#34 愚者への洗礼
「今日の侵入者は……もう20人も来てるのか……」
「いっぱい人が来るようになったね!」
アーマイゼたちがエンプレスアントへと進化してからおよそ2ヶ月が経っている。
1ヶ月ほど前から冒険者と思しき集団が頻繁にダンジョンに来るようになった。おそらく本格的にダンジョンの攻略が始まったのだろう。つまり、この前来たシュバルツのリボンを奪っていった冒険者は、このダンジョンの調査役だったということだろうな。
ダンジョンの南にある村が冒険者たちの拠点になっていることが、外で偵察中のアントフライを通して確認できた。
村には多数の人間が出入りし、急速に発展を遂げているようだ。残念ながら結界柱と同じような領域が張られているようで、内部を詳しく見るとことはできそうになかった。
ダンジョンへとやってくる冒険者たちは、最初の頃はバラバラに行動しており、少数でダンジョンの奥へと進んできたため簡単に倒すことに成功していた。
しかしながら、最近ではなかなか奥へと入らずに複数のパーティーが集まって入り口付近で狩りをすることが多くなっている。おそらく生き残りが少ないせいで警戒されてしまったのだろう。
入り口付近のモンスターが絶えず狩られ続けるため、モンスターの数が大きく減少し最初の部屋には安全地帯のようなものができつつある。こちらも隠し部屋からモンスターを出して補充はしているのだが、状況はあまりよくない。
シュバルツを向かわせようにも、十人近い冒険者たちがまとまって行動しているため、逆にやられてしまう危険性もあるだろう……現在は稀に奥へと進んでくる冒険者を狙う程度のことしかできていない。
侵入者が増えたこともあって、ダンジョンの構造も少し変わることになった。
1階層は入り口を中心にいくつかの分かれ道が作られている。冒険者をうまく分散させたいのだが、現状ではあまり機能はしていないのが残念だ。冒険者たちが奥へと進むようになってからは役に立つと思われる。
放射状に枝分かれした通路の途中には土の壁で隠された隠し通路が点在し、さらにその奥にある隠し部屋同士も、アントがギリギリ通れるほどの大きさの通路でつながれている。
1階層最下部にある隠し部屋には、2階層上部にある巨大な部屋へとつながるショートカットが作られ、転移機能を利用しなくても隠し部屋にアントが補充できるように改良された。これで1階層に侵入者がいても、モンスターが枯渇することはないだろう。
さらに、通路の天井や床にも隠し通路がつなげられ、前後左右だけでなく上下からも奇襲が可能なようになっている。
ダンジョンは10階層まで追加され、コアルームへとたどり着くには一度最下層まで潜ってからもう一度1階層まで登り、さらに降りる必要がある。
ジャイアントモールの巣へも1階層から直接向かうことはできず、最下層を経由してからでないと辿りつけないようになっているため、ダンジョンへとやってきた冒険者たちが迷い込むことはおそらくないだろう。
10階層の追加によって解放された機能はサブマスター権限の付与、最大で5人までにモンスターの召喚や強化、階層間の転移や侵入者の感知などの機能が使えるようにできるようだ。
権限を移動させることもできるようなので、とりあえず女王2体とシュバルツ、それにフィーネとフロレーテに権限を渡しておいた。おかげでモンスターの管理や妖精たちの送り迎えの手間が減り、ダンジョンの強化や作戦を考えるのにさらに時間を割けるようになった。
「ダン!新しい侵入者が来たみたいだよ!」
「またか……今度は5人組……どんどん増えてるな」
新しく入ってきた侵入者はごてごてとした装飾のついた鎧を着た男と、それを取り囲む4人組。どうやら4人組は豪華な鎧を着た男に従っているらしい。
これでダンジョン内の侵入者は合計25人、日に日にその数を増しているな……
5人組は入り口付近の冒険者たちとは合流せずに、ダンジョンの奥へと進んでいくようだ。次に狙うのはこの5人組にしようか――
◆
「ここが例の『黒軍の大穴』か、思ったより地味なダンジョンだな……私の装備が汚れる前にさっさと帰りたいものだ」
ダンジョンの入り口へとたどり着いたドラムが、ぽつりと感想を漏らす。目の前にはぽっかりと空いた大穴。むき出しの土でできた緩やかな坂道が奥へと続いている。
確かに世界中にその噂が伝わったダンジョンにしては地味といえるだろうが、すでに数百人が飲み込まれた危険なダンジョンであることは間違いない。
だが、そんなことは知らないドラムは、奴隷を自分を囲むように配置するとダンジョンの中へと潜っていく。
ダンジョンの中をしばらく進むと、ドラムたちは大きな部屋へとたどり着いた。そこでは何人かの冒険者たちが食事をとったり、テントを設置して休憩している。
ドラムたちがその様子を見ていると、それに気が付いた冒険者の一人が立ち上がり、声をかけた。
「おっ、あんたらもダンジョンに挑戦しに来たのかい?見たところ初めて挑戦するって感じだな……あっちの通路の奥でいくつかのパーティーが一緒に狩りをしてるはずだ。最初はそっちに混ぜてもらってモンスターに慣れておいた方がいいぜ」
冒険者は通路の一つを指さしながらそう告げる。おそらくドラムたちが初めてダンジョンに挑戦するのを見抜いて、先輩冒険者としてアドバイスをしたつもりだったのだろう。
だが、ドラムは舌打ちをすると、冒険者が指した通路とは別の方向へと歩いていく。それを見た冒険者が、慌ててドラムを止めようとする。
「おい!初めてここに入ったんだろ!?その人数で先に進むのはあぶねえぞ!悪いことは言わないからやめておけって!」
「うるさい!平民風情がこの私に指図をするな!貴様のようなやつらと協力しなくとも私にかかればダンジョンくらい平気だ!」
「なっ!?」
ドラムは親切にも声をかけた冒険者を怒鳴りつけ、あっけにとられた冒険者を振り切ると、足早に去っていく。
冒険者ギルドでの一件を思い出したのだろう。まさしく腹に据えかねるといった様子だった。
それでもドラムたちを追いかけようとした冒険者を、同じパーティーのメンバーらしき男が止めた。
「おい、止めたい気持ちは分かるがやめておけ」
「でもよ……あいつらあのままじゃたぶん死ぬぞ?他のパーティーでも奥に行って帰ってきた奴は少ないんだぜ?」
「まあな……だが、ありゃあプライドの塊みたいなタイプの貴族の坊ちゃんだな。あの様子だと俺らの話を聞くつもりなんて最初からないんだろうよ。冒険者はどうなろうが自己責任、アドバイスを聞かなくて死んでもそれはあいつらのせいだ。……それに、無駄に厄介事の種を入れてしまえば、他のパーティーが危険にさらされる危険だってある。あの坊ちゃん共の尻拭いをさせられるとなったらな……」
「……そうだな」
2人の冒険者は、ドラムたちの背中を見送る。
このダンジョンに出てくるジャイアントアントは強いものでもCランク程度だが、その代わりに数が非常に多い。その上、ジャイアントアントでは考えられないような策を混ぜて襲ってくる危険度の高いダンジョンである。さらに、強力なボスモンスターが徘徊していたとの情報もあるくらいだ。
ダンジョンの奥へと向かった冒険者たちの生還率は高くはない。Bランクならまだしも、Aランクパーティーですら帰ってこなかったぐらいなのだ。
だからこそ、冒険者たちは無理に奥へ進まず、複数のパーティーが1か所に集まって戦闘を行っているのだが……
あの様子ではドラムたちが参加すれば、何かしらのトラブルを起こすであろうことはほぼ間違いないだろう。
何も起こらなければいいが、万が一の時にその対価を払うことになるのは他の冒険者の可能性だってあるのだ。
そもそも冒険者は一度外に出れば何事も自己責任、無理に参加させることもできないだろう。
ドラムを見送る冒険者たちにできるのは、無謀にも奥へと進む彼らが無事に戻ってくることを願うことくらいである。
一方、自分たちを心配する冒険者たちの考えなど知りようのないドラムは、意気揚々とダンジョンの奥へと進んでいく。
途中何度かジャイアントアントの群れと遭遇するが、多少手こずりながらも勝利することができた。奴隷は多少の傷を負った程度だ。
「噂のダンジョンといえどもこの程度か。これならすぐに目的も果たせそうだな」
奴隷たちが戦う様子を見て、ドラムは笑みを浮かべた。奴隷たちに素材をはぎ取らせ、治療を終えるとドラムはさらに先へと進む。
順調に奥へと進むドラムたちだが、通路の壁に一部不自然な場所があったことに彼らは気が付かなかった――もし彼らがギルドでトラブルを起こさずに情報を手に入れていれば、もしくは冒険者のアドバイスを受け入れ、狩りに参加していれば、気が付くことができたかもしれない壁の違和感。
彼らが通り過ぎた後、通路の壁が崩れ落ち、中から大量のジャイアントアントたちが這い出すが、先を行く彼らはそれを知る由もない。
徐々に包囲網を作り上げ、ジャイアントアントの大軍が彼らに襲い掛かるのはもうすぐである――
後ろからジャイアントアントたちが徐々に迫っていることにも気が付かず、ドラムたちは長い通路を抜け、小さな部屋へとたどり着く。どうやら歩き続けて疲れたのか、ここで一度休憩するようだ。
奴隷が背負ったカバンから敷物を出し、ドラムがそこへ座り込む。
奴隷に周囲を警戒させ、自分はゆっくりと休憩を開始する。彼は一度も戦闘をせずにただ歩いていただけなのだが……
「やれやれ、ダンジョンというのは無駄に面倒だな。あの布をつけたモンスターはどこにいるのだ!こんなじめじめした場所からはさっさと出たいものだ」
ダンジョンの攻略に飽き始めたドラムが愚痴をこぼした時であった。
にわかに奴隷たちが慌ただしくなる。どうやら何かが近づいていることに気が付いたようだ。
そんな奴隷たちの様子に気が付いたドラムが慌てて立ち上がるのと、小部屋の中に大量のジャイアントアントがなだれ込んできたのはほぼ同時だった。
「ええい!貴様ら何をしていた!もっとちゃんと見張っておけ!」
ドラムが周囲を見回し、小部屋にある3本の通路のうちの1本からは敵がやってきていないのに気が付いた。奴隷たちを引き連れ、完全に囲まれる前にその通路の中へと逃げ込む。
ぞろぞろと通路の方へと押し寄せるジャイアントアントの大軍を見て、それに恐怖したドラムは奴隷のうちの1人――前衛を務めていた片手剣と盾を持った男に命令した。
「おい!命令だ!お前はここであいつらの足止めをしろ!」
あれだけの大軍をたった一人で足止めする、つまりここで死ねというのにも等しい命令だが、奴隷紋の効力のせいでそんな理不尽な命令に逆らうことはできない。
ドラムに命令された奴隷が立ち止まり、迫りくる黒い群れへと向かっていく。
男とジャイアントアントが戦っているその隙に、ドラムたちは通路の奥へと逃げていく。
やがて時間を稼いでいた男が、その大軍を押さえきれず黒い津波の中へと飲み込まれるが、そのころにはドラムたちはある程度の距離を稼ぐことに成功していた。
奴隷の男を倒したジャイアントアントたちは、そのまま逃げたドラムたちを追いかけ通路の奥へと進んでいく。そして、軍勢の最後尾にいたアースアントが出した土の壁によって通路が塞がれた。
必死に逃げるドラムたちが知るはずもないが、彼らが逃げる先に外へとつながる通路はない。1本だけ通路に敵がいなかったのは彼らを誘う罠だったのだ……
逃げ場のない場所へと追い込まれ、袋のネズミとなったことにも気が付かず、ドラムたちはダンジョンの中を駆けていく――
ちょっと忙しくなってきたので、しばらくは週2~3回の不定期更新になりそうです。
最初のころと比べると筆の進みが遅くなってきた気がする今日この頃…
これからもよろしくお願いします!




