閑話 キノコパニック 後編
菌糸の森に覆われた11階層に多くのフェアリーマッシュたちが集まっている。
森の中にできた広間に集まったキノコたちは皆一様に興奮しており、周囲は異様な熱気に包まれていた。
しばらくの間ざわめいていたキノコたちだったが、一回り大きな赤いキノコが広場の中心にある菌糸に包まれた切り株の上に乗ると、途端に静まり返った。
切り株の上のキノコはあたりを見回すと、咳払いをするかのように一度胞子を飛ばす。
『え、えー、本日はお日柄も良く――』
『……マッシュ陛下、今日は曇りですぞ』
切り株の近くにいた黄色いキノコが念話を飛ばすと、陛下と呼ばれた赤いキノコは体を震わせた。
周囲を囲んでいたキノコたちの熱気も、心なしか薄れてしまっているように見える。
『フ、フハハ。なに、ただのジョークだキノー大臣。緊張をほぐしただけだとも』
『そうですか?それならよいのですが』
『無論だ。それに我らにとっては晴れよりも曇りの方が良いとも言えるだろう』
取り繕うように付け足したマッシュ陛下は、再び集まったキノコたちへと演説を再開する。
『諸君、ついに時は来た!我らはかつてのような無力な存在ではない!我らは知能を、そして新たな力を手に入れた!今こそ我らがこの世界を手にする時である!』
マッシュ陛下が体を大きく振るわせるとあちこちから歓声が上がる。
『知能を得た我らは妖精たちから言葉を、森の動物からは足を得た。だが、我らはまだまだ進化することができる!下等な種族どもとは違うのだ!』
その言葉でさらにフェアリーマッシュたちはヒートアップしていく。
品種改良でフェアリーマッシュたちが得たのは知能であった。
知能を得た彼らは、他の生物に気付かれないように菌糸を張り巡らせていく。その途中で妖精たちから言葉を、森にいる動物たちからはその足を模倣することで新しい能力を得た。
そして、十分な力を得た彼らは、長い時間をかけて地中に張り巡らせていた菌糸を成長させ、ついには11階層の地表を支配することに成功したのだった。
『いつの日か我らは大地を、そして天をも支配するだろう!だが、その為には広大な土地と新たな獲物が必要だ!キノー大臣、説明せよ!』
『ははっ!』
キノー大臣と呼ばれたどことなく知的な雰囲気の漂う黄色いキノコが進み出る。
『先ほど我らが同胞の一人が未確認の生物に攫われました。詳細までは不明ですが、森にいたものよりも高位の生物であると推測されます』
『キノー大臣、その生物の根城の目星は付いているのかね?』
『もちろんでございます。菌糸の覆う地表には他の生物はおりません。ならば菌糸の無い場所、地下深くに連中の住処があるのでしょうな』
『地下か……ファンガス将軍!地下へと攻め込むとして、勝算はあるのかね?』
すると、今度は紫色のキノコが現れた。
『陛下!もはや答えるまでもありませぬ!下等種どもが我らの前に立ちはだかったとしてなんの障害になりましょうか!すぐに連中の住処を制圧して見せましょう!』
『素晴らしい!素晴らしいぞファンガス将軍!これで我らの野望の実現がまた一歩近づいたぞ!』
『陛下!我らの未来は明るいですな!』
『まったくだなキノー大臣。フハ、フハハハハハ!』
マッシュ陛下の高笑いと共に、キノコたちの熱気は最高潮になる。
広場に集まったフェアリーマッシュたちのどれもが、明るい未来を夢想していた。
『さあ、吾輩に続くのだ!我らの明るい未来はすぐそこだ!』
切り株から颯爽と降り立ったマッシュ陛下は、気合を入れるように胞子を振りまくと駆け出す。
配下のキノコたちを引き連れ、森の中を駆けるマッシュ陛下は――少し進んだところでバランスを崩して盛大に転んだ。
◆
モニターに映るフェアリーマッシュたちは、転移陣の置かれた地下へと向かっているようだ。
『フハハハハハ!同胞たちがついに動き出したようだな!今ならまだ吾輩の下僕にしてやっても良いのだぞ?』
「むきー!アタシたちは絶対に負けないんだから!」
仲間が動き始めたのを見たフェアリーマッシュが、またもや高笑いをしながら胞子をまき散らす。
もし相手がこのキノコと同程度ならば、そこまで脅威ではないと思うのだが……
『主様、どうなさいますか?このまま放っておいても、転移陣の元にたどり着くのはかなり先のことになりそうですが』
『ふむ、菌糸も地下までは浸食してないんだよな』
あの菌糸がある場所は危険だが、それさえなければ幻覚効果と麻痺効果があるだけだ。先ほど派遣したアントレディアも、軽い症状が出たようだが既に治っている。そこまで危険度が高いわけではない。
地表を覆い尽くしている菌糸が地下深くまで伸びていないのは、成長に何か条件があるからだろう。結界に閉じ込められているフェアリーマッシュも胞子をばら撒いているが、それも成長する様子は見られない。
おそらくだが、ダンジョンに生息するモンスターと違い、成長するには何かしらの栄養素が必要なのではないだろうか?
フェアリーマッシュの移動速度もそこまで速くはない。放っておいてもしばらくは問題なさそうだが、彼らの目的はダンジョンの侵略だ。ならば、軽く脅しておくとしよう。
『通路を塞ぐ形でファイアアントを送り込むとしよう。胞子を吸い込む前に燃やしてしまえば問題ないはずだ。フェアリーマッシュは倒さずに脅す程度でいいだろう』
『畏まりました。すぐにファイアアントたちを向かわせましょう』
念話が終わるとともに、11階層の地下へとファイアアントたちが送り込まれていく。
通路内部を焼きながら進むファイアアントへと、フェアリーマッシュの大群が近づいていく。
そのまま戦闘になるかと思ったのだが、フェアリーマッシュたちは炎を見てすくみ上ってしまったようだ。懸命に胞子をまき散らして応戦しているようだが、その途中で焼き尽くされてしまいファイアアントまでは届かない。
そのうちに炎に炙られていたフェアリーマッシュの一体が逃げ出し、それに続く形で全員が逃げてしまった。
追撃しようにも地表は菌糸に覆われているうえに、通路内のように胞子を焼き尽くすのも難しいだろう。とりあえずファイアアントたちはこのまま待機だな。
『馬鹿な……このようなことが……』
「ふふーん!アタシたちの勝ちね!」
地面に倒れ込んだフェアリーマッシュに追い打ちをかけるように、フィーネが勝ち誇る。
しばらく倒れたまま震えていたキノコだが、何かに気付いたのか気力を取り戻すと立ち上がる。
『まだだ!吾輩たちはまだ進化することができる!すぐに貴様らの力など無効化してくれるわ!』
ふむ、確かにフェアリーマッシュの言っている模倣能力は脅威的ではある。だが、言語能力や魔法、筋肉の動きなどを模倣できたとしても、そう簡単に炎への耐性を獲得できるものなのだろうか?
『フハハハハハ!たとえ我が同胞を退けたとしても、それはただの子実体でしかない!本体である菌糸がひとかけらでもあれば吾輩たちは永遠に不滅よ!』
「ふふーん!だったらその前に全部焼いちゃえばアタシたちの勝ちよ!」
『ハッ!そのようなことができるわけが無かろう!どれだけの広さがあると思っているのだ?これだから下等種は――』
「いや、できるぞ?元々あの森を用意したのも俺たちだからな。環境を操作すれば不可能じゃない」
『なんだと!?そんな馬鹿なことが!』
もしも、彼らが炎に対する耐性を手に入れることができるとしても、その前に燃やし尽くしてしまえば問題はない。さすがに溶岩の中に落ちればひとたまりもないだろうし、高温にさらされれば成長もできないのではないだろうか。
驚愕するフェアリーマッシュだが、すぐに調子を取り戻すとこちらを見降すように踏ん反り返る。
『ふ、ふん!だが吾輩は知っているぞ!貴様ら下等種は吾輩たちがいなければ生きていくことはできないはずだ!そう簡単に我らを根絶やしにするわけにもいくまい!』
「その……大変言いにくいのですが……すでに里はフェアリーマッシュ無しでも存続可能なのです」
「そうよ!それに里には普通のフェアリーマッシュがいるもんね!」
『そんな……我らは不要だというのか……?』
フロレーテとフィーネの言葉で決着が付いたようだ。フェアリーマッシュは自らの胞子の上に崩れ落ちた。胞子にまみれたその体は、先ほどの溌剌とした姿とはうって変わって、どこか萎びてしまったようにも見える。
吾輩は不要、吾輩は役立たずと呟きながらその場に転がるフェアリーマッシュは、何とも同情を誘う姿だ。先ほどまで勝ち誇っていたフィーネも、居心地が悪そうな顔をしている。
このまま見ていても埒が明かないので、助け舟を出すとしよう。もしかしたら、今なら仲間にすることもできるかもしれないな。
「なあ、ちょっといいか?」
『無能な吾輩に何の用があるというのだ……吾輩にできるのはこのまま朽ちて養分になることくらいだ……』
本当にこのフェアリーマッシュは先ほどのものと同じものなのだろうか。先ほども面倒な性格だったが、卑屈になった今のフェアリーマッシュもかなり面倒な性格をしている。
一気にやる気をそがれてしまったが、このまま放っておくわけにもいかないな。
「お前たちは無能じゃない。胞子だけでもかなりの脅威になるはずだ」
『わ、吾輩は役立たずではないのか?』
「もちろんだ。その能力はきっと役に立つだろうな。よかったら俺たちの仲間にならないか?」
フェアリーマッシュは時折プルプルと震えながらも、何か考えているようだ。
しばらくして立ち上がったフェアリーマッシュは体についた胞子を落とした。先ほどの萎びた様子は消えている。
『おお、神よ!このキノコが仲間などとは恐れ多いことでございます。ぜひ下僕にしてくだされ!』
……このキノコはいったい何を言っているのだろうか?こちらは神でも何でもないただのダンジョンマスターなのだが。
フェアリーマッシュへと目を向けると、感極まったかのように震えている。
「いや、俺は別に神様なんかじゃないんだが――」
『ハハハ、これはご謙遜を!我らに知能を与え、驕り高ぶった我らに罰を与え、そのうえで役目を頂けたのです!天地を作り変える力まで持っておいて、神でないなどとはこのキノコでも騙されませぬぞ!』
知能が発生したのはただの偶然、それも妖精の手によるものだ。それに、別に彼らに罰を与えたつもりもないのだがどうやら聞いてはいないようだ。
落ち込んだフェアリーマッシュに役目を与えたのは事実である。環境操作も見方によっては神の力のようにも見えるのだろうがダンジョンコアの力でしかないのだが……
最初から最後まで面倒な性格のフェアリーマッシュだが、説得する手間が省けたのでわざわざ否定することもないか。
「あー、じゃあもう神でも何でもいいから、とりあえず仲間になるってことでいいんだな?」
『もちろんでございます!このキノコめに何なりとお申し付けくだされ!』
さっそく11階層を占拠しているフェアリーマッシュを説得してくるように伝える。11階層に転移させると、すぐに他のフェアリーマッシュの説得に成功した。どうやら、彼らも自信を打ち砕かれていたようだ。
そのまま仲間を連れて3階層へと移動してもらう。菌糸は地下に張り巡らせるように伝えておいたので、地表の変化で気付かれることもまずないだろう。
彼らの胞子の特性と、長時間の移動を強いられる樹海との相性は凶悪なものになるのは間違いない。
その後はフェアリーマッシュたちが反乱を起こしたりということもなく、事件は無事に解決した。
いつの間にか3階層の各地にキノコで出来た歪な人型の像が建っていたり、それに対抗してアーマイゼが土で巨大な像を作ろうと計画していたのを止めたりすることになったがその程度だ。
新しく仲間になったフェアリーマッシュたちは、きっとダンジョンの防衛に役立ってくれるはずだ。
こうして、ダンジョンに奇妙な住人が増えることになった。




