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#27 フィーネの願い

 妖精たちが結界を維持するために動き始めたころ、コアルームの中でダンは迷っていた。


 目の前に浮かぶウィンドウには、50mはあろうかという巨大な赤い竜がダンジョンの西側にある森の中で暴れまわっている光景が写っている。まるで怪獣映画でも見ているかのような迫力だ。

 森へと降り立った竜は、その中心部にそびえ立つ巨大な樹に向け、ブレスを吐き出しているが、樹の周りに揺らめく結界によって防がれて、中へは届いていない。


 このことをフィーネに教えるべきだろうか?


 いつだったか、あの樹を見たフィーネが故郷である妖精の里について語ってくれたことがある。

 フィーネが住んでいた里は、ダンジョンの西に広がる森の中、まさにあの大樹の根元にあると。

 あそこには、仲の良かった妖精の仲間たちが住んでいるのだと、少し寂しそうな笑顔を浮かべながら。


 あの大樹の周りに張られた結界が竜の攻撃に対して、どれだけの間もつのかは分からない。

 可能性は低いだろうが、もしかするとあの巨大な竜の攻撃など防ぎきれる程度のものなのかもしれない。


 しかし、もしあの結界が竜の攻撃を防ぎきれないとしても、俺に何ができるだろうか。

 仮に竜と戦ったとしても、ほとんど勝ち目は無いように見える。

 アントたちを送りだしても、あの竜の前にはまさしく虫けらのようなものでしかないだろう。

 立ち向かい、そしてたやすく蹴散らされる光景が思い浮かぶ。


 フィーネは今日もダンジョンの中に遊びに行っている。今ならまだフィーネに知られないままにしておくこともできるだろう。


 本来ならば、フィーネには伝えるべきなのだろう。いくら追い出されてしまったとはいえ、あそこはフィーネの故郷なのだから。

 だが、故郷が襲われているのを、ただここで何もできずに眺めているだけなんてのは辛いだけだろう。

 ならばフィーネにはこれを伝えない方が良いのではないだろうか。


 だが、自分の知らぬうちに故郷が滅びたと分かった時、フィーネはどう思うのだろうか。

 いつまでも隠せるようなものでもない、それを知った時のフィーネの悲しみも大きいだろう。

 伝えるべきか、伝えないべきか。どちらが正解なのだろうか。


 故郷のことを思い出せない俺にとっては、どちらが辛い事なのかはうまく分からない。

 だが、それでもどちらを選んだとしても耐えがたいほどに辛いものだろうということくらいは分かる。

 やはり伝えるべきだろうか、それとも――


 ふと後ろに気配を感じ、振り返るとそこには静かにウィンドウを見つめるフィーネがいた。

 どうやら悩んでいるうちにダンジョンから戻ってきてしまっていたらしい。


「フィ、フィーネ……帰ってきてたのか……」

「………………」


 フィーネは何も言わない、ただその眼からぽろぽろと涙をこぼしながら、じっとウィンドウに浮かぶ映像を眺めている。

 その姿を見ていると、胸が締め付けられるような感じがする。


 いっそのこと何も言わずに泣き続けるのではなく、里を救ってくれ、あの竜を倒してくれと泣きついて欲しい。


 故郷の記憶も家族の記憶もなく、自分が何者だったのかすらも思い出せない中で、たった一人でダンジョンを作り続けるだけの日常を変えてくれた、ただ一人の家族であり相棒――


 フィーネが望むのならば、きっと俺は勝ち目がなくてもあの竜と戦い、フィーネの故郷を救おうとするだろう。


 だが、フィーネはそれを言わない。おそらくフィーネにも分かっているのだ。

 自分がダンに里を救ってほしいと願えば、ダンはきっとそれを叶えようとする。そして、あの竜に挑み――敗けるだろうということを。

 だからこそフィーネは何も言わず、ただそこで涙を流し続けているのだ。


 里が滅んだあとでも、フィーネは変わらずにダンジョンの中で生活していくだろう。

 どうして故郷を救ってくれなかったと、俺を責めることだってない。

 いつものように笑い、ダンジョンで遊び、そして誰もいないところで、故郷を思い出して泣く――


 そんなフィーネを見てしまえば、なぜあそこで戦おうとしなかったのかと後悔し続けることになる。

 なにより、そんなフィーネを見続けるのが耐えられないだろう。


 何せ今ここで泣いているフィーネを見るだけでも辛いのだから……


 ならばあの竜に立ち向かうのか?勝てる可能性は限りなく低い。

 だが、たとえ勝てなかったとしてもフィーネの仲間くらいは逃がしてみせよう。

 里がダメなら、ここに住んだっていい。森だってあるし、マナも豊富だ。

 里にどれだけの妖精が住んでいたとしても、ダンジョンなら場所は確保できる。


 ならば決まりだ、フィーネの仲間たちを救うために戦おう。

 フィーネが泣き続けることと、あの竜に挑むこと、どちらが嫌かと問われれば前者なのだから。


 下に目を向けると、フィーネは地面にへたり込んで嗚咽を漏らしている。

 フィーネを掬い上げ、なおも泣きじゃくるフィーネに向けて言葉を発する。


「フィーネ、あの竜と戦おう」

「ぐすっ……無理だよ……敵いっこないよ……」

「ならこのまま、フィーネの故郷が焼き尽くされるのを黙って見てるか?」

「ひぐっ……やだよ……みんなが死んじゃうのはやだよ……」

「なら戦うしかない。勝てなくても……フィーネの仲間くらいは助けてみせるさ」


 フィーネは顔を上げ、涙でぬれた目でこちらを見上げる。


「大丈夫、きっと助けるさ」

「本当?」

「ああ、本当に助ける」

「本当の本当に助けてくれる?」


 最初に出会ったときも、こんな会話をしたな――あの時は冗談を言ってフィーネを泣かせてしまったな。

 いつかのように、涙目でこちらを見上げるフィーネを見て思う。

 だが、今度は違う。


「本当の本当だ、必ずフィーネの仲間を助けてやる」

「ぐすっ……うん……うん! ありがとうダン! みんなを助けて!」

「ああ、任せておけ!」

「うん!」


 やっとフィーネに笑顔が戻った。やっぱりフィーネは笑っている方がいい。

 さて、次はどうやって戦うかを考えなければ。


 フィーネにはああ言ったが、確実に助けられる見込みなんてない。

 それにあの竜に立ち向かうアントたちには、かなりの犠牲が出るだろう。

 だが俺もフィーネも戦う力はないのだ。戦う力を持つアントたちに頼るほかはない。


 これはダンジョンを守るための戦いではない。ダンジョンを守るだけならただ閉じこもっていればいい。

 たとえあの竜が襲い掛かってきても、ダンジョンの奥深くにいるならば何も問題はないだろう。

 はたして、アントたちが話せたのならこんな戦いをさせようとする俺に何というのだろうか……フィーネが話してくれたアントたちの様子を思い浮かべる。


 せめて、できるだけ犠牲が少なくなるようにしなければ。


 勝てる可能性は低いだろう。だが、負けるつもりで挑むわけにはいかない。

 どうにかあの火竜を倒せる策を考えなければ……


 まずは妖精の里に向かうとして、あの炎の中に飛び込むわけにはいかない。

 となると、地中から行くしかないだろう。幸い、アントたちは土を掘るのは得意だ。あとはダミーコアの領域をつなげていけば、あそこまでは届きそうだ。問題はそれまで結界があるのかどうかだ。


「フィーネ、あの結界はどれくらいもつんだ?」

「わかんない……でもあの結界は大樹様の力で張ってるから、大樹様が枯れるまでは壊れないはずだよ!」


 ふむ、具体的な長さは分からないが、すぐに壊れてしまうようなものでもないらしい。

 ならば、結界が消える前に妖精の里までのトンネルを作り上げるとことはできそうだ。

 さっそくアントたちに、1階層から、妖精の里に向けてトンネルを掘らせ始める。

 もし可能ならば、妖精たちをトンネルを使って逃がしたっていいだろう。


 次はあの巨竜と戦うとして、どうやって動きを封じるか……

 あの巨竜は空を飛んで森までやってきた。もし戦闘中に空を飛ばれてしまっては、アントたちでは太刀打ちできない。ならば飛行を封じなければ勝ち目すらないだろう。


 巨竜の背中には、翼が生えている。あの巨体が、あれだけで飛んでいるとは思えないが、翼があるということはそれさえ何とかすれば、飛行能力をつぶせるかもしれない。


 一つ策を思いついた……うまく決まれば飛行能力を封じるとともに、ある程度の行動を押さえることができそうだ。

 巨竜はあの場所からほとんど動くことなく攻撃を続けているようだ。ならばきっと可能だろう。


 あとは、結界が消えるまでに準備が完了するのを祈るだけだ。


「間に合ってくれよ……」


 地下トンネルは急ピッチで掘られていき、その間に大樹も刻一刻と衰えていく。


 そして2日後ついに、妖精の里までの地下トンネルが開通した。


 結界はまだ壊れていない。だが、ここから見える大樹は葉が茶色くなってしまい、今にも枯れてしまいそうだ。


「さあ行くぞフィーネ!」

「うん! 行こう、ダン!」


 俺たちは開通した地下トンネルを通り、妖精の里へと向かう。

 長いトンネルを抜けていくと、その先に外の光が見え始めた。


「そろそろ妖精の里に着くぞ。フィーネ、準備はいいのか?」


 フィーネにとっては、追放されてから初めて故郷に戻ることになる。

 もしかしたら、不安に思っているかもしれない……

 そう思い、緊張した面持ちのフィーネに声をかける。


「うん! 早くみんなを助けに行こう!」


 どうやら心配は無用だったようだ。あと少しで妖精の里だ!

 そして、俺たちはトンネルを抜け、妖精の里へとたどり着いた。

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