#93 蟻VSキノコ ④
定期更新予定とか言いつつ投稿できなくてごめんなさい……
ちょっと所用で実家に戻ってました……
とりあえず無事に帰ってこれたので、遅れを取り戻すためにも月曜日と火曜日にも更新予定です。
それとお知らせになりますが、7章のガーランドの閑話を近日中に別の場所に移動させます。
削除はせず、取りあえずは外伝的な扱いにしておく予定です。
そのうち、余裕ができたらこっそりダイジェスト気味の部分も改稿するかもしれません!
「さて、次はお互いの持つ戦力を競ってもらう。事前に伝えておいた通り、フィールドを一つ選んで演習を行ってもらう」
「演習を行う順番は、先ほどの勝負で敗北した側からですね。制限時間は2時間です。その間にできる限りの力を見せてください」
「まずはアーマイゼちゃんたちだね! がんばれー!」
最初の勝負が終わり、しばらくの休憩を挟んだのち、次の勝負へと移る。
ダンジョン製作の腕を競ってもらった後は、作ったダンジョンを守るための戦力を示してもらう。
ダンジョンを作成する能力も重要ではあるが、ダンジョンを守るための戦力もまた、ダンジョンの運営に必要不可欠な要素である。
どれだけ趣向を凝らし、策略を巡らせて作り上げたダンジョンであっても、それを守るための戦力が無ければいつかは踏破されてしまうのだ。
『ダン様をお守りすることが私たちの役目。主をお守りできないようでは、配下たる意味はありません』
『然り。神を崇めるだけでなく、お守りすることすらできないのでは、神に仕えし者の名折れである』
『キノコにしてはよくわかっているようですね? そして、勝つのは私たちです! シュバルツ!』
『はい、アーマイゼ様。全軍、展開を完了しています。いつでも行動可能です』
アーマイゼとフェアリーマッシュは、どちらも気力十分といった様子だ。
アーマイゼの飛ばした念話に、二階層で待機していたシュバルツが準備が整ったことを伝える。
モニター越しに二階層の様子を確認する。
そこに待機しているのは、青々と茂る草原を黒く塗りつぶすかのようなアントたちの大軍。
万を超える見渡す限りの大軍勢が、じっと指示が下される時を待っている。
「ダン! こんなにいっぱいアリさんがいたんだね!」
「そうだな。ここまでの数が並んでいるのを見るのは初めてだな」
二階層の草原に集まったのは、ダンジョンを守るための最小限の戦力を除く、戦闘型のアントたちのほぼ全て。
以前、冒険者の集団を追い払う際に見せたアントたちの軍団よりも、さらに多くのアントたちが集まっている。
あまりに多すぎて正確な数は数えられそうにもないが、ダンジョン内にいるアントたちをかき集めたとすれば、おそらく5万は下らないだろう。
アントたちの遥か前方には、標的代わりに用意された木々や岩が並んでいる。こちらもかなりの数を揃えているようだ。
アントたちは整然と隊列を組み、V字型の陣形を組んでいる。あれは確か、鶴翼の陣だっただろうか?
相手よりも圧倒的な数を誇る、ジャイアントアントに打って付けの陣形だと言えるだろう。
こちらの予想としては、ダンジョンの通路内での演習を行うと思っていたのだが、どうやら彼女たちは平地での演習を選んだようだ。
「アーマイゼ。準備はできたか?」
『もちろんです! ダン様。先ほどはキノコに後れを取りましたが、今度こそ、奴らに私たちの力を見せつけてみせましょう!』
『フンッ! そう言って吾輩に無残に負けたのは、どこのアリだったかな?』
『ぐっ、言わせておけば――』
こちらの問いかけに意気揚々と答えたアーマイゼだったが、横槍を入れたフェアリーマッシュとまたもや口論を始めてしまった。
先ほどの勝負で敗北したせいか、アーマイゼのフェアリーマッシュへの警戒度が上昇してしまったようだ。
さらに、初戦を制して勢いに乗ったフェアリーマッシュがそんな彼女を煽るせいで、こうしてすぐに喧嘩が始まってしまうのだ。
彼女たちに勝負を行わせたのは間違いだったのだろうか――そんな不安が沸きあがる。
「そこまでだ。それでは二回目の対決を行う。まずはジャイアントアント側から――始め!」
『さあシュバルツ、遠慮も出し惜しみも必要ありません! 私たちの力を見せつけてやりなさい!』
『畏まりました。全軍、行動開始!』
シュバルツの号令とともに、黒の軍勢が動き始める。
無数のアントたちの足音が重なり、大地を揺るがす。
まるで巨大な津波のように、黒が緑の上を流れていく。
まず最初に攻撃を開始したのは、草原の各所に作られた要塞にいるアントたちだ。
植物で作られた砲弾やバリスタの矢が、遠く離れた標的に向けて飛んでいく。
以前よりも飛距離も威力も向上したそれらが、人間サイズの岩を粉々に砕き、立ち並ぶ木々に深々と突き刺さった。
どうやらあれから改良と練習を重ねたようで、植物兵器の威力も精度も大きく向上したようだ。
「ふむ。まずは遠距離攻撃で援護しながら敵に近づくわけだな」
「あれだけの威力の攻撃ですからね。さすがに防御しないわけにはいかないでしょうね」
「ふふーん! アタシも手伝ったんだよ!」
アントたちの扱う植物兵器は、妖精たちが開発を手伝ったものだ。
上々の結果を見せた植物兵器の活躍に、どうだとばかりにフィーネが胸を張った。
そうこうしている間に、アントたちの軍勢は更なる動きを見せていた。
空を覆う黒雲のごときアントフライの群れが、敵に見立てた標的の頭上へと集まると、次々とその腕に抱えたものを投下した。
地面に落ちたそれらは地面にぶつかるとともに、中に詰め込まれていた液体をまき散らす。
そして、アントフライのうちの一体が投下した何かが地面へと着弾し、そこを中心として豪火が巻き起った。
「あれは――ファイアアントの燃料か?」
「恐ろしい攻撃ですね。あれだけの炎に巻かれてしまえば、逃げ場すらないでしょうね……」
アントフライたちが投下したのは、中身が空洞の木の実に詰め込まれたファイアアントの燃料だろう。
そして、最後に投下されたのはそれに火をつけるための着火装置。おそらくは、金属と水晶の粉末を混ぜ合わせたものだ。
ごうごうと燃え盛る炎が、広大な範囲の草原を焼き尽くした。
燃え尽きた草木から立ち上る煙が、天高くたなびく。
あの炎に巻かれてしまえば、普通の人間ならひとたまりもないだろう。
植物兵器とアントフライたち航空戦力による爆撃。
あれだけの攻撃にさらされれば、普通の人間ではひとたまりもないだろう。
だが、アントたちの攻撃はまだ終わっていない。むしろ、ここからが本番だ。
焦土へと変わり果てた敵陣に、アントたちの軍勢がなだれ込む。
未だに残る炎と熱を気にすることもなく、迫る黒い群れ。
アントたちが、焦げ跡の残る岩や木々をかみ砕き、酸の雨が降り注いだ。
あっという間に彼女たちは敵陣を飲み込み、踏み越え、さらに先へと進む。
もはや非情なまでの戦力差で、敵を飲み込み粉砕する。
それはまさしく、ジャイアントアントの誇る、圧倒的な数の暴力による蹂躙劇だった。
「ふわああぁ……」
その光景にぽかんと口を開け、フィーネが感嘆の声を漏らす。
蹂躙劇が続く二階層とは逆に、こちらはほとんど物音すら聞こえない。
息をすることすら忘れて見入ってしまいそうなほどに、その攻撃は苛烈なものだった。
あのフェアリーマッシュですら、一言も発することなくアントたちの軍勢を眺めていた。
そんなこちらの様子など気にすることもなく、アントたちは更なる攻撃へと移行する。
立ち止まった群れから現れたのは、杖を持ったアントレディアたち。
彼女たちの正面には、見上げるほどに巨大な岩の塊が鎮座している。
その大きさは、ビル10階分――30メートルほどもあるだろうか。
どっしりと大地に腰を下ろした小山のごとき大岩が、ちっぽけな蟻の群れを見下ろしていた。
アントレディアたちが杖を掲げ、その先に次々とメロンほどの大きさの火球が生まれる。
生まれた火球は、そのまま岩へと放たれると思いきや、隣り合う火球と混ざり合い、その大きさを増していった。
火球の表面が暴れるように波打ち、暴れるが、アントレディアたちの制御により暴発は許されない。
火球たちが重なり合うごとに、その輝きが増し、その熱量を示すかのように大気が揺らめく。
時間をかけて10を超える火球が混ざり合い、凝縮され、1メートルほどの小さな太陽が生まれた。
そして、火球を作り上げたアントレディアたちが、一糸乱れぬ動きで同時に杖を振るう。
立ちはだかる巨岩に比べ、頼りないほどに小さな火球。
しかしそれは、標的にぶつかると同時に膨れ上がり、その内部に渦巻く力を開放する。
「うおぉっ!?」
「ひゃぁ!?」
「め、目が痛いです……」
火球の爆発によって生じた閃光が、モニター越しにこちらの目を焼く。
あまりの眩しさに失われた視力が回復すると、そこには変わり果てた大岩の姿があった。
天然の要塞のごとき威容を誇っていた巨岩の中心にはぽっかりと大きな穴が開いている。
大岩に開いた穴からは、熱せられて溶けた岩が流れ落ちたと思われる跡が残り、未だに赤熱した岩の姿が、あの火球の持つ恐ろしいまでの威力を示していた。
「やっぱり、とんでもない威力だな――」
「うひゃぁ……まだ岩が真っ赤になってるよ……」
あの馬鹿げた威力の火球。彼女たちは合体魔法と呼んでいるらしい。
文字通り、複数の魔法を合体させ、威力を向上させたものだが、それを扱うのは並大抵のことではない。
火球同士がぶつかれば、そこで爆散して終わり。普通ならば、ああして火球同士が混ざり合うことはない。
あの魔法を完成させるには、火球の性質や威力をほぼ同じ状態へと統一し、組み合わさる度に増していく火球の力を抑え込む必要がある。
同じ場所に生まれ、ともに研鑽を積み続けたアントレディアたちのチームワーク。
さらに、ただひたすら勤勉に磨き上げた魔法の制御技術が合わさって、初めて完成する強力な魔法。
それは、ジャイアントアントの性質と、彼女たちの血を吐くような努力の結晶だ。
ジャイアントアントの弱点である、一撃の威力の弱さ。それをカバーするための手札が、また一枚増えた。
問題点は、発動までに大きな隙ができること。
その間に妨害されれば暴発した火球がアントレディアたちを襲うこと。
そして、あまりに威力が高すぎて、十分な広さを確保できなければ、術者たちすらただではすまず、下手をすれば崩落の危険性すらあることだが――それでもそれらの問題点が霞むほどの威力は非常に魅力的である。
『ダン様。驚きのところ申し訳ありませんが――まだ終わっていませんよ?』
『はぁ……せっかく休めると思ったのになぁ……』
現れたのは、いつの間にか二階層へと転移していたアーマイゼと、トボトボとその後ろに続くフォルミーカだった。
万を超えるアントたちを従える女王。その手には巨大な杖が握られている。
『いつもは戦いに参加しない私たちですが――戦う力が無いわけではありません!』
アーマイゼが手にした杖を掲げる。
エンプレスアントの持つ膨大な魔力が、杖へと集まり、魔法が発動する。
アントレディアたちの合体魔法により、無残な姿へと変わった巨岩に追い打ちをかけるように、その真下から巨大な火柱が出現する。
岩を包み込む、天を貫かんばかりの巨大な火柱。その威力自体はアントレディアの合体魔法に劣るようだが、迫力では僅かたりとも負けていない。
『まだです! やりなさいフォルミーカ!』
『わかったよアーマイゼ――』
アーマイゼに続き、手にした杖を掲げるフォルミーカ。
彼女の発動した魔法により、大岩を包み込むように土のドームが現れた。
土のドームは大岩どころか、アーマイゼの放った火柱さえも覆い尽くす。しかし、アーマイゼはまだ魔法を止めてはいないようだ。
やがて、じわじわとドームの天井付近が赤く染まり、溶けだしたそこから勢いよく炎が噴き出した。
フォルミーカが杖を振るい、出現させた土のドームを崩す。
そこにはすでに大岩の姿はない。
だが、ガラスのようになった大地にほんのわずかに残された痕跡が、大岩が確かにそこにあったことを物語っていた。
『どうですか! これが私とフォルミーカの力です!』
強大な力の魔法を見せつけた二体のエンプレスアント。
基本的には戦闘には参加しない彼女たちだが、その身に秘めた力は途方もない。
さすがに、あのような大威力の魔法は連発できないが、もしも彼女たちの被害を気にすることなく戦場に投入できたとすれば――その膨大な魔力でもって侵入者を跡形もなく殲滅してくれるだろう。
それほどの力を持つ彼女たちが戦闘に参加しない理由はただ一つ。
万が一、彼女たちが倒されてしまった場合、取り返しのつかない被害が出るからという理由だけだ。
フェアリーべリルの力によって規格外の進化を遂げた彼女たちは、その戦闘能力もまた規格外のものだった。
「ふわあぁ! アーマイゼちゃんもフォルミーカちゃんもすごい!」
「こうしてみると、あの時、炎竜王にベリルが渡らなくて本当に良かったと思えますね」
「――そこまで! 次は、フェアリーマッシュたちの番だ」
アントたちの圧倒的な力に魅せられているうちに、いつの間にか制限時間の二時間が迫っていたようだ。
演習の終了を伝えると、あとの処理をシュバルツに任せたアーマイゼが5階層へと戻ってくる。
『これが私たちの力です。どうですか? あなたに超えることができますか?』
『ぬぅ……確かに、素晴らしい力だった。それは認めようではないか』
己を見下ろすアーマイゼの言葉に、フェアリーマッシュがぶるりと震えながら声を絞り出す。
さすがに、あれほどの力を見せつけられては、アーマイゼたちを下に見ていたフェアリーマッシュも認める以外にないようだ。
圧倒的なまでの戦力を見せつけられ、気圧された様子だったフェアリーマッシュだが、ぶるぶると気合を入れるように体を震わせると、声を張り上げる。
『――だが! 吾輩に負けるつもりなど毛頭ないわ! 出でよ! わが無敵の軍勢よ!』
フェアリーマッシュがそう叫ぶと、彼らが根城とする三階層の樹海、その中央付近の開けた場所から何かが現れ始める。
次から次へと沸きだし続けるそれは、千を超え、万を超え、地を埋め尽くしてもなお増え続ける。
やがて――そこにはアントたちに匹敵するどころか、それ以上の数の大軍勢が生まれていた。