#29 竜VS蟻 後編
『虫けら共があああ!』
我は地面に向け、特大の火球を放つ。
地面に落ちた火球はそのまま膨れ上がり、周りの虫どもを消し炭に変えていく。
全力で放った炎に包まれた我の体も軽くはない傷を受けるが、そんなことはどうでもよい。
これで我を縛る忌々しき木の根は消えた。下で足掻く虫けら共の抵抗など障害にもならぬ。
穴から抜け出し、大地を踏みしめる。そして、赤く焼けた天へと吠える――
必ずやこの小細工に頼る卑怯者を、そして力で敵わぬならと数に頼った愚か者どもを消し炭に変えてくれると――
我が力を示す翼は千切れた。だがそれがどうした! たとえ空を飛べなくとも貴様らなど根絶やしにするのは容易い!
足元には虫けらどもが蠢き、我に執拗に攻撃を続ける。しかしそのような攻撃などたとえ千度重ねようが我を倒すことなどできぬ!
この炎竜王に挑んだことをあの世で悔いるがいいわ!
◆
巨竜が吠える。そのあまりの大音量に、大気はビリビリと震え、圧倒的な威圧感と怒りが辺りを静寂に包む。
「ど、どうしようダン! ドラゴンが外に出ちゃったよ!」
フィーネが真っ青な顔で慌てている。
まさかあれほどの威力の攻撃ができるとは……巨竜の近くにいたアントたちは根こそぎやられてしまった……
地下にいたアントたちは無事だが、あれを2発3発と撃てるようなら絶望的だろう……
ならばどうするのか……まずはあのブレスを封じないとどうにもならない。
結界の向こうでは、アントたちがなおも巨竜に立ち向かっているが、戦況はよくない。
準備してきた策を、力押しで無理やり突破してくるとは……
くそっ……あの巨竜が自由に動けるようになってしまっては勝ち目なんてほぼ無いぞ……
焦る俺に、フロレーテが声をかけた。
「ダン様、落ち着いてください。焦っていては何も思いつきませんよ」
どうやら焦りが顔にまで出ていたようだ。そうだな……焦っていてもいい考えなどでないだろう。
まずは深呼吸をして、焦った心を落ち着かせる。……よし、これでいい。
巨竜を見ると、あまりの迫力に圧倒されて気付いていなかったが、最初よりも動きが鈍くなっている。
間違いなく今までの攻撃は効いているのだろう。絶対に倒せないわけではない。
そうだな……まずは使える手札を確認しよう。
「フロレーテ、さっきの拘束はまだ使えるのか?」
「そうですね……今すぐは厳しいですが、もう少し時間があれば1回くらいは使えるでしょう」
これはいい知らせだ。あの拘束があれば、1度だけ巨竜の動きを止めることができる。
落とし穴は周囲にいくつか仕込んであるが、そこへどうやって誘導するか……
それにブレスの問題もある。穴落として動きを止めたところで、もう一度あの大火球を撃たれてしまったら、脱出されてしまう。脱出時に相手もダメージは負うだろうが、それで倒し切れるとは思えない。
ブレスを止める機会があるのは、落とし穴に落ちた後のみだろう。それ以外のタイミングだと、相手の頭が高い位置にあるせいで攻撃できそうにない。つまり残りのチャンスは1回だけだ。
アントたちの中でブレスを止められそうなものはいるだろうか。
物理攻撃主体のアントは厳しいだろう。仮に口の中に飛び込んだとしても、そこまでのダメージを与えられるとは思えない。
ならばガンナーアント系のアントたちならどうか。口の中を酸で焼いてしまえば、妨害できる可能性はある。
アントたちの数は今も減り続けている。時間はそう残されてはいない、これでやるしかないだろう。
アースアントに土壁を作らせ、その後ろに遠距離攻撃が可能なアントたちを並べていく。
あとは時間を稼ぎつつ、落とし穴の場所まで誘導するだけだ。
うちのダンジョンでそれができそうな戦力は、シュバルツたち以外にはいないだろう……
「シュバルツ! 頼むぞ!」
「シュバルツちゃん頑張って!」
シュバルツたちが穴から飛び出し、巨竜の前へと突撃する。
巨竜からはブレスが吐き出されるが、アースアントとガーディアンアントを使い、受けるのではなくブレスの方向をそらしながら攻撃を防いでいく。酸の弾幕をブレスに当てることで、勢いも殺しているようだ。
だが、やはり炎竜王を相手にするのは、さすがのシュバルツでも辛いようだ。少しずつ数を減らされ、追い詰められていく。
じりじりと減っていくアントたちを固唾をのんで見守る……そして、フロレーテの声が響いた。どうやら準備が終わったようだ。
「ダン様! 準備が終わりました! いつでも行けますよ!」
「よし……あとは落とし穴に落とすだけだ……!」
シュバルツたちが、誘うような動きで後退していく。巨竜は何度攻撃しても倒れないシュバルツたちに向けて吠えると、他のアントを無視して進んでいく。
そのまま巨竜は進むが、落とし穴のあった場所を踏み抜こうかというところで、その足が止まった。
……まさか、落とし穴に気が付いたのか?妖精たちも送っていた声援を止め、じっと見入っている。
そのとき、シュバルツが咆哮を上げる。それに呼応して巨竜が鳴き、その足を踏み出す。
そして巨竜が落とし穴を踏み抜き、穴の中へと落ちる。
「今だ! 頼む!」
「わかりました! 大樹様! 力をお貸しください!」
フロレーテの言葉とともに、大樹の根が巨竜の体を拘束し、地面へと縫い付ける。
巨竜は前回と同じように、ブレスを吐くために力を溜める。
その大きく開けた口にめがけて、アントたちの酸弾が飛び込んでいく……しかし、巨竜の動きは止まらない。
ダメだったのか――そんなことを考えた時、黒い影が巨竜に向けて走る。
「ダン! シュバルツちゃんが!」
「何をするつもりだ!?」
そこへブレスの溜めが終わった巨竜が口を向け――
◆
なんと忌々しき虫けらか!
まとわりつく虫けら共を蹴散らしていると、他のものよりも強い力を持った者が現れた。
我と比べればそこらの虫けらと大した違いがあるわけではない。
だが、我の攻撃を時には避け、時には反らし持ちこたえている。
この炎竜王たる我が何たる無様か! 虫けらの一匹ごときを殺すのに手間取るとは!
だが、少しずつだが奴を追い詰めてはいる。遠くないうちに消し炭になるだろう。
そんな時だった、奴の動きが変わったように感じる……また我に小細工でも仕掛けるつもりか?
だが、我は逃げるわけにはいかぬ! 足元の虫けらを蹴散らしながら進む。
そして奴に追いつこうかというとき、足元に仕掛けられた落とし穴に気付く。
このような小細工が二度も我に通じるとでも思ったか! 我を愚弄するのも大概にしろ!
そして、愚か者ごと仕掛けられた罠を消し飛ばしてやろうとした時だった……あの虫けらが咆哮する。
『竜よ! 其方が真に強者であるならば、我らの策を正面から突破してみせよ!』
我に向かって挑発か! 虫けらごときがよく吠えおるわ! だが、おもしろい……その言葉に乗せられてやろうではないか!
『よかろう! 貴様らの小細工など打ち砕いてくれる!」
そして我は足を踏み出す。地面が崩れ、そして大樹の根が我を拘束する。先ほどと同じではないか……
期待外れだと、ブレスを吐くために口を開ける。そこへ、正面の土壁に隠れていた虫どもが酸を流し込む。
愚かな……その程度の酸ごときが我を止められるものか!
ブレスを吐きだそうとしたその瞬間だった。
黒い影が迫り、我の顎を押し上げ強引に閉じる。限界まで溜めた炎は行き場を失い、口の中で爆発する。
口から漏れ出た炎が辺りを包み、燃やし尽くしてゆく……
だが、爆炎が体の中で暴れまわった我もかなりのダメージを負った。
そして、炎が消えると、そこにはぼろぼろになりながらも立つあの虫けらがいた。
すでに勝敗は決した。体内を焼かれた我はもう戦うことはできないだろう。
我がこのような卑劣な戦いをする奴らの手で最期を迎えようとは……
『卑怯者よ、このような戦い方で勝って満足か……』
目の前の虫けらに声をかける。
虫けらはふらつきながらも、我の目を見据え言い放った。
『策を練り、皆の力で戦い強者を屠る。そうして我らは生き残ってきた。其方は卑怯だと言うかもしれないが、これが我らの戦い方だ』
その声は己の戦い方への誇りに満ちていた。その眼は誇りある戦士の目であった。
決して卑怯者のするようなものではない。
目を閉じ思考する――
戦いとは小細工など考えずに、力と力をぶつけあうものだと思っていた……だがそれは我から見たものでしかない。奴らには奴らの戦い方というものがあったのだ。
策を練り、力を合わせ、それでも足りないならば相手の力まで利用する。
そして奴は勝ち、我は負けたのだ。……驕っていたのは我であったか――
そして我は口を開く。この誇り高き戦士を称えるために。
『先ほどの言葉は取り消そう。我の名はルドニール、蟻の将よ……名は何という」
小さな戦士は名乗る。
『私の名はシュバルツ。ルドニールよ其方と戦えたことを私は誇りに思おう』
シュバルツか……我を打ち倒した武勇にも負けぬ良い名だ――
『シュバルツよ、このルドニールを討ち取るとは見事であった。我も最後にお主のような戦士と戦えたことを誇りに思うぞ……』
そして我は目を閉じる。我が命の火はすでに消えかけ、もう長くはない。
心残りが無いとは言えぬ。だが、最後の戦いは今思えば悪くはないものであったように思う。
お互いに死力を尽くしたのだ。冥途に持ってゆくのにふさわしい戦いだろう。
さらばだ誇り高き戦士よ。できるならば、また戦ってみたいものだな――
◆
巨竜は動かなくなった。どうやらシュバルツたちは勝利したようだ。傾きかけていた太陽は、すでに地平線に沈みかけている。長い戦いだった……
この戦いでアントたちには今までにないほどの犠牲が出た。
そして――
「大樹様……」
妖精たちが大樹を見上げる。
2度目の力を使った後、大樹は完全に枯れてしまった。
葉は完全に落ち、幹に走っていたひび割れも全体へと広がってしまっている。
もはや命の気配は感じられない……妖精の里を守ってきた大樹の最後である。
妖精たちの泣く声が辺りに響く。
やがて、フロレーテがこちらへとやってきた。
「ダン様、私たちを救っていただき、本当にありがとうございました」
「完全に救えたわけじゃないけどな。フロレーテ、これからどうするんだ? 行く当てがないならうちのダンジョンに来てもいいんだが……」
大樹が枯れてしまったいま、妖精の里を守る結界は消えた。
さらに、周囲は草の1本もない焦土になっている……もうここには住めないだろう。
「よろしいのですか? 皆を救っていただいて、その上住む場所まで用意してもらうなど……」
「もともとそういう可能性も考えていたからな。フィーネも寂しいだろうし来てくれると助かるんだが……」
フロレーテは遠慮していたようだが、フィーネの名前を出すとようやく頷いてくれた。
「わかりました……これからよろしくお願いしますね」
そして妖精たちがダンジョンに住むことになった。
シュバルツさんのしゃべり方が変わってますが、戦闘モードなのでこんな感じで…
いつもの口調だと戦闘中は威厳が出なかった…




