閑話 フィーネの大冒険
ダンジョンに入ってきた兵士たちを倒してから、しばらく経った日のことであった。
「もー! ダンなんて大っ嫌い!」
「ああ、俺もフィーネなんて嫌いだ!」
フィーネがコアルームから飛び出して、ダンジョンの中へと飛んでいく。
ダンジョン内のアントはフィーネを襲わないから危険はない。
むしろ、いつの間にかフィーネと仲良くなっているアントたちがいくらかいるようだ。
なんと会話もできるらしい。俺にはアントが何を言っているのかわからないが……
きっかけはフィーネの角砂糖が入った瓶を落として割ってしまったことだった。
角砂糖がもらえると思ってわくわくしていたフィーネは、割れた瓶と地面に散らばった角砂糖を見て呆然。
その後、涙目になったかと思うと、ぷんぷんと怒りだしてしまった。
怒って髪の毛を引っ張るフィーネについイラッとしてしまい、言い返したのがいけなかった。
そのあとは売り言葉に買い言葉、最終的にはアホだの天然だのの言葉が飛び交い、ついにフィーネが飛び出してしまった。
フィーネが出ていき、静かになったコアルームの中にいるうちに、頭が冷えて落ち着いていく。
冷静になると、きっかけは俺が瓶を割ってしまったことだな……そのあとのフィーネにも問題がないとはいえないけど、それに反応したのもよくなかった。
「フィーネが帰ってきたら謝らないとな……」
なんだかんだ言ってフィーネがいなかったらこうしてここにいることもなかったかもしれない。
ダンジョンマスターである限り、外へ出るのは危険であるし、戦闘力もない。フィーネが来なければ、誰かと話すようなこともできなかっただろう。
あのまま一人でダンジョンの運営を続けていたら、孤独のあまり狂っていた可能性だってあるのだ。
フィーネには感謝しているし、今となっては大事な相棒だ。
「とりあえず角砂糖は用意しておくか」
割れてしまった瓶の代わりに、新しい瓶を出しておく。ついでにハチミツも出すか――
そうだ、あれも用意しておこう。帰ってきたフィーネの驚く顔を想像しながら、準備を進める。
◆
アタシはコアルームから飛び出して、ダンジョンの中を進んでいく。
「ダンなんて絶対に許さないんだから!」
そりゃあ髪の毛を引っ張ったのはアタシも悪いとも思うし、ダンが瓶を落としたのも、わざとではなかったのだから怒ったのもよくなかったかもしれないけど……
だけど……だけど虫だとか天然だとかは言い過ぎだと思うのだ!
確かに羽は虫に似ているかもしれないが、アタシはれっきとした妖精である! 虫なんかではないのだ!
それにアタシは天然でもない! ……そう、こういうのは無邪気というのだ!
妖精の里でもフィリオーネはしっかり者だねと言われたことだってある。断じて天然などという不名誉な称号は許すことはできない。
……まあ、ダンが謝ってくるなら許さないこともない。
あの男たちからアタシを助けてくれたし、どこにも行くあてのないアタシをダンジョンに置いてくれたし……感謝はしているのだ。
妖精の里の皆にちょっとだけ心残りはあるが、今の生活だって悪くはない。
ダンと一緒にいるのは楽しいし、アントたちが働く様子も見ていて飽きない。
あの温泉とかいう温かい水が湧いてくる泉も気持ちがいいし、角砂糖も甘くておいしい。
あの白い塊が口の中で溶けていくのがたまらないのだ。
妖精の里で甘いものといえばたいていが木の実や花の蜜で、あとはたまにハチミツがある程度だった。
「ダン怒ってるかな……ううん! まだ戻らないもん!」
今戻ってしまったらアタシの負けな気がする。感謝はしているが怒ってもいるのだ!
少ししょんぼりしながらも、ダンジョンの中を進んでいく。
……まずはアーマイゼちゃんとフォルミーカちゃんのところにでも行ってみようかな。
◆
「うーんまずはこんな感じで、あとあれとこれもつけておくか……」
フィーネが帰ってくる前に、準備を終わらせるために急ぐ。
リストを見る限り、結構なポイントを使うことになりそうだ。
兵士たちを倒したことで、かなりの収入があったことだし、使ってしまっても平気だろう。
「フィーネは……まあ大丈夫か。終わったら迎えにでも行くか」
ダンジョンの上層部に行かなければ危険はないだろう。そもそもフィーネではたどり着けないだろう。
この前兵士たちを撃退してからは侵入者もいないので、ダンジョン内も安全だ。
仮に迷子になっていたとしても、ダンジョンコアを使えば場所はわかるので、迎えに行くことも簡単だ。
準備しているものもだいぶ形になってきた、仕上げに取り掛かるとしよう。
◆
「やっほー! 遊びに来たよ!」
「ギギ?」
「ギー」
アーマイゼちゃんとフォルミーカちゃんのもとへと着いた。
どうやら今は何もしていないようだ。さっそく今日のことについて愚痴ることにした。
「――それでね、ダンったらあんなこと言うんだよ!」
「ギギギ!」
「ギギー? ギギギギ」
「ダメだよ! ダンから謝ってくるまで帰らないから!」
「ギギギ……」
「ギー」
3人?でしゃべっていると、ワーカーアントたちがやってきた。
「ギギギギ」
「もうそんな時間なんだ……うん! じゃあまた来るね!」
「ギギッ」
「ギー」
どうやらお仕事の時間らしい。アーマイゼちゃんとフォルミーカちゃんに別れを告げて、他の場所へ向かおうとする。
すると、親衛隊の子の中の1匹が声をかけてきた。どうやら送ってくれるらしい。
「いいの?ありがとう! じゃあめーちゃんのところに出発!」
「ギー!」
背中の上に座り、出発する。次の目的地はめーちゃんのもとだ。
めーちゃんはアタシが名前を付けたメディックアントで、メディックアントたちのリーダー的存在だ。
普段はワーカーアントたちの仕事を手伝ったり、怪我をしたアントを治療したりしているらしい。
アタシが行くと、いつも蜜をご馳走してくれるのだ。
「めーちゃん! やっほー!」
「ギギー」
どうやらワーカーアントの治療中だったらしい。治療といっても蜜を飲ませたりかけたりするだけなのだけれど。目的地についたので、親衛隊の子には帰ってもらうことにする。
「もう大丈夫だよ! ありがとね!」
「ギー!」
めーちゃんの方は治療が終わったようで、ワーカーアントが立ち上がり出ていく。ワーカーアントを見送った後、めーちゃんがこちらにやってきた。
さっそく蜜をもらう。ジャイアントアントの蜜はハチミツよりもさらさらとしていて癖が少ない。
ハチミツも好きだけれどもこちらも捨てがたいだろう。……それにしても何から蜜を作っているのだろう……
蜜を舐めながら、おしゃべりしていると、新しい怪我人が来たようだ。
どうやら巣の拡張中に、天井から落ちて怪我をしたらしい。ほとんどははこのタイプの怪我らしい。
めーちゃんが忙しそうにしているので、そろそろお暇することにする。
「めーちゃんまたねー!」
「ギギー!」
めーちゃんの部屋を出て、さらにダンジョンの中を進む。
その後もアントフライと事故を起こしそうになったり、ラーヴァアントの面倒を見ていたら押しつぶされそうになったり、アントワームがいきなり地面から出てきてびっくりしたりしたが、楽しくダンジョン内を探検していた。
ダンジョン内を探検していたら、少し疲れてしまった。
どこかで休憩しようかなと思っていると、ワーカーアントが歩いている。どうやら来た道の方に向かっていくようだ。ちょうどいいのでワーカーアントの背中に乗っていくことにしよう!
ワーカーアントの背中にちょこんと座り、移動する。自分で動かなくていいので楽ちんだ。
「さすがアタシ! 楽ちーん!」
そして背中に揺られて進んでいるうちに、いつしかアタシは眠ってしまう。
ワーカーアントは眠りこけたアタシを背中に乗せたまま、ダンジョンの中を進んでいく。
目が覚めると、見覚えのない場所まで来てしまっていた。
ここはどこだろう……あたりを飛び回るが、どこまで行っても見覚えのない場所である。
どうやら迷子になってしまったらしい……
「ひぐっ……ぐすっ……」
しばらくその場で泣いていると、不意に足音が聞こえる。
誰だろう……涙をぬぐって見上げると!なんとダンがいるではないか!
「ほらフィーネ、迎えに来たぞ。そろそろ帰ろう」
「ぐすっ……うん……うん!」
ダンの頭の上に乗り、コアルームへと帰る。安心したアタシは、いつしかダンの頭の上で寝てしまっていた……
◆
「くぅー」
寝ているフィーネを落とさないようにしながら慎重に進む。
あの後、準備が完了したのでフィーネを探してみると、地面に座り込んで泣いていた。
どうやら迷子になってしまっていたらしい。
慌ててフィーネのもとへ向かい、一緒にコアルームまで戻ってきた。
「ほら、フィーネ。着いたぞ」
「んぅ? 着いたの?」
フィーネが目をごしごしとこすりながら起きる。さて……
「あーその……フィーネ、ごめんな。瓶を割っちゃったし、いろいろ言い過ぎたよ……」
「アタシもごめんね……ダンもわざとじゃないのに怒っちゃって……」
俺が謝ると、フィーネも謝った。どうやらフィーネも悪いと思っていたらしい。
「じゃあ仲直りだな!」
「うん!」
「角砂糖も買いなおしておいたし、ハチミツもあるぞ!」
「わーい! ありがとう!」
フィーネが笑顔になる。うまく仲直りできたようだ。さて、次はあれだな……
「それと、もう一つあるんだが……」
「ふえ? もう一つ?」
「ほら、こっちだフィーネ。ついてきてくれ」
「ダン? どこ行くの?」
コアルームから小部屋に向かい、その先に新しく作られた扉を開ける。
「わあ……!」
「どうだ? 気に入ったか?」
「うん! うん! すごく気に入ったよ!」
そこに広がっていたのは、木々が生い茂る森だった、森の中には花畑と泉も設置してある。
以前フィーネが欲しがっていたのを思い出したので、作ってみたのだ。
コアルームの設備として追加したので、そこまで規模は大きくはないが、森の中にはある程度の生態系が最初からできているらしい。
おかげで7階層を追加して減っていたDPがさらに大きく減ってしまったが……
特に高かったのが泉で、なんでも妖精の泉というらしい。フィーネは妖精なのでぴったりだろう。
気に入るかどうかは分からなかったが、どうやら成功らしい。フィーネは目をキラキラさせながら見入っている。
「ほら、フィーネが前に欲しがってただろ。フィーネには感謝してるし、そのお礼も含めてな……」
「アタシもいっぱいいっぱい感謝してるよ! いつもありがとね! ダン大好き!」
フィーネは満面の笑みを浮かべると、頭の上に座る。
フィーネを頭の上に乗せたまま、森の中を見るために歩いていった。
はたしてこれが大冒険といえるのかは自信がないです…
アントの声をどうするかでちょっと迷いました。
フィーネの方の視点ですし、意味が分かるようにしてもよかったのですが…
アントたちが何を言ってるかは、各自の想像力にお任せします!
特に難しいセリフはないのでご容赦を…




