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#47 ストレス

 モニターに映るのはダンジョンを目指し進む冒険者たち、その数は100人を少し超える程度だろうか。

 かつてやって来た兵士たちとよく似た状況ではあるが、人数はあの時よりも少ないといえども、その戦力は遥かに上だと思われる。

 キメラを率いる老人との戦いの後、およそ一ヶ月の間続いた平穏な時間はついに破られてしまったようだ。


 ダンジョン内へと入ってきた冒険者たちは、入り口付近に拠点を作り始めている。

 今までにダンジョンにやって来ていた冒険者の設置していた簡素なテントのような物とは違い、その周囲は溝や魔法によって作られた土の壁で囲まれ、さながら要塞のような姿になりつつある。


 さらに、壁に囲まれた地面を均して、そこへ何かを描いているようだ。

 数時間をかけて地面に描かれた、刻まれた多数の文字のような物が刻まれた幾何学模様――あれはおそらく魔法陣だろうな。

 それにしても、あの魔法陣の形はどこかで見たような気がするな……とりあえずフィーネに効果を聞いてみるか。


「フィーネ、あの魔法陣の効果が分かるか?どうにも見たことがあるような気がするんだが」

「うーん……細かいところで違いはあるけど、ダンジョンの転移陣とほとんど同じ効果だね!対になる転移陣同士で移動ができるみたい?」

「なるほど……道理で見覚えがあったわけだ」


 どこかで見たと思ったが、ダンジョンの階層同士をつないでいる転移陣と同じようなものらしい。

 そして、わざわざあのようなものを設置するということは、ダンジョンの奥深くを目指して進んでくるとみて間違いないだろう。

 冒険者たちは出来上がった要塞の中に、食料が詰まっていると思われる袋や、矢などの消耗品を積みこんでいる。長期間このダンジョン内で活動することまで考えているようだな。


『ダン様、あの魔法陣の効果ですが、転移機能に加えてダンジョン内からマナを集めることで起動するようですね。起動する際に使用者の魔力を消費しない分、短期間でかなりの人数を移動させられるはずです』


 フィーネの説明を、フロレーテが補足してくれる。

 なるほどな、あの要塞は転移陣を守り、ダンジョンの奥へと大量の物資を送り込む補給基地のつもりなのか。

 周囲に張り巡らされた溝と壁による足止めが厄介だ。そもそも近づけるかどうかすらわからないな。

 あの要塞を真正面から攻略するのはさすがに厳しいだろうな。わざわざ真正面から攻略する必要もないのだが。


 やがて要塞を築き終った冒険者たちは、十数人を防衛のために残してダンジョン内を進み始める。

 大量の物資を運んでいる冒険者の周辺を、他の冒険者が囲むように進んでいるところまではいい。

 だが、冒険者たちの隊列の、一番外側にいる者たちの動き方が問題だな。


 最前列を進んでいる冒険者が、通路の分岐点を塞ぐ形でその場に待機、そこを隊列の最後尾が通り過ぎると通路を塞いでいた冒険者たちは再び最前列へと向かう。

 それを何度も繰り返しながらダンジョン内を進んでいる。

 変わった動きではあるが、その狙いは明白だろう、これではこちらに有利な戦い方はできそうにない。


「これじゃあ挟み撃ちも奇襲も難しいな。シュバルツ、この動き方をどう思う?」

『そうですね。残念ですが、単体での力量はこちらの方が劣っています。我々の強さはその数によるもの、それを封じられては満足に戦うことはできません。あの陣形を崩すのは非常に難しいでしょう』

「やはりそうか。一度大部屋に数を集めて戦ってみるか?相手がどう戦うのかを見てみたいところだな」

『では主様、敵の進行方向を予測して、一度攻撃をぶつけてみることにしましょう』


 シュバルツが敵の周囲にいるアントたちを誘導し、大部屋へと集めていく。

 相手はどういう訳か、2階層へと繋がるルートに沿って進んでいるので、その進路上にアントたちを集めて、迎え撃つことは簡単だろう。

 やがて、冒険者の集団がアントたちが待ち構えている大部屋へとたどり着き、戦闘が始まった。


 アントの大群を大部屋に配置して迎え撃つこちらに対して、冒険者たちはやけに慎重に戦っている。

 通路の周辺を、魔法による壁や重装備の冒険者たちが固め、その奥から矢や魔法による遠距離攻撃を行って少しずつ倒しているようだ。

 アントたちがやられて隙間ができれば、その分だけ相手の冒険者たちが前に出る。

 前衛役の冒険者は不用意に突出するものもなくひたすら攻撃を防ぎ続け、遠距離攻撃の出来る冒険者が攻撃を加える。ただ作業のようにそれを繰り返して戦闘を続けているようだ。

 こちらにも防御役としてガーディアンアントはいるのだが、射程と火力の面で不利だ、アントの攻撃が届かない場所から飛んでくる攻撃を防ぎきれていない。


 途切れることなく続くこちらの攻撃によって負傷した冒険者も多少はいるが、すぐに後ろへと運ばれ負傷者が抜けてできた穴を、すぐさま別の冒険者が埋めて戦いを継続する。

 しばらくすると負傷した冒険者が治療を終えて、また前線に戻ってくるため、完全に持久戦の構えになってしまっている。

 相手にもダメージを与えてはいるが、こちらにも少しずつ戦闘不能になったアントたちが出始めているな……


『主様、どういたしましょうか?このままではこちらにもかなりの被害が出ると予想されますが……』

「そうだな。このまま戦い続けて勝てる可能性もあるかもしれないが、こちらの消耗も激しいだろうな。いったんアントたちを退却させよう」

『畏まりました。すぐに撤退させます』


 ひたすらアントたちを補給し戦闘を続ければ、冒険者をその場に足止めすることは可能なようだ。

 最終的には疲弊した相手の戦列が崩れ、そこから攻め落とすことができる可能性もあるだろう。

 だが、そのような持久戦を行えば、単体での戦力に劣るこちらにもそれ相応の被害が出ることになる。

 たとえ彼らを撃退することに成功しても、それで戦力が大きく削られてしまい、次の戦いに負けてしまっては元も子もない。


 こちらも、武装したアントレディアや、ネームド化したアントたちを送り込むこともできるのだが、今の相手にこちらの手札を見せてしまうのもどうだろうか。

 条件が整い、相手に確実に大きな打撃を加えられるようになった時に投入するのが一番だろうな。

 もし相手がそこまで来る前に退却しても、次に相手がやってくる間に対策を用意することもできる。

 逆に、不用意にこちらの手札を見せてしまえば、相手がそれを対策してしまう可能性もあるのだ。


 戦闘を続けていたアントたちが撤退し、冒険者たちの集団はそのまま大部屋で休憩を始めている。

 大多数が休憩している間にも、一部の冒険者たちが周囲の警戒や戦利品の回収を行っているようだ。

 冒険者たちは戦利品を見ては喜び、食事をとるものや仲間同士で笑い合っているものもいるようで、士気はかなり高くなっているようだ。


 やがて、休憩と治療を終えた冒険者たちは、隊列を組みなおすとダンジョン内を再び進み始めた。

 通路の分岐点はおろか隠し通路までくまなく探して塞ぐその徹底ぶりと、先ほどの慎重な戦い方を見るに、このままでは相手に付け入る隙はほとんど無いと考えていいだろう。


「ねえダン、これからどうするの?」

「そうだな。確かに厄介ではあるがどうにもならないわけじゃない。相手を囲むことのできる状況さえあればたぶん何とかなるだろう。それまでは、何度かちょっかいをかけておくだけにするか」


 前方からしか攻撃ができない状況が厄介なら、こちらに有利な場所で戦えばいいのだ。わざわざ相手が有利な戦いにつき合う必要はないだろう。

 それまでは、積極的に攻撃はせず、相手を疲弊させるために動くとしよう。


 シュバルツに、遠距離攻撃の出来るアントのみを使って散発的に攻撃を続けるように伝えておく。

 冒険者が攻撃する前に即撤退、もし追いかけてくるようならば、隊列から離れたところで挟み撃ちにしてしまえばいい。

 常時警戒をしなければならないとなれば、それだけ相手にストレスをかけることができる。

 どれほどの効果があるかはまだ分からないが、相手の集中力と体力はある程度削ることはできるだろう。


 その後は、時折ガンナーアントやファイアアントによって冒険者に攻撃を加えるだけで、大規模な戦闘もなく10日が過ぎた。

 途中、攻撃を加えてすぐに撤退するアントたちを追いかけて、奥へと向かってきた冒険者を数人倒すことができたのだが、それ以降はこちらの狙いに気が付いたのか、深追いしてくる冒険者もいなくなってしまった。


 冒険者たちは現在1階層の中ほどで、入り口と同じような拠点を築いているところだ。

 設置された転移陣によって、入り口から物資が次々と運び込まれ、それと入れ替わる形で冒険者たちが手に入れた戦利品が入り口方面へと送られていく。


「あの冒険者を撃退できないと、こうやってダンジョンの奥に進んでくるわけか……結構厄介だな」

「ダン!早く何とかしないと、いつかここまで来ちゃうかもしれないよ!」

「確かにそうなんだが、拠点を落とすならもう少しタイミングを測った方が良さそうだ。一度あの拠点を落としてもすぐに作り直せるだろうからな」


 犠牲者が出ないように慎重に進み、ある程度進んだところで拠点を築いて物資を補給、これを繰り返すことで、長い時間をかけてダンジョンの奥まで進むつもりなのだろう。

 今すぐにでも相手の拠点を潰して、補給路を断ってしまいたい気持ちもあるが、それはもう少し後だな。

 今拠点をつぶしたところで、相手に警戒されるだけでまた同じように拠点を作られる可能性がある。

 やるならばもっと後、一番相手への打撃が大きくなるタイミングを狙うべきだろう。


 そのための場所は、以前から用意していたものが完成している。

 もし相手がそれを見て撤退を選択するとしてもそれはそれでかまわない。

 ダンジョンの防衛には一応成功したことにはなるし、その後に拠点を潰してしまってもいいのだ。


 冒険者は補給を終え、再びダンジョン内の攻略を再開したようだ。

 特に大きな打撃を受けていない彼らだが、何度も繰り返されるこちらの嫌がらせが効いているようだ。

 最初の頃の意気揚々とした雰囲気は消え、ピリピリとした空気が冒険者たちの間を漂っている。


 少数のアントによる攻撃は、危険はそれほどないとはいえ、どのタイミングで来るか分からないそれを常に警戒し続けるのは神経をすり減らすものだ。

 攻撃をした後、すぐに撤退するアントたちを深追いするわけにはいかないので、こちらは遠距離からやりたい放題となれば、確実にストレスがたまる状況だろう。

 特に食事時、睡眠時などに襲撃があるとなればなおさらだ。


 そして、この土で出来た通路だらけのダンジョン内には、そのストレスを晴らすことができるような娯楽となるものはほとんど存在しない。

 たとえそれを、アントたちとの戦闘や戦利品の入手によって発散したくても、こちらがその機会を与えないように動いている。

 溜まりに溜まったストレスの矛先は近くにいる仲間へと向けられ、小さな諍いが増えることでさらにストレスは加速する。


 相手も頭の中では、こちらの狙いが分かっているかもしれないが、頭で分かっていてもその感情までもを完璧に制御できるはずもない。

 散発的に行われる襲撃に、満足に戦うことすらできない状況がいつまでも続けば、やがてそのストレスはどこかで爆発することになるはずだ。

 さて、彼らには目的の場所に到着するまでに、せいぜい鬱憤を溜めてもらうとしようか。

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