#54 合流
今回は視点移動が少し多めです。
入り口→下層→主人公→入り口の順で視点が移動します。
あちこちで座り込む冒険者たちは、もはや何もかも忘れて眠ってしまいたいほどに疲労している。しかし、時間は彼らを待ってはくれない。時が経てばたつほど彼らの生存確率は下がっていく。
数分ほど休んでいた冒険者たちだが、呼吸を整えるとすぐに行動を開始した。
「よし、もう動けるだろう。すぐに転移陣を設置するぞ!」
リーダーのその言葉とともに立ち上がり、各自分担して作業を進めて行く冒険者たち。
その動きからは疲労が消えてはいないが、文句を言う冒険者は一人もいなかった。
彼らのいる部屋に繋がる通路は、先ほど彼らが通ってきた1本のみ。通路の先が無いのではと危惧していたリーダーの予想は当たっていたようだ。
直径30m程の円形の部屋の中には敵の姿は見えない。ある程度魔力が回復した者が、通路を半分ほど塞ぐ形で土の壁を用意して、追手のジャイアントアントの襲撃に備えた。
「慌ててミスをするなよ!かえって時間を使うことになるぞ!」
「こっちは描けたぞ!あともう少しだ!」
途中に設置した壁が効力を発揮しているのか、ジャイアントアントがやってくる様子はない。
冒険者たちは再び襲撃が起こる前に再設置を済ませてしまおうと急ぎ足で作業を進めて行く。
そして、ジャイアントアントに襲撃される前に転移陣を再び設置することに成功した。
「よっしゃあ!これで合流できるぞ!」
「いやまて、まだ喜ぶのは早い。もしかしたら本隊が移動しているか、向こうの転移陣が破壊されている可能性もある。油断はするなよ」
転移陣の設置に喜びの声を上げ、気を抜いた冒険者を仲間が窘める。しかし、窘めた冒険者の表情と声にも、僅かだが安堵の気持ちが見えていた。
「よし、俺たちが転移陣の先を確認してくる。この先で待ち伏せされている可能性もある。ここで待機するものも決して油断はしないように頼む。もし、30分が経過しても俺たちが戻ってこないようだったら、厳しいとは思うがここから撤退してくれ」
「ああ、わかった。その時は死んでも情報をギルドまで持ち帰ってやるから安心しろ」
「……では行ってくる」
「おう!ちゃんと戻って来いよ!」
この場に残る冒険者たちに見送られて、転移陣を利用して下層へと向かったリーダーを含む5人の冒険者。
どうやら無事に下層にある転移陣と繋がっていたようで、転移陣を起動すると彼らの姿は消えた。
「頼むぞ……」
見送った冒険者の祈るような声が、静まり返った広間に響いた。
◆
一方その頃、下層にいる遠征隊の本隊は、押し寄せるジャイアントアントの群れを必死に抑えていた。
「くそっ、もう何時間も戦ってるぞ!いつになったらこいつらは諦めるんだ!」
「怪我人だ!すぐに治療を頼む!」
「魔法はタイミングを合わせろ!3、2、1、撃て!」
転移陣を守るために、必死で戦う冒険者たち。
入り口を守っていた防衛班とは違い、前衛の数に余裕があるためにローテーションを組んで戦うことができるため、冒険者たちにはまだ余力がある。しかし、戦いが始まってから途切れるどころかその勢いが増しているようにも感じるジャイアントアントの軍勢に、徐々に冒険者たちの不安が募っていく。
「いつまで戦えばいいんだ!転移陣はまだつながらないのかよ!」
「まだ繋がらないってことは、まさか全滅したんじゃないか……?」
「諦めるんじゃねえ!きっともうすぐ繋がるはずだ!」
弱気になった仲間を鼓舞するかのように叫ぶ冒険者だが、一向に衰えを見せないジャイアントアントの勢いと、いつまで経っても繋がらない転移陣に焦りは増すばかりだった。
そこからさらに時間が経過して、ようやく彼らの祈りが届いたのか後ろにいた冒険者たちから声が上がる。
「みんな!転移陣がつながったぞ!これで撤退できる!」
その声に彼らが後ろを振り返ると、ちょうど転移陣が起動し、そこから数人の冒険者たちが出てくるところであった。それを見て歓声を上げる冒険者たちだが、それをかき消すように転移陣でこちらにやってきた冒険者の焦った声が響き渡る。
「転移陣の設置が遅れてすまない!いきなりで悪いが、急いで撤退してくれ!ここは危険だ!」
「お、おい。そっちも襲撃を受けたのは分かるが、一体何があったんだ?」
「あいつら直接地面を崩して転移陣を狙ってきやがった!さっきの襲撃でこっちは20人ほどまで減った。ここもうかうかしてると崩落するぞ!」
焦った表情でまくしたてる冒険者に、その場にいた本隊の冒険者たちの間にも動揺が広がる。
「みんな聞いたか!ここの防衛はもう駄目だろう……よって、この拠点は放棄する!崩落が起こる前に急いで撤退を開始するんだ!」
「まずは怪我人からだ!慌てずに順番に移動しろ!」
「手の空いてる奴は物資の回収だ!ぼやぼやするなよ!」
ジェフリーが撤退を宣言するとともに、すぐさま行動を開始する冒険者たち。彼らは次々と転移陣に乗って入り口側へと転移していく。
「よし、次で最後だ!前衛組の準備はいいか!」
「いつでもいいぞ!できるだけ早くしてくれ!」
「よし、まずはジャイアントアントを押し返すぞ!魔法を放て!」
ジャイアントアントを押しとどめる冒険者たちが撤退する隙を作るために、魔法による集中砲火が行われる。放たれた魔法が、奥にいるジャイアントアントたちに着弾するとともに、盾役の冒険者たちが目の前のジャイアントアントを押し込む。彼らはすぐに踵を返すと、転移陣に向けて走り始めた。
「急げ急げ!あと少しだ!」
「よし、全員乗ったな?転移するぞ!」
後ろにジャイアントアントの大群を引き連れた冒険者たちが転移陣に駆け込むとともに、転移陣が起動され彼らの姿が掻き消える。
そして、障害となっていた冒険者たちがいなくなった部屋の中をジャイアントアントの群れが埋め尽くした。
◆
モニターに映るのは入り口側へと次々と転移していく冒険者たちの姿。かなり長い間襲撃を続けたのだが、結局怪我人が出た程度で、その人数を減らすことはできなかった。
やはり、相手の数が多い場合は通常のアントたちでは大きな打撃を与えるのは厳しいようだ。効率よく倒すなら少数に分断するか、アントレディアやネームドモンスター辺りを使わなければならないだろう。
「ふむ、やっぱり正面から突破するのは厳しいみたいだな。数の優位を活かせる状況を作れなければダメということか」
『申し訳ありません主様。我々にもっと力があれば、あのような冒険者などすぐに倒して見せることができるのですが……』
「まあそれは仕方ないさ。相手も生き残るために対策を用意してきてるんだ。それならこっちも有利な状況や、搦め手を用意すればいいだけだからな。シュバルツがそこまで気にすることじゃない」
「そうだよ!アタシも一緒に考えるから大丈夫だよ!」
「それに……まだ戦いは終わってない。反省会はもう少し後だな」
『確かにその通りでしたね。では主様、これからどういたしましょうか?』
まずはここまでの戦いを振り返ってみるとしよう。
最初の大部屋での一戦で、冒険者たちの戦い方の傾向は分かった。さらに散発的な襲撃によって、十分にストレスを与えることができ、それが相手に対して有用であることも確認している。
その後も、こちらが万全の状態で戦える平地で大軍を相手にした場合や、逃げ場のない場所で長期戦を仕掛けた場合の相手の戦い方、設置された転移陣の性質と壊れた場合の対策は確認できた。
あのレベルの冒険者の集団が相手でも崩落による奇襲は有効であるようだ。初見ということもあるのだろうが、上下からの崩落を試した場所にいた冒険者たちはすべて倒すことに成功している。
これくらいの戦力が相手ならば、今のダンジョンでも十分対応することはできるだろう。
それに加えて、アントレディアたちに不足していた実戦での経験を積ませることもできたのも大きい。
こちらの手札も多少は見せることになったが、相手の手札もだいたい見ることができたように思う。
これ以上続けても、そこまで情報は手に入らないような気がするな。ならばそろそろ決着を付けてしまってもいいだろう。
「これ以上長引かせても、これ以上有益な情報はあまり手に入らないだろう。敵もダンジョンの入り口に近づいているし、そろそろ決着を付けるとしようか」
『畏まりました。では、行動を開始するといたしましょう』
「任せたぞシュバルツ。この戦いももう少しで終わりだ。最後まで油断せずに行こう」
ここまでの戦いを振り返る限り、イレギュラーさえなければ次の手で全滅させることができるだろう。
こちらが見せた手札は簡単に対策出来るようなものではないが、できるなら情報は渡さない方がいい。さて、うまく仕掛けが効果を発揮すればいいのだが――
◆
「逃げ遅れた者はいないな!転移陣から追手が来るかもしれないぞ!前衛は周囲を囲め!」
「通路側の警戒も怠るな!挟み撃ちに注意しろ!」
転移陣によって1階層上部への脱出を果たした冒険者たちは、すぐさま転移陣からのジャイアントアントの襲撃を警戒する。しかし、ジャイアントアントが彼らを追って転移してくる様子はなかった。
「……どうやら追ってこないみたいだな。転移陣を起動できなかったのか?」
「確かに、ダンジョンに元からある常時発動型の転移陣とは仕組みが違うが……敵の動きを見る限りある程度の知能があることは間違いなかった。そんなことがありえるのか?」
転移陣を囲みながらも、疑問を口にする冒険者たち。何度も油断したところを襲撃されていたこともあって、しばらくその場で警戒していたが転移陣に動きらしきものはなかった。
「追撃を諦めたのか?こっちとしてはありがたいことだが……」
「通路側からも敵が来る様子はねえな。今のところは何もないみたいだ」
冒険者たちはようやく警戒を解き、中継地点へと繋がる転移陣の様子を確認する。だが、その転移陣が向こう側に繋がった様子はなかった。
「中継地点の方は繋がらないか……彼らも無事だといいんだが。さて、さっきは聞く時間がなかったが、拠点側で何が起きていたのか聞かせてくれるか?」
「あ、ああ、じゃあ最初から順を追って説明するぞ。まずは――」
ジェフリーに尋ねられ、防衛班のリーダーは崩落の直前から説明を始める。
崩落直後にジャイアントアントに囲まれていたこと。何とか通路に逃げ込んだが、犠牲が出てしまったこと。ここに逃げ込むとすぐに転移陣の設置を始めたこと。そこまで話したところで、ジェフリーが違和感に気付く。
「……ちょっと待って欲しい。ここに逃げ込んですぐに転移陣の設置を開始したと言っただろうか?見たところここは行き止まりのようだが、敵が待ち構えていたりしなかったのか?」
「ああ、最初に通路の前を塞ぐ形でジャイアントアントがいただけで、ここまでの道中には一匹もいなかったな」
それを聞いてジェフリーはまたも考えこむ。
ここまで道は一本しかなかった。ならば、挟み撃ちを行うのに適した地形のはずだ。それなのになぜ敵がいなかったのか?まさか配置し忘れたなんてことはありえないだろう。
それに、転移陣を使って敵の追手が来ないことも気になる。通路側からも、数時間が経過しているはずなのに敵が追い付いてこない?それもあり得ないはずだ。
崩落した先にあった行き止まり、転移陣を設置できるだけの広さのある部屋、そしていつまでもやってこない追手――そこまで考えた瞬間、とある可能性に気が付いたジェフリーが叫んだ。
「みんな急いでここから逃げろ!これは罠だ!」
「なっ!?それは――」
その瞬間、彼らの足元が大きく揺れる。一瞬硬直した冒険者たちは、すぐに崩落の前兆だと気が付き脱出しようとするが、唯一の出口である通路は先ほど設置した土の壁のせいで狭くなっている。
そして、自分たちの設置した壁のせいで足止めされた冒険者たちの足元、さらに彼らのいる部屋の天井へと大きな亀裂が走った。




