#37 狂気の研究者
前話にキメラの見た目についてちょこっと追加しておきました。
黒いカマキリの下半身と腕を持った獣人の男、赤いトカゲの背中から鱗に覆われた上半身の生えた女性、両腕に巨大なワニの頭が付いた巨漢の3体です。
キメラたちを連れ、草原を進むこと数時間――ようやく草原に開いた穴へと辿りついた。
「おおお!見えたぞ!あれが噂のダンジョンか!」
おっと、思わず興奮して叫んでしまったわい……まあ無理もないじゃろう、何せあの村では良質な素材を目の前にしておきながらも、手が出せなかったのじゃからな。
例え小さな支部だろうと、ギルドで素材を調達するのはまずい。ギルドが壊滅させられたとなれば、すぐに強力な冒険者たちが派遣され、ワシらはどこまでも追い回されることになるじゃろう。
そこらの冒険者ごときに敗けるワシのキメラではないじゃろう。素材があちらからやってくるのはありがたいことじゃが、そのせいで研究の邪魔をされるようではかなわん。
それに、冒険者の中には信じられないような力を持つ者もいると聞く。いつかは彼らも素材にしたいものじゃが、今はまだその時ではないじゃろう。
――じゃが、ダンジョンの中なら話は別じゃろうて。
ダンジョン内であれば相手の人数も限られるうえに、たとえ冒険者達が帰ってこなかったところで特に不自然ではない。
素材を回収してしまっても、元々ダンジョンで死んだ者は死体が残らないのじゃから、やりすぎなければ怪しまれることもないじゃろう。
人間とモンスター双方の素材を調達しても問題はない!まさしくワシの研究のためにあるような場所じゃ!
さっそくダンジョンの中に入るとしよう……ふむ、通路の広さはそこそこあるようじゃな。
これならキメラが戦っても十分に力を発揮できるほどの広さを確保できるじゃろう。
さて、まずはどうするかのう……たしか入り口の先は冒険者たちの拠点になっていると聞いたはずじゃが……おお、どうやらあの先の広間が拠点のようじゃな。
広場には十人ほどの冒険者たち――さすがに高ランクの冒険者だけあって、どれもなかなか良い素材になりそうじゃな。
……とはいえ、ここはまだ入り口からほど近い。万が一逃げられると厄介じゃから、ここでの調達は控えたほうがいいじゃろう。
そんなことを考えていると、こちらを遠巻きに見ていた冒険者のうちの一人が向かってくるようじゃ。
ふむ……見たところ前衛職、それも防御を重視しているタイプのようじゃな。ここにいるということはそこそこの使い手なのじゃろう。
この男をキメラにするならば、どんなモンスターと合わせるのがいいじゃろうか?オーガは……ここまでの素材となると少々もったいない気がするのう。できればハイオーガかオーガキングあたりか……
いや、ここは腕力だけでなく機動力を上げるというのも……いっそ魔法攻撃がメインのモンスターと混ぜるのもいいかもしれんのう。素材が良ければそれだけ選択肢は増えるじゃろう――
「爺さんもダンジョンを攻略しに来たのかい?見たところテイマーみたいだが、ここは自分もある程度戦えないとちょっと危ないかも――爺さん?どうかしたのか?」
おっと、いかんいかん。冒険者が訝し気にこちらを見ている。どうやらジロジロと観察していたのがいけなかったようじゃな。
なかなか発想を刺激する素晴らしい素材ではあるが、今後捕獲する可能性があることを考えると、今ここで警戒されるわけにもいかんじゃろう。
ワシはにこやかな笑みを浮かべると、冒険者に声をかける。
「ほっほ、このワシを心配してくれるのかね?なに、ワシの連れはそんじょそこらのモンスターなど歯牙にもかけんからのう。心配など無用じゃて」
ワシが後ろにいるキメラたちを指さすと、それを見た冒険者がたじろいだ。
ほう、どうやらワシのキメラの素晴らしさに圧倒されているようじゃな……それも仕方あるまい、何せこやつらはワシが作り上げたキメラの中でも最高傑作に近い3体なのじゃから。
とはいえこの男もなかなかの素材になりそうじゃ。なに、おぬしもかなり強力なキメラになる素質がありそうじゃからな、そう動揺することもあるまいて。
「……こいつらが爺さんの連れか……その……なかなか変わった見た目だけど、確かに強そうだよな……」
「おお!お主!ワシのキメラの凄さがわかるのか!なかなか見所がある男じゃな!」
ほう!この男はワシのキメラの素晴らしさがわかっているらしい!そうじゃ!ワシのキメラの戦闘力はかなりのものなのじゃ!それがわかるとは、冒険者の中にも見どころがある者はいるようじゃな!
このキメラの凄さがわかるとは……こやつを普通のキメラにするのは忍びないのう……いつかお主が素材となった暁には、ワシが腕によりをかけて、最高のキメラにすることを約束しようではないか!
なに、礼など必要ないぞ!ワシのキメラの素晴らしさをわかってくれたのじゃ!それくらいどうということもないわい!
「よし!お主にもこのキメラの素晴らしさがもっとわかるようにいろいろと教えてやろう!そもそもじゃが、キメラというのはモンスターの――」
「あ、ああ……爺さん、それはまた今度聴かせてくれ……とりあえずだ、あっちの道の方で他の冒険者たちが合同で狩りをしているからな。もし参加させてもらいたいならそっちに行くといい。他の道を進むときは注意しろよ。自信満々に進んで帰ってこなかったやつはそう少なくないからな……」
なんじゃ……これからがいいところだったというのに、つまらんのう。
とはいえ、ワシも早く素材を手に入れたいと思ってうずうずとしていたところじゃからな。
また今度機会があれば、このような穴倉ではなくワシの研究所辺りでゆっくりとワシの作ったキメラの素晴らしさについて教えてやるとしよう。
それに、なかなかいい話を聞くことができたわい。どうやらワシの素材の候補たちはあの道の奥にいるらしい。
通路の奥ならば、逃げ場も少ないじゃろう。目撃者も少ないじゃろうから、素材を調達するには打って付けじゃろうな。
まずはダンジョンのモンスターを見てから、キメラの素材となる冒険者を捕獲しようと思っていたが、先にどんな素材があるか下見をしておくくらいはよいじゃろう。
なにせワシのキメラを褒めてくれた男の助言じゃからな、どれ……とりあえずはあの道を進んでみるとするかのう。
「おお、それはありがたいわい。ダンジョンに入ったはいいが、これからどうしようか考えていたところじゃからな。まずは下見を兼ねてそちらに行かせてもらうとしようかのう」
「そうか、他のやつらがいるのはあっちの道だからな。まだあまり移動していないはずだから、そのまま一本道の先に進めばいいはずだ。爺さんもあんまり無茶をしないように気を付けろよ!」
「もちろんじゃとも、このような場所でくたばるわけにはいかんからのう。ではワシは行かせてもらうとしようかの。また会う機会があるといいの」
「おう!また会えるように祈ってるぜ!」
うむ、次に会った時は最高のキメラにしてやるからの、楽しみにしておくといいわい。
さて、確かあっちの道じゃったな。どんな素材が待っているかと思うと年甲斐もなくワクワクするのう。
「……行ったか。それにしてもあの爺さんの連れているモンスター……やけに気味の悪いものばっかりだったな。なんだかやる気も削がれちまったし、今日はもう引き上げるとするかな……」
後ろで見送る冒険者のその言葉は、ワシの耳に届くことはなかった――
冒険者が示した道を進むこと十数分、戦闘の音らしきものが聞こえはじめた。どうやらそろそろ冒険者たちの集団が近づいてきたようじゃな。
冒険者の姿が見える頃には、すでにモンスターを倒し終えたようで、何体かのジャイアントアントを解体しているようじゃ。こちらを見てぎょっとした顔をしている冒険者が何人かいるのう。
手が空いていた冒険者が、こちらを警戒するようにしながら近づいてくる。
「あ、あんた何者だ?なんだか変わったモンスターを連れているようだが……」
「……なに、ただのしがない冒険者じゃよ。こっちの狩りに混ぜてもらうのがいいと教えてもらったのでな。ここに来るのは初めてじゃし、下見を兼ねて少し混ぜてもらおうと思ってきたまでよ」
「そ、そうか……まあなんにせよ、一緒にモンスターを狩るっていうなら歓迎するぜ。よろしくな爺さん」
冒険者と挨拶を交わし、狩りに混ぜてもらおうというときじゃ……解体を終え、こちらを見ていた冒険者の一人が、キメラの一体を見て、ぽつりと言葉を漏らした。
「……シエル?シエルじゃないか……?」
「シエル?ああ……だいぶ前に行方不明になったっていうお前のパーティーメンバーか?」
「ああ……間違いない!あれはシエルだ!シエル!俺だ!ヴィクシムだ!」
ふむ、どうやらあの男はキメラの素材となった人間と知り合いだったらしい。
あのキメラの素材は、確か3か月前に調達した物だったかのう……優秀な魔法使いだったようで、素晴らしく質のいい素材であったのを覚えている。
ヴィクシムとやらは必死にキメラに声をかけているようじゃが、無駄というものじゃ。
ある程度の知識や技術は引き継いだが、モンスターと融合したことによる拒絶反応によるものか、意識が希薄な状態になっている。
そのせいで、素材となる前の性能を完全に引き出すことができないのじゃが……まあこれは今後の課題というところじゃな。
ワシのキメラに声をかけていた男じゃが、何をしても反応が無いとようやく理解できたらしく、今度はものすごい形相でこちらを睨みつけている。
「おいジジイ!てめえシエルになにしやがった!早く元に戻せよ!」
こちらに詰め寄ると声を張り上げる男……やれやれ、この男は何を言っているのじゃ?キメラになった時点で、元に戻すことなど不可能じゃというのに……
それに、ただの魔法使いであった時よりも、より強力な存在へとなったのじゃ、なぜ元に戻す必要があるというのか?まったく理解に苦しむわい。
周囲にいた冒険者たちも、状況を理解したのか、武器を構えてこちらを見ている。
……このままこやつらを逃がしてしまえば面倒なことになるじゃろう。偶然とはいえ、キメラの素材と知り合いだったものがいたとは、何とも間が悪いことじゃな。
仕方あるまい、予定より早いが、素材の確保と同時にキメラの性能実験をしてしまうとするかの。まずは、目の前にいるこの男からじゃな。
「26番、やれ」
ワシの言葉とともに、後ろに控えていた26番が、男の首元めがけて大鎌を振るった――




