限りは、解体中でも他の冒険者の動きに気を配っておくのは当たり前のことである。


「私はアリーシャを信じてるから!」

「信じるって……アタシがこのパーティーに参加したのは、たった2か月前よ? その前から付き合いがあったとしても、そんな簡単に信じる根拠なんてないでしょうに」

「根拠は勘かなー」

「ヒルダの勘はよく当たるぞ? なにせ今まで一度たりとも外れたことが無いからな!」

「勘って……はあ、もういいわ」


 自信満々に根拠は勘だと断言するヒルダと、同じく自信満々に彼女を支持するグエインを見て、アリーシャが額に手を当てる。


「ヒルダの勘が良く当たるのは事実だからな。彼女の勘のおかげで難を逃れたことも何度もある。それに、俺たちもアリーシャが裏切るとは思っていないさ。なにせ――いや、この話はやめておこう」

「そう……それならいいわ」


 アサシンアントの解体を済ませて戻ってきたルークが、アリーシャに声をかける。

 途中で言いかけたのは、彼女の昔のパーティーの話だったのだろうか。少し気まずげに目をそらしたルークは、そのままグエインたちの元へと向かう。


 ヒルダが根拠としていた勘だが、ただの勘として切り捨てられるようなものではない。

 長年冒険者を続けている彼らの中には、その勘のおかげで命を拾った者も多いのも事実だ。特に魔法使いや神官といった役割の者の中には、予知能力に近い精度の勘を発揮する者も存在する。


「おーい、アリーシャ! 何してるのさ、早く先に進もうよ! ぐずぐずしてると敵が来ちゃうよ!」

「わかってるわよ! ほら、勝手に進まない! いきなり襲われても知らないわよ!」


 通路の先から彼女を呼ぶ声に叫び返すと、アリーシャは駆け足で前へと向かう。


「おお? アリーシャが笑ってる? いったいどうし――」

「うるさいわね! 索敵の邪魔になるからちょっと静かにしてなさい!」


 顔を覗き込もうとするヒルダを黙らせたアリーシャは、正面を警戒しつつ前へと進む。

 その後も何度か戦闘をこなした彼らは、ようやくT字に分岐する突き当りへと到着した。


「確かここを右に進んだ先で新種を見たんだったか?」

「そうだな、さすがに同じ場所に留まっていることは無いだろうけどな。この近くにはまだいるかもしれねえ」

「他のやつらがどこにいるかも確認したい。とりあえずは右の道に――」

「しっ! ちょっと静かに、今何か聞こえたわ」


 アリーシャの言葉に、他のメンバーが口を閉じる。その場で目をつむり、じっと耳を澄ませていた彼女だが、通路の先から僅かに響いた声を聞きとった。


「右の通路から聞こえるわね。それに、なんだか様子がおかしいわね。どうする?」

「……モンスターと戦って追い込まれているのかもしれないな。様子を見に行くぞ。状況次第では加勢する」

「そうだな、どうせ新種を見つけたら一当てするつもりだったんだ。同業者が困ってるなら見捨てるわけにもいかないだろう」

「俺も賛成だ」

「よし! じゃあ急ごう!」

「ならちょっと走るわよ。どうやら余裕がなさそうだわ」


 焦った表情を浮かべるアリーシャの後ろに続いて駆ける一行。

 曲がりくねった通路――その先にある小部屋の中から、怒鳴り声が響いている。


 小部屋に到着した彼らの目に飛び込んだのは、地面に倒れ血だまりの中に沈む4人の冒険者とそれを守るように攻撃を凌ぐ男。そして――仲間を守ろうとしている男に襲い掛かるもう一人の冒険者だった。

 攻撃を凌ぐ男に外傷は見当たらないが、その動きは鈍っており、何とか攻撃を防いでいるといった様子だ。


「おい! お前ら何してやがる!」


 その光景を見て状況を理解したグエインが怒鳴りつける。

 男に襲い掛かっていた冒険者は、血走った目であたりを見回すと、分が悪いと判断したのか反対側へと逃げていった。そして、攻撃を凌いでいた男はその場へと崩れ落ちる。


「大丈夫か!」

「……おそらく毒にやられてるわね。さっきの戦いを見るに、麻痺系の何かだと思うわ」

「お、俺より……先、に……仲間を――仲間を頼む……」

「おう! すぐに診てやるからちょっと待ってろ! ハロルド、急いで診てやってくれ!」

「任せろ!」


 すぐにハロルドが倒れている冒険者の様子を見るが、既に三人は事切れており、残りの魔法使いの女性も傷は回復したが意識は戻らなかった。


「次は君の番だ『キュア』」

「……ありがとう。それで仲間は――」

「一人は生きてはいるが意識は戻っていない。残りの三人は残念だが……」

「……ちくしょうが!」


 回復魔法の礼を言うと、すぐに仲間の様子を聞く男だが、言葉を濁しながら首を振ったハロルドの様子を見て仲間の死を悟り、悔し気に叫ぶと地面に拳を打ち付ける。

 冒険者たちの死体は、ダンジョンに飲み込まれてしまう前に、ひとまずマジックバッグへと収納するようだ。遺体を傷つけないように、一体ずつ丁寧に収納されていく。


「さて……その様子を見れば何があったかはだいたい察しが付くが、一応話してくれないか?」

「……ああ、まずは――」


 男はそれまでのことをぽつりぽつりと語りだす。


 彼らは新種の噂を聞き、それに挑むためにやって来たのだが、彼らの前にもアントレディアに挑んだパーティーがあったそうだ。

 彼らが到着した頃にはそのパーティーはすでに全滅しており、戦闘を行っていたと思われるアントレディアたちもダメージを負っていた。

 不利だと判断したのかどうかは分からないが、アントレディアたちは仲間の死骸を持ってその場から退却し、冒険者の死体と回収しきれなかった装備がその場に残されていたそうだ。


「全滅した奴らには悪かったが、俺たちは喜んだよ。なにせ、戦うことなく大金を手に入れられたんだ」

「それで――そのあと仲間に裏切られたのか」

「ああ……罰が当たったのかもしれないな」


 手に入れたのは聖銀の魔剣と短剣、そして全滅したパーティーの装備品。死亡した冒険者の装備品は、ギルドに提出した後はいくつかの手続きや調査をクリアすれば発見者へとその売却額の四分の一が渡される。死体の残りにくいダンジョンでも、それは例外ではない。

 高ランクの冒険者の装備品であれば、それだけでもかなりの大金となる。さらに今話題になっている聖銀の魔剣まで手に入ったとなれば、かなりの収入になるはずだ。そう、もしも全員で山分けせずに独り占めできれば、たとえ裏ルートで捌いたとしても残りの人生を遊んで暮らせるほどに――


 男の話によれば、裏切った冒険者とは10年近い付き合いだったそうだ。

 小部屋で休憩する際も、渡された毒入りの水をメンバー全員がなんの警戒もなく飲んでしまった。体が麻痺してからも、目の前で起こっていることが信じられなかったと男は言った。


「なあ……報酬は出す。このまま俺たちをダンジョンの外まで連れて行ってくれないか? 俺だけじゃここから脱出するのは難しい。できれば仲間の死体も持って帰ってやりてえんだ」

「……少し、仲間と相談させてくれ」

「ああ……よろしくお願いします」


 うなだれる男から離れ、仲間同士で相談するグエインたち。

 男の話に特に怪しいところは無かったが、先ほど逃げた冒険者とグルだった可能性もある。


「どうだ? 俺としては特に嘘をついてるとは思わなかったが」

「彼の話を完全に信用するわけにはいかないが、このまま放っておくわけにもいかないだろうな。できるなら、彼らをダンジョンの外まで連れだすべきだ」

「そうね……使われた毒が入っていた容器も見つけたわよ。ギルドで販売してる対モンスター用の麻痺毒よ。エサに練り込むのにも使われる無味無臭のタイプね」


 アリーシャが見つけてきた容器に入っていた毒は、ギルドでも普通に販売されているものだった。体内に入れると徐々に効果を発揮するが、微量であれば体質にもよるが体が動きにくくなる程度で済む。

 生き残った男は運が良かったのだろう。もっとも、グエインたちが駆けつけなければそのまま死んだ仲間の後を追うことになっていただろうが――


「私としては連れて行ってあげたいかな」

「そうだな……彼らを連れて脱出しよう。そうと決まればすぐに移動するぞ!」


 仲間同士での相談を終え立ち上がったグエインが男へと近づく。それに気が付いて顔を上げる男だが、その表情からは気力が抜けていた。


「あんたらを連れてここから脱出する。報酬はギルドの規定通りだ。それでいいか?」

「ああ、ああ! ありがとう、それで頼む!」


 グエインの差し出した手を掴んだ男は、僅かに気力を取り戻すと、涙を流しながら礼を言う。


「泣くのはここから脱出した後だ。俺はグエイン、あんたの名前は?」

「……そうだな。俺はディナンドだ。グエインさん、助けてくれて感謝する。アルマは――生き残った仲間は俺が背負うよ」

「おう、ちゃんと守ってやるから心配すんな」


 ダンジョンの奥へ逃げていった男を追いかけるわけにはいかない。深追いすれば、モンスターに囲まれてしまう可能性もあるだろう。

 たった一人でダンジョンに逃げ込んだ男が無事に逃げ切れるかは不明だが、脱出される前に急いでギルドに報告する必要もある。

 壊滅したパーティーの生き残り2名を加えたグエインたちは、ダンジョンから脱出するために来た道を引き返した。

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