#52 襲撃
少しだけ時間軸が戻ります。
具体的には、偵察隊が広間からの脱出を成功させた辺りからの話です。
「うーん、やっぱり実戦経験の差は大きいみたいだな」
「あとちょっとだったのに合流されちゃったね……でもいっぱい倒せたよ!」
『そうですね、やはり人型の相手は戦いにくいようですね。我々もある程度の訓練は行っていたのですが……』
1階層の深部で2つの集団に分かれて行動していた冒険者たちだが、こちらが用意した障害を突破して、ついに合流してしまったようだ。崩落させた通路を塞ぎなおすと、怪我人を抱えながら移動を開始している。
できれば合流される前に、包囲することに成功した数の少ない方の集団を殲滅してしまいたかったのだが……予想以上に相手の冒険者たちが粘っていた。
こちらの用意したアントの軍勢と相対した集団の中には、特に突出した戦闘力を持った冒険者も数人いたのだが、それ以外の冒険者たちもさすがに高ランクなだけあったのか、かなりの奮戦を見せていた。
今まであちらに情報を漏らさないようにしていたアントレディアたち。特にネームド化したうえで高品質の装備を持たせた、まさしくこちらの切り札と言える戦力まで投入したのだが、その中には冒険者にやられてしまったものも存在する。装備や能力ではおそらくこちらの方が有利だったのだが、経験の差というのはやはり大きいのだろう。
相手の約半数を討ち取り、さらに数人を戦闘不能にまで追い込むことには成功したが、残りの冒険者にはうまく逃げられてしまった。先ほどの戦闘によってこちらが受けた被害も、さすがに無視できないレベルになっている。
「まあ、実戦経験の差はこれから埋めていけばいいさ。さて、このまま退却させるつもりはないわけだが。シュバルツ、敵の拠点を襲撃する用意はもうできているか?」
『すでに準備は万全です。号令さえいただければ、すぐさま行動に移ることができます』
冒険者たちはアントたちの妨害を受けながらも、彼らが先ほど用意していた拠点へと向かっている。
おそらくこのまま転移陣を利用してダンジョンから脱出するつもりなのだろうが、まだそれを許すわけにはいかない。
相手に痛手を与えることに成功したとはいえ、こちらもアントレディアに大規模戦という手札を見せたのだ。完全に殲滅することができないまでも、相手の手札もいくつか見せてもらわなければ割に合わないだろう。
最初に入り口に拠点を設置されてから準備を進めていたのだが、こちらの襲撃を耐えきりそろそろ退却しようという今こそが狙い目だろうな。ここからさらに追い詰められた場合、彼らはどういう手を使ってくるのだろうか。
「そろそろいい頃合いだろう。シュバルツ、1階層の入り口と中間にある拠点の襲撃を開始しろ。下層にいる冒険者たちへの追撃も同時に行う」
『畏まりました。すぐに行動を開始します』
こちらの命令とともに、待機していたアントたちが最後の仕上げを開始する。
モニターに映る冒険者たちはこちらの動きに気が付いた様子はまだない。さて、彼らはこの後どう動くのだろうか。
◆
ダンが最後の仕上げを開始する直前。ダンジョンの入り口周辺に設置された遠征隊の拠点では、冒険者たちが周囲の警戒を行っていた。
1階層の奥へ進んでいた遠征隊の一部も拠点へと合流し、約30人ほどが拠点の防御を固めているようだ。
「もう少しで遠征も終わりか。ずっとここで警戒するだけなのも飽き飽きだぜ。やっぱり防衛班なんて選ぶべきじゃなかったな」
「そうだな、ここのところ大規模な襲撃も全くなかったし、さすがにただ突っ立ってるだけじゃヒマだったな」
呑気に会話をしながら、ダンジョンの奥へと繋がる通路を監視する防衛班の冒険者たち。
最近は数匹のジャイアントアントが稀に現れ、挑発するかのように攻撃をしてすぐに撤退を繰り返す程度で死者も重傷者も出ていない。さらに長い遠征ももう終わるとなれば、彼らの気が緩み始めるのも無理はないだろう。
「お前らあ!真面目に警戒せんか!ここが落とされれば奥へ進んだ遠征隊が戻ってくることすらできんのだぞ!あと少しで遠征が終了するからとは言えたるみ過ぎだ!」
彼らの緩んだ空気を感じ取ったのか、防衛班のリーダーを任されている冒険者が大声をあげる。
転移陣は対になっている物同士の間でしか移動することはできない。もしここの転移陣が破壊された場合は、もう一度別の転移陣を設置しない限りは遠征隊はダンジョンの奥から帰還することはできないのだ。
さらに、転移陣を描くための塗料は大量の魔石を粉末にしたものと、希少な触媒が必要になるため、1つ設置するだけでも結構な費用が発生する。予備は存在しているが、そう何度も設置できるようなものではない。
リーダーの怒鳴り声を聞いた冒険者たちは、すぐさま背筋を伸ばす。
だが、先ほど奥に進んだ遠征隊が設置した転移陣と拠点が繋がり、遠征の終わりが近づいていることもあって、彼らの間に広がる緩んだ空気が完全に消えることはなかった。
「おお怖え怖え。言われなくてもちゃんと警戒しますよっと。それにしても、そろそろ遠征が終わるみたいだが、今回の報酬はどうなるのかね」
「あん?ああ、そう言えばさっき運び出されたジャイアントアントの素材はかなり少なかったな」
「本隊の方は成果が出ないうえに挑発を繰り返されたせいでピリピリしてるみたいだぜ。話を聞く限りじゃ無理もなさそうだけどな」
先ほど運び出されたジャイアントアントの死骸と、それを運ぶ本隊へと参加していた冒険者たちの様子を思い出して、その肩をすくめる冒険者。
転移陣がつながったことで、拠点へと戻ってきた遠征隊の本隊だが、彼らの間に走る空気は以前にもまして暗いものであった。防衛班として参加した彼らとしても、せっかく遠征に参加したのに報酬が雀の涙程度となれば、さすがに厳しいものがある。
「まったくだ、このままじゃ故郷のお袋への仕送りもままならねえや。これじゃ何のために遠征に参加したのか分かりやしねえよ」
「お前の場合は仕送り云々の前に、賭けに金をつぎ込むのを控えろよ。この前も手に入れた報酬の半分をスっちまってたじゃねえか。いつか痛い目見るぜ」
「ひひひ、違えねえや。この遠征が終わったら。たまには賭けなんてやらずに、たんまり仕送りでもしてみるか」
真面目に警戒をしていたのもほんの僅かな間で、すぐに冒険者たちは会話を始めてしまう。
もはや転移陣もつながり、あとは別行動となった偵察班の帰還を待つのみ。ようやくダンジョンから帰ることができると彼らの気が完全に緩み始めた時だった。警戒をしていた冒険者のうちの一人が違和感を感じる。
「……なあ、今なんか地面が揺れなかったか?」
「んん?気のせいじゃないか?俺は何も感じなかったが」
「それならいいんだが、確かに揺れた気がするんだがなあ」
揺れを感じた冒険者が首をかしげると、また地面が僅かにだが振動する。
「……いや、やっぱり揺れてるぞ。お前も気が付いたか?」
「ああ、ほんの僅かにだが揺れてやがる。何が起こってるんだ?」
今度はもう一人の冒険者も揺れを感じ取ることができたようだ。その顔に緊張を滲ませると、冒険者たちは周囲を警戒する。しかし、通路の奥からジャイアントアントがやってくる様子もない。
拠点を襲う揺れは徐々にその間隔が短くなり、だんだんと激しさを増していく。彼ら以外の冒険者たちも既に揺れに気がつき、その間に困惑が広がりはじめる。
「敵襲か!?状況を報告しろ!」
「こちらからは何も来ていません!」
「こちらもです!敵影は見当たりません!」
「……下だ!下に何かいるぞ!」
誰かのその叫び声とともに、狼狽えていた冒険者たちが自分の足元を見た時だった。ひときわ大きな揺れとともに彼らの足元に亀裂が走り、そのまま地面が崩れ落ちてく。
拠点の下を完全に覆う形で口を開けた巨大な穴に、冒険者たちはどうすることもできずに飲み込まれていく。
20m程の落下の後、冒険者は地面へと次々叩きつけられる。いかに常人離れした身体能力を持つ高ランクの冒険者であっても、さすがにこの高さから落下したとなれば無傷では済まない。
「お前ら無事か!動ける奴はすぐに周囲を確認しろ!」
「こっちは無事だ!いったい何が起こったって言うんだ」
「……腕をやられた、近くにヒーラーがいるなら回復してくれ!」
「ジェイク!生きてるなら返事をしろ!くそっ、どうなってやがる!」
冒険者の中には軽傷で済んだものもいるが、受け身を取り損ねて足や腕を骨折した者や、中には叩きつけられた衝撃によって意識を失ったものもいるようだ。
さらに、追い打ちをかけるかのように、もうもうと立ち上る土煙の向こう側から何かの影が冒険者たちへと次々と飛来する。
「ぐっ!?攻撃されてるぞ!向こうに何かいやがる!」
「すでに囲まれてるぞ!怪我の軽い者は、動けない者を守るんだ!」
「さっきの崩落もこいつらの仕業か?ダンジョンのモンスターが意図的に崩落を起こすなんて聞いたことすらないぞ!」
「魔法はできるだけ使うな!視界が確保できないままじゃ仲間にまで当たるぞ!」
土煙の向こうから次々と迫る酸や矢による攻撃を、冒険者たちは僅かな視界とその気配を頼りに何とか防いでいく。しばらくして、ようやく土煙が晴れ周囲の状況を見ることができるようになった。
冒険者たちの足元には、崩落によって壊れた転移陣と、拠点だったものの残骸。さらに、地面に倒れ込みうめき声をあげる仲間の姿。
すり鉢状に窪んだ地形の中心にいる彼らの周囲は、遠距離攻撃が可能なジャイアントアントたちが彼らを取り囲むように埋め尽くしている。さらに、崩落が起きた場所まで続く壁に開いた穴からも、何匹ものジャイアントアントたちが顔をのぞかせており、四方八方から膨大な量の酸や矢が冒険者たちの元へと降り注ぐ。
雨のように降り注ぐその大量の攻撃は、もはやこの場にいる冒険者たちだけでは到底さばききれるようではなかった。このままこの場所に留まれば、すぐに全員がその骸を晒すことになるだろう。
「このままじゃやられるぞ!魔法が使えるものは壁を作れ!動けなくなる前に、通路に逃げ込むぞ!」
「怪我人を手分けして運べ!通路を塞いでる敵はこっちで何とかする!」
坂道を駆けあがる冒険者たちへと、一層激しく降り注ぐジャイアントアントたちの攻撃。その何割かは魔法使いの作り上げた壁によって防がれるが、それでも必死に走る冒険者たちの中には被弾してしまうものもいた。
特に重傷者に肩を貸しながら走るものは、迫る攻撃を叩き落とすことも回避することも難しく、一際大きなダメージを負ってしまう。
酸と矢の雨の中をくぐり抜け、ようやく彼らが何本もある通路のうちの1本へと逃げ込んだ時には、30人はいたはずの冒険者の数は20人程度まで減っていた。
「通路を塞げ!このままじゃ押し負けるぞ!」
「まだ仲間が逃げきれてないんだ!もう少し待ってくれ!」
「転移陣が壊れたままじゃ、本隊が戻ってこれないぞ!予備の塗料を持っている冒険者は誰だ!」
襲撃は入り口側の拠点だけではなく、中継地点に設置された拠点や下層にいる本隊にも行われていた。特に被害が大きいのは、中継地点の拠点である。
頭上に土砂が少なかった入り口側や、十分に準備の時間が確保できなかった下層とは違い、中継地点では崩落とともに頭上から大量の土砂によって追い打ちをかけられた。
落下のダメージを耐えきったものも、その上から降り注ぐ土砂の中へと埋まり、それすら乗り切ったものはジャイアントアントたちの攻撃によって止めを刺された。入り口側と違い、十数人しか冒険者が待機していなかったこともあり、中継地点にある拠点は既に壊滅状態となっていた。
運良く壊滅状態とならなかった入り口側の冒険者たちも大きな打撃を受けている。
あとほんの少しでダンジョンから帰還することができるはずだった遠征隊。しかし、突然の拠点への襲撃によって、彼らは窮地へと追い込まれていた。




