#44 情報収集
ハイエルフの命を受けてエルフたちが世界樹の森を旅立ってからおよそ2週間、ソナナの町から少し離れた場所へと降り立つ巨大な影があった。
鮮やかな輝きを発する緑の羽毛に身を包み、10mを超える体躯を誇るその巨鳥は、翼を羽ばたかせて地面へと降り立つとその身をゆっくりと屈める。
巨鳥の背中には4人のエルフたちの姿――世界樹の森からここまでやって来た彼らは、巨鳥の背から次々と飛び降りる。
そのうちの一人が、巨鳥の頭を撫でて声をかける。
「ジェイン、ごくろうさま。ここまででいいから、後はゆっくり休んでね」
「クエェ」
ジェインと呼ばれた巨鳥は、ねぎらいの言葉をかけるエルフに甘えるように頭を擦りつける。
巨鳥が一鳴きすると、まるで空気に溶け込んでいくかのように、次第にその姿がぼやけて消えていった。
彼女は自身の契約した精霊を巨大な鳥の姿で呼び出し、それに乗って空を移動することによって移動にかかる時間を大きく短縮していたのだ。
「リーナ、助かった。ここまで数ヶ月はかかるものだと思っていたが、まさかたったの2週間で到着することができるとはな」
「ふふ、メルエルさん、お役に立てたようで何よりです。私たちの目的を考えると、あまり移動に時間をかけてもいられませんからね。ここまで私たちを乗せて来てくれたジェインには、少しだけ無理をさせてしまいましたけど……」
礼を言うメルエルに、リーナと呼ばれたエルフの女性が返す。
次第に消えていく精霊の姿を見ていた女性が、感激したような声を上げた。
「それにしてもリーナの契約しているジェインはすごいわね!私も新しい精霊と契約しようかしら」
「テシータ、もしジェインのような能力を持った精霊を狙っているならやめておいたほうがいい。あれだけのことができるのは、高位の精霊だけだよ。もし契約できたとしても、よほど相性のいい精霊でもない限り、その力に取り込まれて終わりだ。僕たちの中で安定して契約できるのはリーナくらいだろう。さすがは精霊の愛児といったところだね」
「……そう、残念ね。私にもジェインみたいな精霊がいれば、こうやって移動する時に便利だと思ったのだけれど」
「テシータ、トルメル、雑談はそれくらいにしておけ。まずは近くにあるソナナの町で情報を集めるとしよう。……確か空から見えた町はあの方角だったな」
会話を切り上げて、ソナナの町へと足を進めるメルエルたち。
しばらく歩いた先の門を抜けて、ようやく町の中にたどり着いたのだが、町の様子がおかしい。
空き家と思われる家々が点在し、どうにもダンジョン攻略の最前線の街にしては寂れた感じがしているのだ。
「……町の様子がおかしいな、ここに来る前に立ち寄った場所で手に入れた情報だと、もう少し活気があるとのことだったが」
「ふむ、確かにそうだね。最近はダンジョンのおかげで急成長して、小さな村から町になったとの話だったはずだよ。それにしては人通りがどうも少ない気がするね」
「ほら、とりあえずあそこにいる人に聞いてみましょうか。どうしてこんなに活気がないのかわかるかもしれないわ」
テシータが、大量の荷物を背負って歩いている冒険者らしき集団を発見する。どうやら彼らは町の外へと向かっているようだ。
メルエルは、彼らの方へと雑談しながら歩いてくる冒険者に声をかける。
「すまない、ちょっといいか?」
「あん?見ねえ顔だな……最近来た冒険者か?」
「ああ、そんなところだ。この町には今来たばかりでな。ここに来る前に聞いていた話だと、もっと活気があるとのことだったんだが……最近なにかあったのか?」
声をかけられた冒険者たちは、今来たばかりだというメルエルたちを見て、少し気の毒そうな表情を浮かべる。彼らはお互いに顔を見合わせると、ポツリポツリと語りだした。
「そうか、そいつはタイミングが悪かったな。この前ダンジョンの攻略中にちょっとした事件があってな……今はもうみんな怖気づいちまって、積極的にダンジョンに挑もうってやつらはほとんどいないんだ。俺たちも、もう見切りを付けてこの町を出るところだったんだよ。もし事件について詳しく聞きたければ、冒険者ギルドで聞いてくれ。少し先を急いでるんでな」
「……そうか、時間を取らせてすまなかったな。情報感謝する」
「なあに、別にいいってことよ。お前さんたちも、もしダンジョンに挑もうっていうなら気を付けろよ。なにせ命あっての物種だからな」
そう言い残して立ち去っていく冒険者たちの背中を見送るメルエルたち。
やがて、冒険者たちは門の向こうへと消えていった。
「……ねえみんな、どうやら何か事件があったみたいだけど、これからどうする?とりあえず、まずは冒険者ギルドに行って話を聞くべきだと思うけど」
「そうだな、町の情報が足りていない。このまま冒険者ギルドに向かって話を聞くとしよう」
「僕も賛成だね。どうやら僕たちが聞いていた状況とは、だいぶ変わってしまっているみたいだ」
「私も賛成です。冒険者ギルドの場所は確かあちらですね、みなさん行きましょう」
町の中を歩き、メルエルたちは冒険者ギルドの前へと到着した。
普段ならこの時間帯の冒険者ギルドは賑やかなはずなのだが、ギルドの中からはひっそりとした空気が漂っている。
彼らが扉をくぐると、ギルドの中には暗い雰囲気を纏った冒険者たちがたむろしていた。
昼間から酒を煽り、誰もが口を開くことなくまるでお通夜のように静まり返った冒険者たちを横目に、受付まで進むメルエルたち。
受付までもが沈み込んだ様子だったが、近づいてくる彼らに気が付くと背筋を伸ばした。
「ようこそいらっしゃいました。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「先ほどこの町に来たんだが、町の様子が気になってな。さっき声をかけた冒険者に、ここでならその原因を教えてもらえると聞いてきたんだが」
「ああ……そうでしたか。この町にいらしたばかりなんですね。実は――」
受付の少女の説明を要約すると、ついこの間までは多くの冒険者が攻略を行っていたが、1月ほど前に攻略中の冒険者およそ20人が行方不明になった。
残されていたのは戦闘の跡らしきものだけで、行方不明になった冒険者たちは未だに帰ってきておらず、その原因も不明なので、攻略を一旦止めて、様子見をする冒険者たちが増えている。
幾らかの冒険者たちはまだ攻略を続けてはいるが、前ほど積極的にというわけにもいかず、だんだんと町の活気が失われつつあるらしい。
受付の少女は、このままだと攻略する人がいなくなってしまいそうですね、とため息をついて締めくくった。
「まさかこんなことになっているとはね。やっぱりダンジョンのモンスターにやられたのかしら?」
「そうだね、そう考えるのが自然だろう。だけど、冒険者同士の仲間割れの可能性もあるから、情報が足りないうちに決めつけるのもよくないね。メルエル、リーダーとしてはこれからどうするつもりだい?」
「そうだな、まずは――」
メルエルが口を開こうとした時だった。ギルドに入ってきた冒険者の一人が、依頼を張り付けてある掲示板の前で大声を張り上げる。
「みんな聞いてくれ!みんなに聞いて欲しい話があるんだ!」
大声を張り上げた冒険者――一目で上質な物だと分かるような装備を付けた高ランクの冒険者の様子に、ギルド内でたむろしていた冒険者たちの視線がそこへと集まる。
自分に注目が集まったことを確認した冒険者は、さらに大きな声で続ける。
「俺の名前はジェフリー、『久遠の旅路』というダンジョンの攻略専門のクランのマスターをやっている!ギルドの仲間が行方不明になったあの事件からもう1ヶ月が経った。最近ではダンジョンを攻略する冒険者は減る一方、このままじゃいつかこの町からダンジョンに挑む冒険者がいなくなってしまうかもしれない。俺はそんなのは嫌だ!だから、俺はこの現状をなんとか変えたい!」
ジェフリーはゆっくりと、自分に注目する冒険者たちを見回してから、一際大きな声を張り上げた。
「俺たちのクラン『久遠の旅路』は、転移陣設置のための遠征を行うことをここに宣言する!目標は第1階層の攻略と2階層入り口への転移陣の設置だ!そこで、俺たちと一緒に遠征に参加するメンバーを募集する!すでにギルドの承認は済ませてある。5日後……5日後の正午にここで詳しい説明をする予定だ!みんな俺たちに力を貸してくれ!以上だ!」
締めくくった後、一礼して掲示板の前から移動するジェフリー、彼の発言によって、ギルド内にいる冒険者たちは、にわかに騒めきだした。
「おい、遠征だってよ。どうするよ」
「『久遠の旅路』っていやあエンティアの方の迷宮都市にいたクランだろ?結構腕の立つクランだって聞いたことがあるぞ」
「俺……参加してみようかな」
「俺はパスだ、原因もわかってねえのに2階層まで行こうなんて正気の沙汰じゃねえよ」
「でもよ、もうあれから1ヶ月経ったけど2度目が起こったって話は聞いてないぜ?話くらいは聞いてもいいんじゃねえか?」
周りの知り合いや、パーティーメンバーと相談を始める冒険者たち。
否定的な意見も多いが、それでも参加する意思のあるものは少なからずいるようだ。
彼らがダンジョンに挑まなくなって早1ヶ月、ここで燻り続けるのもどうかという思いもあるのだろう。
メルエルも、ジェフリーの言葉を聞いて悩むようなそぶりをしている。
「……遠征か」
「メルエル、彼らの遠征に参加するつもりなの?」
「遠征の内容によってはそれもいいだろう。リーナのおかげで、予定よりもかなり早くここまで到着している。一度、話を聞いてみるべきだ」
「ふむ……確かにメルエルの言うことも一理あるね。どうせダンジョンの戦力を計るために、ある程度は奥まで進まないといけないからね。それなら僕たちも遠征に参加してしまうのはありだろう。そちらの方が戦力は計りやすいかもしれない」
「私はどちらでも構いませんよ。それに、ダンジョンに関する情報も集めなければなりません。5日もあれば時間は十分にあるでしょう」
「よし、ならば5日後、彼らの話を聞いてから遠征に参加するかどうか決めるとしよう。それまでは、各自この周辺で情報を集めてくれ」
メルエルの言葉に頷き、各々の方法で情報を集めるために散っていくエルフたち。
――5日後、彼らは集めた情報を交換し、遠征の計画を聞くためにもう一度ここに集まることになる。




