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閑話 ダンジョン調査官の憂鬱

閑話なのか本編なのか微妙なところですが、たぶん閑話です。

 ダンジョンの入り口の前に、黒いフードを被った少女が一人。


 彼女の名前はサーラ。ダンジョンの調査に派遣された冒険者のうちの一人である。

 だが、彼女の周りに人影らしきものはなかった……そう、彼女はたった一人でこのダンジョンに入ろうというのだ。


 そのダンジョンは『黒軍の大穴』最近噂になっている、炎竜王ルドニールを倒したとされるダンジョンである。

 既に200人以上の命を飲み込んでいる恐るべきダンジョンの前で、彼女はため息をついていた――


 ◆


「はぁ……何であんな場所に入らなきゃいけないんでしょう……」


 ダンジョンの入り口で、もう何度目かもわからないため息をつきます。


 ――炎竜王が倒された後、街はどこも大騒ぎでした。

 それもそのはずです! あの炎竜王が倒されたんですよ! 生きる伝説とまで言われたあの炎竜王がです!


 その騒ぎはギルドも例外ではありませんでした。

 すぐさま本部へと連絡が行き、調査は中止されるものだと思っていました。


 でも本部の方々は何て言ったと思いますか!

 調査は中止しない、モンスターが減った今がチャンスだって言うんですよ!


 しかも、他の冒険者も来る予定だったのに私一人で調査しろと言われました!

 あんな場所にか弱い女の子を一人で行かせるなんて皆さん何を考えているのでしょう!

 なんでも私以外にはおそらく無理だとのことです! そんなの私もごめんですよ!

 ――まあできなくはないのですが。


 でもやっぱり納得はできません! 戻ったらケーキでも奢らせることにしましょう!


「さあ! さっさと終わらせて帰りますよ!」


 気合を入れると、入り口を抜けてダンジョンの中へと潜ります……


 ダンジョンの通路は意外と広いですね。横幅は10m、高さは5m程でしょうか?

 土が剥き出しですが、しっかりと固められていて簡単に崩れる様子はありません。ダンジョンの中と外で特に環境が大きく変わることもないようです。

 最初から迷路のような構造の迷宮は珍しいですが、ジャイアントアントがメインのモンスターのようなのでこういうこともあるのでしょうか。


 おや? ここの壁は違和感がありますね?

 隠す努力の跡は見えますが、ちょっと甘いです。偽装されていますが、僅かに周りと土の質感が違っています。

 壁を叩くとやはり音が違います。どうやら奥に空洞があるようです。ちょっとだけ中を覗いてみることにしましょう!


 音を立てないように、慎重に壁を崩していきます。やはり壁の奥には通路がありました。

 壁の近くには何もいません。さらに崩して中へと入ります。

 通路の奥にある大部屋には――いました! ジャイアントアントです!

 上級のアントも混じっていますね。相手の数が多いので戦いは避けたいです。


 どうやらあの壁でカモフラージュして、待ち伏せをするつもりだったようです。

 おかしいですね……ジャイアントアントにそこまでの知能があるはずはありません。モンスターを操る何者かがいるという予想が現実味を帯びてきました……


 ジャイアントアントの群れがこちらへと向かってきます。もしかして私の位置が判っているのでしょうか?

 姿を見られるようなへまはしていないと思うのですが――なんにせよこのままでは見つかってしまいますね。

 あたりには身を隠せそうな場所もありません。仕方ないのであれを使いましょう!

 認識阻害の効果が付与されたフードに魔力を流します。あとは気配を消して、ぶつからないように通路の脇に身を寄せるとじっと息をひそめます。


 ジャイアントアントたちが、その甲殻の擦れる音が聴き取れてしまうほど近くを通り過ぎます。ほんの少しでも手を伸ばせば触れてしまうほどの距離でも、私に気が付く様子はありません。

 ジャイアントアントたちは、そのまま通路の奥へと消えていきました。どうやら気が付かれずに回避できたようです。


 どうやらこのフードと気配遮断の効果はジャイアントアントにも有効なようで安心しました。

 魔力を消費してしまうので使い続けることはできませんが、これならモンスターとほとんど戦うことなく調査ができそうですね!

 まあこの能力があったせいで、たった一人で調査するはめになったともいえるのですが――


 その後も戦闘を避けつつ、ダンジョンの調査を続けていきます。

 途中何度かジャイアントアントとすれ違いましたが、気付かれることはありませんでした。

 少数で行動していた群れを狩って、魔核を剥ぎ取っておきます。報告用の素材はこれで十分でしょう。


 それにしてもAランクパーティーまで壊滅しているとのことでしたが、見たところ特に強そうなモンスターは見当たりません。

 確かに群れれば厄介ですが、Aランクなら逃げることくらいはできるでしょう。いくらこのダンジョンが不自然であるといえど帰ってこないなんてことは――


 いえ、どうやら何かいるようですね。通路の奥からかなり強い気配が漂ってきます。

 フードに魔力を通すと、気配を殺しながら慎重に通路の先へと進みます。


 通路の先にいたのは、ジェネラルアントと取り巻きらしき上級アントの群れでした。

 今までのモンスターと纏う雰囲気が全然違いますね……特にあのジェネラルアントは別格です。


 壁にぴったりと身を寄せ、通路から覗き込むように観察を続けていきます。

 取り巻きと思われるモンスターはおそらくBランク、ジェネラルアントはAランクといったところでしょうか?

 おそらくは全てネームドモンスター、ジェネラルアントに至ってはおそらくボスモンスターであると思われます。

 生まれてから半年も経たないダンジョンでは間違いなくありえない光景です。

 それにジャイアントアントたちの腕や首に結びつけてあるカラフルな布は何でしょうか? 赤に黄色にピンクと様々ですが、遠くから見てもかなりの高級品であることが見て取れます。


 あ、あれ?ジェネラルアントと目があったような? き、気のせいでしょうか。こちらをじっと見つめている気がします。

 フードの効果は切れていませんし、気配もばっちり消しているはずです! でもやっぱりこっちを見ているような。

 ま、まさかと思いますが、こちらに気が付いていたり。


「ギイイイィィィ」

「はわ!?」


 ジェネラルアントが鳴き声を上げると、こちらへと猛然と向かってきます。

 や、やっぱりバレてるじゃないですか! 逃げましょう!

 慌てて踵を返すと、ダンジョンの通路を逆走していきます。


 退路を塞ぐように次々と現れるジャイアントアントの間を縫うようにすり抜けながら走ります!

 何度も群れの間を駆け抜け、折れ曲がった通路を曲がると、なんと土の壁が目に入りました。

 ええ!? ここは通路があったはずですよ! 道を間違えてもいないはずです!


 急ブレーキをかけると、通路をふさぐ壁を調べます。うかうかしていると追いつかれてしまうかもしれません!

 ――どうやらこれは最初からここにあったものではないですね。周りの土に対して不自然な盛り上がり方をしています。おそらく土の魔法か何かで作ったのでしょう。

 壁の厚さはかなりあるようですね。ここを掘って進むのは無理でしょう。

 仕方がないので、元来た通路へと戻ろうとすると――


「え、えっと……こんにちは?」


 そこにはあのジェネラルアントが待ち構えていました。纏う雰囲気が違いますし、あのひらひらした赤い布のある場所まで同じです。

 まず間違いなくさっき見た個体でしょう。このレベルのモンスターがたくさんいるとは思えません。

 こちらを見下ろし、悠然とたたずむその姿はまさに王者といった感じです。


「に、逃がしてくれたりすると嬉しいんですが?」


 ジャイアントアントに言葉が通じるはずもないと思いながら、その威容に気圧されて、思わず声をかけてしまいます。


「ギギ」


 あ、あれ!? 首を横に振りましたよね!?

 どうやらこちらの言葉がわかるようです! 知能の高いモンスターは時として人の言葉を理解すると言われていますが、このジェネラルアントもそうなのでしょうか!?

 とはいえこのまま逃がしてくれるつもりはないようです。


 ジェネラルアントはゆっくりとこちらに向かってきます。後ろは土の壁で塞がれていますし、逃げ場はありません。

 仕方ありませんね。ちょっと戦うとしましょうか――


 ミスリル製のナイフを構え、薄く魔力を纏わせると、ジェネラルアントへと駆ける。

 空気を切り裂く音を立てながら迫る前足を、紙一重ですり抜けるように回避――そのまま足元を駆け抜けながらナイフを素早く振るう。

 ブレて見えるほどの速さで振られたナイフの、青く煌めく軌跡が足の甲殻の隙間を結ぶように鮮やかに描き出される。

 そして、鋭く研がれた刃で関節を切り裂かれたジェネラルアントが、自重を支えきれずに崩れ落ち――パキンッ


 ふあ!? ナイフが折れちゃいましたよ! お気に入りのナイフだったのに!

 あの一瞬で甲殻の間に挟みこまれて折られてしまったようです。どれだけの化け物なんでしょう!

 折れてしまったものは仕方ありません。予備のナイフへと持ち替えます。

 ナイフの代金はあとでギルドに経費で請求してやりますから!


 で、でもこれであのジェネラルアントはもう動けないはず

 ――ええ!? た、立ち上がりましたよ! あんなのおかしいです! 関節を切ったはずなのに動けるとか反則ですよ!


 立ち上がったジェネラルアントは、動きを止めてこちらの手をじっと見つめています。

 私の手の中にはあの赤い布が。攻撃のついでに抜き取っておいたのですが、さらさらとした不思議な手触りですね。魔力は感じないので、特殊な効果なんかはなさそうです。


 赤い布を見つめていたジェネラルアントは、いつの間にかうつむいてプルプルと震えています。どうしたのでしょうか?

 何はともあれチャンスです! この隙に逃げてしまおうとじりじりと後退していきます。


「ギイイイイイィィィ!」

「ひいぃ!?」


 こちらが逃げようとしていることに気が付いたジェネラルアントが、凄まじく大きな声で咆哮します。

 その様子はなんだかとても怒っているような!? そのあまりの迫力に思わず悲鳴を上げてしまいました。

 こ、こんな恐ろしいモンスターと戦うなんてやってられません! 援軍が来る前にさっさと逃げるとしましょう!


 逃げる私の後ろから、怒りのオーラを全身から発したジェネラルアントが足音を立てながら追ってきます! こちらに噛みつこうとガチガチと大顎を鳴らす音がやけにはっきりと聞こえます。

 その勢いは、足を怪我しているはずなのにさっきよりも速いくらいです! 信じられません!

 も、もしかしてこの布はとても大切なものだったり? いまさら返しても許してくれませんよね?


 必死に足を動かしてダンジョンの中を駆けまわります! このままではいずれ道に迷ってしまうかもしれません。

 しかし足を止めるわけにはいかないのです! 後ろから響く足音はぴったりとついてきます! 追いつかれてしまったらどんな目にあうかわかりません!

 あの様子を見る限り、それはもう恐ろしい目にあうのでしょう。何としても逃げ切らなければ!


 ――迷路のようなダンジョンの中をもうどれだけ走ったでしょうか。

 すでに息は上がり、いっそのこと地面に倒れ込んでしまいたいくらいです。

 ちらりと後ろを振り返ると、そこにはあのジェネラルアント――どうやらまだ諦めてくれないようです。


「も、もう許してくださいいぃ」

「ギイイイィィィ!」

「いやああぁ!」


 もつれそうになる足に気合を入れなおして、地面を蹴り続けます。じりじりと距離が詰められ、今にも捕まってしまうかという時でした。

 曲がった先は見覚えのある通路です! あと少し、あと少しで出口です!


「ああ! で、出口です! あそこまで行けば!」


 ダンジョンの外まで逃げれば、追ってこないはず! あと少しで助かります!

 そしてようやく見えてきた出口を全速力で駆け抜け、ほっと一息――


「ギイイイイイィィィ!」

「な、何でですか!?」


 ダンジョンの外に出てもまだ追ってきます! もう逃がしてくれてもいいじゃないですか!

 そのまま草原に出てもひたすら追い回され、ようやくジェネラルアントを振り切り、逃げ切れたのはすでに日が落ちかけたころでした。かれこれ数時間は追い回されたのではないでしょうか。


「も、もう……あの……ダンジョンには……は、入りたくないです…………」


 もう一歩も動けそうにありません。全身も汗だくで、早く体を洗いたいです……

 そのまま草むらに倒れ込み、ちょっとだけ休むことにします。地面がひんやりして気持ちいいです……

 戦利品は謎の赤い布と調査用の魔核が数個。あれだけ恐ろしい目にあったのに、たったこれっぽっちです。


 ――やっと体力が少し回復したので、急いで帰還するとしましょう! 倒れ込んだ際に顔についた土と草を取ると立ち上がります。

 も、もしかするとまだ私を探しまわっているかもしれませんし……びくびくとあたりを警戒しつつ、草原を抜けます。

 

 ようやく草原を抜けようというとき、どこかからあのジェネラルアントの悔し気な咆哮が響いてきました。こ、こうしてはいられません! さっさと逃げなければ!


 転がり込むように馬車に乗り込み、出発します。

 あたりを警戒しながら馬を走らせ続け、ようやく街の門が見え始めた時、今度こそ安堵のため息を吐き出すことができました。


 あんなダンジョンがあるなんて思いもしませんでした! こんなひどい目にあったんです! ギルドにはいっぱい報酬を出してもらいますからね!


 ◆


 Sランク冒険者『無音』のサーラによってもたらされた情報は、冒険者ギルドを震撼させた。

 ジャイアントアントではありえない行動や、大量のネームドモンスターの存在。

 これまでのデータから、ダンジョンマスターがいることはほぼ間違いないとされた。


 ダンジョンマスター出現の可能性は、各国の上層部へともたらされるが、パニックを避けるため一般層へは秘匿される。


 ギルドは、地形や出現するモンスターの情報を加味した上で、Cランクダンジョンであった『黒軍の大穴』をAランクへと引き上げる。これはギルド発足以来では史上最速の記録であった。

 この情報はギルドを通じてあちこちへと広まり、炎竜王を倒したことに加え、史上最速でAランクへと成長したダンジョンとして一躍有名になる。


 さらにサーラがダンジョンから持ち帰った赤い布は、材質、製法ともに全て謎に包まれており、調査の後危険性は無いとされ、オークションへとかけられることとなった。


 謎に包まれた赤い布は、希少な品を求める貴族や大商人がこぞって入札し、最終的にダンジョンコアにも匹敵するほどの大金でとある大貴族に競り落とされることになる。

 そして、その情報を聞きつけた一攫千金を夢見る冒険者たちまでもが、ダンジョンへと集まることになった――

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