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#57 世界樹の枝

 ダンジョンから脱出した冒険者たちが、こちらの用意したアントの軍勢を突破して草原を走り抜けていく。

 ダンジョン外で敵を倒してもDPは手に入らない。それに、外壁で囲まれた町を攻めれば大きな被害が出ることは想像に難くないだろう。

 これ以上敵を追いかけたところでこちらのデメリットの方が大きそうだ。残念だが追撃はここまでにしておくとしよう。


「シュバルツ、もう十分だろう。追撃させている部隊を退却させてくれ」

『……畏まりました。主様の期待に応えられず申し訳ありません』

「いや、シュバルツが失敗したわけじゃない。さっきの追撃も合わせれば、敵の5割は倒せている。それに、敵の切り札があそこまでと予想していなかったのは俺たちも同じだからな……」

「そうだよ!あんなのズルだよ!シュバルツちゃんのせいじゃないよ!」


 途中まではほぼこちらの用意した作戦通りに進んでいた。予定が狂い始めたのは、敵を誘導してからの崩落と、その後のファイアアントによる待ち伏せが破られてからだ。

 ファイアアントの群れを1人の犠牲を出さずに殲滅したあの4人組のエルフたち。彼らが今回の戦いで一番大きな活躍をしていたと考えていいだろう。

 1階層深部での戦いのときも突出した戦闘力の片鱗を見せていたが、その後も崩落を止め、ファイアアントを打ち破り、さらに疲弊していた冒険者たちまでもを立て直していた。


 特にファイアアントとの戦い――あれは、フィーネの言う通りにズルだと言いたくなるような結果だった。

 ファイアアントの攻撃は防御が難しく、被弾すれば粘性の高い燃料が体に張り付き、熱と火傷によるダメージを与えることができる。それが四方八方から襲ってくるとなれば、突破するのは難しいはずだった。

 ところが、実際に戦ってみればこちらの用意したファイアアントはたった4人に蹂躙されることになったのだ。事前に分かっていた能力をはるかに超えるそれは、もはやどうにもならない程に圧倒的だった。

 こちらの攻撃が当たっても、彼らに入ったダメージはたちどころに回復されてしまう。さらに、湯水のように強力な魔法を放ってファイアアントたちを攻撃していき、僅か1分ほどでこちらの用意したファイアアントは1体も残らず殲滅されてしまったのだ。


「確かにあれはズルって言いたくなるような戦いだったな。あの戦い以前に使ってこなかったことや、その後は動けなくなっていたようだから、無制限に使えるというわけではないだろうが、それでも使われると厄介だ」

『そうですね、おそらくあの力を使って攻められたとしても、ダンジョンの防衛は可能でしょう。ただし、あれと同じことができる敵が大量に現れた場合や、同じだけの力を制限なしで振るうことのできる敵が来た場合は別ですが……』

「……ああ。今のダンジョンの戦力だと、少し心もとないかもしれないな」


 殲滅されたファイアアントは約1000体、追撃に用意したアントは約5000体だ。防衛用に1階層の深部に配置したアントは約2万5000体になる。1階層を突破されたときのために2階層以降に配置した戦力や、襲撃のために1階層の各所に配置したアントたちまで合わせれば合計で4万体ほどの戦闘型のアントがこのダンジョンには存在する。ワーカーアントたちまで含めればおよそ8万体だ。


 今回の戦いで倒されたアントはその一割にも満たない。倒された分もすでに補充できている。

 仮にあのエルフがいたとしても、これだけのアントを乗り越えてダンジョンを攻め落とすことは不可能だろう。だが、もし同じことができる敵が100人もいたらどうだろうか?もしくは、同じことが何のリスクも無しに使える相手がいる可能性だってある。たとえ無制限でなくとも1時間も攻撃されれば危険だ。

 仮にダンジョンの防衛に成功したとしても、こちらへのダメージは考えたくもないほどになるだろう。


 炎竜王のような前例があるのだ。ダンジョンコアから手に入れた知識には勇者のような存在もある。あのエルフたちを超える力を持った敵が攻めてこないとは限らないだろうな。


「もしもの時に備えて戦力を強化してきたいところだな。とはいえ、アントにはこれ以上の進化先もないようだし、数を増やすのも限界が近づいてるんだよな」


 ダンジョン内にいるアントたちは保有魔力をカンストさせても進化する様子は無かった。何かしらの条件を満たせば進化できる可能性が無いわけではないが、維持に必要なコストの問題もある。


 現在ダンジョンは15階層になっているため、一日当たり22万5000ポイントのDPが確実に手に入る。しかし、そのうちのおよそ15万ポイント程は8万体にも及ぶアントたちの維持コストに消えてしまっているのだ。

 進化させた場合はまず間違いなく維持することができないだろうし、数を増やそうにも収入を増やさなければ1.5倍ほどが限界だろう。DPの使い道は他にもあるので、できれば維持コストで使いつぶすようなことはしたくはない。


「シュバルツ、アントレディアたちの強化の状況はどうだ?今回の戦いで不足していた実戦経験を積ませることができたはずだ。あとは訓練次第で一気に伸びてくれると思うんだが」

『既に今回の戦いを生き延びたものが、他のアントレディアと共に訓練を開始しています。身体強化も、一部の者はそろそろ習得できそうですね。シュミットたち開発部門のアントレディアたちも、複雑な武器の開発に着手し始めているようです』


 圧倒的な戦闘能力を誇る相手に対応するには、こちらもそれに応じた戦力が必要になる。

 進化もダメ、数を増やすのもダメとなれば、今いるアントたちを別の方法で強くするしかない。

 他のモンスターを召喚する手もあるが、アントたちとの相性によってはうまく運用できない可能性もあるからな……


 このダンジョンにいるモンスターで、それだけのポテンシャルを秘めているのはやはりアントレディアだろう。モンスターの高い身体能力と、人間の開発してきた武器や戦術といった要素を組み合わせればさらに上を目指すことができるはずだ。以前戦ったキメラがその可能性を示唆していた。

 今後もアントレディアの強化が進めば、あのキメラを超えるような力を付けてくれるはずだ。


 それでも足りない部分はこちらで補うしかない。

 アントレディアも、その本質は他のジャイアントアントと同じく数によるものだ。罠や地形を工夫して彼女たちの利点を十分に活かすことができれば、その強さは計り知れないものになるだろう。

 強化されたアントレディアたち、それに数万にも上るジャイアントアントの軍勢、そしてダンジョンに用意された仕掛け、その全てを突破するのは相当難しいはずだ。


「よし、アントレディアの強化はそのまま進めておいてくれ」

『畏まりました。それでは私はこれにて失礼します』


 シュバルツとの念話が切れる。先ほどまでの戦いで荒れたダンジョンの後始末はアーマイゼたちがすでに始めている。


「さて、じゃあ次は戦利品の確認だな」

「いいものがあるといいね!」

「そうだな。今回の敵は強かったし、結構期待が持てるかもしれないな!」

「おおー!」


 侵入してきた敵のうち半分は逃がしてしまったが、残りの半分は倒しているのだ。

 およそ50人分、それも今のダンジョンに挑むような相手の装備となれば期待できるだろう。


 手に入れた戦利品を並べて、順に鑑定していく。妖精たちにも手伝ってもらい、魔法効果があるかどうかや、罠のようなものが仕掛けられていないかも調べてもらう。

 剣に槍、鎧や盾といった武具はもちろん、様々な効果を持った魔導具もいくつか混ざっているようだ。

 大きな音の発生する魔道具を起動してしまい、驚いた妖精たちが逃げ出してしまうハプニングもあったが、その後は順調に戦利品の鑑定が進んでいった。


「さて、次はこれだな。おそらくこれが崩落を止めたんだろうが……」


 最後に取り出したのは、崩落跡から回収した木だ。モニター越しには何の変哲もない木にしか見えなかったのだが、実物は違った。土砂に埋まったせいで枝が何本か折れており、さらには土で汚れているのだが、なぜか神々しいと感じてしまう雰囲気を纏っている。

 並べておいた武具などを見て騒いでいた妖精たちも静かになり、コアルームが静寂に包まれた。


「世界樹の細枝か。どう見ても木にしか見えないが、これで枝なのか」


 鑑定したところ、世界樹の細枝というようだ。枝と言ってもその長さは5m程もあり、先の方には葉が茂り、反対側には根のようなものもついているのだが……

 どう見ても枝と表示されている鑑定結果に首をひねっていると、地面に横たわるそれを確認していたフロレーテがこちらにやってくる。


「確かに世界樹の枝で間違いないようですね。それも、おそらくは世界樹本体から切り取ったものでしょう」

「そんなことが分かるのか?鑑定結果には名前以外に判別できそうな情報は無かったな」

「以前私たちの里を守ってくださっていた大樹様も、元は世界樹から分かれた一本の枝でした。伝承では世界樹の枝をソナナと言う名のエルフが植えたことが、あの森の由来だと伝わっています」

「枝を植えたということは、もしかしてこれを植えたら大樹みたいに成長するのか?」

「ダンジョン内であればマナも豊富に存在します。時間はかかるでしょうが、もしかしたら大樹様以上の木に成長することもあるかもしれませんね」


 あの森の中でも異様なほどに大きな樹であったし、特殊な力も持っていたようだからただの樹ではなかったのだろうと思っていたのだが、大樹にはそんな起源があったのか……


 遥か昔から妖精の里を守り、彼女たちの拠り所であった大樹は完全に枯れてしまっていた。

 フロレーテたちの希望もあって枯れた大樹はあの場に残してきたのだが、ごくまれに暗い表情を浮かべる妖精を見るときもある。以前フロレーテに聞いてみたところ、大樹が無くなったのはやはり悲しいようだ。


 保有魔力を見る限り素材としてもかなり有用だと思われるのだが、これをメインに加工するにはさすがに量が足りそうにない。折れた枝やすでに枝から外れた葉などは回収させてもらうが、こちらは渡してしまってもいいだろう。


「フロレーテ、この世界樹の枝だが、新しい妖精の里に植えてしまおうと思う。どの辺りがいいのか分からないし、適当な場所を教えてもらえると助かるんだが……」

「本当によろしいのでしょうか?新たな大樹様が里にあれば、妖精たちは喜ぶでしょう。しかし、世界樹の枝は強力な魔法の触媒として知られています。杖などに加工すれば、魔法の威力を飛躍的に上げてくれますよ?」


 フロレーテが驚いたようにこちらを見上げる。だが、その表情は心なしか嬉しそうでもある。

 やはり、大樹が無くなったのは妖精たちにとっては辛いものだったのだろう。周囲にいる妖精たちも、ソワソワとして落ち着かない様子だ。


「このまま加工して量を揃えるにはちょっと足りないからな。枝はまだ折れたものがいくつかあるし、そっちを育ててから加工すればいい。妖精たちが喜ぶならこっちの方がいいだろう」

「ダン様、ありがとうございます。今まで受けた恩も返せていませんが、いつか必ずこの恩を返して見せましょう」

「別に気にしなくてもいいんだけどな。……よし!じゃあ世界樹の枝を植えに行こうか!」


 それを聞いていた妖精たちから歓声が上がる。

 世界樹の枝を倉庫の中へと戻すと、作業を手伝ってもらうために、アントレディア数体を呼んで妖精の里へと向かう。枝を植えるのにちょうどいい場所へと向かう間、一緒についてきている妖精たちは嬉しそうにはしゃいでいた。


 森の中を進み、少し開けたところに出ると、そこでフロレーテが止まった。どうやらここが目的地のようだ。


「この辺りでいいのか?」

「はい、ここなら他の木が生育の邪魔にもなりません。里からも近いので新たな大樹を育てる場所としては十分でしょう」

「それじゃあさっそく世界樹の枝を植えようか。枝を取り出すからアントレディアたちは植えるのを手伝ってくれ」


 すぐにアントレディアたちが地面に穴を掘り、世界樹の枝をそこに植える。地面をしっかりと固め、木が倒れないことを確認したら完成だ。


 世界樹の枝の植樹が終わると、それを見守っていた妖精たちが楽しそうな声を上げながらその周りを飛び回る。そして、妖精たちから世界樹の枝の周囲へと白い光がキラキラと降り注ぐと、枝が成長を始める。

 根を地中に伸ばし、幹を成長させ、大量の葉を茂らせていく世界樹の枝は、20mほどにまで成長したところで止まった。


 立派に成長した世界樹――いや、大樹の頑丈そうな枝には妖精たちが座り笑顔を浮かべている。


「こんなに一気に成長するものなんだな……」

「そうですね。大樹様も最初は成長が早かったと聞いています。おそらくは世界樹としての特性と、妖精の植物を操る能力が合わさってここまでの急成長を果たしたのでしょう」


 魔法があるのだから、木が急成長しても不思議ではないのだろうか?

 まあなんにせよ、成長が早いなら残った枝を植えれば杖の材料も手に入るだろうな。コアルームに戻ったら手に入れた枝の一部をコアに吸収させて、残りは植えてしまうとしよう。

 アントレディアたちは魔法にも適性があるのだ。これで杖を作れば、更なる戦力の強化が期待できるだろう。

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