#46 遠征隊
ギルド内の騒めきは少しずつ静かになり、それにつれてジェフリーへと集まる視線が増えていく。
やがて、指定した時刻である正午になる頃には、そこにいるほぼ全ての冒険者がジェフリーへと注目していた。
「みんなよく集まってくれた!これより遠征についての説明を始める!」
数多くの冒険者たちの視線を集めながらも、ジェフリーは気後れした様子もなく堂々と宣言する。
その声とともに、未だ雑談をしていた冒険者もそれをやめ、ギルド内は水を打ったかのように静まり返る。
「これだけの冒険者に集まってもらえて、俺は嬉しく思う!まずは礼を言わせてくれ!」
そう言ってジェフリーは頭を下げる。
「さて、さっそくだが遠征の説明を始めよう。まず、この遠征の最終目標は前回にも話した通り、1階層の踏破そして2階層にダンジョンの入り口に繋がる転移陣を設置することだ」
1階層の踏破、改めて聞かされたその言葉に冒険者たちがざわめく。
未だに1階層の攻略どころか、ほとんど入り口付近しか探索されていないのだ。本当に可能なのかといぶかしむ冒険者の姿も見られる。
「遠征の期間は最大で1ヶ月、まずは10日間かけてダンジョン内を探索し、中継ポイントとして転移陣を設置する。そこで物資の補給を済ませた後は攻略を再開、さらに10日をかけて1階層の最深部へと到達する予定だ。残りの10日は転移陣の設置や物資の補給、そして不測の事態が起きたための対処に当てる。ここまでで何か質問はあるだろうか」
ジェフリーが問いかけると、何人かの冒険者が手を挙げる。
「よし、ではまずは一番前にいるそこの方」
「……俺か、じゃあさっそくだが聴かせて欲しい。現時点であのダンジョンの内部構造はほとんど分かっていないはずだ。ダンジョンの形状も複雑になっていて、正しい道は分かりにくい。それなのに、たった1ヶ月で本当に1階層を攻略できるのか?」
指名された冒険者のその質問に、周囲の冒険者たちも頷く。
現時点で、『黒軍の大穴』の内部の地図はほとんど完成していない。
道が複雑に分岐していて、奥に進むにはかなりの危険が伴う。さらに、例えマップが完成してもいつの間にか道が変わっていることすらあるのだ。
今のところその詳細が判明しているのは、1階層の入り口周辺のほんの一部のみ。たった1階層といえども、そう簡単に攻略できるとは思えないのが当たり前だろう。
「確かに、現時点でダンジョンの内部構造はほとんど分かっていない。たとえやみくもに進んでも、それが次の階層に繋がる正しい道とは限らないだろう。だから、今回の遠征ではこの魔道具を使用することにする」
そう言って取り出されたのは、中に色のついた棒が浮かんだ小さな籠。格子状の籠の中に浮かぶその棒は、ゆらゆらと揺れ動いている。
「この魔道具は、その地点でのマナの流れを読み取ることができる。ダンジョンでは、最下層にあるダンジョンコアからダンジョンの入り口へとマナの流れが発生している。この魔道具を使ってマナの流れを辿れば、ダンジョンの下層へと繋がる方向がある程度分かるはずだ」
ジェフリーの説明に、納得の表情を見せる冒険者たち。
確かに、マナの流れを辿ることができるのなら、道を間違えてしまう可能性は少ないだろう。
冒険者は質問を終え、次に指名された男が立ち上がった。
「次は俺だな。ここにいる冒険者なら知っていると思うが、このダンジョンの難易度は非常に高い。ついこの間も多くの冒険者が行方不明になったばかりだ。攻略中にもかなりの困難が予想される。それについてはどう考えている?」
現時点でのダンジョンの難易度は、発生してから1年も経っていないダンジョンとしてはあり得ないレベルにまで到達している。
実際に、ダンジョンの奥深くへと挑み、そのまま帰ってこなかった冒険者は数え切れないほどである。
生半可な作戦では、たとえ遠征隊を組んでダンジョンに向かったとしても、たちどころに壊滅の危機に陥ることになる。
「おそらく、今回の遠征でも何度か戦闘をすることになるだろう。このダンジョンにいるモンスターは、数の差を利用して戦うジャイアントアントだ。そこで、遠征では各分岐点を塞ぐように戦力を配置しながら進む。正面の相手だけに集中できればそこまで危険な相手じゃない。もし、遠征隊のメンバーで対応できない事態が発生した場合は迷わず撤退する。その場合は、それまでの情報を元に次の遠征までに対抗策を練ることになる」
「……なるほど。俺からの質問は以上だ」
ジェフリーから得られた答えに頷くと、席に座りなおす冒険者。
その後も何人かの冒険者の冒険者が手を挙げ、順番に彼らの質問に答えていく。
参加した場合の報酬や、物資の補給方法、遠征隊の構成など次々と出される質問に、ジェフリーはよどみなく答えていく。
「遠征隊の編成は、戦闘班、輸送班、護衛班、防衛班の4つを予定している。戦闘班は主にダンジョン内の索敵とモンスターが現れた際の撃退。輸送班は、遠征に必要な物資を運んでもらう。護衛班は、輸送班をモンスターの襲撃から守ること、さらに休憩中の周囲の警戒が仕事だ。最後の防衛班は、ダンジョンの入り口と中継地点に設置されている転移陣を守ってもらう。なお、遠征に参加するために必要なランクは、特例としてCランク以上。ただし、Cランクの冒険者は、申し訳ないが輸送班に回ってもらう」
質問に対する回答を交えつつ、遠征についての説明は進んでいく。
ジェフリーの説明を聞いていくにつれ、だんだんと遠征に希望を持ち始める冒険者たち。
彼の説明が山場を迎えるころには集まった冒険者たちのその多くが、今回の遠征に対して肯定的な考えを持つようになっていた。
「――今回の遠征についての説明は以上だ。質問は……どうやらないみたいだな。出発の予定は10日後、それまでに参加するものは準備を済ませておいてくれ!遠征に参加してくれる場合は、このギルドを通して登録してくれ!俺の話を聞いてくれてありがとう!みんなの力を合わせて、遠征を成功させようじゃないか!」
「「「「うおぉー!」」」」
ジェフリーの言葉とともに、熱狂に包まれる冒険者たち。
気の早い冒険者の中には、早く登録してしまおうと受付に詰めかけるものもいる。
しかし、中には遠征に参加せず、そのまま立ち去っていくものもいた。
確かに今回の遠征は安全を重視していて、その危険度は低くなっているとも言える。
だが、どれだけ入念に準備や対策をしても必ずそれが成功するとは限らない。
どれだけ対策を練り、準備を万全に整えたとしても、どうしても不確定要素は存在するのだ。
そのリスクと遠征によって得られる利益を天秤に乗せ、その上でリスクの方が大きいと判断した冒険者たちも少なからず存在した。
最終的には説明を聞くために集まったうちの3割ほどの冒険者が、遠征への参加を見送ることになった。
そして、メルエルたちもまた、すぐに参加を決めようとはせずに、仲間同士で相談を始める。
「……遠征についての説明はあの通りだな。トルメル、勝算はどれくらいあると考える?」
「そうだね、僕としては確かに悪くない作戦だと思うよ。現時点ではダンジョン内で確認されているのは、ジャイアントアントとそれに関連したモンスターのみだ。もし仮に、限られた空間で後ろを気にせず戦えるならそこまで危険も少ないだろうね」
トルメルは、先ほどの遠征に関する説明に対して肯定的な意見を述べる。
冒険者に有利な状況を維持できれば、その危険性は大きく下がるだろう。うまくいけば、そのまま目的を果たすことも不可能ではない。
「そうね、確かにそれなら危険は少ないでしょうね。本当にそれが可能なら……という話だけどね」
「その通りだよテシータ。なにせ、相手は知性のあるダンジョンマスターだ、おそらく……いや、間違いなく1ヶ月もの時間があれば、何らかの対策を用意してくるだろう。その場合、遠征隊がどうなるかは保証できない。とはいえ、遠征隊に参加する冒険者もその可能性くらいは考えているだろうけどね」
最終目標である1階層の攻略だが、今回の遠征でそれが成功するとは限らない。
いや、むしろ不確定要素があまりにも多い中、一度の挑戦で成功する確率の方が低いと言える。
「ではどうするのですか?遠征への参加を見送って、ダンジョンマスターと交渉しますか?」
「……いや、それはかなり難しいだろうね。僕たちはダンジョンマスターから見れば敵であるはずの人間だ、そう簡単に交渉が進むとは考えにくい。そして、もし交渉中に遠征隊がやって来てしまえば……」
「自分を誘い出す、もしくは情報を引き出すための罠だった、そう邪推される可能性もあるということか?まさか手土産として遠征隊の情報を流すわけにもいくまい」
もし相手を裏切ったと思えるような状況になってしまえば、その後の交渉に致命的な影響が出ることになる。
相手から見れば彼らが敵であること、遠征隊の出発が近づいていることから、ダンジョンマスターとの交渉を進めることは非常に難しいだろう。
「可能性としては決してゼロじゃない。遠征隊の帰還後に帰ってきた遠征隊から戦力の情報を聞き、その後に交渉するという手もあるけど、その場合もうまくいくとは限らないだろうね。遠征隊から聞ける情報が伝聞である以上、直接体験するよりも不確実なものにもなるよ」
「それなら、今回は遠征隊に参加して、予定通りダンジョンの戦力の調査をするのかしら?できるだけ調査を急ぐ必要もあるわ」
「そうだね、遠征に参加した場合はダンジョンマスターと交渉ができなかったとしても、最低でも相手が保有している戦力に関する情報は持ち帰ることができる。ここは確実性の高い戦力調査を選ぶべきだと僕は思うよ。それに、可能性は無いに等しいだろうけど、その後に交渉できる可能性はゼロじゃない」
「……トルメルの案を採用するとしよう。我々の役目は、彼らと和平を結ぶことではない。相手が世界にとって脅威になるかを調べるだけだ。ならば、無理に交渉を選ぶ必要はないだろう。万が一のために交渉の用意だけはしておくべきだろうがな。……では我々も遠征に参加するとしよう。全員、遠征の参加条件は満たしているな?」
そう言って見回すメルエルに、メンバーたちは頷き返す。
今回調査のために送り込まれたメンバーは、ダンジョンに潜ることも考慮して全員Bランク以上、メルエルとテシータに至ってはAランクだ。彼らの誇る能力を見ても、遠征に参加することに不備はない。
メルエルたちは、受付に向かうと遠征隊への登録を済ませる。
彼らが登録したのは護衛班。戦闘班ほど忙しくなく、輸送班のように拘束されることもない、ダンジョン内で調査を行う場合には都合の良い場所である。
そしてその10日後、ジェフリー率いる遠征隊総勢112名はダンジョンへの遠征のため、町を出発することになる――




