#28 竜VS蟻 前編
ダンたちが妖精の里へ到着する少し前。
依然、巨竜は休むことなく妖精の里を守る結界へと攻撃を続け、外は炎に包まれている。
妖精の里では、妖精の女王フロレーテがその美しい顔に皺を寄せ、焦りの表情を浮かべていた。
「このままでは……結界がもちません……」
最初のころよりも勢いは落ちてはいるものの、炎竜王の口から吐き出される紅蓮のブレスの勢いは、脅威的なままだ。もし結界が破られたならば、この小さな里など一瞬で焼き尽くされてしまうだろう。
結界を維持する要となっている大樹はその葉を茶色く枯らし、何枚もの葉がパラパラと降り注いでいる。
幹や枝も瑞々しさを失い、ひび割れがところどころに走っている。このままでは、大樹の命が尽き果てるのもそう遠くはないだろう。
「なにか……なにかないのですか……」
このままでは、じきに里を包む結界が破られてしまう。
大樹に力を注いでいた妖精たちも、すでに疲労困憊だ。あちらこちらで、地面に座り込んでいたり、中には限界まで力を注ぎ、気絶してしまったものまでいる。
これ以上の無理をさせてしまえば、間違いなく力を使い果たして死んでしまうだろう。
結界も、おそらく日没まではもたない。まさに万事休す、もはや死を待つ以外に何もできないという状況に、フロレーテがついに諦めの涙をこぼしそうになった時だった……
「女王様! 大変です!」
休んでいたはずの妖精の一人が、慌てた様子でこちらへと飛んでくる。
その顔は、信じられないものを見たとでもいうような驚きに包まれていた。
一体どうしたのだろうか。この状況で慌てて飛んでくるなど、ただ事ではないのだろう。
そうフロレーテが考えた時、妖精の口から出たのは信じられない言葉だった。
「フィリオーネが! フィリオーネが戻ってきました!」
「なんですって!? いま、フィリオーネが戻ってきたと言いましたか!?」
フィリオーネが戻ってきた……確かにフロレーテの目の前にいる妖精はそういった。
無事でいてくれた……そう思うと同時に、なぜこんな状態の里に戻ってきてしまったのだ。という思いも浮かぶ。あの炎竜王が目に入らなかったはずはないのに……と。
しかし、フロレーテは疑問を感じる。結界の外は炎竜王が吐き出すブレスによって、火の海になっているのだ。その灼熱の炎に包まれれば、たちまち焼け死んでしまうはずだ。
外から入ってくるなんて不可能だ……ならば、里の中にいたのだろうか?いや、それもないだろう。
ならばどうやって?もしかしたら……里の皆が助かる方法があるかもしれない。
そう考えたフロレーテは羽を広げ、フィリオーネがいるという場所へと飛び立った。
なぜだかは分からないが、きっと皆が助かる気がする。そんな予感とともに――
◆
「着いたよ! ここが妖精の里だよ!」
トンネルの先は、緑に覆われた美しい里であった。
周りを見回すと、辺りの木々には、小さな窓が取り付けられており、木々の中で妖精たちが暮らしていたということがうかがえる。木の根元に生えているキノコ、そして地面に生えている草花。
まるで絵本の世界にでも出てくるような、のどかな景色――そう、揺らめく結界の外で怒り狂う巨大な竜と、周囲を包む炎さえなければ……
里の妖精たちは、いきなり地面にあいた穴から現れた俺たちを、遠巻きに見ている。
そしてその中の一人が、フィーネの姿を見ると恐る恐るこちらへとやってきた。
「フィーネ? フィーネなの?」
「リリーネ! そうだよ! フィーネだよ!」
リリーネと呼ばれた妖精は、フィーネの顔を確かめるようにじっと見つめると、やがてぽろぽろと涙をこぼし始めた。
「フィーネ……ぐすっ……無事でよかったよぅ……」
「リリーネ……うん……アタシは無事だよ」
本当は急いで助けに来たことを伝えたいのだが、感動の再開とでもいうかのように抱き締め合っている。
水を差すのもどうだろうかと二人を眺めながらそう考えていると。大樹の方から飛んでくる影が見えた。
「フィリオーネ! 本当にフィリオーネなのですか!」
「女王様!」
どうやら、やってきたのは妖精の女王らしい。妖精の女王は、やって来た勢いのままフィーネに飛びつき、涙を流しながらフィーネに謝り始めた。
「ごめんなさい、本当に追放する気なんてなかったの。ちょっと反省させるだけのつもりだったのに――ごめんなさいフィリオーネ。生きていてよかった。戻ってきてくれてありがとう……」
「……女王様。アタシもごめんなさい」
どうやら、女王がフィーネを追放したのは本気ではなかったらしい。
やがて、女王はフィーネをその腕から解放すると、問いかけた。
「フィリオーネ、帰ってきてくれたことはとても嬉しく思います。ですが、なぜ今来てしまったのですか……そもそもあの炎の中をどうやって……」
女王の疑問に、フィーネが元気よく答える。
「みんなを助けに来たんだよ! ここまでトンネルの中を通ってきたの!」
「トンネル? あちらにいるお方の力でしょうか?」
「そうだよ! ダンはね――」
フィーネは女王に今までのことを伝えていく。
捕まっていたのを助けてもらったこと。一緒にダンジョンで暮らしてきたこと。そして、みんなを助けに着たこと――
フィーネから話を聞き終えた女王は、こちらへとやってきた。
「フィリオーネから話を聞きました。ダン様、彼女を救ってくれてありがとうございます。私の名前はフロレーテ、この里の女王をしています」
「ああ、どういたしまして。フィーネから聞いているとは思うが、俺はダン。向こうの草原でダンジョンマスターをしている。フィーネに頼まれて妖精たちを助けに来た。早速だが、トンネルを使って逃げよう」
その言葉を聞いて、フロレーテは、少し困ったような顔をすると首を振る。
「ダン様、フィリオーネと里を救ってくれようとしたことを嬉しく思います。あの竜の目的は私たちの守る秘宝です。しかし、私たちがここから逃げようにも、あの竜は逃がしてはくれないでしょう。ここへ来てしまったあなた方も例外ではありません」
確かに、外に見えるあの巨竜の様子を見る限り。簡単には逃がしてくれなさそうだ。
できればあれと戦うのは避けたかったのだが――
「逃げられない可能性もあったが、当たってしまったか。なら戦うしかないな……」
「戦う!? 本当に戦うつもりなのですか? あの炎竜王と戦おうなんて無謀です!」
俺の言葉を聞いて、フロレーテが信じられないとでもいうかのように目を見開いた。
「勝算は……ないわけではない。それに、結界が破られるまでここで指をくわえて見ているわけにもいかない。里の妖精たちを助けるとフィーネとも約束したからな」
「勝算ですか……ちなみにそれはどのような方法なのか聞いてもよろしいですか?」
俺はフロレーテに策を伝えていく。それをを聞いた後、少しの間考えていたフロレーテは顔をあげる。
「確かに、その策なら勝ち目はあるかもしれません。それに……大樹様の力を使えば、さらに確率は上がるでしょう……」
「なら決まりだな、準備を進めようか」
妖精の里を包み込む結界は、今日にでも破られてしまうらしい。残っている作業を急ぎ進めていく。
そして……そろそろ日が傾くかというころになって、ようやく準備が終わる。
その間力を注ぎ、結界を維持し続けていたフロレーテが、焦った声で叫ぶ。
「ダン様! そろそろ結界がもちません!」
「大丈夫だ! こっちも準備は終わった! さっそく開始する!」
ギリギリのところで間に合ったようだ。あとは、アントたちが勝ってくれることを祈るだけだ。
「戦闘開始!」
号令とともに巨竜の後方にいくつもの穴が開き、アントたちが穴の中から現れる。
アントたちに気が付いた巨竜が、後ろへ振り向きブレスを放とうと大きく息を吸った瞬間――
「グオオオオオ!?」
いきなり巨竜の足元が崩れ落ち、ぽっかりと巨大な穴が出来上がる。
いきなり開いた穴に対応できず、そのまま巨竜は穴の中へと落ち、穴のふちへと引っかかった翼がその重量により、おかしな方向へと捻じ曲がる。
「よし! 成功だ!」
出だしは完璧に決まった。崩落を起こして巨竜を穴の中に落としてしまえば、落下の勢いで翼を折ることができると予想していたが、うまくいった。これで巨竜の飛行を封じつつ、さらに穴から出ない限りは、移動することもできなくなった。
地下からもアントたちが攻撃することもできるだろう。
「ゴオオオオ!!」
巨竜が怒り狂った声を上げ、穴から出ようともがくが、穴の下で待機していたアントたちがさせじと喰らい付き、穴の中へと引き込もうとする。
穴の中のアントたちが頑張ってはいるが、やはり巨竜の方が力は上のようで、じりじりと穴から巨竜の体が持ち上がり始めたとき、フロレーテの声が響く。
「大樹様! お願いします!」
フロレーテの声とともに大樹の根が伸び、穴の下から巨竜の体をからめとり巨竜の動きが止まった。
さらに巨竜の後方以外からも次々とアントたちが現れ、列をなして進んでいく。
穴から出られないと悟った巨竜は、ブレスを放ちアントたちを焼き尽くしていくが、アースアントが作った土の壁やその身を盾にしたガーディアンアントに阻まれ、勢いを殺され、いくらかのアントを焼き尽くすだけにとどまる。
さらに、あらゆる場所にあいた穴から迫るアントたちに完全には対処できていないようだ。
爪を振り回して、近づいてきたアントたちを薙ぎ払うが、それでもアントたちの軍勢は止まることはない。
そしてついに、攻撃をかいくぐったアントたちが1匹、また1匹と巨竜のもとへとたどり着き、その巨大な体をよじ登り始める。
巨竜の体へと取り付いたアントたちは、その大顎や酸で鱗に覆われていない傷口や、目や鼻などに攻撃を加え、何匹かのアントたちは協力して傷口のふちから、皮ごと鱗をはがしていく。
「グオオオオオオ!」
さすがの巨竜も鱗をはがされ、むき出しになった部分に攻撃されるのは堪えるらしい。苦悶の声を上げ、さらにめちゃくちゃに暴れまわる。
その勢いで、何匹かのアントたちが振り落とされるが、すぐに周りのアントたちが攻撃を加えていく。
巨竜の周囲は、すでに地面が真っ黒になるほどのアントたちが蠢いている。
体に取り付いたアントたちを振り払うのに意識を向けているのか、巨竜のブレスの頻度が落ち、その隙にさらに多くのアントたちが巨竜のもとへと殺到する。
全身をアントたちに包まれ、巨竜の体は次第に黒く染まり始め、体のあらゆる部分から血が滲み、体力が削られていく。
「いける! いけるぞ!」
「がんばれー!」
戦況はこちらが圧倒的に有利だ。近くで見ていた妖精たちも、アントたちに声援を送っている。
このまま削り切れるかもしれない。そう思った時だった。
「グオオオオオオオオォォ!!」
一際大きく咆哮した巨竜が、その口を地面に向けて開く。そして、今までよりも長い溜めの後、地面に向けて巨大な火球を放つ。
広範囲に広がる火炎放射器のようなタイプのブレスとは違い、着弾した部分から爆発したように広がるタイプのブレスは、巨竜ごと周囲のアントたちを炎に包む。
揺らめく炎の奥に、穴から這い出る巨竜の姿が見える……自分をも巻き込むブレスによって、ところどころに酷い火傷ができ、翼も片方がちぎれてしまっているが、まだまだその迫力は健在だ。
そして、大地を踏みしめ立ち上がった巨竜は、辺りを睥睨すると天に向かって大きく咆哮した――




