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#25 炎竜王襲来

 ダンが運営するダンジョンから東、ルーナ山脈にそれはいた。

 紅蓮の鱗に身を包み、見上げるほどに巨大な炎竜。それはルーナ山脈の王であった。


 だが、今ではその姿は王と呼ぶには、惨めなものであった。

 自慢であった角は折れ、片方の目は無残にも潰れている。

 光を受けて煌めき、あらゆる攻撃を防いでみせた鱗はところどころ剥げてしまっている。

 至る所に傷がつき、傷口からは血が流れ落ち、翼はすでにぼろぼろだ。


 地に倒れ伏していた竜だが、その眼から力は失われていない。

 竜は唸りよろよろと立ち上がる。そして竜は悔し気に咆哮すると、そこから飛び立つ。

 ……そしてその影はだんだんと小さくなり、西へと消えていった。


 ◆


 ――必ずあれを倒すと誓い、西へと落ち延びる。


 我は王であった。我が前ではいかなる生き物であっても震え、頭を垂れた。そう、あの時までは……


 最初に気が付いたのは、地面が揺れているということだった。次第に揺れは大きくなり、地下深くから途方もなく大きな力が漏れ始めた。

 山にいたモンスター共は次第に他の場所へと逃げて行き、最後には我のみが残った。


 我はこの山の王だ。王であるならばたとえ相手がどんなに強大であろうとも立ち向かわねばならぬ。

 そして、生き物の気配が消えた山で我はあの化け物と相対した。


 爪を振るい、その体に食らいつき、灼熱のブレスを吹きかけると、奴の肉が裂けその表面が焼け焦げる。

 だが、我の攻撃など意にも介さないかのように、それはそこにとどまり続けた。それが我にはどうにも許せなかった。

 何度も、何度も攻撃を繰り返す。そのすべてがおそらく無駄であろうと分かっていても、それでも我が攻撃をやめることはなかった。


 そしてついに奴が動きだしたのだ。我が奴の鼻面に燃え盛るブレスをかけてやった時だった。我をその巨大な目で見据えると、その巨大な口を開く。その中に広がる深淵のごとき闇を見て、我の本能が告げた―死の危機が迫っていると。


 慌てて奴の口の前から離れようとした――だがすでに遅かった。

 翼に力を込めた次の瞬間、我の体のあちこちに耐えがたき痛みが走り、一体何が起きたかもわからぬまま、我は天から落ちていく。


 落ちるさなか、王として生きてきた我もこれで終わりか……そう諦めにも似た気持ちが湧く。

 しかし、最後にあれだけの強者と戦ったのだ。冥途の土産にはちょうどよかろう。そう満足して我は意識を手放した。


 ――だが、我は死んではいなかった。目を覚ました我の近くには奴はいなかった。


 きっと奴にとっては我はその辺を飛び回る羽虫のようなものだったのだろう。

 ただ羽虫がうるさいから振り払っただけ。そう……奴にとっては戦いですらなかったのだ。

 我は王なのだ! そのような無様なことが許されるものか! ……だが、我が奴にとって取るに足らぬほどにちんけな存在であったことには間違いない、間違いないのだ。


 我は情けなかった、悔しかった。我の弱さがどうにも許せなかった。強者との戦いであると意気込んでいたのは我だけだったのだ。それが一番許せなかった。腸が煮えたぎる思いであった。

 全ての生き物が逃げ出し、生命の音が聞こえなくなった、我が領土だった大地に伏しながら、我は誓う。必ずやあの化け物を下してみせると。

 奴にとって我は戦うに値しないものだった。ならばさらに力を付けねばならぬ、奴が無視できぬほどの高みに上るしかあるまい……そう思ったのだ。


 我は西へと向かう。かつて我のご機嫌取りにやってきた、下級の竜から聞いたことがあったのだ。西に広がる森の中にはとある宝があると。

 その宝は手にしたものに強大な力を与えるとも……聞いたときは鼻で笑い飛ばし目の前の竜を消し炭にしてやったものだ。

 そんな宝など下らぬ、強者の力というのは自分で手に入れねば意味はないのだ。なぜそれがわからない。

 力を求めて他のものに頼るのは、弱者のすることであると……我はそう思っていた。


 だが、今は何としてでも力が必要なのだ。

 我の寿命は長い、だが奴と戦えるまでに鍛えるのは不可能であろう。

 我は奴から見れば矮小な存在でしかなかった。あの化け物と比べること自体が愚かなことかもしれぬがな……

 ならば、あの化け物を倒すためなら悪魔にでも魂を売ってみせよう。力が手に入るなら手段は選ぶまい。


 強者たる誇り無き愚か者と……物に頼った弱者と後ろ指を指されようが構わぬ、事実なのだから我はそれに甘んじて受け入れよう。

 だが、戦いにすらならなかったとなれば、我はあまりに情けなくて祖先たちに顔向けすらできぬ! 王としてそれだけは決して許されぬのだ!


 ただひたすら西を目指す。すでに日は暮れつつある。体中に残る傷は深く力が抜けそうになるも、執念で飛び続ける。――見えた。あれこそが宝があるとされる森だ。


 森の上を旋回する。はたして宝はどこにあるのか。森の中心に生える、永き時を生きたであろう巨木が目に入った。

 ――あそこだ、あそこに我の求める宝がある。確証などない、だが……そうだと我の本能が告げておる。


 森へと降り立ち、木々を薙ぎ倒す。もう少しだ、もう少しで我は奴と戦うだけの力を手に入れることができる! そしてあの屈辱を晴らすのだ!

 だが、大樹へとあと少しで辿り着こうかという時だった。その周りに揺らめく何かが我の侵入を阻む。

 何者か! 我を阻もうという不遜なるものは!


 見れば大樹の周りには小さな……我と比べるにはあまりにも小さな羽虫たちがいるではないか!

 貴様らか!奴のような強者ならまだしも、貴様らのような小さな存在が我を阻もうというのか!

 我は灼熱の吐息を羽虫共に向けて放つ……だがそれは羽虫共を焼き尽くすかと思いきや、途中で掻き消える。


 許せぬ! 許せぬ! 許せぬ! あのような虫けらに防がれるなど断じて許すことはできぬ!

 我はなおもブレスを吐き続ける。紅蓮の業火が辺りの木々を焼き尽くし、焦土へと変えてくがその炎が結界を超えることはなかった。


 ……どれほどの時間が経ったであろうか。我はそれに気がついた。

 我の攻撃を防いでいる結界の力が、ほんのわずかにだが弱くなっていると。

 ならば攻撃を続ければよい、いずれこの結界も破れるだろう。


 傷はまだ癒えてはおらぬ、いまだにあちこちから血が流れ出ている。だが……我が倒れるよりも、この結界が破れる方が早いだろう。

 この森に我の脅威となるような力は感じない。どれも取るに足らぬ小物ばかりだ。なれば休む必要もない。

 なにより! この我がこのような虫どもに虚仮にされたまま眠ることなどできようか! 必ずやこの忌々しい結界を砕き、すべて焼き払ってくれるわ!


 そして我は大地にそびえたつ大樹へ向けて攻撃を再開したのだ。


 ◆


 リーアの街冒険者ギルドでは、ついに本部から追加の人員が派遣されてきた。

 そして、顔合わせも済ませ、そろそろ打ち合わせを……というときに恐るべき情報がもたらされる――


 ギルドマスターの執務室の前が慌ただしくなり、いきなり扉が開けられる。

 飛び込んできたのは、全身に汗をかき、真っ青な顔をした職員だった。

 ガルツが立ち上がり、職員に問う。


「何事だ! 今はここに来るなと伝えておいたはずだ!」

「き、き、緊急事態です! ひ、ひっひ、ひがし……東から、りゅ、竜が……」

「竜? とりあえず落ち着け! 竜がどうしたというんだ」


 落ち着くように言われ、深呼吸をする職員。そしていくらか落ち着くと、なおも震える声で続けた。


「すぅ……はぁ……ほ、報告します! ここより東ルーナ山脈より、え、炎竜王が……炎竜王ルドニールが襲来しました! 現在ソナナの森中央に着陸。あたりをブレスで焼き払っています!」


 その報告に全員が凍り付き、ギルドマスターの部屋は静寂に包まれた。


「……終わりだ」


 誰かがつぶやいたその言葉を否定することのできる者はいない。

 炎竜王とはそれほどまでの脅威……いやもはや災害と呼べるレベルのものなのだ。

 今まで己の縄張りからほとんど出ることのなかった炎竜王がどうして今になって移動してきたのか。


 なおも報告は続く。どうやら炎竜王はすでに全身がぼろぼろの状態らしい。

 もしや何かに挑んで敗け、住処を追われたのか?いや、あの竜の脅威となる生き物がそうそういるなど到底考えられるはずもないのだが……


 しかし、炎竜王は現にソナナの森へと現れている。今は移動する様子はないようだが、いつ何時こちらへと向かってくるかわからない。そうなれば確実にこの街は滅びるだろう。


 あの竜を足止めできるものなどどこにもいない。かつて召喚された勇者ですら、あの竜の前ではなすすべもなく倒れたという。ならばできることはただ一つだけだ。


「リーアの街冒険者ギルドのギルドマスターとして、非常事態宣言を発令する! 現在出ている依頼はすべて中止だ! 手の空いている冒険者を全部かき集めろ!」


 新しい領主にもすでに連絡が行っているはずだ。もうすぐこの街および近隣の村々の住人の避難が開始されるだろう。

 だが大人数での移動には危険がつきものだ。先に冒険者を送り、道中の危険を減らさねばならない。

 果たして逃げたところで意味はあるのだろうか……そんな不安がよぎる。炎竜王に目を付けられたら、どこまで逃げても意味はないだろう。

 職員が立ち去った後、ガルツが立ち上がり本部から派遣されてきた面々へと言った。


「さて、せっかく来てもらったところで済まないが、ダンジョンの調査は中止だ。本部から派遣されてきた方々も、住民の避難を手伝ってくれると助かる」

「ええ、わかりました。ですが、竜を見張る人員も必要でしょう。それはどうなさるのですか?」

「この街にそこまでできる冒険者はいないだろうな。そうなると俺が残るしかないだろう。万が一何かあってもギルドの業務自体は何とかなるだろう。これでも元はAランクだ。隠れて見張るだけならそうそう死ぬようなこともないだろう」

「さすがにギルドマスター殿にそのようなことをさせるわけにはいきません。代わりにこちらから何人か出しましょう。全員かなりの腕利きですよ。あなたはここに残って避難の指示をしてください」

「……わかった、助かる。時間が少ない、我々も動くとしよう」


 そうして、ギルドの面々は行動を開始する。

 住民たちにも情報が渡り、パニックになるも、次期に避難を開始する。

 本当に助かるのか……誰もがその胸のうちに不安を抱えながら……


 リーアの街の北東ソナナの森がある方面は、すでに辺りは暗くなりつつあるというのに、燃え盛る炎に照らされ空が赤く輝いていた……

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