#17 領主の計画
リーアの街の責任者の肩書をどうするか小一時間迷いました…
共和国なんだから領主じゃなくて市長とかなんじゃないか的な。
市長の兵士だとなんかしっくりこないしこうなりました。
領主は特に特権階級的なものではないです。
リーアの街の冒険者ギルドではギルドマスター、ガルツの怒りの声が響いていた。
「ふざけるのもいい加減にしろ!」
「ギルドマスター!? いったい何が書いてあったのですか!?」
つい先ほど領主のもとより届けられた手紙を読むや否や握り潰し、怒りをあらわにする。
アルベールたちが帰還してから、すでに2週間が経っている。
アルベールたちが持ち帰った情報により、ジャイアントアントの発生元がダンジョンであることが確認された。
ダンジョン内で確認されたモンスターはF~Dランク。ジャイアントアントは数が多いので、推奨されるのは最低でもCランク以上といったところだろう。
ギルドでは、新しく見つかったこのダンジョンを『黒軍の大穴』と名付けCランクダンジョンに認定した。
すぐさま、各地の村や街に通達を送るとともに、領主へと詳細を報告した。
その後、ダンジョンの発表に向けて準備を進めていたのだが、いきなり領主から手紙が届いたのだ。
「新しく見つかったダンジョンの周囲に街を作るから協力しろだと! 馬鹿にしてるのか!」
「街を? それは、さすがに無謀が過ぎるのでは……」
ダンジョンの入り口を囲む形で街を作り、ダンジョンを持続的に管理するというのだ。
確かに、そのような形態を持つ町はいくつか存在する。だがそれは十分な戦力があってこそのものだ。
迷宮都市とも呼ばれるそれらの都市は、そのほとんどが最初からダンジョンの周囲に街を作ったわけではない。ダンジョンの近くにあった村や街が冒険者たちの活動により次第に大きくなり、次第に迷宮の周囲を囲む形で街や村が合流したのもだ。
もちろん十分な戦力を有しており、モンスターがダンジョンからあふれ出しても十分殲滅できるようになっている。
しかし、いきなり街を作るというのは話が違う。十分な戦力などあるはずもないのにどうしようというのか。
確かに、ギルドに所属する冒険者たちをほとんど動員すれば可能だろう。だが、街が出来上がるまで冒険者を派遣し続ければ、他に手が回らなくなってしまう。正直こちらを馬鹿にしているとしか思えない。
「落ち着いてください、ギルドマスター」
「落ち着けだと! これが落ち着いていられるものか!」
「こんなところで暴れたところで何も解決しません。まずはどうするべきかを決めましょう」
「……そうだな、すまん。よし、直接領主と会って話をしてくる。お前たちはいつも通りに仕事をしておいてくれ」
「直接ですか? わかりました。お気を付けて」
ギルドマスターは、ギルドの職員たちに仕事を指示し、領主のもとへと向かった。
◆
ガルツが領主の館へとたどり着くと、しばらく待たされた後、執務室へと通される。
執務室で待っていた領主は、にこやかな顔でガルツを歓迎した。
「やあガルツさん、ようこそおいでくださいました。手紙はもう読んでいただけましたか? そうだ、最近いい菓子が手に入ったのですよ。お茶と一緒にどうですか?」
「……結構だ。手紙は確かに読ませてもらった。だがあの内容はどういうことだ?まさか本当にあんなことが可能だと思っているのか」
ガルツは領主へと声をかける。Cランク迷宮ともいえど、いきなり街を作るというのは無謀だ。本当にそんなバカなことを考えているのだろうか。
「ええ、もちろんです。そうでなければあのような手紙は送りませんよ。あなた方としても、迷宮の近くに拠点となる街があった方が、何かと便利でしょう?」
「ああ、確かにそうだ、だがそれなら近くの街や村に拠点を作ればいいだろう。あのあたりにはダンジョンから少し離れたところにいくつか村が点在している。少しずつ村を大きくしていけば、いつかは他の迷宮都市ができた時と同じような状況になるだろうな。その時に実行に移せばいいだろうよ、何も今やることじゃない」
「確かにそれもいいでしょう。しかしそれでは時間がかかる。こちらとしてはそれは避けたいのですよ。ダンジョンというのは金のなる木ですからね、財政が潤うのは、早ければ早い方がいいでしょう?」
領主は楽しそうに笑う。この男は状況がわかってないのか? どこからそんな自信が出てくるというのか。
ガルツは目の前の領主を胡乱げな目で見る。
確かにダンジョンは金のなる木だ。ダンジョンのモンスターから採れる素材や魔核は資源として珍重される。
今回確認されたダンジョンのモンスターはジャイアントアント。
甲殻は軽くて頑丈な性質を活かして、防具や武器へ、酸や回復効果のある蜜など、さらにそれらが入っていた内臓器官などの特殊な効果を持つ部分なども利用できる。
さらに、巣の奥深くにいるだろうラーヴァアントや卵などは、貴族などがこぞって求める珍味や特殊な薬の原料として高値で取引されている。
領主の計画通りに迷宮都市を建築することができれば、この地域の経済は一気に活性化するだろう。だが、それはもし建築できればの話だ。
「御託はいい、だがすぐに街を作るのは不可能だ。ギルドに所属している冒険者の数には限りがある。いつまでも街の護衛のために冒険者を派遣することはできない。他の地域を手薄にするわけにはいかないからな」
「ええ、それはもちろんです。こちらとしても、街を作っている間に、他の村や街がモンスターに襲われるのは望むところではありません。冒険者を長期間派遣してもらおうとは考えていませんよ」
のらりくらりとした反応を返す領主にイライラが募る。思わず立ち上がり、声を荒げてしまう。
「じゃあどうしようって言うんだ! 護衛も置かずに街を作るとでも言うつもりか? モンスターがあふれだしたらあっという間に全滅するぞ!」
「まあまあ、落ち着いてくださいガルツさん。こちらもそんなこと考えてませんよ、もちろん勝算があってのことですとも」
「ほう、そこまで言うなら聞かせてもらおうじゃないか」
ガルツが怒りをおさめ、座りなおす。領主は嬉々として計画を語った。
「ダンジョンからモンスターあふれ出ししまっては、少数の護衛では街を守りきることはできません。それはお分かりですよね?」
「あたりまえだ、もしあふれればかなりの数のモンスターになるだろうな。特に今回見つかったダンジョンのモンスターはジャイアントアントだ。あの手のモンスターがあふれ出すと、とんでもない数のモンスターがあふれ出てくるだろうよ。とても少数で守り切れるような規模じゃないだろう」
「ええ、その通りです。ですがそれはダンジョンがあふれ出すのを指をくわえて見ていた場合ですよ。あふれ出したときに手を付けられないなら、そうなる前に数を減らしてしまえばいいのです」
「それは本気で言ってるのか? そんなことをすればどれだけ犠牲が出るかわからないぞ!」
領主が語った計画に耳を疑う。正気でそんなことを言っているのだろうか。
ダンジョンからモンスターがあふれ出すのは、ダンジョンが抱えきれなくなったモンスターを外へと吐きだすためだと言われている。そのため、モンスターを殲滅してしまうというのは、たしかに間違ってはいない。
しかし、普通にダンジョンに潜る冒険者ですら死亡率は低くはないのだ。
ダンジョンがあふれるのを待つよりは確かに有効だろう、だがそれでもある程度の数を殲滅するとなると、かなりの犠牲が出ることが予想される。
「報告書を見てたのか? Bランクパーティーですら死にかける数だぞ?それに今こうしている間にもダンジョンは成長している、あいつらが入った時よりもさらに凶悪になっている可能性だってある」
「もちろん拝見致しました、『蒼翼の剣』というパーティーでしたか。こちらにも噂は届いておりますよ、なかなか将来有望な方々のようでうらやましい限りです……おっと話がそれましたね」
領主は話を戻すと、続きを話し始めた。
「ダンジョンに入ったところ、数百匹を超えるジャイアントアントの群れに襲われたとのことですね。ですが全員無事に生還することができたとも聞いております。彼らが死にかけた、というのも少数でダンジョンに入ったからでは?現れるモンスターもせいぜいがDランクといったところ、これの数が数倍になったところで十分殲滅可能ですよ」
「あいつらは運が良かっただけだ、次もうまくいくとは限らない。それに、今回のダンジョンは見つかってすぐの段階で、中級のアントが確認されている。普通のダンジョンよりも成長が早いのは明らかだ。下手をするとダンジョンマスターがいる可能性だって否定はできない」
「ははは、これはお戯れを。ダンジョンマスターなどお伽噺に出てくるような存在ではありませんか。そのようなものそうそう現れるものではありませんよ。ダンジョンマスターがいるという確証もないのでしょう? 成長が早いといっても所詮はCランクダンジョンです、どうとでもなりますよ」
忠告をするが、領主は一笑に付した。
確かにダンジョンマスターに関しては勘に過ぎない、だがダンジョンの成長が早いのは事実だ。どうにも嫌な予感が頭から離れない。
「仮にダンジョンのモンスターが殲滅可能だとしても、戦力はどうする」
「こちらも200人ほど兵士をダンジョンに送りましょう。兵士の数が減るのは問題ですが、ダンジョンへ行って、モンスターを少々殲滅する程度の間なら何とかなります。全員手練れの兵士たちですから、彼らだけでも十分殲滅は可能でしょうね。しかし、モンスターの討伐の経験はあるのですが、ダンジョンというとさすがに経験のある者はいません。そこで、そういったことに慣れている冒険者の方々に力を貸して欲しいとお願いしているのですよ」
領主の言いたいことはわかった。つまり、モンスターの殲滅に関してはこちらでやるから、冒険者たちには、ダンジョン内での索敵や、罠の警戒などを任せたい。ということだろう。
「冒険者が必要な理由はわかった。だが、受けるものがいるとは限らないぞ。『黒軍の大穴』はCランクのダンジョンだ、それ以下のランクのやつらを送るわけにはいかん。Cランクになれるような奴らならダンジョンの危険性だってわかっているだろう」
冒険者ギルドには、所属する冒険者たちに強制的に依頼を受けさせる力がある。だが、それは主に緊急時や、どうしようもない理由があってこそのものだ。
そうでない場合に、無理やり依頼を受けさせれば、確実に冒険者たちの信頼を失ってしまう。
冒険者がギルドに所属するのは利便性というものが大きいが、いざというときにギルドが守ってくれるから、という一面もある。
そのギルドが、危険な依頼に冒険者を送り込むとなれば、別の街のギルドに拠点を移したり、ギルドを抜けるものが相次ぐだろう。
「そうですね、それも重々承知しております。こちらとしても、腕の立つ冒険者の方々に声をかけてはいるのですが、どの方にも断られてばかりでしたね。Dランクの方々には乗り気な方々もいましたが」
「すでにそっちで声をかけていたのか……まあ、受ける奴はそうそういないだろうな。それで、腕の立つ冒険者は見つかったのか?」
どうやら、すでにギルドを通さずに依頼を受けてくれる冒険者を探していたらしい。ギルドが協力を渋ることも考慮に入れていたのだろう。用意のいい男だ……
いろいろと文句を言いたいところではあるが、冒険者が個人的に依頼を受けるのは禁止されていない。
ギルドを通す依頼と違って、個人的な依頼ならランクも関係はない。身の丈に合わない依頼を受けたものはその報いを受けることになるが……
「ええ、『緋色の牙』というAランクパーティーが協力してくれることになりました。最近この街に来たようですね。報酬を弾んだら快く協力してくれることになりました」
『緋色の牙』……最近勢いに乗っているパーティーだ、ダンジョンの攻略を果たして名を上げたと聞いている。まだダンジョンが見つかったことは公表していないはずだが……どこかから漏れたのか?
なんにせよダンジョン攻略の経験がある高ランクパーティーがいるとは……この男の自信にはこれもあるのだろう。確かに今回の仕事にはまさに打って付けのパーティーだと言えるだろう。
領主お抱えの兵士200人にAランク冒険者、確かに十分な戦力とは言えるのだが……
「そちらの自信の理由はわかった。だが相手はダンジョンだ、何が起こるかは分からん。冒険者ギルドとしては、積極的に冒険者を送ることはしない。せいぜいが依頼書を掲示するくらいだな」
「ええ、それでもかまいませんよ。こちらとしても保険程度のものですので。出発は1週間後です、もし考えが変わって、協力してもいいとなればいつでもご連絡ください」
領主はもともと、自分たちの力だけで済ませてしまうつもりだったのだろう。だがギルドに連絡もせずにダンジョンを管理下に置いてしまうのはギルドとの関係がこじれる可能性がある。それを危惧して、断られることを承知で協力しようという手紙を送ってきたのか……
「わかった……話はこれで終わりだ。邪魔したな」
「ええ、ありがとうございました、ガルツさん。……ギルドマスター殿がお帰りです。門まで送って差し上げなさい」
領主の部下に連れられ、外へと出る。やりきれない思いを抱えながら、ガルツはギルドへと戻った。
◆
一週間後、リーアの街からダンジョンに向けて領主の兵士200名、冒険者20名あまりの集団が出発した。
その中の誰もが、作戦は成功すると信じて疑うことはなかった。
その先に悪夢が待っていることに気が付くことはなく、彼らはダンジョンへと到着し、大きく口を開け待ち構えている、その中へと入っていくのであった……




