#45 予測
あれから5日が過ぎ、冒険者ギルド内には僅かにだが活気が戻っている。
ダンジョンに行かずに燻っていた冒険者たちの目にはやる気が戻り、多くの冒険者たちが、指定された時刻が来るのを待っている。
そして、ギルドの隅にはメルエルたちの姿もあった。
5日間の間別々に情報収集を行っていた彼らは、情報の共有を始める。
「さて、あの冒険者が指定していた5日後になったわけだが、まだ説明が始まるまでには少し時間がありそうだな。今のうちに、集めた情報を共有しておくとしよう。まずは俺の集めた情報からだ」
話し声があちこちで響くギルドの中を見回したメルエルは、3人に向き直る。
「行方不明になった冒険者はAランクを含む21名、事件が起こる直前に戻った冒険者によると、行方不明になるまでの時間はおよそ1時間程だ。ダンジョン内で確認されているモンスターはジャイアントアントのみ、拠点までの退路は確保していたらしい。その状況でたった1時間の間に殲滅するのは、まず不可能だろう。冒険者同士で仲間割れがあったか、彼らが対応できないほどに強力なモンスターが現れた可能性が高い」
「ふむ……仲間割れを起こしそうな冒険者や強力なモンスターの情報はなかったのかい?」
たった1時間で、20人近くの冒険者を一人残らず殲滅する。そう簡単にいくことではない。
トルメルが、行方不明になった理由の手掛かりがないか問いかける。
「冒険者が行方不明になる直前に、人とモンスターを混ぜたようなキメラを連れた見慣れない老人が通ったそうだ。だが、この老人がダンジョンから戻ってきた痕跡はないらしい。それと、ダンジョン内でボスモンスターらしきものの目撃情報もいくつかある。どちらも可能性はあるが、確定ではないといったところだな。状況を考えると、モンスターよりも冒険者による可能性が多少高いといったところだろう」
「そうだね、もし退路を確保した状態で前方から襲われたなら、一人くらいは逃げることはできるだろうからね。そうなると、後ろから――それも退路を塞ぐ形で襲われたということかな」
最後にトルメルが、説明を補足して締めくくる。他のメンバーも特に異論はないようだ。
「なるほどね、じゃあ次は私の番ね。この町の住人に聞き込みをしてみたんだけど、まだここが町になる前頃から住んでいた住人からいろいろと話を聞くことができたわ。それによると、第一発見者はこの村に住んでいた二人の少女だったみたい。草原で薬草を摘んでいたら、目の前にソルジャーアントがいたそうよ」
「第一発見者は一般人だったのですか?もしや、モンスターに襲われて怪我をしたのでは……」
目撃者が一般人だったと聞き、少し心配そうなリーナ。だが、テシータはその首を横に振る。
「それが、そうでもないらしいのよ。彼女たちは目の前に出てきたソルジャーアントに腰を抜かして動けなかったみたいなんだけど、そのままソルジャーアントはどこかに消えたらしいわ。特に襲われて怪我をしたというわけでもないみたいよ。その後もダンジョンのモンスターを見た村人は何人かいるけど、襲われた人間は一人もいないそうよ。ちなみに、第一発見者のうちの一人はここの受付嬢ね」
いくら低ランクのモンスターであるソルジャーアントといえども、ただの一般人、それも非力な少女では太刀打ちすることは叶わない。
それなのに、無傷で村まで戻ることができたということは、相手に彼女たちを襲う意思がなかったということの証明だろう。
テシータは、ちらりと受付の方を見てから話を終える。
「ふむ……とても興味深い話だね。僕が見つけたものも、テシータの情報を補足することができるかもしれないよ」
そう言って、トルメルがポーチから取り出したのは巨大な蠅のモンスターの死骸。
テーブルに横たわる死骸には、胴体部分に一つ穴が開いているだけで、他に目立った外傷はない。
「これは?確か、アントフライというモンスターだったか」
テーブルに置かれた死骸を眺め、その名前を呟くメルエル。残りの2人も、その死骸をじっと観察する。
周りの冒険者は、突然取り出されたモンスターの死骸に少し驚いたようだが、すぐに興味を無くしたようだ。
「そうだね。これはアントフライという、ジャイアントアントと共生関係にあるモンスターだ。この町の上空を飛んでいるのをテシータに撃ち落としてもらったんだ。あれだけの距離を飛んでいるモンスターをここまで綺麗に射貫くなんて、さすがは深緑の弓姫と呼ばれるだけはあるね」
トルメルは、アントフライに開けられた小さな穴を指し示す。
彼は、この町の上空を飛行していたアントフライを発見し、弓の名手であるテシータに撃ち落としてもらうことで、これを確保することに成功したらしい。
「私あんまりその呼び名は好きじゃないのよね……それで、大賢者さん?このモンスターがどうかしたのかしら?」
深緑の弓姫と呼ばれたテシータが、少し不満そうな声を上げる。仕返しのつもりなのか、彼女はトルメルを大賢者と呼んだ。
「……テシータ、僕が悪かった。その呼び方はちょっとむず痒くなるからやめて欲しい。大賢者だなんて……僕なんてまだまだなんだけどね……さて、少し話がそれてしまったね、このモンスターはさっき説明した通りに、ジャイアントアントと共生関係にある。詳しい生態の説明は置いておくとして、その役目はいわゆる巣の内部の偵察役だ」
大賢者と呼ばれたトルメルは、ぽりぽりと頬を掻いた。彼もまた、自分につけられたその称号はあまり好きではないようだ。
「偵察役ですか……それがこの町の上空を飛んでいたとなると、相手にここの状況が筒抜けだというわけですか?」
偵察役と聞き、首を傾げてその可能性を指摘するリーナ。
トルメルは、テーブルに乗っていたアントフライをポーチに仕舞うと頷いた。
「その通り、このモンスターが外で偵察を行っていたとなると、ダンジョンマスターが偵察を行わせる知能を持ち、なおかつこの町が発展していく様子も全て把握していたことになる。それだけの知能を持ったダンジョンマスターが、ただ指をくわえて見ているだけというのも考えにくい。テシータの話と合わせると、ここのダンジョンマスターは、ダンジョン外で人間を襲うことに消極的な可能性が高いと思われる」
ダンジョンマスターの性格について、自分の考えを述べていくトルメルに、メルエルが指摘する。
「ふむ……だが単純に戦力が足りなかったという可能性はどうだ?」
「いや、その可能性はかなり低いだろうね。中級のジャイアントアントが10匹もいれば、発展する前の戦力のない小さな村程度ならひとたまりもないよ。それに、あの炎竜王を倒すほどの戦力があったんだ。もしやろうと思えば、この町の一つや二つ程度、今からでも簡単に滅ぼせるだろうね。慎重に作戦を練っている、という可能性は捨てきれないが……それでも、今までこの町が襲われたことが無いのも事実だよ」
ソルジャーアントですら一般人にとってはかなりの脅威となる。それが中級以上のジャイアントアント10匹以上となれば、もはや小さな村ではどうにもならない。
もしダンジョン側に積極的に攻撃する意思があったならば、既にこの町は滅んでいた可能性が高い。
そう結論を出して、話を終えるトルメル。最後にリーナが、集めた情報について話し始める。
「最後は私ですね。私は炎竜王との戦いがあったソナナの森の跡地に行ってきました。森が荒れてしまったせいで数は少なくなっていましたが、それでも昔からあの森に棲んでいた精霊の方々に話を聞くことができました。それによると、どうやらあの森には妖精の里が存在していたようですね」
「妖精の里が存在していた……ね。そんな言い方をするってことは、もう残ってないのよね?確か、結構立派な樹が焼け跡に残っていたように見えたけど」
テシータは、未だ焦げ跡が残る森の惨状を思い浮かべる。
あれだけの惨状となれば、妖精の里は既に滅んだか、妖精たちは別の場所へと移動したはずだ。
「そうですね、今はもうあそこに妖精の里はありません。精霊たちの話によると、彼女たち妖精はダンジョンマスターとともにダンジョンへと向かったと……」
「ダンジョンに向かっただって?……それは、無理やり連れていかれたとかそういう訳ではないのかい?」
妖精がダンジョンマスターとともに里を出ていった。トルメルは、その情報に驚きの声を上げる。
いくら森が焼けて、妖精たちがそこで暮らせなくなったとはいえ、ダンジョン内に妖精たちが引っ越すのは彼の予想を超えていた。
「いえ、特に彼女たちが脅されたりといった様子もなかったようですね。彼女たちの意思でダンジョンへと移動したようです。妖精とダンジョンマスターとの関係まで分かればよかったのですが……残念ながらそこまでは分かりませんでした」
もしや、妖精に目を付けたダンジョンマスターが、彼女たちを連れ去ったのではないか。そんな疑問をリーナが否定する。
果たして両者にどういう関わりがあったのか――それを完全に予想することはできない。
だが、妖精とダンジョンに何らかの関係があったことが判明したことにより、浮かび上がってくるものがある。
「……なぜ、ダンジョンマスターが炎竜王に挑んだのか、妖精の里と関係があったと考えると合点がいくな」
「そうですね、ダンジョンの中までは炎竜王も襲ってくることはないでしょう。それなら、ダンジョンマスターには炎竜王と戦う理由はありません。ですが、襲われた妖精の里を救うために炎竜王に挑んだと考えれば……」
ダンジョンと妖精の里の関係、もしこれが事実であるとするならば、炎竜王とダンジョンが衝突した原因は、妖精たちを救うためであったとも考えられる。
「つまり、自分の戦力に被害が出るのも厭わずに、妖精を救うために炎竜王に立ち向かい、さらに住処を失った妖精を安全なダンジョンの中に住まわせてあげたってわけかしら?ダンジョンの外にいる一般人に手を出していないことといい、もしこれが本当だとすると、随分と善良な性格のダンジョンマスターのように思えるけれど」
「……そうだね、もし予想が当たっているとすれば、大災厄のような事態が起こる可能性は極めて低いと言えるだろうね。裏付けを取るためにも、ダンジョンマスターと直接話し合いができればいいんだけれどね」
「話し合いですか、いきなりやって来た私たちと会ってくれるのでしょうか……」
ダンジョンマスターと直接話し合うことができれば、全ての情報の裏付けを取ることも可能だろう。
だが、彼らが直接ダンジョンマスターと会うには、かなりの困難が予想される。
「あちらから見れば、俺たちは住処を荒らして住人を殺してまわる強盗や盗賊のようなものだ。話し合いに応じる可能性は低いだろう。それに、わざわざ俺たちと話し合いの場を持つメリットもほとんどない」
「そうだね。さて、僕たちが取れる選択肢は主に二つ、予定通り戦力調査をするか、交渉を選ぶかだ。もし片方を実行すれば、もう片方は難しくなる。さらに言えば、交渉の場合は成功するとも限らない。失敗した時は、予定通り戦力調査をすることになるだろうね」
「さすがに面と向かってあなたの持っている戦力を教えてくださいなんて言えないものね。それで、メルエル、どうするつもりなの?」
再びメルエルの元へと視線が集まる。
どちらを取るべきか……メルエルは、しばらくの間考えこむ。
「……そうだな、現時点ではダンジョンが周辺に被害を与える可能性は低いと見ていいだろう。だが、いつこの状況が変わるかは分からない。交渉ができるか不確実な以上、相手の戦力を測ることを優先しよう」
「……確かに、遠征が近づいていることを考えると、悠長に交渉をする時間もなさそうだね。よし、じゃあまずは遠征の説明を聞くとしようか。ちょうどいいタイミングだね、そろそろ始まるみたいだよ」
トルメルの目線の先には、5日前にギルド内で募集をかけていたジェフリーの姿がある。
時刻は正午になる直前、ギルド内の多くの冒険者たちの視線が、ジェフリーへと集まっていた。
次回で遠征開始、その次はダンジョン視点になる…予定です!




