#67 工房見学 前編
実験場から出た俺たちは、そのまま工房内へと向かう。
先導するシュミットの後に続いて案内されたのは、武器の製作に使っている部屋の一つだった。
こちらは鍛冶作業ではなく、弓矢や杖の製作を行っている部屋のようだ。あちらこちらでアントレディアたちが作業を続けており、完成品が積み重ねられている。
シュミットが進むのはそのうちの一つ――世界樹の枝を利用した杖を作っている場所である。どうやら、先ほどの杖を実際に作って見せてくれるそうだ。
製作現場の片隅には、失敗作となった杖がいくつか残っていた。失敗作はそのほとんどが処分されてしまっているが、こちらに置かれているものは品質は劣るが杖として使用できるものとのことだ。
「ねえねえダン。どうしてこの杖は失敗だったの?」
片隅に残された杖を見て、フィーネが首をかしげる。
確かに、その場に残されている杖は見た目に関しては完成品との差異はほとんど無いと言える。表面を磨いた世界樹の枝を使っているところや、純度の高いミスリルを使った細工がなされている点などは全く同じだ。
シュミットに説明してもらおうと思ったのだが、足りなくなった材料を取りに行ってしまったため、今はここにはいない。
今までの開発状況の報告によって、ある程度は分かっている。材料を取りに行った彼女が戻ってくるまでに、時間つぶしがてら妖精たちにいろいろと教えるとしよう。
「じゃあシュミットが戻ってくるまでに軽く説明だけしておこうか」
「うん! みんなー! ダンがいろいろ教えてくれるみたいだよ!」
その声に反応して、工房内を見て回っていた妖精たちがこちらへと戻ってくる。さらに、周囲で作業していたアントレディアたちも手を止めてこちらに注目している。期待を込めた目で見られると、少々気恥ずかしいな。
そもそも俺が解説するよりも、実際に作業しているアントレディアたちに説明してもらった方が良かったのでは? そんなことが頭によぎったが、期待に目を輝かせる妖精たちを見ると、いまさら交代というわけにもいかないか。
「じゃあ最初から説明していこうか。まずは――」
最初は杖とはどういう道具なのかという点からだ。妖精やモンスターは杖を使わずに魔法を使うことが多い、彼女たちにはあまりなじみの無い物だろう。
杖は魔法を行使するときに使用する補助具である。その目的は杖に含まれるマナによる魔力の増幅と、杖の内部を通すことによる魔力の安定化だ。
人間が使う魔法と、モンスターが使う魔法には精霊を介するかどうかという大きな違いが存在するが、魔力が必要となる点では共通している。どちらも杖を利用することで、その効果を向上させることが可能なのだ。
「はいはーい! なんで杖を使うと魔力が増幅するの?」
説明を始めるとすぐさまフィーネが手を挙げる。どうやら質問がしたいらしい。
妖精たちは、アントレディアの用意した小さなテーブルの上にちょこんと座り、こちらを見上げている。
まるで学校のような光景だ。俺にもここに来る前にはこんな過去があったのだろうか?
失われてしまった記憶について考えを巡らせていたのだが、待ちかねた妖精たちに急かされてしまった。
「ああ、すまない。杖の原理は――」
妖精たちの質問に答えながら、杖の原理、加工方法とその理由、そして今までの失敗作とその問題点について説明していく。
コーティング方式から釘での固定、接着剤を使用したタイプまで説明が進んだところで、シュミットが戻ってきた。その手にはマジックバッグが握られている。
「ギギー」
「ああ、やっと来てくれたか。じゃあここからはシュミットに交代だ」
「ギギッ!?」
何事かとあたりを見回すシュミットに向けて妖精たちの歓声があがる。事情を説明すると、すぐに納得して説明を引き継いでくれた。
「ギギ!」
シュミットがテーブルの上へと材料を出していく。どうやら実践しながら解説してくれるようだ。
まず取り出したのは表面の樹皮を剥いて乾燥させた世界樹の枝だ。枝の表面にある凹凸を削り、ある程度形を整えるとそれにヤスリをかけて磨いていく。
杖の形が整い、表面が艶やかになったところでこの作業は終了だ。この工程で凹凸のなくなった杖の内部を魔力が綺麗に流れるようになる。
加工の最中で発生する木屑は一か所に固められている。
箒で掃きとられて小さな山になった木屑を、イタズラ好きの妖精の一人が触っていたのだが――
「くしゅん!」
かわいらしいくしゃみが聞こえるとともに、粉末状の木屑が舞い上がる。宙を漂う細かな木屑が、近くにいた妖精を白く染め上げてしまった。
頭から木屑を被ってしまった妖精は目をぱちくりとさせると、頭を振って積もった木屑を落とす。木屑自体にも大量のマナが含まれているため、あまりに大量に吸い込むと危険なのだが、この程度では異常は出ないので問題はないだろう。
「ギギー」
「えへへ、ごめんなさーい!」
シュミットに注意されると、イタズラ妖精は元いたテーブルへと戻っていく。
集められた木屑は、箱の中に入れられて別の場所へと運ばれていった。木屑とはいえど含んでいるマナの量はかなりのものである。ちゃんと利用すれば、まだまだ素材として活用できる。
次に、シュミットが磨いた枝へと魔力を流していく。これは枝の内部で魔力が留まらないか、魔力が抜けてしまう部分はどこかを確かめる工程だ。
魔力が綺麗に流れていることを確認した後は、魔力が抜けてしまう部分に数種類の染料で色分けしながら印をつけて次の工程へと移る。
妖精たちは今度はおとなしく見学していると思いきや、色とりどりの染料の入った瓶をキラキラとした目で眺めていた。……後でシュミットたちに、妖精たちに染料を分けてもらえないか聞いておこう。
染料は食用にもなる木の実から抽出した物なので害はない。ダンジョン内の落書きは増えることになるが、禁止したところには落書きをする妖精はいないので、それくらいならいいだろう。
通路の落書きが増えたところで実害はほとんど無いどころか、ダンジョン内に描かれる落書きを楽しみにしているアントまでいるのだ。
次に取り出されたのはミスリル製のパーツとハチミツ色の液体だ。どうやら、コーティング方式や釘での固定ではなく、接着剤を使った方式が採用されたようだな。
目ざとい妖精たちが瓶の中身に反応しているが、残念ながらあれはハチミツではなく接着剤だ。
「ほらフィーネ、みんなにお菓子を分けてやれ」
「わーい! みんな! おやつだよ!」
アントレディアに許可を取り、フィーネに飴玉の入った瓶を渡す。
よだれを垂らさんばかりの表情でハチミツ色の瓶を見ていた妖精たちだが、どうやら興味はそれたようだ。
順番にフィーネから飴をを受け取ると、口の中にいれてとろけるような笑顔を浮かべていた。
飴玉を堪能する彼女たちに気付かれないように、そっと胸をなでおろす。
危険性の少ない木屑や染料と違って、接着剤を妖精に触らせるのは避けたい。さすがに口には入れないとしても、瓶の中に手を突っ込んでしまうだけでも大惨事になる可能性があるだろう。
以前接着剤の付いたフィーネが頭の上に張り付いた事件があったのだが、あれは今でも思い出したくない事件の一つだ。接着剤が剥がれるまでの数日間は本当に大変だった――
そんな心配をよそに、妖精たちは配られたお菓子を食べ終わり、おやつの時間がひと段落付いたところで、シュミットが杖の製作を再開する。
枝についた印の部分にミスリルの細工を合わせると、ハンマーで微調整してから接着剤を塗っていく。実用化に値する杖の完成の要因はあの接着剤だ。
世界樹の枝は非常に高い魔力の増幅効果を持つが、同時に加工の難易度が高い素材の一つである。
枝の内部には魔力の通り道があり、その中を通ることで枝の内部のマナと魔力が反応して増幅される。しかし、未加工の場合は表面の凹凸により魔力が流れにくく、樹皮を取り除いて加工してしまうと魔力が外へ漏れやすくなるため、加工後に発生する魔力の噴出口をなんとかする必要がある。
噴出孔を魔力を通さない物体で遮断してしまうと、行き場を失った魔力が全体の流れを乱してしまう。そこで、魔力を通しやすいミスリルによって噴出孔を覆う必要があるのだが、いくつもの問題が発生した。
最初に試したミスリルによるメッキは完全に失敗だった。
溶液内でミスリルを析出させる際に枝と反応が起こり、ミスリルの被膜に包まれた枝の表面が変質してしまったのだ。
魔力を増幅するどころか、絶縁物資となってしまった世界樹の杖は完全に失敗作である。魔力を通さない物質という副産物はあったのだが、目的だった杖としては到底使うことはできない。
次に試されたのが、ミスリル製の釘で細工を固定する方法だ。
こちらはうまくいくように見えたのだが、枝の内部に潜り込んだミスリルと枝の魔力の伝導率の違いで魔力の流れを乱してしまった。さらに長時間の使用に枝内部のミスリルが耐えきれないという問題点も発覚したため、実用化は見送られることになった。
最後に使われたのが、接着剤によってミスリルを張り付ける方法である。
こちらは枝の内部に影響を与えない反面、接着剤の魔力伝導率で性能が大きく変化する。接着剤の開発に試行錯誤して、ようやく実用化に成功したようだ。
先ほど置かれていた失敗作も、この方式で作られたものである。
ようやく完成した接着剤の素材や、その割合などを解説しながらシュミットが杖を作っていたのだが――
「くーくー」
「すぴー」
「むにゃ……」
おやつの時間の後に地味な作業が続いていたせいか、妖精たちの大多数は眠ってしまっていた。眠りこけるフィーネを起こしてみるが、すぐにまた舟をこいで夢の中へと旅立ってしまった。
しばらくして、ようやく杖が完成した時には、起きている妖精は残念ながらいなかった。この手の作業の見学はやはり妖精たちには少し退屈だったようだな。
「ギギギー……」
「あー、ほら、俺は見てたからな。そうがっかりしなくても――」
眠りこける妖精を見て、シュミットが肩を落とす。妖精たちにいいところを見せようと思っていたようだが、見学させる作業の選択が少し悪かったな。
しばらくシュミットを慰めると、何とか気力を取り戻したようだ。その間に眠っていた妖精たちも起きたようで、後は接着剤が乾燥するのを待つのみとなった杖を見てはしゃいでいる。
何はともあれ、杖も完成したのでこの部屋での見学は終わりだ。次の場所へ移るとしよう。
次の部屋でもまた妖精が眠ってしまうようなことが無ければいいのだが……
引率:ダン 生徒:妖精たち 工場長:シュミット
でお送りしました。
昔、伝統技術の見学に行った際、見学中にクラスの大半が眠りこけるという痛ましい事件が……




