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閑話 キノコパニック 中編

 モニターには菌糸の森を歩くキノコが映っているが、ダンジョン内に敵対する生物の反応は無い。

 植物や小動物程度だと反応してくれないので、おそらくそのせいだろうか?どう見てもモンスターにしか見えないのだが、よく分からないな。

 何はともあれ、フィーネたちを起こして聞いてみるとしよう。あのキノコは妖精の里ができてからいつの間にか生えていたものだ。もしかしたら手掛かりが手に入るかもしれない。


「フィーネ、フィーネ。起きてくれ」

「うーん……」


 ミニチュアサイズのベッドで眠るフィーネをつついたが、起きる様子は無い。

 すやすやと幸せそうな顔で寝息を立てながら、以前購入したぬいぐるみを抱きかかえている。


「……仕方ない。奥の手を使うか」


 近くの棚からクッキーの詰まった瓶を取り出す。瓶の蓋を開けると、ふわりと甘いにおいが立ち昇る。さらに瓶をフィーネの元へ近づけるとフィーネが鼻をひくつかせ、ベッドの中から手が伸びる。すかさず瓶を離し、蓋を閉めると棚へと戻す。

 棚を閉めてから振り返ると、フィーネがベッドの上で目をこすっていた。


「やっと目が覚めたか。ほら、早く起きろ」

「うーん……クッキーは?」

「クッキー?何の話だ。クッキーくらいなら後でいくらでも食べさせてやるから。今は緊急事態だ」

「きんきゅーじたい?」


 夜中に起こされたせいでぼんやりとしていたフィーネだが、11階層の様子を見ると慌てた様子でこちらを振り返った。


「た、大変だよ!なんか白いのがいっぱいだよ!」

「ああ、どうやら妖精の里に生えていたキノコが原因みたいだ。まずはコアルームに行くぞ」

「う、うん!」


 フィーネを連れてコアルームへと移動する。その後少し遅れてフロレーテもこちらへとやってきた。


「さて、今回の異変の原因は妖精の里にあった例のキノコのはずなんだが……あのキノコについて知っていることは無いか?」

「では私から話しましょう。あのキノコは――」


 あのキノコはフェアリーマッシュと呼ばれるキノコだそうだ。

 フェアリーマッシュは妖精の里の内部の環境を整える他、妖精たちにテーブルや椅子などの家具代わりに使われる。その代りに妖精たちがフェアリーマッシュの繁殖を手伝うという共生関係を築いているとのことだ。

 フェアリーマッシュの胞子には微弱な幻覚作用があり、いざという時はフェアリーマッシュの胞子を詰めた袋を敵に投げつけることもできる。

 ただし、今までにあのように大量の菌糸を周辺に張り巡らせたフェアリーマッシュを見たことは無いらしい。つまりは、今回の品種改良が原因での暴走ということだろう。


「じゃあ次はアタシね!2週間前に――」


 フロレーテが話し終えると、次はフィーネが説明を始める。

 どうやらあのフェアリーマッシュは、フィーネが妖精のうちの一人に頼まれて作ったようだ。出来上がった当時は、サイズが大きくなっただけで足などは生えていなかったらしい。

 ふむ、おそらくはこの品種改良で出来上がったキノコだろうな。動けるようになった原因は不明だが……


「さて、原因も分かったところであのキノコをどうするかだな」

「そうですね。今は大丈夫なようですが、放っておくと別の階層まで浸食してくるかもしれません」

「ダンジョンがキノコに支配されちゃうよ!」


 菌糸は転移陣周辺も覆っているが、別の階層まで浸食する様子は今のところない。転移陣も問題なく機能しているようだが、いつ状況が変わるかは不明だ。

 念のために、11階層の外部へつながる転移陣を、地下深くにあるものを残して全て消しておく。これで万が一の場合にも四方八方に拡散してしまうことは無いだろう。

 未だに菌糸は地下までは浸食していない。後は完全に浸食が進む前に対処してしまうだけだな。


「さて、これでとりあえずの対策はいいとして、後はどうやってあの森を何とかするかだな」


 一番手っ取り早く済むのは焼き払ってしまう方法だな。ファイアアントたちを使って、菌糸を焼き払って焦土に変えてしまえばいい。11階層はまだ地表部分をそこまで拡張していないので、時間はかかるが制圧は可能だろう。

 敵対勢力が存在していないため、ダンジョン内の環境を変えるのも有りだな。煉獄あたりの環境にしてしまえば、灼熱の温度と極度の乾燥状態で一網打尽にすることも可能だ。環境に適応されてしまう可能性もゼロではないので、できれば奥の手として残しておきたいところだが。


 なにより、せっかく発生した特異なキノコなのだし、できれば何とか活用したいところだ。ただし、これ程までの勢いで広がるとなると、少しの失敗で大惨事につながりそうだな。フィーネの言うようにダンジョンがキノコに支配されるということも十分あり得る。

 ますは、先ほどモニター越しに発見した二足歩行のキノコと意思の疎通ができないだろうか?


「シュバルツ、あのキノコと何とか接触できないか?」

『ではアントレディアを向かわせて捕獲してみるとしましょう。結界の中に閉じ込めてしまえば、胞子が拡散することもないと思われます』


 ふむ、少々手荒な方法になるが、それ以外にいい方法はなさそうだ。

 11階層に生息していた生物が見当たらないということは、何かしらの攻撃手段を持っている可能性が高い。さらに地表を制圧されてしまっているとなれば、悠長に接触を図るわけにもいかないな。


「じゃあ俺たちはこの前話し合いに使った場所で待機しておく。後はよろしく頼む」

『畏まりました。万が一に備えて警戒は怠らないようにお願いします』


 念話を終えると、フィーネとフロレーテを連れて2階層へと転移する。

 しばらくして、派遣されたアントレディアがキノコを捕獲してきたのだが――


『くっ、この吾輩がこのような屈辱を…!一思いに殺せ!』


 結界の中でじたばたと暴れるのは、例の二足歩行のキノコ。胞子をまき散らしながらも結界に体当たりを敢行するが、その程度では結界はビクともしない。

 結界に衝突してはじき返されているが、器用に体をよじって立ち上がると、また体当たりを繰り返している。さらに、その合間に念話らしきもので周囲に喚き散らしている。


 ……もはやこのキノコがなんなのかは完全に不明だが、とりあえず意思の疎通は可能なようだな。


 結界に捕らわれた赤いキノコへと近づくと、それに気が付いた相手が威嚇するように震える。キノコの傘が震えるたびに、そこから胞子がぽろぽろと零れ落ちていく。


『な、何をするつもりだ!吾輩はたとえ拷問されようとも同胞たちの情報は売らんぞ!』

「手荒なことをしたのはすまない。だが、解放する前に俺たちの質問にいくつか答えてもらいたい」

『なぜ吾輩が下等種どもの質問に答えなければならぬのだ!早く吾輩を開放しろ!』


 どうやら取り付く島もないといった様子だ。まあ、こちらの接触の仕方も悪かったのだが……


 今のやり取りから察するに、二足歩行のキノコは目の前にいるキノコの他にも存在しているようだ。さらにこちらを下等種と呼んで見下しているようにも思える。まずはその辺りから何とか聞きだせないか試してみるとしよう。


「今、下等種と言っていたが、お前たちはフェアリーマッシュじゃないのか?妖精と共生関係にあったのに、何故いきなりこんなことをしたんだ?」

『共生?ハッ、笑わせてくれるわ!もはや我らに妖精の手助けなど必要ない。今こそ下等な妖精を廃し、我らの支配する王国を築き上げるのだ!フハ、フハハハハハ!』

「むむっ!妖精は下等じゃないよ!そっちなんてただのキノコじゃない!」


 キノコは自らの壮大な野望を話すと、胞子をまき散らしながら高笑いを上げる。


 フィーネの怒りをよそにキノコは高笑いを続けていたが、踏ん反り返ったところでバランスを崩してひっくり返ってしまった。

 静まり返った空気の中、体をよじって立ち上がったキノコは、取り繕うように胞子を飛ばした。


 ……状況を考えると厄介な相手には間違いないはずなのだが、どうにも気力をそがれてしまう。これが相手の策略なら大したものなのだが、どうやらそんなこともないようだ。


『ま、まあそう怒るな下等種よ。我らの王国が出来たその暁には下僕として使ってやろうではないか』

「むきー!」

「まあフィーネ、ちょっと落ち着くんだ」


 今にもキノコに飛びかかりそうなフィーネをなだめておく。さらに、その間に念話を使いフロレーテに相手の言葉の真偽を問う。


『フロレーテ、相手の言っていることは本当なのか?』

『そうですね。今のところ嘘はありませんね』


 ふむ、何も話すことなどないと言っていた割には、実際に話してみると聞いてもいないことまで相手は話している。先ほどのやり取りを考えると、案外簡単に情報を聞きだせそうだな。


「王国を作ると言っていたが、このままダンジョンを制圧していくつもりなのか?このままだと俺たちと戦うことになるぞ?」

『戦いだと?やれやれ、下等種が我らと戦って勝てるとでも思っているのか?貴様らなど相手にならんわ』


 結界の中のキノコは呆れたように念話を飛ばす。それと同時に飛んだ胞子もどこかため息のように見えた。


 このキノコは先ほど自分があっさりと捕獲されたことを覚えていないのだろうか。

 ……だんだんとフィーネの気持ちが分かり始めてきたが、まだ相手の戦い方についての情報が手に入っていない。ここは何とかこらえてさらに情報を引き出さなければ。


「本当に勝つ自信があるのか?悪いが、どうにも強そうには見えないんだが」

『はあ、これだから野蛮な下等種は困る。戦いは力だけではないのだ。吾輩のように頭を使ってスマートに戦わねばな』

「なるほど……ぜひ聞かせてもらいたいんだが、たとえばどんな戦い方をするんだ?」

『下等種はそんなことすらわからないのか?見よ!吾輩の体からあふれる胞子を!この胞子を吸い込めば幻覚を見ることになる。それだけではないぞ、徐々に体を麻痺させる効果もあるのだ!』


 キノコは自慢げに胞子をまき散らすが、結界に阻まれてこちらには届かない。宙に漂った後は、空しく地面に落ちるだけだった。


 確かに厄介な能力だな。幻覚作用だけならまだしも、体が麻痺するとなると面倒だ。

 胞子に対する対策ができなければ、11階層を取り戻すのは難航することになるかもしれないな。


『呼吸をする生物であれば、吾輩の胞子からは逃れることはできぬ!動けなくなったところで菌糸で包んでしまえば吾輩の勝ちよ!フハハハハハ!』


 キノコは得意げに語ると、またもや高笑いを上げる。傘を動かしボフボフと胞子をまき散らす姿は本当に楽しそうだ。

 それにしても、こちらから聞いたことだが自分が情報を漏らしていることには気が付いていないのだろうか?

 進化したフェアリーマッシュ全体がそこまで知能が高くない種族なのか、それとも目のにいるキノコが特別なのか。できれば前者であってほしいところだな。


 そんなことを考えていると、11階層を監視していたシュバルツからの念話が届く。


『主様、11階層で動きがありました。先ほど捕獲したキノコと同種とみられる生物たちが、一か所へと集まっています』

『ああ、監視ご苦労。それで、どのあたりだ?』

『11階層の中心からやや南西の、少し開けたところです』


 シュバルツに言われたとおりに、モニターで11階層を確認すると、赤、水色、黄色にピンク、さらには紫といったカラフルなフェアリーマッシュたちが集まっているのが確認できた。

 広場を埋め尽くさんばかりのフェアリーマッシュの数は千を超える程だろうか。いきなりあちこちから現れて広場へと集結したらしい。


 フェアリーマッシュたちは集まって何をするつもりなのだろうか。

 辺りには、未だに結界の中で高笑いを上げ続けるフェアリーマッシュの声が響いていた。

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