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#40 狂気の終着点

「やった!うまく決まったね!」

「そうだな、あとはこれでどれだけのダメージを与えられるか……」


 ファイアアントの噴き出した灼熱の炎が相手を包む。

 着地によって体勢を崩したところへの、回避できない攻撃――これで倒れてくれればいいのだが、やはりそう簡単にはいかないようだ。


 まず結晶の弾丸が燃え盛る炎を突き破ると、次々と飛来してはファイアアントたちへと着弾。

 さらに、ファイアアントの列が乱れた隙に、炎から飛び出してくる影――カマキリ型のキメラが、吹きつけられる炎を迂回するように移動しながらその鋭い鎌を一閃。

 そして、鎌による攻撃を受けたファイアアントの甲殻が、まるで紙きれのように切り裂かれていく。

 冒険者との戦闘を見ていた時も同じ感想を抱いたが、やはりあの鎌の切れ味は驚異的だな……


 炎から飛び出してきたカマキリ型のキメラは、すでに体のあちこちが黒く焦げ付き、人間の部分もかなりひどい火傷を負っているように見える。

 だが、その見るも無残な見た目とは裏腹に、まるでダメージなどないかのように次々と吹き付けられる炎を素早い動きで躱し、時には炎の中を突き抜けてでも鎌を振るい、ファイアアントたちを攻撃し続ける。


「ねえダン……あのキメラおかしいよ……」

「ああ……あれだけのダメージを負ったなら、普通は動けなくなるはずなんだが。まさか、あそこまで動けるとはな」

「うん……それになんだか、かわいそうだよ」


 普通の生き物なら、全身にあれだけの火傷を負ってしまえば、普通は動けなくなるはずなのだ。

 さすがに、1階層で冒険者相手と戦っていた時よりは動きが鈍くはなっているが、あれだけのダメージを受けているような動きには見えない。

 となると、痛覚がないのか、それとも無理やり動けるようにキメラになった時点で弄られているのか……

 確かに、ダメージを負っても無理やり戦えるようにするというのは、フィーネのいう通りに悲しくも思える。

 つまりあのキメラ達は生き物としての扱いではなく、ただ戦うための道具ということなのだろう。


 ……なんにせよ、初手である程度のダメージを与えることには、成功したようだ。

 カマキリ型のキメラが重傷、ワニ型のキメラが軽傷、残りはほぼ無傷といったところか……残念だが、ワニ型のキメラは近くにいた老人の治療を受けて回復してしまったのだが。

 老人にダメージがないのが気になるが、崩落でも無傷であったことを考えると、何かしらの防御手段を持っていそうだな……回復役はできるだけ早めにつぶしたいところだ。


 ファイアアントが敵を引きつけている間に、敵を囲むように展開していたガンナーアントたちによる攻撃が始まる。

 優先的に狙うのはカマキリ型のキメラだ。相手に近づく場合に一番の障害になるのはあのキメラだろう。

 全方位から迫る酸の雨が着実に相手にダメージを与えていくが、敵のキメラも負けじと炎や結晶を飛ばして応戦を開始する。


 キメラ達にアントが放った酸が降りかかり、その表面を溶かしているはずなのだが、回避しようとする意志は見られるものの、ダメージを受けてもその動きが鈍ることはないようだ。

 さらに固定砲台と化している2体のキメラは、老人の手によってどんどん回復していく。


「ああっ!ダン!どんどん傷が治っていくよ!」

「このままじゃジリ貧だな……まずは回復役を何とかしないと……」


 今はまだ老人は2体のキメラにつきっきりだが、重傷のカマキリ型を回復される前に動きを止めたいところだな……ガンナーアントたちの攻撃の勢いが弱くなれば、回復される危険が出てきそうだ。

 老人に降りかかる酸は、その周囲を覆う膜のようなもので防がれているようだ。防御手段は結界によるものか――今までの戦いで、結界による防御は何度か見ている。そして、その動きを封じる手がないわけではない。


 アントたちへと迫る炎を、土の壁に隠れてやり過ごしたところに、ワニ型のキメラが放つ結晶の弾丸が追撃を加えていく。

 分厚い土の壁が、ハチの巣にされて崩れ落ちる壁――だが、すでにそこにはアントの姿はない。地下に設けられた通路を利用して、別の場所に移動している。


 張り巡らされた通路のあらゆる場所――あるものは相手の死角から、またあるものは相手の注意を引くようにして、次々と攻撃を加えていくアントたち。

 そしてついに、攻撃に耐えきれなくなった、カマキリ型のキメラがその場で足を折る。

 それを治療しようと、老人が2体のキメラの元を離れた――


「今だ!床ごと落とせ!」


 命令とともに、地面に張り巡らされた通路の一部が崩落し、その中へと落ちる老人。

 さらに、多数のファイアアントたちがその周囲を取り囲むことで、移動を完全に封じた。

 これまでの戦いでは、あの老人が攻撃に参加したことは一度もない。おそらく攻撃する手段がないか、もしくは攻撃してもこちらに有効打を与えることはできないといったところなのだろう。


「やったね!これでもう回復できないよ!」

「近接型のキメラも動けなくなったし、一気に畳みかけるぞ!シュバルツ!」

『畏まりました。これより出撃します!』


 そして、部屋の中へと移動するシュバルツ率いるネームドモンスターとアントレディアたち。

 彼女たちには、アントレディアの手によって作られた鎧や、突進の攻撃力を上げるための突起が装備されている。その後ろに続くアントレディアたちが装備するのは剣や盾、槍に弓といった多種多様な武器だ。


 まさしくこのダンジョンの最高戦力だ。相手が体勢を立て直す前に、勝負を決めてしまいたいところだな――


 ◆


「おお!素晴らしい!素晴らしいぞ!」


 何ということじゃ!このダンジョンには、ただ素材を手に入れるために来ただけじゃというのに、このような素晴らしい光景を見ることができるとは!


「もっとじゃ!もっとワシにその素晴らしさを見せてくれ!」


 とても信じられん!ジャイアントアントがここまでの戦略を扱うとは!

 最初の崩落まではいい――あそこまでは偶然起きることもあるじゃろう。じゃが、そのあとはどうじゃ!

 ワシらが出てくる場所を計算したような待ち伏せ、そして、こちらの戦力を見切ったうえでの戦い!

 回復役であるワシの動きを封じたと思ったら――あれはなんじゃ!


「武具を装備したモンスターに……あれはまさか新種のモンスターか!」


 弱点を守るような形状の鎧や、角のような突起を付けたモンスターたち。

 そしてそれすらも霞んでしまうような、特異な姿をしたモンスター!形状はどこかワシの作った26番にも似ておるが、その手に持つ武器はまさに多種多様!

 このタイミングで出てくるということは、敵の切り札なのじゃろうが、何とも興味深いモンスターじゃわい。


 火属性の攻撃を放つジャイアントアントにも驚かせられたが、あの程度は変異種としてはあり得るものじゃが、あの武器を持ったモンスターはそうではない!

 あのような特異な形状には、単純な変異などでは辿り着くことはできまい!

 まさしく道具を扱うために進化した姿――道具を扱うだけの知能を持っていなければ、あの姿はあり得ないじゃろう。


 このダンジョンに来て正解じゃった!複雑な戦術を扱うジャイアントアントに、あの道具を扱う新種のモンスター!

 どれもそれを行えるだけの、高い知能を持っているだろうことは明白じゃ!それも、比較的知能が低いとされる虫系統のモンスターがじゃ!

 何があのモンスターたちに高い知能をもたらしたのか……それを知ることができれば、ワシの研究は間違いなく完成に至ることができるじゃろう!


「なんと……こんな場所ではよく見えないではないか!」


 もっと近づいて観察したいところじゃが、周囲を囲むこの赤いジャイアントアントが邪魔じゃな。

 確かこの種類は火による攻撃の効果が薄かったはずじゃ。26番は動けないようじゃし、87番の攻撃はワシの持っている魔導具では防ぎきれん。54番の攻撃も無駄となると、もはやここで戦いを目に焼きつけるしかないじゃろうな。


「26番、54番、87番!奴らに全力を出させるのじゃ!」


 まず動いたのは54番、新手のモンスターたちに向けて炎を放つ。

 じゃが、地面から次々と飛び出る土の壁がそれを防いでいく……奴らは魔法まで使うことができるのか!

 それも1体や2体ではない……あの新種のモンスターのほぼ全てが魔法を使えるようじゃ!

 さらに、炎の奥から大量の矢が54番と87番のもとへと降り注いでいく……つまり奴らは実用可能な弓を作り、それを扱うことができる技術があるということじゃ。


 次に87番が放った弾丸は、敵の鎧ごとその甲殻を貫く――じゃが、何体かのジャイアントアントが装備している赤い鱗が付いた盾や鎧を貫くことができておらぬ!

 87番の攻撃を防ぐほどの強度があるもの――つまり上級の竜の鱗に匹敵、もしくはそれ以上の強度を持つもの。

 このダンジョンでそんな素材といえば、思いつくものは一つしかあるまい――そう!あの炎竜王の素材じゃ!

 何ということじゃ!ダンジョンにそんなものが残っているなんて、想像もしなかったわい!

 確かに、最上級――いや、それ以上の強度を持つ竜の鱗ならば、ワシの87番を防ぐこともできるじゃろう。


 降り注ぐ酸の雨が、武装したジャイアントアントたちが、そして数々の魔法が、次々とワシのキメラ達に攻撃を加えていく。

 キメラたちも反撃をしているが、こちらとあちらのどちらが優勢なのかは、火を見るよりも明らかじゃろう。


「回復させることができれば……いや、無理じゃろうな……」


 キメラたちに施した治療は、即効性と効果は非常に高いが、その分かかる負担や副作用も大きい。

 ワシのキメラは、たとえどんなダメージを受けたとしても、肉体さえ無事なら戦うことができるが、過負荷により体組織が崩れてしまえばさすがに動くことはできん。


 もはやこれまでじゃろう……ここから逆転できる手立てはあるまいて。

 ワシのキメラよりも、あちらの方が優秀であった、ただそれだけじゃ。

 研究を完成させることができなかったのは、心残りではある。じゃが、それと同時に、どこか満足したような気持ちも湧き上がっておる。


 なにせ、相手もワシのキメラの理論に近しい、モンスターの身体能力と、高い知能を持った存在――

 いや、それに加えて、戦いを有利にするだけの圧倒的な数を兼ね備えた、まさしくワシの理論の究極系ともいうべき相手だったのじゃから。


 結界が維持できる時間も残りわずかじゃな。87番がいれば補給できるのじゃが、すでに虫の息になっておる。

 死が間近に迫っているためか、これまでの記憶がぽつぽつと走馬灯のように浮かびあがっていく。

 ……ワシはなぜキメラの研究を志すようになったのじゃったろうか――


「そうじゃ……ワシは……ワシは故郷を――」


 いつの間に道を踏み外していたのか――いまさらそんなことを思っても遅いじゃろう。もはや、この後の結末を変えることはできまい。

 じゃが、もし次の生があるならば、今度こそは――


 ◆


『主様、敵の殲滅が完了しました』

「ご苦労だったなシュバルツ。しばらくはゆっくり休んでくれ」

「シュバルツちゃんお疲れさま!」


 念話による指示を終えると、自然とため息がこぼれる。

 今回の相手はその見た目も能力も、今までとは大きく違うものだった。知らないうちに力が入っていたのかもしれないな……

 穴を掘って直接乗り込んでくる敵に、モンスターのような能力を持った相手との戦い、そしてアントレディアの有用性の確認。

 今回の戦いで得ることのできた経験はかなりのものになるだろう……


「なんにせよ、無事に勝ててよかったな。次はもう少し余裕を持ってスマートに勝ちたいところだが……」

「みんなで考えれば、きっともっといいアイディアが出るよ!」

「そうだな。今度みんなでゆっくり考えようか。……さて、じゃあまずは目の前の仕事を片付けるとするか!」

「おー!」


 敵が掘った穴の埋め立てに、怪我をしたアントの治療、戦利品の確認等々やることは山積みだ。

 数が減ったとはいえ、未だに1階層には冒険者たちもいるのだ。さっさと仕事を終わらせてしまうとしよう。

 さて、まずは何から始めようか――

ヨハネスさんの最後をどうするか迷いましたが、最終的にはきれいなヨハネスさんで退場することになりました。

マッドなヨハネスさんに、きれいなヨハネスさん、さらに仲間になるかならないかまで考えることになるとは…

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