#68 工房見学 後編
次にやってきたのは、いくつもの炉が並ぶ鍛冶用の区画である。
移転する前と全く同じ間取りのこの区画に来ると、あの魔結晶の実験の様子を思い出してしまうな……魔結晶の性質や身体強化などの成果もあったのだが、最後のあの光景が一番印象に残ってしまっている。
あれからも何度か工房の視察には来ているが、その時には危険を感じるような出来事は無かった。おそらく今回も大丈夫だとは思うが――
後ろにいる妖精たちも、フィーネから以前の話を聞いていたのか、どことなく緊張しているようにも見える。フィーネに至っては警戒心を丸出しであちこちを眺め、怪しい物が置かれていないことを確認してほっと息を吐いていた。
妖精たちの様子を見たシュミットが少し落ち込んでしまっている。そこまで警戒することも無いだろうとも思うのだが、彼女の自業自得でもあるので仕方ない。
「ギギー」
「これが報告にあった新型の炉か?」
「ギギギ」
やってきたのは、普通のものよりも赤みがかったレンガを使用した炉の前だ。最近完成したとの報告が来ていた新型の炉なのだろう。赤く見えるのは、砕いた炎竜王の鱗が含まれているためである。
「ギギッ!」
「ダン! さっそく何か作ってみるみたいだよ!」
「そうみたいだな。ここで見学させてもらおうか」
「うん!」
その場に用意してくれた椅子に座り、鍛冶の様子を見せてもらうことにする。
シュミットが炉に備え付けられた扉を開けると、中から黄金色の光が漏れ出した。
中には既に加工する金属が入れられていたようで、炉の中から取り出された後は、素早くハンマーで加工されていく。
加工されているのは、赤みがかった金色の金属――オリハルコンである。
今まではどうやっても加工できず、完成品をDPと交換するしかなかったオリハルコンだが、新型の炉が完成したことによってついにダンジョン内で加工ができるようになった。
残念ながら原石からの精錬はまだできていないが、精錬済みのオリハルコンは手に入れることができる。完成品を直接交換するよりはコストも少なくなり、用途の幅も大きく広がった。
「ギギー!」
「おおー! すごいね!」
「これで装備のグレードをもっと上げられそうだな」
出来上がったのは、オリハルコン製のナイフだ。ここから完成まではいくつかの作業が必要になるので、すぐに使えるという訳ではないが、オリハルコンの加工に成功したのは大きな成果だと言えるだろう。
少し地味な作業なので妖精たちが飽きないか心配だったが、今回は最後まで飽きずに鍛冶作業を見てくれていたようだ。決して飴状になったオリハルコンが気になっていたわけではないと思いたい。
今回加工したオリハルコンだが、その名に恥じず加工は非常に難しいものだった。この金属の加工に必要なものは、高い熱量ではなく膨大な量のマナだったのだ。
炉に入れたオリハルコンを熱しながらマナを吸収させていくと、徐々に飴状へと変化する。この状態からマナが抜けて元の状態に戻るまでは、オリハルコンを加工することができる。先ほど炉から漏れていた黄金の光は、炉の内部で燃える炎とマナの光が合わさったものだ。
オリハルコンを加工するためには、大量のマナを供給できる燃料が必要となるが、ここでも役に立ったのは世界樹の枝であった。
杖の加工中に発生する木屑や端材などを集めて炭を作り、それを燃料にすることでようやく必要な火力とマナを生み出すことが可能になる。
さらに発生する熱量とマナに耐えられるように炎竜王の鱗と骨を混ぜ込んだレンガで炉を作り、内部には魔力遮断物質を焼き固めたものと炎竜王の皮を張りつけることで、発生するマナと熱を逃がさない構造となった。
まだまだ炉の耐久などの問題点は多く存在するが、今後の改良によってより効率的に加工ができるようになるはずだ。
これだけの準備が必要となる金属を外ではどのようにして加工しているのかが気になるが、残念ながらアイテムによって得られる知識はどうすれば加工できるようになるのかという原理だけだった。そのため具体的な方法は分からずじまいだ。
なんにせよ、手間はかかるが加工には成功している。これでダンジョンのモンスターに持たせる装備の幅が広がったのは間違いない。
「ギギー」
「次の場所に向かうみたいだよ! 早くいこうよ!」
「もう少し見ていたい気もするけど、時間もかかりそうだし仕方ないか」
次の工程に進むためには、内部に吸収したマナを放出させる必要があるので少々時間がかかってしまう。残念だが、またの機会に見せてもらとしよう。
次に向かうのは錬金術を研究している部屋である。今回の視察ではこの部屋が最後になる予定だ。
やってきたのは、工房の中でも隅の方へと作られた場所。ここではいろいろな素材を使った実験を行い、新素材を作りだしたりその性能を確かめたりしている。
乾燥させた植物や鉱物の原石がテーブルの上に並び、ブクブクと泡立つ液体の入った試験管やフラスコ、片隅にある魔法陣の上には得体のしれないカラフルな中身の入った鍋などが置かれており、いかにもな雰囲気が漂っている。
もしも鍋の前でローブを着た魔女が、中身をかき混ぜながら邪悪な笑みを浮かべていたとしても違和感はないだろう。
紫の液体が入った鍋からは煙が立ち昇り、それが部屋の中に漂っているのだが入っても大丈夫なのだろうか? アントレディアたちは気にした様子もないので危険はないのだろうが、何とも言えない奇妙な臭いと雰囲気で足が止まってしまう。
妖精たちも顔を見合わせ、部屋の中に入るかどうか迷っているようだ。
「ね、ねえダン。このまま中に入っても大丈夫なのかな?」
「……中で作業しているアントレディアがいる以上大丈夫……なはずだ」
「じゃあダンが先頭ね! アタシたちは後ろからついていくよ!」
背後へと回ったフィーネが、仲間の妖精と共に俺の背中をぐいぐいと押し始める。妖精の力で押されたところで、動いたりはしないのだが、彼女たちも分かったうえでじゃれついているようだ。
「ギギ?」
「遊んでいる場合じゃなかったな。ほらフィーネ、シュミットが白衣を持ってきたぞ」
入り口で遊んでいると、シュミットが白い布を手にして戻ってくる。
どうやら白衣を持ってきてくれたようだが、アントレディアたちは着ていない。何故か妖精サイズのものまであることを考えると、この時のためだけに準備していたのだろうか?
せっかく用意してもらったのだから、ありがたく使わせてもらうとしよう。
白衣を着こんだところで、後ろから袖を引っ張られる。振り返ると、白衣を着た妖精たちがこちらを見上げていた。
「ねえねえダン! どうかな? 似合ってるかな?」
「ああ、みんな似合ってるぞ。白衣を着ているといつもより一段と賢そうに見えるな」
「ふふーん!」
白衣の感想を聞いたフィーネが、ご満悦な様子で胸を張る。
それにしても、白衣を着た妖精たちを見て疑問に思ったことがあるのだが――
「なあフィーネ。背中に羽があるのにどうやって白衣を着たんだ?」
妖精たちが着ている白衣だが、背中に穴が開いているわけではない。白衣の背中部分から羽が飛び出しているのだが、どうなっているのだろうか?
水浴びをしている最中はいつもの服を着たままだったので、服ではなく体の一部のようなものだと思っていたのだが、違ったようだ。
「ふえ? どうって、普通にこうやって――」
首をかしげつつも、白衣を脱いだり着たりするフィーネだが、羽が布地をすり抜けるという、なんとも不思議な現象が目の前で起こっている。
試しに羽に手を伸ばしてみるが、ちゃんと触ることができた。しかし、布地は羽をすり抜けていく。どういう原理なのかと羽を摘んだまま考えていると、フィーネがくすぐったそうに身をよじる。
「ダン! そろそろ離してよ!」
「おっとすまない。羽を摘んだままだったな」
「もう! 妖精の羽は簡単に触っちゃダメだよ!」
抗議の声に慌てて羽を離すと、ようやく解放されたフィーネが両手を振り上げて怒る。
なんでも妖精の羽は風や魔力を感じ取るために非常に敏感らしく、軽くつままれただけでもかなりくすぐったいらしい。いきなり触られると驚いてしまうとのことだ。
……確かにいきなり触るのは良くなかった。しばらく怒っていたフィーネだが、何度か謝るとようやく許してくれたようだ。
「羽を触るときはちゃんとアタシの許可を取ってからにしてよね!」
「ああ、今度からは気を付けるよ。じゃあ白衣を着たところでさっそく中に入るとするか」
「おー!」
何とか許してもらったところで、さっそく工房内を見学するとしよう。
羽の謎については結局分からなかったが、そういう魔法かなにかなのだろう。妖精たちも当たり前のことだったので、気にしたこともなかったようだ。
不思議な臭いの漂う工房内を進むと目的地へと到着する。この区画では、以前手に入れた世界樹の樹液の性質について調べている。
世界樹の樹液は非常に高い治癒効果を有している。その効果は、致命傷でもたちどころに回復させ、欠損した部位すら繋げなおすことが可能だ。
ダンジョン内に植えてある世界樹からも樹液は手に入っているが、エルフから手に入れたものと比べると効果は微弱なものだった。回復効果の違いは濃度によるものかと考えたのだが、ダンジョン産のものは濃縮してもそこまで高い効果を発揮することは無かったので、別の要因があるのだろう。
もっとも、単体での能力が低いジャイアントアントには強力な回復効果はそこまで必要ではない。ダンジョン産のものでも十分な回復効果は発揮できる。
それよりも、現状そこまで大量の樹液が必要となることは無いので、余ってしまう樹液の使い道を考える必要がある。
樹液の使い道を探るための実験で判明したのが、特定の物質を変化させる効果である。
鉄やミスリル、オリハルコンなどの金属を濃縮した樹液の中に沈めておくと、その強度や魔力の伝導率を増すため、武具や魔導具に使った場合の性能を引き上げてくれる。
複雑な手順も必要ではないため、樹液さえ用意できれば手軽に強化をすることができるはずだ。
今まで加工方法すら分からなかった魔結晶も、樹液の中に沈めることで液体へと変化することが判明した。
液体になった魔結晶はそのままでは使えないが、樹液を加熱して水分を飛ばしていくと半透明の樹脂になる。この樹脂は魔結晶には劣るが、非常に高い強度を誇っている。
完全に乾く前なら加工も容易なことや、魔結晶の持つ性質も引き継いでいることから素材として期待されているのだが、魔結晶の量が限られていることと、武器を作る場合に必要な樹液の量が膨大なので量産は難しそうだ。
粘土のような状態になった樹脂を、妖精たちが楽しそうにこね回している。
貴重な素材ではあるのだが、完全に乾燥させる前ならば何度でも作りなおすことができるので問題はないだろう。いくつか作品が出来上がったところで、今日の視察を終了するか。
「いい時間になったし、そろそろ帰るとするよ。今日は一日案内してくれて助かった」
「ギギー……」
そろそろ戻ることをシュミットに伝え、名残惜しそうにするアントレディアたちに見送られながらコアルームへと帰還する。
妖精たちはまだ遊び足りなかったようだが、あまり長居しすぎて邪魔をするわけにもいかない。代わりに普通の粘土をプレゼントしてお開きとする。
ダンジョンにやって来る侵入者の数は徐々に増えているが、こちらの戦力も順調に強化されている。まだ見ぬ強敵に備えるためにも、さらに強化を進めておきたいものだ。
次回は冒険者側のお話になる予定です。




