#10 妖精
本日2話目です。
まだの方は、先に前の話をお読みください。
「いやー! 食べないでー!」
そこにいたのは、ひもで結ばれた袋から頭だけを出して叫んでいる、20㎝ほどの小人のような生き物だった。涙目になりながらも、なんとか抜け出そうと必死になってじたばたともがいている。
「誰かー! 誰か助けてー!」
アントたちは困惑したように、小人を見つめている。
どうやら敵ではないようだな。このまま見ているのもちょっとかわいそうなので、アントたちにこちらまで連れてくるように伝える。
「やだー! アタシおいしくないよー!」
アントが近づくと、小人はさらに必死になってもがき始めた。
「ふえええぇぇ」
そのまま小人は、アントたちに連行されていく。ワーカーアントの顎に挟まれた小人は、なんとか抜け出そうとしていたが、どうやらあきらめたらしく、泣き出してしまった。
「ひぐっ……ぐすっ……アタシ悪いことしてないのに……ぐすんっ……このままモンスターに食べられちゃうんだ……ひっぐ……」
ワーカーアントに運ばれている間、小人はひたすら泣き続け、コアルームに連れてこられる頃には泣き疲れたようで眠ってしまった。ワーカーアントは小人を地面に置くと、そのままダンジョンへと戻っていった。
「ぐー、ぐー、すぴー」
小人らしきものは縛られたまますやすやと寝ている。とても幸せそうな顔だ。
起こすのはかわいそうな気もするが、このまま放っておくわけにもいかない。小人をつついて起こしてみる。
「うーん、むにゃむにゃ……はれ?あたし確かモンスターに食べられそうになって……」
「えーっと、起きたかな」
「ひゃう!?」
小人が起きたようなので、声をかけると、変な声を上げていた。どうやら驚かせてしまったようだ。こちらに気が付くと途端に涙目になってぷるぷる震えだす。
「ア、アタシを食べてもおいしくないよ」
ふむ、どうやら怖がっているようだ。まあ、アントたちに運ばれ、目を覚ませば知らない場所にいるのだ。無理もないだろう。
小人を安心させるために声をかける。
「大丈夫、食べないよ」
「本当? 本当に食べない?」
「ああ、本当に食べないよ」
「本当の本当に食べない?」
涙目でぷるぷる震えながら、こちらを見上げてくる小人を見ていると、いたずらしたくなってきた。ちょっと脅かしてみようか。
「じゃあ食べようかな」
「びえー!?」
冗談を言ってみたら、また泣き出してしまった。刺激が強すぎたようだ。
「ごめんごめん、冗談だ。食べないから」
「ふえ……ぐすんっ……」
小人を慰め、袋を縛っている紐をほどいて中から出してやる。すると小人の背中には透き通った4枚の羽が生えていた。
まるで蝶の羽のような不思議な見た目に、思わず声に出してしまう。
「……虫?」
「むっ! アタシは虫じゃないよ! あなた、妖精も知らないの?」
ふむ、どうやらこの小人は小人ではなく妖精らしい。さすがファンタジーな世界、妖精がいるとは。
「へえ、妖精だったのか。初めて見たよ」
「ふふーん! アタシの名前はフィリオーネ! あなたの名前は?」
妖精……フィリオーネはどうやら警戒を解いたらしく、ふわりと飛び上がると、こちらを見つめてくる。
名前……あれから何度か記憶を思い出そうとするが、結局何一つ思い出すことはできなかった。おそらく、ダンジョンマスターになるときに消されてしまったのであろう。
「俺はこのダンジョンでダンジョンマスターをやっている。……名前はないんだ」
「えっ!? あなた名前がないの? ……じゃあアタシが名前を考えてあげる!」
そう言うと、フィリオーネはうんうんとうなり始めた。
「うーん、うーん……そうだ! ダンジョンマスターだからダンって言うのはどう?いい名前でしょ!」
ダン……ダンか、いささか単純ではあるが悪くはない。改めて俺はフィリオーネに自己紹介をする。
「ダンか、悪くないな……ありがとうフィリオーネ。俺はダンだ、よろしくな」
「うん! よろしくねダン! あっ、それとフィーネでいいよ!」
フィーネはにこやかに笑うと、俺の周りを飛び回る。さて、ここで気になっていたことを聞いてしまうとしよう。
「それでフィーネ、どうしてあんな奴らにつかまっていたんだ?」
「そうだった! ダン、助けてくれてありがとね! それでね――」
フィーネの話を要約するとこうだ。
フィーネは森の中で他の妖精と一緒に暮らしていた。ある日ハチミツが入った壺を発見する。こっそり味見をするつもりが、ハチミツを食べつくしてしまった。
そのハチミツは妖精の女王に献上するためのハチミツで、怒った女王に妖精の里から追い出されてしまったのだ。
行く当てもなくふらふらとさまよう途中で泉を見つけ、そこで休憩することにした。
泉で休憩するうちにいつしかうとうとと眠ってしまい、気が付くとすでにさっきの男たちに捕まってしまっていた。そしてその男たちがダンジョンを見つけて、今に至るわけだ。
「うーん、それはフィーネの自業自得なんじゃないか?」
「ひっどーい! 確かにアタシが悪いんだけど……」
「まあいいけどさ、それでフィーネはこれからどうするんだ?」
「うーん、どうしようかな……森には帰れないし、かと言って行く当てもないし」
フィーネはまたもやうんうんと唸りだした。ふむ、ダンジョンマスターになって早2ヶ月と少し。
話せるような相手も皆無で、だんだんと人恋しくなってきている。
こうしてフィーネと出会ったのも何かの縁だろう。もしフィーネさえよければ、ここに住んでもらうのもいいかもしれない。
「あー、フィーネがいいならここに住んでもいいんだけど――」
「本当!? じゃあここに住む! やったー! ありがとダン!」
即答であった。どうやらここに住むことに反対はないようで上機嫌になってくるくる回っている。そう言えば妖精は何を食べるのだろうか。ここには食糧になりそうなものがない。ショップで買えるようなものだといいのだが。
「なあフィーネ、妖精は何を食べるんだ?」
「んーとね、空気中にマナがあれば何も食べなくても大丈夫だよ。あっ、でも甘いものは欲しい!」
ふむ、どうやら食糧に関しても問題はなさそうである。ダンジョンの中ならマナも豊富なようだ。甘いものもショップを探せばいろいろあるだろう。
「ダン! 助けてくれたお礼に何か手伝ってあげる!」
フィーネがにこやかな笑顔で提案する。どうやら助けたお礼をしてくれているらしい。さて、妖精には何ができるのだろうか。
「ありがとうフィーネ、たとえばどんなことができるんだ?」
「アタシはいろんな魔法が使えるんだから! すごいでしょ!」
フィーネは魔法が使えるらしい、あの3人組は魔法を使わなかった。
異世界に来てついに生魔法が見れるらしい。
「へえ、すごいじゃないか! どんな魔法が使えるんだ?」
「ふふーん! 見てなさい! 『ウィンド』!」
フィーネが呪文を唱えると、どこからかそよ風が吹いてくる……確かに魔法であるが、役に立ちそうな魔法ではない。……ドヤ顔になっているフィーネに告げる。
「確かにすごいけど……ダンジョン運営の役にはあんまり立たないかな……」
「ぐぬぬ……じゃあこれよ! 『ステルス』!」
そう唱えたフィーネの姿がすうっと消えた。
どうやら透明になれる魔法のようだ。確かにすごい魔法である、偵察などに役立つだろう。
しかし、侵入者がダンジョンの中にいればダンジョンコアを通じて相手を確認できる。ダンジョン外でもモンスターを通じて確認できるので、わざわざフィーネに行ってもらう必要もないだろう。
「これもすごいけど……」
「うぅ、これもダメなの。他には……そうだ! 妖精の祝福をかけられるわ!」
「妖精の祝福?」
「妖精の祝福って言うのはね――」
妖精の祝福というのは、妖精の間に伝わる秘術で、対象の運気を上げ、邪悪なものから身を守ってくれるらしい。
妖精はこれを気に入った相手に生涯で1度だけかけることができるらしい。
「それはすごいけど、そんな大事なものを俺にかけちゃっていいのか?」
「もちろん! だってダンは友達じゃない!」
どうやらいつの間にか友達にまでグレードアップしていたようだ。
フィーネには問題がないようなので、さっそく妖精の祝福をかけてもらうことにする。
「じゃあいくよ! ……えいっ!」
「おお!?」
目の前へとやってきたフィーネの羽が輝いたかと思うと、俺の周りにキラキラとした白い光が舞い始める。
ぽかぽかと温かい光は、しばらく辺りをふわふわと舞ったあと俺の中へと吸い込まれていった。
「これでおっけーよ!」
どうやら成功したらしい、なんだか頭が軽くなったような気がする。
妖精の祝福は疲れにも効果があるのだろうか?何かしらの悪いものに関わったという記憶は特にないのだが……
「おお、ありがとうフィーネ」
「ふふん! どういたしまして!」
お礼を言われてフィーネは上機嫌だ、こちらも何かお返しをしたいところだが、何がいいだろうか。そう言えばさっき甘いものが欲しいと言っていたな。
ショップのリストを見ていくと、いいものを見つけた。さっそくDPを消費してそれを呼び出す。
瓶に詰められたそれを1つ取り出すと、フィーネに渡してやる。
「よしフィーネ、お礼にこれをあげよう」
両手を伸ばして受け取ったフィーネは真っ白いそれを見つめてきょとんとした顔をしている。
「ねえねえダン、これなあに?」
「それは角砂糖って言うんだ。試しに食べてみな」
「ふーん、はむっ……ふあ!? ダン! これすごい! すごく甘いよ!」
角砂糖を小さくかじったフィーネは、たちまち花の咲いたような笑顔になり、すごい、すごいと連呼している。子供みたいでかわいらしいな……
「まだいっぱいあるからな、慌てずに食べろよ」
角砂糖がたっぷりつまった瓶を見せてやると、フィーネは顔をぱあっと輝かせる。
「わーい! ダン大好き!」
フィーネはひときしり俺の周りを飛び回ると、頭の上に座り込んで角砂糖をかじり始める。プレゼントが気に入ったようで何よりである。
「ふわあ、こんなに甘いもの食べたことないよ!」
フィーネは俺の頭にぽろぽろと砂糖の欠片をこぼしながらも、一心不乱に角砂糖を堪能していた。
さて、やっと主人公がボッチ状態から卒業しました。
初めての侵入者も無事撃退し、にぎやかな仲間も増え順調ですね!
これからも本作をよろしくお願いします。