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#94 蟻VSキノコ ⑤

 フェアリーマッシュの掛け声と共に、樹海のあちこちから出現した軍勢。

 人型、獣型、昆虫型――多種多様の姿を持つキノコたちがずらりと並んでいる。


 その中には、四本の足に二本の腕を持った、どこかアントレディアたちに似た姿をしたキノコの兵士たちもちらほらと見える。

 いや、似ているのではなく、おそらくアントレディアを模倣したものなのだろう。

 あの軍勢は、彼らフェアリーマッシュが見たことのある生物を模倣したものだと思われる。


 しかし――


「えーっと……小さい、ね?」

「ああ、小さいな」

「小さいですね――」


 フェアリーマッシュが呼び出したキノコの軍勢だが、その殆どは50センチメートル以下の小さなものだ。

 アントたちをはるかに超えるその数は確かに凄まじいが、どこかかわいらしさの方が勝るミニチュアの軍勢は、何となく頼りなく思えてしまう。


『や、やはり菌糸だけでは性能に限界がありましてな。このサイズが最も活動しやすいのですぞ』


 こちらの反応が良くないことを気にしたのか、プルプルと震えたフェアリーマッシュがやや慌てた様子で解説を入れる。


 フェアリーマッシュたちは、ジャイアントアントのように強靭な体を持っているわけではない。

 もちろん、構造を模倣することはできるだろうが、その性能までは模倣することはできないのだ。

 あまりに大きな体を作ってしまえば、自重を支えることができずに崩れてしまう。

 結果として、同じような形を模倣したとしても、このようなサイズになってしまうのだろう。


『ゴ、ゴホン! 神よ! 我らがアリどもに迫力で負けることは認めましょう。ですが、戦いの行方を決めるのはそんなものではないのですぞ!』

「まあ、確かにそうだが――」

『ご覧くだされ! わが軍勢は菌糸によるもの! つまり、大地を覆い尽くす菌糸全てを消し去らねば、無限に供給され続けるのですぞ!』


 キノコの軍勢は今もなお増え続け、その勢いが止まる様子は全くない。

 彼らが拠点とする三階層には、森によって生まれた豊富な養分と、ダンジョンから供給され続ける膨大な魔力が存在している。

 それらを利用して、ひたすらにキノコで作られた兵士を量産し続けているのだ。

 兵士の追加を食い止めるには、森を覆い尽くす菌糸全てを何とかする必要があるが、そんなことは現実的ではない。


 ダンジョンの操作権限を持っているならば、環境を変化させて対処することも可能である。

 しかし、ダンジョンへやってきた侵入者にそんな権限があるはずがない。

 もしも何の対策も用意できなければ、無限に沸き続けるキノコの軍勢が立ちはだかるのだ。


「ふふーん! それなら無視しちゃえばいいじゃない!」


 フィーネの言葉は、確かに正解だ。

 無限に沸き続けるキノコたちに馬鹿正直に挑んだところで、その先に待つのは力尽き、菌糸の海に沈む未来だけである。

 倒し続けても意味がないのならば、無視して突っ切ればいいのだ。


 あのキノコの軍勢だが、そこまでの攻撃力は有してはいないように見える。

 彼らにはアントたちのように固い甲殻があるわけでもなく、それを補う武器を有しているわけでもない。

 それは間違いないが、あのフェアリーマッシュが対策を用意していないはずがなかった。


『貴様らがそう考えることなど、とうの昔に予想できておったわ! さあ、刮目するがよい!』


 森の中で蠢く一部のキノコ兵士たちに模様が浮かび上がる。

 そして――模様の浮かび上がったキノコたちが、爆炎を噴き出しながら破裂する。

 同時に飛び散った胞子による煙が晴れると、そこには焦げ付いた草木が残されていた。


 あの爆発の威力は、アントレディアの火球一発分よりも大きく劣るようだが、さすがに至近距離で爆発されてしまえばダメージは避けられない。

 さらに副次効果として、キノコの内部に詰め込まれた胞子をまき散らすようだ。

 さすがにこれを完全に無視して強引に突破する訳にもいかないだろう。


『フハハハハハハ! 驚くのはこれから! ここからが本番ですぞ!』


 フェアリーマッシュが笑い、森のあちこちに模様が浮かびあがる。

 色とりどりの輝きを放つ、幾何学模様。

 そこから放たれたのは爆炎ではなかった。

 火球が、風の刃が、石の礫が、氷の矢が――色とりどりの攻撃が、森のいたるところから放たれたのだ。

 おそらく魔法と思われるその攻撃は、何もないはずの地面からも放たれている。


「これは――まさか魔法陣ですか?」

『ほう? さすがは妖精の女王ですな。こんなにも早く見抜くとは――』


 魔法陣による魔法。

 それがフェアリーマッシュの用意した、更なる攻撃手段のようだ。


 魔法陣による魔法は、妖精やアントたちが扱うその種族固有の魔法や、人間たちの使う精霊を介した魔法とは系統が大きく異なる。

 使用するためにはその効果に応じた魔法陣を描く必要があり、さらに間違えてしまえば魔法が発動しない可能性すらある。

 もちろん魔力と陣さえ用意できれば、どんなに複雑な魔法でも発動できるという、非常に大きなメリットも存在するが、それでもアントたちの扱う魔法に比べれば使い勝手がいいとは言えないものだ。


 だが――類い稀なる演算能力を誇り、さらに森全体に菌糸を伸ばすフェアリーマッシュが扱うとすればどうだろうか?

 多種多様な魔法陣を記憶することなど、彼らにとっては造作もないことだ。

 そして、先ほどやったように、地面に張り巡らせた菌糸を通じて魔法陣を描くことも可能である。


 それはつまり――フェアリーマッシュたちは、魔法陣の構造さえ理解できれば、ありとあらゆる属性の魔法を、どんな場所からでも発動することができるということに他ならない。


「なるほど……確かに、無敵かもな――」

『おお、神よ! 吾輩の力をお分かりになられましたか!』


 フェアリーマッシュの戦い方は、圧倒的な力による蹂躙を見せたアントたちとは真逆のものだ。


 無限に湧き出る軍勢が立ちはだかり。

 樹海によって作られる死角からは無数の攻撃魔法が降り注ぐ。

 そして突破に手こずれば、空気中に漂う胞子が体を蝕み続ける。

 ただじっくりと、逃げ場のない獲物を、真綿で首を締めるように追い詰めていく。

 幾重にも張り巡らされた策略による搦め手――それが彼らの戦い方だった。


 大地に根を張る本体と接続されたキノコの軍勢は、まるで一つの生き物であるかのように、時に道を塞ぎ、時に爆発し、時に魔法を放つ。

 フェアリーマッシュたちは三階層の樹海全体に菌糸を張り巡らせている。もはや、森自体が一つの巨大な生き物なのだ。

 彼らを殲滅できるとすれば、それこそあの炎竜王のような、人外の力を誇る化け物だけだろう。


 少しの間なら、彼らの攻撃をやり過ごすこともできるだろう。

 しかし、それが森を抜けるまで延々と続いたらどうだろうか、彼らの妨害を乗り越え、無事に森を抜けられるだろうか。

 アーマイゼたちの見せたそれと比べれば、迫力に乏しいのは間違いないが、一筋縄ではいかない恐ろしさが確かにそこにあった。


 フェアリーマッシュ側に与えられた二時間が経過し、三階層に展開したキノコたちが森の中へと消えていく。

 5階層には、フェアリーマッシュの高笑いが響いていた。


『フハハハハハハ! どうですかな? 我らにはジャイアントアントのような力はありませんが、神より賜わりし英知がある! 力に身を任せるだけが戦いではないのですぞ!』

『確かに――私たちでは真似できない戦い方のようですね』

『当然よ! たとえ単純な力で汝らに劣っていたとしても、我らの戦い方も負けてはおらぬわ!』

『ですが、私たちの力だって負けてはいません。さあ、ダン様!』

「よし、それじゃあ結果発表に移るとしようか」


 双方の演習が終了し、あとは結果の発表を待つだけだ。

 アーマイゼもフェアリーマッシュも、固唾をのんでこちらの様子を窺っている。

 両者の見せた演習は、どちらも素晴らしいもので、なかなか甲乙がつけがたい。


「うーん……どっちかな……」

「方向性が真逆なので、なかなか決めにくいですね……」


 フィーネとフロレーテも、どちらを選ぶか悩んでいるようだ。

 三人が悩み、これだと決めた方へと票を入れる。


「さて、結果は――アント側が3票だ。この勝負、アント側の勝利とする」

『ああ、ダン様、ありがとうございます!』


 惜しくも負けたフェアリーマッシュたちだが、彼らの戦術も一筋縄では突破できないことは間違いない。

 ジャイアントアントとフェアリーマッシュ。両者の差を分けた要因は、決定力の有無である。


 フェアリーマッシュたちの戦略は恐ろしいものであるが、キノコの兵士も、魔法陣から放たれる魔法も、宙を漂う胞子も、どれもが明確な決定打とはなりえないものだ。

 小さなキノコの兵士では、十分な攻撃力はなく、あの魔法陣による魔法の行使も、大規模な魔法が放たれることが無かった様子を見るに、その威力に何らかの制限があるのだろう。

 森に漂うフェアリーマッシュの胞子も、大量に吸い込ませ続けなければ、相手を行動不能に追い込むことはできない。


 相手を倒すまでに時間がかかれば、それだけ対策を練る時間を与えてしまうことになる。

 そう簡単に対策できるものではないだろうが、単純な武力と比べて、搦め手だけではやはり少しだけ心もとなかった。


『さて、どうですか? これで同点ですよ?』

『やれやれ、審判役の妖精たちの様子を見ていなかったのか? 吾輩は負けはしたが、そこに差などはほとんど無かったのだ。初戦で圧勝した吾輩が一歩リードしているのは明白であろう』

『圧勝? なにを寝ぼけたことを――それならば、今回の戦いで全ての票を集めた私たちこそ圧勝しています!』


 結果の発表が終わり、さっそく両者が火花を散らし始める。

 またもや口論が始まるかと思ったのだが、こちらが止めに入る前に双方がその矛を収める。


『さて、これで一対一です。あとは次の勝負を取れば、私たちの勝ちですね』

『フンッ! 本当に勝てるとでも? 今回は汝らに一歩譲ったが、次の勝負で吾輩が負けるはずがないわ!』

『それはこちらのセリフです! あなた方に、私たちが負けるはずがありません。さあ、ダン様! 次の勝負を!』

『フハハハハハハ! 今こそ吾輩の全てを出し切ってみせましょうぞ!』


 どうやら、今回はこちらが止めに入る必要はなかったようだ。

 これも、今までの勝負のおかげだといいのだが――


「よし、それじゃあフロレーテ。次の勝負の内容を頼む」

「わかりました。最後の勝負は――」


 フロレーテが、最後の勝負の内容を読み上げる。

 そして、ジャイアントアントとフェアリーマッシュの間で繰り広げられた、長い長い戦いの、最後の火ぶたが切り落とされた。

7章ラストの黒騎士の閑話を、別作品として移動させました。

近日中に、こちらの閑話は削除して、絵本風のまとめを代わりに入れる予定です。

外伝の方は余裕があるときにちょろっと改稿する予定なので、気になるという方はどうぞ!

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