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#63 エルフとの交渉 前編

 深夜、ダンジョンの入り口からやや離れた草原。

 虫や動物どころか、草木までもが眠っているようなひっそりとした静寂に包まれたその闇の中に、小さな魔法の明かりが灯る。

 人目を避けるように光量を落としたその明かりに照らし出されたのは、メルエルたちだった。


「どうやら我々の方が先に着いたようだな。リーナ、辺りの様子はどうだ?」

「罠らしきものはありませんね。周囲にモンスターが隠れているということもないようです」

「それはいいけど……相手は来てくれるかしら?」

「さて、どうだろうね。可能性は低いと思うけど……おや?噂をすればかな、何か来たみたいだよ」


 トルメルの示した先には、彼らと同じく光量を落とした魔法の明かり。

 草原の奥から姿を現したのは、武装したアントレディア6体を連れたフロレーテだった。

 彼女はエルフたちから少し離れたところで止まると、目の前のエルフたちへと声をかける。


「初めまして。お待たせしてしまいましたか?」

「いえ、我々も先ほど到着したところだ。お初にお目にかかる、妖精の女王とお見受けするが――」

「自己紹介は必要ないでしょう。私たちはダンジョンから、あなた方は世界樹の森から来たことだけで十分でしょう」


 フロレーテの正体を確かめようとしたメルエルの言葉を遮る。

 お互い敵対する関係である以上、わざわざ知る必要も知らせる必要も無いということだろう。それに、悠長に時間をかけていれば、誰かに見られる可能性もある。


「……ではさっそく本題に入るとしよう。ここへ来たということは、こちらの誘いを受けてもらえるということだろうか」

「そちらの誘いを受けるかどうか答える前に、今一度確かめさせてもらいましょう。私たちと話し合いに来たとのことですが、何のために話がしたいのでしょうか?」


 フロレーテがじっと彼らを見つめる。その眼は、嘘を述べることは許さないと物語っていた。

 依然お互いの間には距離が開いたまま、フロレーテを守るアントレディアたちも警戒を解く様子は無い。


「妖精である貴方に下手な嘘は通じないだろう。ならば正直に述べさせてもらうとしよう。我々の目的は、話し合いを通じてそちらに外部への侵略の意思がないかを確かめることだ。それに加えて、新しい情報が手に入ればと考えている」

「侵略、ですか。もしこちらに侵略の意思があると判断した場合は、あなた方はどうするおつもりですか?」

「侵略の意思が無いならば直ちにそちらに手を出すことはない。だが、もしもそちらにその意思があり、それが災厄を巻き起こすというのならば、残念だが我々は戦うことになる」

「……そうですか。少し考えさせてください」


 メルエルの返答を受け取ったフロレーテは、考える振りを彼らへと見せつつ、アントレディアを通して会話を聞いていたダンへと念話を飛ばす。


『ダン様、相手の目的に嘘や隠し事は無いようです。どうなさいますか?』

『そうだな……今のところ俺たちに侵略の意思はない。まだ警戒はするが、こちらに連れて来てもいいだろう。あとは予定通りに頼む』

『わかりました』


 フロレーテの報告を受けたダンが指示を出す。

 メルエルたちが妖精の特性を知っていた以上、その対策を用意していた可能性もある。ならば完全に信用できるというわけではない。だが、彼は話し合いを行うことを選んだようだ。

 ダンとの念話による相談を終えた彼女は、メルエルたちへと向き直った。


「お待たせしました……では、話し合いの場へと案内しましょう。ただし、連れて行くのはあなた方の誰か一人のみ。話し合いの前に武器や道具類は一度預からせてもらいます。それと、魔力の放出を封じる腕輪もつけてもらいます」

「……少し相談させてもらえるだろうか」

「わかりました。では私たちは少し離れておきましょう」


 フロレーテが合図を出すと、アントレディアの一体が携帯していたポーチから、バングル型の銀色の腕輪を取り出しメルエルたちへと渡す。

 腕輪を受け取ったメルエルたちからフロレーテたちが距離を取ると、彼らは小声で相談を始めた。


「さて、うまく向こうと出会うことはできたが……どう考える」

「ふむ、僕としてはあちらに交渉の意思があると考えていいと思うよ。こちらの意思を読める妖精の女王もいることだしね」


 トルメルが、相手の使者を見てそう判断を降す。

 妖精の女王を使って、彼らの意思を確かめているということは、ダンジョンマスターが話し合いを考えているということを示している可能性もある。もしダンジョン側が最初から彼らを罠にかけるつもりなら、わざわざ彼女を危険な場所へと送ることはまず無いだろう。


「そうですね。罠を張っているという可能性は捨てきれませんが……」

「私は罠の可能性も低いと思うわ。罠に嵌めるつもりなら一人だけ指定する必要はほとんどないはずよ」


 遠征隊に参加した時の様子を思い出しながら、テシータが指摘する。

 ダンジョンの攻撃によってあそこまで追い詰められていた以上、罠の場合は4人まとめて連れて行く可能性が高い。もし一人だけなら、残りの三人は生き残ってしまう可能性も高い。

 襲うなら4人まとめての方が効率的だと考えた彼女の言葉に、メルエルが頷いた。


「ふむ、腕輪にも特におかしな仕掛けはないようだ。いざという時はすぐに外すことができる構造にもなっているな」

「何かあった場合は一瞬だけ時間を稼げればいいということだろうね。武器や道具の持ち込みもできないし、魔法を使う時は腕輪を外す必要がある」

「では、あちらの条件を飲むのですか?」


 リーナがメルエルへと問いかける。

 罠の可能性は低く、とっさの場合には腕輪を外すことも可能である。だが、未だにリスクは存在する。


「危険がないとは言い切れない。だが、幾分かリスクは少ないだろう。交渉の場へは俺が向かう。残りの三人はこの場で待機だ」

「一緒に行くと言いたいところだけど、相手が一人だけと指定してるなら仕方無いわね。私たちが戦えない以上、向かうのはメルエルが一番適任でしょうけど……」


 テシータは未だ戦うだけの体力は戻っておらず、狭い通路では弓は不利である。魔法がメインの後衛であるトルメルも、近くにアントレディアがいて接近戦の可能性もある以上論外だ。リーナも常時精霊を呼び出しておくわけにもいかず、いざという時には残りのメンバーを連れてジェインで逃げる必要がある。消去法で選べば近接戦もでき、身のこなしも素早いメルエルが適任となる。

 彼も樹液の副作用から完全に回復はしていないが、それでも他のメンバーよりは罠を切り抜けられる可能性は高い。


「そうだね。何かあった時に一番生き残れる確率が高いのはメルエルだ。僕やテシータは戦えないだろうし、リーナにはいざという時に残っていて欲しい。だけど、本当にいいのかい?交渉を断ることもできるんだよ?」

「相手もこちらを警戒している。これよりも条件を緩めてもらうことは無理だろう。相手も最大限まで譲歩しているなら、こちらも譲歩する必要がある」


 待ち合わせの場にやってきた戦力の量、武器の没収や魔法の封印も交渉の直前という対応。

 ダンジョン側はエルフたちへと譲歩するために、必要最小限の対応にとどめている。


「わかりました。確かにこれは千載一遇のチャンスかもしれません。ですがメルエルさん、くれぐれも気を付けてくださいね」

「もちろんだ。では戻るとしようか。あまり時間をかけてしまうのも良くない。できれば夜明けまでには全て終わらせておきたい」


 メルエルたちが相談を終えると、フロレーテが彼らの元へと近づく。

 先ほどの位置まで戻ると、彼らへと声をかける。


「相談は終わりましたか?」

「ああ、交渉へは私が向かわせてもらおう。残りの三人はこの場で待機させてもよろしいか?」

「わかりました。念のため、少し距離を取りながらついてきてください」

「わかった。では、この距離を維持したまま進ませてもらうとしよう」


 フロレーテが彼らへと背を向け、ダンジョンのある方角へと移動を開始する。さらに、その周囲を4体のアントレディアたちがフロレーテを守るように進む。その後ろを一定の距離を保ちながらメルエルが追いかけ、さらにその後ろに残りの2体のアントレディアが続く。

 その場に残された三人のエルフたちは、メルエルの背中を静かに見送った。


 ダンジョンへ向かったフロレーテたちが見えなくなると、残った三人のエルフたちが話を始める。


「さて、メルエルが戻ってくるまで僕たちはここで待機するわけだけど、周囲の警戒を怠るべきではないだろうね」

「そうね。交渉が終わったら用済みってこともあり得るわね。監視が付いている以上、目立った動きはできないでしょうけど」


 そう言ってテシータは頭上を見上げる。

 僅かな月明かりのせいでほとんど見えないが、彼女の眼には黒い塊が飛んでいるのが見えた。

 夜の闇に紛れる形で、偵察役のアントフライが上空を飛んでいるようだ。


「念のためにジェインとヘリオンを呼んでおきたいところですが、監視がいる状況では相手を挑発してしまう可能性もありますね」

「まさかあれを撃ち落とすわけにもいかないでしょうね。ダンジョンマスターがあれを気にかけているかもしれないわね」

「怪しい動きは避けるべきだろうね。それに、ダンジョンの中には入り口の外まで領域を広げるものもある。ここがそのタイプのダンジョンの場合、あの監視自体がフェイクという可能性もあるよ」


 塔や、草原、森といったフィールドを外部へ広げるダンジョンというのは他にも少なからず存在する。

 ダンジョンはその内部で起こっていることを、何らかの方法で察知している可能性があるというのは、冒険者の中ではよく噂されていることである。

 それを知っている彼らは、できるだけおかしな動きをしないように注意しながらも、もしもの時のために周囲の警戒を続けていた。


 一方、ダンジョンへと入ったフロレーテたちは、その奥へと進んでいく。

 曲がりくねった通路を進み、いくつもの分岐を越えていくことしばらく。曲がり角の先で立ち止まったフロレーテが後ろを振り返った。


「後少し進めば目的地です。ここで武器と持ち物を預からせてもらいましょう」

「ああ、分かった」


 メルエルはフロレーテの指示通りに、持っていた剣と腰につけていたポーチを外し、近くにいたアントレディアへと渡す。さらに、もう一つ小さなポーチを取り出した。


「これは別で保管しておいてくれると助かる」

「別にですか?何が入っているのでしょうか?」

「そちらに害を与えるようなものは入っていない。交渉に役に立つかもしれない程度のものだ」

「……ではこちらのポーチは他のものとは分けておきましょう」


 メルエルが全ての所持品を外してアントレディアへと渡す。アントレディアが簡単なボディチェックをすると、最後にフロレーテがまだ何か隠し持っていないかを確認する。


「これで持ち物はすべてでしょうか?もう何も残っていませんね?」

「ああ、武器もアイテムも持ってきた物はさっき預けた物で全てだ。あとはこの腕輪だけだな」

「わかりました。では腕輪を付けてください」

「ああ、これでいいだろうか?」


 メルエルが渡されていた腕輪を装着する。これで彼は武器とアイテムを所持していないうえに、腕輪を外さなければ魔法を使うことができなくなった。

 今襲われれば劣勢は免れないことを理解しているのだろう。その顔には僅かな緊張が浮かんでいた。


「では先に進みましょう」


 フロレーテは踵を返すと先へと進む。武器とポーチを受け取ったアントレディアともう一体はその場に残った。

 さらに通路の奥へと進み、何度か分岐を超えると彼女たちの前に転移陣が見えた。


「この先でダンジョンマスターが待っています。心の準備はよろしいですか?」

「……ああ、ここまで案内してくれて感謝する」

「どういたしまして。では、まいりましょう」


 まずはフロレーテが1体のアントレディアを連れて先に転移し、続いてメルエルがさらにもう1体のアントレディアと共に転移陣の上に乗り、向こう側へと転移する。

 それを見送った残りのアントレディアたちはその場へと残り、転移陣の周囲の警戒を始める。


 エルフとダンジョン、互いに相手を信用せず、敵対関係にある者同士。その話し合いがようやく始まろうとしていた。

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