#41 魔晶石
キメラとの戦いの翌日、ダンジョンに訪れる冒険者たちは、その数を大きく減らしていた。
おそらく、キメラによってダンジョンを攻略中だった冒険者たちが、全滅させられたのが原因なのだろう。
キメラたちへの対抗策を用意している間に、拠点を作っていた冒険者が慌ただしく動き回っていたはずだ。
もうすぐ50人ほどに届くかという勢いで増えていた冒険者も、現在では一日に10人程度が来るかどうかといった状況になっている。
そして、その数少ない冒険者たちもダンジョン内に長居することはなく、入り口周辺で数時間ほど活動すると外へと脱出してしまっているため、夜になるとダンジョン内の侵入者が0になってしまっている。
ここ数か月の間で、ダンジョンから侵入者がいなくなることはめったになかったのだが……
「まあ冒険者がいないのはちょうどいいな、この間にダンジョンの強化を進めてしまおう」
「そうだね!まずは何をするの?」
「とりあえず……まずはこの穴を埋めないとな。埋めるまでに時間がかかりそうだし、並行して11階層の追加と防衛用の階層の変更をしようか」
「おー!」
ダンジョンを垂直に貫く細長い穴は、5階層の一番下まで届いてしまっている。この穴を利用されないためにも、今のうちに何とか埋めてしまうべきだろう。
別に完全に埋めてしまわなくとも穴の出入り口を塞ぐだけでもいいのだが、今後改築するときに邪魔になるかもしれないからな……やはり、今のうちに全て埋めてしまったほうがいいだろう。
穴を埋める方法はひたすら地味なもの――ワーカーアントが固めた土で少しずつ穴を埋め、そこにそこが抜けないように慎重に土をかぶせていくだけだ。土は今まで掘ったものが倉庫に大量に溜まっているため問題はない。
かなり長いトンネルになっているので、いくつかの区域に区切って作業をさせているが、完全に埋めるにはかなりの時間がかかるだろうな……まったく面倒なことをしてくれたものだ。
さらに、2階層を草原型の環境へと変更して1階層のあちこちに2階層への転移陣を設置しておく。
そして、草原型の環境へと変化した2階層なのだが――
「これは……地下なのに青空があるのか……」
「ほえー、まるでお外みたいだね」
2階層に広がる草原部分から、天井までの高さは1kmである。
もし前回のように掘り進んだとしたら、高さ1kmから墜落することになる――と考えて設置したのだが、なぜか2階層の天井部分には青空が広がっている。
今まで必要性を感じなかったため、環境の変更を使わなかったのだが、まさかこんな仕様になっていたとは……ご丁寧にも、外の時間と連動しているらしき、太陽のような見た目の光源まで存在している。
「あの空はどうなってるんだ?どう見ても1階層が上にあるようには見えないんだが……」
「うーん……そうだ!1階層の下がどうなってるのか調べてみればいいんじゃないかな!」
「……そうだな。とりあえず今まで2階層とつながってた場所を見てみるか」
さっそく、1階層の下がどうなっているのか調べることにする。
モニターに映る1階層の最下部――今まで2階層へとつながる通路があった場所は、真っ黒な床で塞がれていた。
試しに近くにいたアントに攻撃させてみたのだが、壊れるどころか傷が付いた様子すらない。
……どうやら、この黒い床は壊すことはできないようだ。
ダンジョンの全体図を見る限りでは、1階層の真下に2階層があるはずなのだが……
2階層の青空の謎は解けなかったが、とりあえず1階層から転移陣を経由することなく2階層へ移動することはできないことは分かった。
穴を掘って攻略しようとするものを、地上1kmの高さから落とすという策は残念ながら失敗してしまったが、穴を掘ることによるダンジョンを無視した攻略を防ぐことはできたようなので、まあ良しとしよう。
「フィールド系の環境を使えば、階層を独立させられるのか?……ということは――よし、ちょっと試してみるか」
「ふえ?何か思いついたの?」
「ああ、うまくいくかどうかは分からないけどな……」
少し思い浮かんだことがあるので、3階層の環境も草原へと変更し、1階層と2階層を少しだけ弄ることにするとしよう。
もし、今考えていることが上手くいくならば、ダンジョンの防衛力はさらに向上するだろう……とはいえ、これが上手くいく保証はないのだが。
「ねえねえダン!アタシにも何をしようとしてるのか教えてよ!」
「そうだな……まだうまくいくと決まったわけじゃないし。とりあえずやってみてのお楽しみだな。それまでは秘密だ」
「ぶー!ダンのケチ!」
「まあ、いつか役に立つかもしれないからな、その時を楽しみにしておいてくれ」
1階層の改築に関しては、まず間違いなく問題はない。不安なのは2階層に施そうとしている仕掛け、もしこれが可能だとしたら――まあ、実際に試してみるまで分からないのだが。とりあえず、防衛用の階層に関してはこのくらいでいいだろう。
次は11階層だが、これは従来通りに卵と幼虫の育成がメインの階層だ。一部の区画に、アントレディアたちが鍛冶などの作業をする場所を設けたくらいだな。
今までは空き部屋で作業していたが、これで本格的に作業に打ち込むことができるだろう。
「さて、ダンジョンの強化はとりあえずこんなところだろう。次は、今回の戦利品を確認するか」
「おおー!……あれ?でも、あんまりいいものがないような気がするんだけど……」
「……そうなんだよな。キメラの素材はさすがに使う気になれないし、実際のところあんまりないんだよな」
そう、なにせあのキメラは、モンスターである部分だけならいいのだが、人らしきものと融合してしまっているのである。
今まで大量の侵入者を容赦なく倒してきたとはいえ、さすがにこの素材を使うのはどうなのだろうか……
モンスターの部分は普通に素材になりそうではあるのだが、それでもやっぱり使うとなると抵抗感があるんだよな……
現在はまとめて倉庫内に入れてあるのだが、名称は3つともキメラの死体となっていて、なんのキメラなのかは分からない。
パーツ毎に解体してしまえば、どのモンスターなのかが分かるのかもしれないが……解体するのもちょっとためらわれるので、一緒に入れてある老人の死体ごと、さっさとコアに吸収させてしまうことにする。
残念ながら、新しい機能や環境などは増えなかったが、手に入ったポイントは――なんと30万ポイントだ。
炎竜王を倒したときに手に入れたDPと比べれば少なくはあるが、たった4体でこれほどのポイントとなると、冒険者よりもはるかに手に入るポイントが多い。
予想以上に獲得できたポイントが多かったが、ポイントはどれだけあっても困ることはないのだ。今後のダンジョンの強化に役立たせてもらうとしよう。
そしてキメラ以外で残された戦利品は、特に目立った効果のない老人の装備と、彼が持っていたマジックバッグ、そしてあの結界を発生させていたと思われるペンダントだ。
この前来た貴族が持っていた箱のようなアイテムと合わせると、結界を作れるアイテムはこれで2つか……ショップにも似たような機能のアイテムがあるので、もし使えるようなら交換しておくのもいいだろう。
そして、マジックバッグの中に入っていたものを取り出してみたのだが……冒険者の死体に様々なモンスターの死体、さらには何に使うのかもわからない毒々しい見た目の薬品や、怪しげな器具などが大量に出てきた。
冒険者の死体はコアへ吸収させ、モンスターの死体は解体した後に武具の素材として倉庫へ、薬品と器具類も使うかどうかは不明だがとりあえず倉庫内へ放り込んでおく。
「なんかいろいろ出てきたけど……フィーネ、このバッグ欲しいか?」
「い、いらないよ!なんだか呪われてそうな気がするもん!」
「鑑定した限りだとそんなことはないと思うが……やっぱり使いたくはないよな」
鑑定したところ、特に呪われたりはしていないようだが――大量に出てきたあの中身を見た後では、あまりこのマジックバッグを使いたいとも思えない。容量は今まで手に入れたものの中では最大に近いのだが……
倉庫の中には、未だに使っていないマジックバッグやポーチが他にもたくさんあることだし、とりあえずこれも倉庫に放り込んでおくとしよう。使わないとしても、それはそれでいいだろう。
ついでにいくつかのマジックバッグを武具の制作をしているアントレディアのもとへと送っておくとしよう。ぜひ作業の効率を上げるのに役立てて欲しい。
「あとは……この大量の結晶か。鑑定だと名前と保有魔力しかわからないんだよな……フィーネはこれが何かわかるか?」
「うーん……特になにかの魔法が掛かってたりはしないみたいだね……あと、魔石よりもキラキラしてて綺麗だよ!」
「……たくさんあるし、もし気に入ったならいくつか持って行ってもいいぞ」
「本当!?じゃあアタシはこれにする!ありがとね、ダン!」
フィーネは結晶の山の中から、小さなものを一つ持ちあげた。
結晶は小さなものから大きなものまで、数百個が積まれている。鑑定で分かった名前は魔晶石だ。
保有魔力は、今まで見つかった魔石を大きく超えて一番小さなものでも100以上、一番大きな結晶で1万を少し超えているくらいだ。
魔法効果が無いなら、魔石の上位互換のような存在だろうか。魔石に比べると透明度が高く、まるで宝石のような見た目になっている。
……もしかしたら先ほどの大量のポイントの大半は、結晶を発射していたあのワニ型のキメラなのかもしれないな。これだけの魔力を含んだ結晶を大量に出していたことを考えると、それが正しい気がする。
コアに吸収させたのは失敗だったかもしれないな……モンスターの名前だけでも特定しておけばよかったかもしれない。
……まあすでに吸収させてしまったものは仕方ないだろう。気を取り直して、魔晶石をどうするかだな。
この結晶の特性として特筆するべきなのは――やはりその硬さだろう。
戦闘が終わった後に、アントレディアたちが装備していた炎竜王の鱗を張り付けた盾を見たのだが、盾を貫通はしていないものの、その表面には傷が付いていた。
どうやら、この魔晶石はアントたちが傷一つ付けることのできなかった炎竜王の素材よりも、さらに強度が高いようだ。
小さなものを、コアに吸収させてみたが、何らかの機能が拡張されたり追加されることはなかった。
魔石のようにコアに吸収させたり、モンスターに食べさせてしまうには少しもったいない気がするな。
何せこれだけの強度だ、何とかうまく活用できれば、かなり良質な武具の材料になるかもしれない。
とはいえ、加工しようにもその強度が問題となるのだが……さて、どうしたものかな――
ダンジョンの環境を変えて、高度1kmからフリーフォール!とかやってみたかったのですが、ちょっと問題点が多すぎたので、仕様を変更……
穴を掘ってショートカットは未だに可能ですが、途中でそれ以上進めなくなるようになりました!




