閑話 大災厄
本日2話目です。
ちらちら出てる大災厄のお話です。
こちらもちょっと短めです。
異形の化け物たちが守る地の底で私は一人考える。私はいったい何者なのか?
ダンジョンマスターとなってからどれだけの月日が経っただろうか。失われた記憶が戻ることは無い。そして、ただ作業のようにダンジョンを作り、侵入者を倒し続ける毎日に飽き飽きしていた。
こんなことの為に私は存在しているのだろうか。私は一体何をすればいいのだ。
仲間がいる者が妬ましい。
ダンジョンの外にある村や町には、私と同じ姿をした人間が住んでいる。互いに助け合って生きている彼らの顔には笑顔があった。私のダンジョンに挑む人間たちもそうだ。仲間と共に私のダンジョンを進む彼らの顔にも、生き生きとした表情があった。
私の表情が動いたことは、ここ数年の間には一度も無いだろう。私の周りにいるのは、異形の屍と悪魔だけだ。会話のできる相手など、どこにもいない。
いつだっただろうか。会話相手が欲しくなり、配下のモンスターと話ができないか試したことがあった。だが、言葉が通じず、私の命令に機械的に従う彼らは人形にしか見えなかった。
他の人間に殺されそうになっている少女を助けてみたこともあった。話しをしようと近づいた私を見る彼女の目は恐怖しか浮かんでいなかった。異形の化け物を従える私は、彼女にとってはさらに恐ろしい化け物にしか見えなかったのだろう。
何度試そうと結果は同じだった。ダンジョンを徘徊する屍が20体ほど増えたところで、私は外の人間との会話を諦めた。
外の世界が羨ましい。
ダンジョンマスターになってから、私は何かが満たされない思いを抱えていた。
ダンジョンの外には、この穴蔵にはないものがいくつもある。それは私を満たしてくれるかもしれない。何かが、私には何かが欠けているのだ。私はその何かが欲しいのだ。
配下のモンスターが手に入れた外の情報を知る度に、私の中には淀んだ思いが降り積もっていった。だから私は外の世界へと出たのだ。きっと外の世界には、私を満たしてくれるものがあると信じて――
ダンジョンから這い出た異形の化け物たちは、蹂躙の限りを尽くした。
不死者の王とその兵士は、生者を死者へと変えてその軍勢へと加えた。醜い顔を笑みの形に歪めた悪魔たちは欲望の限りを尽くし、人間たちの町を蹂躙した。
異形の軍勢に立ち向かう人間たちもいたが、皆等しく動く屍となり私の配下に加わった。日に日に私の支配する領域は広がる。だが、私が満たされることは無かった。
ダンジョンの中から毎日見ていた町を滅ぼした。
昨日まで仲間同士だった者に殺し合いをさせた。考えつく限りのありとあらゆる残虐な方法を試したが私の心にくすぶっていた妬みが消えることは無かった。
町に住んでいた全ての命が消えた時、私の心は晴れるどころかさらに淀んだ何かを抱えていた。
外の世界に存在する、あらゆる物を手に入れてみたが、私の心が動くことは無かった。
無限に広がるかのような広大な領土も、山のように積まれた目も眩むばかりの金銀財宝も、国一番の料理人が作った贅を凝らした食事も、工夫を凝らした様々な遊戯も、生贄として捧げられた美しい女も、どれ一つとして私の心を満たしてはくれなかった。
足りない何かを求め続けるうちに、私を蝕む渇きは癒えるどころか、さらにひどくなっていた。
順調に思えた侵略にも次第に影が差し始めた。
蹂躙されるだけだった人間が、次第に盛り返し始めたのだ。
ただ逃げ惑うばかりだった人族は、すぐに万を超える軍団を作り上げた。まるでこちらの動きを先読みしているかのような行動に、いつしか私の配下たちは防戦一方に追い込まれていた。
獣人たちはその身体能力で、エルフたちは強大な魔法で配下のモンスターを殲滅していく。そして、戦いに参加する者たちの多くが、ドワーフの鍛冶師が作り上げた強力な武器を持っていた。
いくつもの種族が手を取り合い、世界の敵である私を倒そうとしていた。
泥沼の戦いが進むうちに、人間たちの中から強大な力を持つ者が現れ始めた。英雄と呼ばれる彼らは、絶望的な状況を跳ね除け人間たちに希望を与えた。
その中でも最も厄介だったのが、勇者と呼ばれる存在だった。
最初は少し強い人間程度だった。だが、危機を乗り越えるたびに、強力なモンスターを打ち倒すたびにその力は増していき、最後には手の付けられない領域へと至った。
勇者の振るう聖剣は強力な悪魔の体をやすやすと切り裂き、周囲を照らす光の魔法は不死者の軍勢をまとめて浄化した。
勇者を倒すことはできた。あまりにも多大な犠牲を支払って勇者を仕留めたはずだった。その死体が勇者であることも確かに確認したはずなのだ。
それなのに、しばらくすると戦場に勇者が現れた。以前と全く変わらない見た目で、以前と同じように強大な力を振るうその存在に私は恐怖した。
倒したはずの勇者の死体からは装備が消え、勇者とは似ても似つかない男の屍があるだけだった。
一度戦線が崩れてしまえば、後は時間の問題だった。
肥大化しすぎた領土を維持することはできず、人間たちは奪われた土地を取り戻していった。徐々に私の支配していた領域は減っていく。
戦いで消費するモンスターの補充も追いつかない。当然だ、毎日万を超えるモンスターを倒されていてはどう足掻いても無駄だ。かつては敵などいないように思えた私の軍勢もまた、徐々にその規模を減らしていた。
やがて私とその配下はダンジョンの奥深くへと逃げ込むことになった。だが、攻撃の手が緩むことは無かった。人間たちはダンジョンへと攻め込み、今度はこちらが蹂躙される番になった。
少しずつ、だが着実にダンジョンを攻略していき、ついには最後の階層を残すのみとなった。
こんなはずではなかった。私はただ足りない何かを埋めたかっただけなのだ。だが、もう遅いだろう。私を討たんとする者の足音はすぐそこまで近づいている。
ダンジョンへと続く通路の先から、満身創痍となった勇者が足を引きずりながら現れる。
残った全てをつぎ込んで作り上げた最強のモンスターも、勇者を打ち倒すことはできなかったようだ。
私の両脇にいた配下が勇者へと躍りかかるが、その爪と牙が届く前に切り裂かれる。
私の目の前へとやってきた勇者は、光り輝く聖剣の切っ先をこちらへと向け問いかける。
「お前が、この迷宮の主か」
「……そうだ」
「何故こんなことをしたんだ。こんなことを望んでいたのか」
「……私は、満たされたかったのだ」
そう、私は満たされたかったのだ。
記憶も、仲間も、居場所も無い。ただ機械のように与えられた使命をこなすだけ。己の存在する理由すら分からない。だからそれを外の世界に求めたのだ。
その結果がこのありさまだ。結局私は何一つ手に入れることはできなかった。
「私には何もなかった。輝いて見える外の世界が羨ましかった。笑い合える仲間のいる人間たちが妬ましかった。私にかけている何かが欲しかった――」
私の言葉を聞いた勇者は、目を閉じ何かを考えている。
しばらくしてその目を開いた勇者は、悲しげな表情を浮かべた。
「きっとあなたも何かの被害者なのだろう。だけど、あなたは選択肢を間違えた。その行いを許すわけにはいかない」
「……分かっている。私を倒せばダンジョンは崩壊する。じきに戦いも終わるだろう」
私が死ねばダンジョンは崩壊する。
ダンジョン内で戦い続ける配下はそれでも生き残るかもしれないが、ダンジョンから新しいモンスターが生まれることは無い。残った配下たちもいずれ人間たちに討ち取られることになるだろう。
「最後に、何か言いたいことはあるか?僕ももう長くはない。でも、最後の一言くらいなら付き合うよ」
「――私の存在に、何か意味はなかったのだろうか。それとも、何か意味はあったのだろうか」
「この戦いでたくさんの人が死んだ。だけど、それは今までいがみ合っていた種族たちが手を取り合うきっかけになったとも聞いている。だから、意味はあったんじゃないかな」
「そう、か――」
聖剣を振り上げる勇者の姿を見て、私は目を閉じる。
今思えば愚かな選択をしたのだろう。きっと別の道もあったのだろう。
だが、私の中の何かは、ほんの少しだけ満たされていた――
だいぶシリアスな話が続いたので、次はもうちょっと明るい話を書きたいですね…!