#51 冒険者の意地
崩落した通路と、迫りくるジャイアントアントの群れに挟まれた偵察隊。
絶体絶命のその状況に、すぐさまリーダーの男から指示が飛ぶ。
「このまま囲まれたら終わりだ!土系統の魔法を使えるやつは壁を用意しろ!」
「おうよ!『アースウォール』!」
「こっちもだ!上から奴らが来れないようにしておけよ!」
その言葉とともに次々と土の壁が作られていく。さらに、壁だけでなく天井まで作られ、土のトンネルが出来上がった。このトンネルが壊れない限り、彼らがジャイアントアントに囲まれることはない。
こちらへと迫るジャイアントアントを見据えて、リーダーの男が叫んだ。
「接近戦に自信のあるやつは前に出ろ!後ろのやつらが土を退けるまでジャイアントアントを抑えるぞ!冒険者の意地を見せてやれ!」
「任せろ!俺たちの後ろには一匹たりとも通さねえぞ!」
「早く土を退けるんだ!また通路が崩れないように補強も忘れるなよ!」
すぐさま前衛職の冒険者たちがトンネルを塞ぐ形で一列に並び、各々が武器を構えて迫りくる黒い波を睨みつける。
彼らが時間を稼いでいる間に崩落した通路を掘り起こすべく、他の冒険者たちが土を退ける作業に取り掛かった。
そして、ついに黒い津波と化したジャイアントアントたちが対峙する冒険者たちと衝突する。
その圧倒的な数で冒険者たちを押しつぶさんと迫るジャイアントアントたちだが、冒険者たちが用意した土の壁のせいで一方からしか攻めることができない。
前衛が迫りくる波を押さえ、その隙に後衛から魔法や矢による攻撃がジャイアントアントたちを目がけて飛んでいく。
さらに、トンネルの外では真紅の毛並みを持つカルネと紺碧の鱗を持つトルマが暴れまわり、次々と迫る敵の数を減らしていく。
「いける、いけるぞ!このまま持ちこたえるんだ!」
「ダメージを負ったやつは行ったん後ろに下がれ!無理は禁物だぞ!」
冒険者たちが倒したジャイアントアントは、その全体から見ればほんの微々たる数でしかない。しかし、彼らにはその全てを倒す必要などなく、退路が確保できる時間を稼げばいいだけだ。
ジャイアントアントを押さえている間に、少しずつだが通路を塞いでいた土砂が取り除かれていく。
このまま行けば、すぐに撤退することができるかもしれない。誰もがそんなことを考えた時だった。
突然、ジャイアントアントたちの迫る勢いが落ち始める。
何が起きているのかと訝しむ冒険者たちだが、一人が前方を指さして声を上げた。
「見ろ!あの新種の集団が向かってくるぞ!」
「オイオイ、あの武器もしかしてオリハルコンじゃないのか!?なんだってそんなものをアリどもが持ってるんだよ!」
その指の示す先からやってくるのは、ミスリルで出来た鎧を着こみ、その手にまるで炎のような真紅の盾を持ったアントレディアたちだった。
さらに、そのどれもが刃先から黄金に僅かに朱が混じった光を反射する、オリハルコンの刃を持った剣や槍を手にしている。
アントレディアたちが冒険者との戦闘を開始するとともに、周囲のジャイアントアントによる攻撃も再開する。新手の出現に、前衛で持ちこたえていた冒険者たちがわずかに押され始めた。
「ちくしょう!装備もそうだが、敵の能力がさっきのやつらとは段違いだぞ!」
「こいつら全部ネームドモンスターだぞ!攻撃を無理に防ぐな!避けるか受け流すんだ!」
アントレディアの振るう武器と打ち合うたびに、冒険者の剣が刃こぼれし、防いだはずの盾は僅かに削り取られていく。逆に、冒険者が振るう武器はアントレディアの体を包むミスリルの鎧に阻まれ、真紅の鱗を張り付けた盾でもって弾かれていく。
先ほどまでの敵とは段違いの装備と身体能力が冒険者をじりじりと追い詰め、少しずつではあるがアントレディアたちが冒険者を押し込みながらトンネルの奥へと進んでいく。
アントレディア2体を相手取っているリーダーの男も防戦一方となっていた。
剣持ちを援護するかのように、男の隙を狙って突き出される槍。とっさにそれを躱した男だったが、さらにそこを狙って正面にいたアントレディアが剣を振るう。
避けきれずに剣でその攻撃を弾くが、その代償に彼の剣は中ほどからぽっきりと折れてしまった。
すかさず返す刀で男の首元を狙って振るわれる剣。
首元をかすめるように通り過ぎていく刃がかすめ、男の首筋から一筋の血が流れ出る。
「うおおぉ!まだだ!あんまり冒険者を舐めるんじゃねえ!」
体勢を崩した男のわき腹を、突き出された槍がかすめていく。男は折れた剣を捨て、その槍を掴むと手前へと力任せに引っ張る。体勢を崩した槍持ちが剣を持った仲間へとぶつかり、出来上がった一瞬の隙。
その一瞬の隙を逃さずに、男は剣を持ったアントレディアのがら空きの胴体へと蹴りを放つ。
後ろにいた槍持ちを巻き込んで吹き飛んだ剣持ち。さらに、男は槍持ちの手が離れて残った槍を、倒れ込むその頭部に向けて突き刺した。
びくりと痙攣してその動きを止めたアントレディア。男はその下敷きになった元槍持ちにも止めを刺すと、ぼろぼろになってしまった盾を投げ捨て、先ほど奪い取った槍を構える。
「勝てない相手じゃないぞ!押せ押せ!」
「武器がダメになったやつはいったん下がれ!予備の武器なら用意してあるぞ!」
男の活躍を見た冒険者たちが沸き立ち、次は自分の番だとばかりにその勢いを増していく。
冒険者たちの奮戦によって、アントレディアたちをトンネルの外へと押し返すことに成功したその瞬間。
轟音とともに巨大なハンマーが戦っていた冒険者たちの後方、土で出来たトンネルの壁を突き破り、その勢いのまま周囲にいた冒険者を巻き込みながら壁を崩していく。
ハンマーが壁を崩し終えると、その穴から我先にとジャイアントアントたちがなだれ込み始める。
すぐに魔法使いたちが土の壁を作りだしてトンネルを補修するが、出来上がる傍から次々と壁が粉砕されてしまう。さらに、天井が崩れ落ちてしまったために、後衛まで酸や矢の攻撃が届くようになってしまった。
「ヒーラーがやられた!手が空いてる者はこっちに回ってくれ!」
「くそっ、土を退けてる冒険者も一旦戦闘に参加してくれ!このままじゃ押し切られるぞ!」
後衛にいた遠距離職の何人かが巻き込まれ足止めできなくなったために、押し寄せるジャイアントアントたちの勢いが増し、ヒーラーが減ったことで冒険者たちが戦線復帰するペースが落ちてしまう。
さらに、トンネルに開いた穴から攻めてくるジャイアントアントたちにも対応しなければならず、土を退けていた冒険者たちまでもが戦闘に参加することになる。
何とかジャイアントアントを押しとどめることに成功はしているが、退路の確保までは手が回らなくなってしまった冒険者たち。
もしこのまま戦い続ければ、いつかは万を超えるジャイアントアントの群れに押しつぶされることになってしまう。誰もがそんな不安を抱えながらも、それでも何とか生き残るために必死に武器を振るい続ける。
「どうするの!?このままじゃジリ貧よ!」
「……こちらもこのままでは魔力が尽きてしまいそうです」
テシータが次々と飛来する酸や矢を避けながら矢を射かける。
だが、倒したジャイアントアントよりも、後方から次々と補充されていくジャイアントアントの方が数が多く、敵の攻撃はだんだんと激しくなっていく。
激しい攻撃にさらされ、ついには力尽きてしまう冒険者も現れ始めている。
2体の精霊を維持し続けているリーナも、額に汗を浮かべて苦しそうにしていた。
「このままではまずいな。さすがにこの数は倒し切れないぞ」
「確かに困ったね。試しに白旗でも上げてみるかい?」
「そうしたいのは山々だが、見逃してくれそうにはないな!」
冗談を言うトルメルだが、その言葉に対して彼の表情は険しい。
広範囲を巻き込むタイプの魔法でジャイアントアントたちを殲滅しているのだが、それによってできた隙間もすぐに黒く塗りつぶされていく。
彼を守るように立ち、次々と迫る攻撃を叩き落としていくメルエルにも、僅かだが疲労の色が見え始めていた。
無限に湧き出るかのように、だんだんとその数と攻撃の激しさを増していくジャイアントアント。それに対して、少しずつだが数を減らし、その体力を削られていく冒険者たちは劣勢に立たされている。
限界を超えて武器を振り続ける中、どれだけの時間が経過したのかも分からなくなり始め、ついに冒険者たちがジャイアントアントの群れに押しつぶされようかという時だった。
冒険者たちが掘り起こそうとしていた通路。まだ土で塞がれていたはずのその通路の先が崩れ、拠点で待機していたはずのジェフリーたちが現れる。
先頭にいたジェフリーは、すぐに状況を把握すると声を張り上げた。
「こっちだ!早くこっちに退却するんだ!」
「なっ!?お前ら拠点の方で待ってたはずじゃ!?」
「いくら待っても君たちが戻ってこないから様子を見に来たんだ。まずは怪我人と気絶しているものを運びだすぞ!まずは通路を広げてくれ!」
穴を中心に通路の土が退けられていき、広がったそこから怪我人たちが運び出されていく。ジャイアントアントを押さえていた冒険者たちも、少しずつ通路の向こうへと退却していく。最後の冒険者が通り抜けるとともに、すぐさま土の壁が現れて通路を塞いだ。
「土の壁だけじゃすぐに壊されそうだね。僕の持ってる残りの種も使い切るとして、リーナ、頼めるかい?」
「わかりました。ヘリオン!時間を稼いで!」
その声に反応して現れたのは、水晶のような甲羅を持つ巨大な亀。
生い茂る木々の中をゆっくりと進むヘリオンは、自らの体でもって通路を塞いだ。
「さあ、急いで拠点まで戻るぞ!体力のある者は怪我人を運んでくれ!」
簡単な治療を施した後、ジェフリーたちは拠点へと撤退を開始する。
途中でジャイアントアントたちの襲撃が何度かあったがそれを跳ね除け、ようやく彼らは拠点へとたどり着くことができた。
拠点にたどり着くと同時に、偵察隊に参加していた冒険者たちがその場にへたり込む。
偵察隊の中で生き残ったのは、参加した者の半分を少し超える程度。さらに、その中には重傷を負った者も存在する。武具に至っては、もはや修理しても使い物にならなくなった物の方が多いほどだった。
「さあ、みんなもう一息だ!あとは設置した転移陣で入り口まで戻るだけだ!」
ジェフリーの声に、よろよろと立ち上がる偵察隊のメンバーと、それに肩を貸す冒険者たち。
彼らの眼には、ようやく帰還することができることへの安堵と、仲間を失ったことへの悔しさが浮かんでいた。
拠点に設置された転移陣へと足を踏み入れ、帰還しようとする冒険者たち。だが、なぜか転移陣を起動しても、その場から移動することはできなかった。
転移陣にどこか不備があったのかと確認を始めるが、そのどこにも不備らしきものはない。間違いなく遠征前に決めた通りの転移陣が設置されている。
「……まさか、入り口に設置した転移陣に何かあったのか?」
ぽつりと誰かがつぶやいたその言葉が、静まり返っていた拠点の中へと響く。
沈黙した転移陣を見つめて呆然と立ち尽くす彼らの間に、徐々にざわめきが広がっていった。




