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#65 エルフとの交渉 後編

 次はこちらが質問する番だ。

 さっそく冒険者たちの戦力を……と言いたいところだが、まずは相手がダンジョンをどう見ているのかを聞いてみるとしよう。


 なんとなくだが、これまでの行動から、今回話し合いを提案してきたこのエルフたちは、冒険者とは違った勢力であるような気がする。まずはこれをはっきりさせておきたいところだ。


「さて、こちらには侵略の意思は無い。だが、そちらはどうだ?なぜダンジョンを攻める必要がある。外から見たダンジョンとはどういうものなんだ?」

「ふむ、我々から見たダンジョンか。……ダンジョンとは危険な存在であるとともに、己の欲を満たすことのできる場所でもある。幾多のモンスターを倒すことで力を、素材を持ち帰ることで富を、そして強大な力を打ち破ることで名誉を得ることができる」


 ふむ、外からのダンジョンの見え方はおおむね想像通りだな。

 得るものがなければ危険を冒すものは少ない、至極まっとうな理由だと言えるだろう。だが、これは全てではないはずだ。


「――というのが、この世界の大半の人間から見たダンジョンの認識だ。だが、それはその本質ではない」


 そう、先ほどの話はダンジョンに挑む理由でしかない。

 先ほどの話が全てであるならば、わざわざ俺たちと話し合いなどする必要は無い。

 俺が知りたかったのもおそらくはこの先だ。ダンジョンとは何なのか。


「ダンジョンは世界に瘴気があふれたときに発生する。ダンジョンの核は瘴気を取り込み、マナを生み出す。もしダンジョンが無ければ、世界からはマナが消え瘴気が満ちることになる。ダンジョンはモンスターという脅威を生み出すとともに、世界を支える樹でもある」

「世界を支える樹か。なるほどな」

「ダンジョンの中には、ここのように稀にだがダンジョンマスターが存在するものもある。ダンジョンマスターのいるダンジョンは成長が早い他、その在り様がダンジョンマスターの性質によって大きく変わる」


 ダンジョンは世界を支える樹。言いえて妙だな。


 つまりは二酸化炭素を吸収し、代わりに酸素を生み出すという樹木のような役割をダンジョンが担っている。だからこそ簡単に滅ぼすわけにもいかず、このような回りくどい真似をしていたということか。

 そして、もしモンスターの脅威というデメリットの方が大きくなれば、ダンジョンを滅ぼすことも考えているということなのだろう。


 それにしても、ダンジョンマスターはすべてのダンジョンに存在するわけじゃないのか?

 もしそうだとしたら、何故そんなものが存在するのだろうか。


「ダンジョンマスターはどうして存在するんだ?話を聞く限りだと、ダンジョンマスターの必要性が分からない。ダンジョンが樹木のようなものなら、ダンジョンマスターは必要ないんじゃないか?」

「……それはこちらにも分からない。ダンジョンが世界を支える樹だというのも、我々の認識でしかない。ならばダンジョンマスターがいるダンジョンには、別の役割もあるのかもしれない。だが、世界に瘴気が満ちることに応じてダンジョンが発生するのは間違いないだろう」

「……そうか。俺からの質問はここまでだ」


 ダンジョンマスターの存在理由は分からずじまいか。

 そこまで期待していたわけではないが、やはりもやもやとする物があるな。


「では、次の質問に移らせてもらうとしよう。先ほど外に出ることにメリットが無いと言っていたが、そちらは一度ダンジョンの外へと大軍を移動させたことがあるはずだ。炎竜王との戦い、その理由を聞かせてもらいたい」


 気を取り直して、話し合いに集中するとしよう。

 炎竜王との戦い、つまりは妖精の里を救いに行った時のことだな。


 相手はこちらに妖精がいるのを見ても驚く様子を見せていなかった。

 動揺を隠した可能性も無いわけではないが、既にその理由に検討を付けているのかもしれない。

 これもある程度は話してしまっても問題はないはずだ。


「もしかしたらすでに掴んでいるのかもしれないが、炎竜王と戦ったのはあの森にいた妖精たちを救うためだ。妖精たちとは少し縁があったんでな」

「縁があっただけ、それだけの理由であれほどまでに強力な存在に立ち向かい、それを打ち倒したと?」

「……確実に倒せるわけではなかった。相手が手負いだったことやこちらの策が上手く決まったこと。それと、いくつもの偶然が積み重なって勝てただけだ。どれか一つでも欠けていたら、勝てなかっただろうな」


 そう、あの戦いに勝てたのは奇跡といってもいいだろう。

 相手が最初から満身創痍であったこと、うまく翼を奪うことができたことが最大の要因だ。

 それでも戦いはギリギリだった。もしシュバルツの機転が無ければ、こちらはきっと全滅していたはずだ。


 確かフロレーテが炎竜王を傷つけた相手を知りたがっていたはずだ。話に出たついでに聞いてしまおうか。

 そう思って口を開きかけた時だった――


「待って欲しい。今、炎竜王が手負いだったと言っただろうか?こちらの聞き間違いでなければ、そう聞こえたのだが」

「……ああ、俺たちが戦ったときには、あの竜は既に満身創痍だった。俺たちがやったのは止めを刺したに過ぎない」


 相手もこの情報は持っているものだと思っていたが、どうやら違ったようだ。

 正面に座る男はこちらに目もくれず、何かを真剣に考えているようだ。


「炎竜王の件については俺たちも聞きたいことがある。炎竜王を手負いにした原因に何か心当たりはないのか?」

「……そのことに関して、今考えていたところだ。炎竜王に手傷を負わせられる存在がいないわけではない。だが、そのどれもが炎竜王と戦う理由は無いはずだ。悪いが、こちらにも心当たりはない」


 ……確認したが、どうやら嘘は言っていないようだ。結局あの竜に傷を負わせた相手は分からないらしい。

 できれば知りたいところだったが、知らないのならば仕方ないだろう。

 相手もこれ以上聞きたいことはないようなので次に移るとしよう。


「次は、人間側の強さについて聞きたい。あの集団がどの程度の強さなのか。それと、その上にはどんな相手がいるのかだな」

「人間側の勢力の強さか……こちらのいた遠征隊の強さは、我々を含めて中の上から上の下の範囲の者が大半だろう。この上となれば英雄などの人外の領域に至った者や聖国が召喚する勇者、さらに上には各地に存在する神がいる。だが、このダンジョンに来るのは英雄や勇者までのはずだ」


 あの集団は人間の中でも上位の強さだったようだ。

 それにしても、勇者の他にも英雄に神か……

 どうやら最上位である神はダンジョンを攻めることはないようだが、何故だろうか?


「……神がダンジョンを攻めないという根拠はなんだ?」

「かつて幾度か起こった世界の危機にも、神はその力を貸すことはあったが、直接力を振るうことは無かった。我らの崇める神もかつて一度だけ、勇者が率いる軍団が森を攻めようとした際にその力のほんの一部を使ったのみ。その時も相対した敵を倒すことは無かった」


 ……なるほど。

 今までの話を聞く限り、神の力は強大だがそれを簡単に使うことはないようだ。

 確実な理由が無いならば相対する可能性はあるかもしれないが、限りなく低いのだろう。


「人間側の強さに関してこちらが答えられることはこれくらいだろう。これで満足だろうか?」


 男がこちらへ問いかける。


 今回の戦いの相手については分かった。だが、英雄や勇者、それに神に関してはむしろ不明な点が増えたな。

 話を聞く限りでは今回の相手が人類の中では上の下らしい。だが、そのすぐ上であるはずの英雄や勇者とは力の隔たりが大きすぎるのではないだろうか。

 できればそのことについても聞いておきたい。


「そうだな。俺たちが知っている限りでも、勇者の力は強大なはずだ。本当に今回の侵入者が上の下だったなら、なぜそこから急に力の差が大きくなる?英雄や勇者、それに神とはいったい何なんだ?」

「それは……」


 男が言いよどむ。

 もし相対した時のために話を聞いておきたかったのだが、難しいかもしれないな。

 どうしても聞きたいわけではないので、無理ならば無理だと言ってくれてもいいのだが……


 そのまましばらく待つと、ようやく男はこちらへと向き直る。


「全てを話すことはできない。だが、妖精を救うために彼の竜王に挑んだその行いに対して敬意を示し、勇者について話そう。それに、勇者とこのダンジョンが無関係というわけでもない」

「……どういうことだ?」

「勇者は神託を受けて別の世界から呼び出される。異世界から勇者を呼ぶ魔法の規模は大きなものになる。当然大量の瘴気が発生し、それに応じて数多くのダンジョンが発生する。このダンジョンもその内の一つだろう」


 勇者が召喚されれば、瘴気が発生する。それによってダンジョンが発生するわけか。

 そしてこのダンジョンがその一つということは、既に勇者が召喚されているということでもある。


「勇者の能力は集まった信仰の大きさによって変化する。聖国はダンジョンの発生原因を隠蔽し、勇者にダンジョンを攻略させることで信仰を集め、勇者の力を強化している」


 つまり、召喚が原因で発生したダンジョンを勇者を使って攻略し、それによってさらに信仰を集めるというマッチポンプになっているというわけか。

 そして、勇者がダンジョンを攻略しているということは、もしかしたらこのダンジョンに来ることもあるかもしれないな。対抗策は存在しないのだろうか?


「勇者についてはだいたい分かった。では実際に戦うとして、何か弱点のようなものは無いのか?」

「……勇者の力の源は信仰だが、その信仰は勇者本人ではなく勇者という概念へと向けられるものだ。私から話せるのはここまでだろう」

「……なるほど。なんとなくわかった気がするよ。聞きたいことはこれくらいだな」

「それは何よりだ。こちらにはもう聞きたいことは無い。今回の話し合いはこれで終わりとさせてもらおう。我々の誘いに応えてくれたことに感謝する」

「ああ、お互いに有益な情報を得ることができた。無事に話し合いができて何よりだな。こちらも感謝するよ」


 どうやら話し合いは終わりのようだ。こちらも満足とは言えないが、知りたかった情報に関してはある程度手に入れることはできた。


「ダンジョンの外まで道案内をさせよう。預かった武器や道具類も返す必要があるからな」

「では、お言葉に甘えさせてもらうとしよう」


 アントレディアに指示を出して案内をさせる。

 転移陣の元へ向かう途中で、男が足を止めた。


「最後に一つ、貴殿に言っておきたいことがある」

「……なんだろうか?」


 男は俺たちの方へと向き直ると、こちらを真っ直ぐ見つめる。

 急に改まって、一体どうしたというのだろうか?


「我々は敵対する者同士だ。いつか戦うこともあるかもしれないだろう。だが、私は貴殿が嫌いではない。むしろその在り方は好ましいものだと思っている。いまさら何をと思うかもしれないが、できれば貴殿とは戦いたく無いものだ」

「……ああ、そうだな。できればお互いに戦いたくはないな」

「私が伝えたかったのはそれだけだ」


 それだけ言うと男は転移陣を使い、その向こう側へと消える。

 しばらくして、シュバルツからの念話が届く。


『主様、既に相手を包囲していますが、いかがなさいますか?』


 交渉が終わった際、万が一重要な情報が漏れてしまった場合を考え、シュバルツには帰り道を包囲してもらっていた。武器や道具を所持していない今なら、相手を倒す際のこちらの損耗は少ないだろう。

 だが、今回の交渉では特に重要な情報は漏れていない。むしろ、持ち帰ってもらった方が有益な情報もいくつかあるだろう。

 それに、ほぼ確実に倒せるのはダンジョン内にいる一人だけ、外にいる残りの三人には逃げられてしまう可能性が高い。

 今ここで相手を倒せば、こちらの鬱憤をいくらか晴らすことはできるかもしれない。だが、その為だけにエルフたちとの全面衝突は避けたいところだな。


「いや、戦う必要は無い。そのまま出口まで送ってやれ」

『畏まりました。ではそのように』


 フィーネたちを連れてコアルームへと戻ると、そこで緊張の糸が切れた。それと同時に疲労が押し寄せる。

 なにせ初めての、それも敵対している相手との話し合いだったのだ。何事もなく話し合いを終えることができてよかった。


 有益な情報を得ることもできたが、謎も増えることになった。だが、今はそんなことを考えずに少し休憩させてもらうとしよう――

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