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#42 装備開発

 まずは魔晶石を観察してみるとしよう。試しに、魔結晶の山から手ごろなサイズのものを1つ手に取ってみる。

 手のひらにすっぽりと収まるサイズの魔結晶は、無色透明で傷一つないつるつるとした表面。形は正二十面体とでもいうのだろうか、正三角形の面が規則正しく並んでいる。

 結晶のサイズはこぶしの半分程度の小さなものから、一抱え程もある大きなものまでまちまちで、ぴったり同じ大きさのものはほとんどないようだ。

 手に持ってみると予想以上に軽く、その透き通った見た目は宝石のようでいて、結晶の山がキラキラと光を反射するその光景はなかなか美しい。


「さて、このまま眺めているのも悪くはないが……まずはどうやって加工するかだな。これからアントレディアのところに向かうけど、フィーネはどうする?」

「もちろん一緒に行くよ!通訳も必要だからね!」

「よし、じゃあさっそく転移で向かうとするか!」


 大量に積み重なった結晶を倉庫内に戻すと、アントレディアたちの工房がある場所へと移動する。


 工房は鍛冶、アイテム製作、素材置き場などに分かれており、それ専用の部屋がいくつも連結して作られている。中には、製作中のアイテムやDPによって用意された各種設備や器具などが置かれている。

 ネームド化した後、アイテムによって鍛冶や道具の作成の知識を覚えさせたものが中心となり、新しく加入したアントレディアたちに、各種知識を教えながら武具や道具の製作をしている。


「ギギッ」


 工房の中に入ると、俺たちがやってきたことに気が付いたアントレディアの一体が、作業を中断してこちらにやってくる。

 この青いリボンを付けたアントレディアは――確かシュミットだったか、鍛冶の責任者だったはずだ。

 どうやら、丁度ジャイアントアント用の防具を作っているところだったようだ。製作中の鉄やミスリルの防具らしきものが見える。


「作業を中断させてすまないな。今日はちょっと見てもらいたいものがあって来たんだ」


 そう言って、倉庫から魔結晶を取り出してシュミットへと渡す。

 受け取った魔結晶をじっくりと観察していたが、しばらくすると満足したのか顔を上げた。


「ギギギ?」

「えっと、『主殿、これはこの前の戦いで手に入れた素材ですか?』だって!」

「ああ、前回倒したキメラの一匹が攻撃に使っていた結晶だな。炎竜王の鱗に傷をつけるくらいだったから、何かに使えないかと思ったんだが」

「ギギー」


 シュミットはそれを聞き、しばらく考え込むように沈黙する。

 顔が無機質なアントだから表情の変化が全く分からないな……そんなどうでもいいことを考えていると、ようやく方針が決まったようだ。


「ギギギー」

「『わかりました。とりあえず、加工できるかどうか試してみましょう!』だって」

「よろしく頼む。せっかくだから様子を直接見学させてもらってもいいか?」

「ギギ」


 シュミットは頷くと、部下であるアントレディアに防具製作を続けるように伝え、工房の奥へと向かう。その後ろをフィーネと一緒についていき、炉などが置いてある鍛冶用の大部屋へとたどり着いた。


「ギギー!」


 入り口でシュミットが声を上げると、中にいたアントレディアが集まってくる。

 全員が集まったところで、シュミットが彼女たちに大きな身振り手振りを交えて、何かを熱心に演説しているようだ。


「フィーネ、通訳してくれ」

「任せて!『我らが主殿が新しい素材を持ってきてくださった!まずはどのような加工ができるのか一通り調べることにする。今こそ我らの普段の活動の成果を主殿にお見せするのだ!さっそく準備に取り掛かれ!』って言ってるみたい」

「……なんだか熱血な感じだな。まあやる気がある分にはありがたいが……」


 シュミットの演説が終わると、アントレディアたちが各々大きな声を上げて、あちこちへと散らばっていく。

 まず最初にやってきたのは、炎竜王の鱗と、砥石などの道具を持ったアントレディアだ。


 どうやら最初は、魔結晶を削ることで加工ができるか試してみるようだ。……これはあまり期待はできそうにないだろう。

 なにせ、炎竜王の鱗とぶつかっても、鱗に傷が付くだけで魔結晶の方は無傷だったのだ。

 現時点では、炎竜王の鱗を加工することすらできていない。ただ皮から剥がれた鱗を、盾や防具に張り付けるだけで精いっぱいなのだ。とはいえ、魔結晶の性質によってはもしかしたら、ということもあるかもしれない。


 さっそく、アントレディアが魔結晶と炎竜王の鱗をこすり合わせる。

 残念ながら、鱗の方は僅かに削れたが、魔結晶の方は全くの無傷だった。続けて、砥石、ミスリル製のヤスリ、魔結晶同士などで試してみるが、いずれもうまくいかないようだ。

 ……まあこれは仕方ないだろう。最初からあまり期待はしていなかった。


「ギギー、ギギ……」

「『もしかしたらと期待はしたのですが、やはりダメなようですね。もっと強度の高い道具があればいいのですが……』だって」

「ふーむ、丁度いくらかDPが入ったところだし。何か出してみるか」


 ショップ機能を使って呼び出したのはオリハルコン製のヤスリ、たった1本で10万DPと言うとんでもない品だ。これでダメなら諦めるしかないだろう。

 シュミットがオリハルコンのヤスリを、魔結晶にかけていく。……だが、削れたのはオリハルコンのヤスリの方だった。


「ダメか……これ以上の強度の工具はないんだよな……」

「まだまだ最初だからね!きっと次はうまくいくよ!」

「ギギー」

「まあそうだな、さっそく次を試してみよう」


 次にやってきたのは、ミスリルの金床とハンマー。今度は魔結晶を砕いてみるということだろう。

 金床に乗せられた魔結晶が固定され、その上にハンマーが振り下ろされる。

 甲高い音が辺りに響いたが、魔結晶は砕けるどころか、ヒビが入った様子すらない。


「ギギー!」

「『これでは威力が足りません!あれを持ってきなさい!』だって。何を持ってくるんだろうね?」


 シュミットの命令で飛んでいったアントレディアたちが、数体がかりで巨大なハンマーを運んできた。

 ……あんなものをいつの間に作っていたんだろうか。というかあれはもはや、工具というよりもむしろ武器と言った方が正しいのではないだろうか。


 部下たちからその巨大なハンマーを受け取った彼女は、危ないから離れているようにと伝えると、こちらが十分に距離を取ったことを確認して、その鉄塊を勢いよく振り下ろす。

 勢いの乗ったその一撃は、ドスン、という低い音とともに、周囲をわずかに揺らし、叩かれた金床が地面へと沈み込む。

 ……もはや鍛冶をしている光景には全く見えないが、さすがにこれなら少しくらいは期待してもいいのではないだろうか。


 シュミットがハンマーを持ちあげると、その下の様子が明らかになる。

 強烈な一撃によって、無残にも変形した金床の上には――傷一つなく輝く魔結晶があった。

 ……これでダメとは、この魔結晶というのはどれだけの強度があるのだろうか。

 だが、今の光景を見たことで、一つアイディアを思いついた。


「なあ、サイズの大きい魔結晶をハンマーの打撃面に埋め込んだらかなりの威力が出るんじゃないか?」

「ギギー!ギギギ!」

「『おお!さすがは主様!素晴らしい発想です!さっそく作らせましょう!』だって!確かにそれなら加工しなくても使えるね!」


 シュミットが、部下たちに魔結晶を埋め込んだハンマーを作らせている間にも、実験は次々と行われていく。

 カノンアントの酸の中に魔結晶を漬ける――表面の汚れが取れて、魔結晶はさらに輝きを増した。

 遠くからでも熱が感じられるほど、限界まで熱した後の炉の中へと放り込む――ミスリルが変形するほどの熱量でも、魔結晶には全く変化はなかった。

 さらに限界まで熱した魔結晶を水の中へと付けて急冷する――水につけた瞬間に、大量の蒸気が噴き出してあたりを包んだが、それでも魔結晶が割れることはなかった。


 そして、もうどうにでもなれと、火属性の魔法を魔結晶にぶつけた時だった。

 魔法によって生まれた炎が消えた後に残っていたのは、赤く変色した魔結晶だった。


 鑑定すると、保有魔力がわずかに増加し、炎魔結晶という名前に変化していた。

 今まで何をしても効果がなかったのだが、ようやく実験の成果が出たようだ。一番知りたい加工方法は未だに見つかっていないのだが……


「炎魔結晶か……保有魔力も少しだけ増加しているな」

「中に入ってる魔力も火属性になってるみたいだよ!」

「なるほど……とりあえず、これをいろいろ試してみるか」

「ギギー」


 その後、妖精たちやアントレディアの力を借りて、何度も魔結晶に魔法をぶつけて、どう変化するのかを確かめた。

 どうやら、各属性の魔力に触れることで、魔結晶はその属性に変質する特性があるようだ。

 火属性なら温度が増加、水属性はその逆、土属性は重量が増加し、風属性は軽くなるといった特性があり、その効果は上限はあるものの、保有魔力が増えることで強力になっていくことまで分かった。

 さらに、変質するときに周囲の魔結晶同士が接している部分で結合することも判明した。

 問題は、一度変化してしまった魔結晶は、他の属性魔法をぶつけても変化することが無い点だろう……数が限られているので、あまり変化させすぎると、元の魔結晶が無くなってしまいそうだ。


「ギギー!」

「ダン!さっき用意してたハンマーが完成したみたい!」

「やっとできたか。ついでに、そのハンマーで魔結晶を砕けるかも試してみよう」


 全てミスリルで作られたハンマーに埋め込まれているのは、深い黄色になった、土属性の魔力が大量に込められた魔結晶。

 先ほどのハンマーよりも多くのアントレディアが、一歩一歩ゆっくりと進みながら持ってきたそれが、シュミットの足もとへと置かれる。

 さっそくそれを持ちあげようとするシュミットだが、どうやら重すぎるようでビクともしていない。

 ……これは、作り直しか?そう考えた時、彼女の周囲が僅かに揺らぐとともに、ミシリと軋むような音を立て、ゆっくりとハンマーが持ち上がる。

 ……どうにも様子がおかしい。少し離れたほうがいいかもしれない。


「フィーネ、もう少し離れよう。なんだか嫌な予感がする」

「ふえ?まあダンがそういうならいいけど……」


 周りで見ていたアントレディアたちも、先ほどよりも距離を取っているようだ。危険を感じたのは、俺たちだけではないらしい。

 そして、ようやくハンマーを振り上げたシュミットが、周囲に威圧感をまき散らしているその巨大な武器を振り下ろすとともに、地響きとともに周囲へと響き渡る轟音――

 ダンジョン内に響く、重低音とともにハンマーを振り下ろしたシュミットを中心にして土が放射状に飛び散る。先ほどの比ではないほどに地面が大きく揺れ、天井からはパラパラと土の欠片がいくつも降り注いだ。

 地面の揺れと衝撃に思わずしりもちをつき、吹き飛ばされそうになったフィーネが髪の毛を掴んでしがみつく。


「うおお!?」

「ひええ!?」


 そのあまりの威力と迫力に、俺とフィーネの口から情けない悲鳴が漏れる。

 しばらくして、なんとか起き上がった視線の先に見えたのは、シュミットを中心とした小規模のクレーターと、ミスリル製の柄の部分からぽっきりと折れたハンマー。

 そして――その衝撃を受けて無残にもぺしゃんこになった金床と、そこにめり込んだ魔結晶。


 魔結晶をつぶれた金床から引きはがしたシュミットが、こちらへと向かってくる。

 手渡されたそれは、あれだけの威力の攻撃を受けながらも、傷一つなくその存在を主張していた。


「ギギー……ギギ、ギギギ」

「…………『主殿申し訳ありません。これでも傷がつかないとなると、現時点では加工は不可能でしょう。そのままの形で利用するしかなさそうです。防具や、打撃武器ならば素材として十分使えるでしょう』」


 これでも傷一つ付けることができない魔結晶のとんでもない強度も信じられないが、問題はそこではない。

 いくらネームドモンスターとなっていたとしても、アントレディアの能力であれだけの被害を出すことなど不可能なはずなのだ。

 ……ここが最下層で本当によかった。もし、下に空間があれば、間違いなく床が崩れて生き埋めになっていただろう。


「…………シュミット、今のはどうやってやったんだ?いくらお前でもあそこまでの能力はなかったはずなんだが……」

「ギギ!ギギギー!」

「えっとね――」


 フィーネに通訳をさせながら、シュミットが身振り手振りを交えて説明を始める。


 鍛冶の作業を進めるにつれ、彼女は筋力が足りないことに気が付いたらしい。

 だが、ネームドモンスターとなり、保有魔力も上限に達した彼女は、それ以上進化することも力を上げることもできそうにはなかった。

 そこで、身体能力を補うためにあれこれと試行錯誤した結果、魔力によって身体能力を上げる方法を発見したようだ。……名付けるならシンプルに『身体強化』とでも言ったところか。


 どうだ!とばかりに胸を張るシュミットだが、この惨状を引き起こしたのは紛れもなく彼女だ。


「シュミット……確かにすごいが、さすがにやりすぎだな……」

「ギギ!?ギギギ!」


 どうして!?とでも言わんばかりのシュミットの様子にため息をつくと、天井を見上げる。


 魔結晶の活用法をある程度見つけることができたのは間違いない。

 あれだけの強度があるなら、防具に埋め込めば間違いなく有用であるだろうし、ハンマーの場合は、彼女が目の前でその威力を実証して見せた。

 確かに、新しい装備を開発できるようになったのはいいことだろう――今後も研究を進めて行けば、新しい活用法も見つかるかもしれない。

 それだけのポテンシャルがあの魔結晶にあることがわかったのは、まさしく僥倖と言えるだろう。


 だが、今回の実験の中で一番の発見は、間違いなくシュミットが発見した『身体強化』だろうな……

 こちらに縋りつきながら、弁解を始めるシュミットに揺さぶられながら、そんなことを考えた――

というわけで、ダンジョン内での装備開発の風景でした。


新キャラのシュミットさんですが、あくまで裏方なのでサブキャラとして登場するようになるかはちょっと微妙かもしれませんね!

あまりのインパクトにシュバルツの影が薄く…きっと『身体強化』を会得して盛り返してくれるでしょう!

ちなみに『身体強化』を使える素質があるのはアントの中でもごく一部です。

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