#9 はじめての侵入者
ダンジョンの周囲を偵察中のアントフライがこちらへ向かってくる人間を見つけたようだ。
ついにこの時が来た。
ソルジャーアントと近くの村の住人が遭遇してからすでに10日が経っている。アントフライに馬を追跡させたところ、200kmほど離れた街へと入っていくのを確認している。おそらく報告を受けて調査しに来たのだろう。
アントフライが発見した人間を確認する、皮鎧を装備し、腰から剣を下げた男が3人のようだ。装備に統一感がないから兵士ではないだろう、冒険者というやつだろうか?
なんにせよこちらへ向かっていることは間違いない。ダンジョンの初めての侵入者になるかもしれないな。
◆
「いやぁ、やりましたね兄貴!」
「おうよ! 俺様にかかればこのくらいちょろいもんよ」
「さすがアニキだぜ!」
俺の名前はゴゾー、Dランクの冒険者だ。こいつらの名前はサブとトット、俺様の舎弟ってやつだ。
この草原には、モンスターの出現の調査ってやつのために来ている。なんでもジャイアントアントとかいうモンスターが現れたって話だ。所詮アリのモンスターなのにわざわざ調査とは、ギルドのやつらもご苦労なこった。
正直、こんなめんどくせえクエストなんて受けるつもりはなかったんだがな。新人を何人も脅した罰だとかでギルドから無理やり受けさせられた。すっぽかしてやろうとも思ったが、ランクを下げるとまで言われたら仕方ねえ……ったく、新人に先輩への礼儀を教えてやっただけだってのに、ギルドの連中は頭が固くていけねえや。
適当にその辺を歩いて、報告しておけばいいだろうと思ってたんだが、その途中でなんと妖精を見つけた。
道中で泉を見つけて、ここいらで飯にしようとした時だ。間抜けな妖精がぐーすか寝てるじゃねえか。これ幸いとふんじばって捕まえてやった。ギャーギャー喚いて暴れてやがったがしばらくすると諦めたのかおとなしくなった。
妖精っていやあ金持ちの間でペットとして流行ってるっていう話らしいじゃねえか。人気は高いんだが捕まえるのが難しいせいで希少性が高い。こいつを売りとばせはしばらくは遊んで暮らせるってもんよ。
「へへへ、今日はついてるぜ」
「ひっぐ……ぐすっ……放してよぉ……」
妖精がうだうだとぐずってやがるが、まあいい。あとは適当にクエストを終わらせて豪遊としゃれ込みたいところだ。楽しみでしょうがねえ。
「アニキ、そろそろ例の場所ですぜ」
どうやらジャイアントアントが見つかったあたりに到着したらしい。そこを中心にあたりを探すといやがった、馬鹿でかいアリの化け物がうろうろしてやがる。
「ア、アニキ、ジャイアントアントがいますぜ」
「おう、わかってらぁ」
剣を抜いて飛びかかる。デカい頭を思い切り切りつけてやる、硬え、剣は浅く傷をつけただけではじかれてしまった。ダメージを受けた様子はねえな。
「チッ」
頭はダメだ硬すぎる。どうやって倒そうかと考えていると、ジャイアントアントが顎をガチガチ言わせながら突っ込んできやがった。
「ギギッ」
「ハッ当たんねえよ」
隙だらけの噛みつきを余裕を持って躱す、すると相手のでかい腹が目に入った、ここだ。
「オラァ!」
「ギッ……」
がら空きの腹に向かって剣を振るう。頭と違い簡単に切り裂いて体液がまき散らされる。どうやらあたりのようだ。頭と違って、腹なら剣が通るようだな。
ひっくり返ったジャイアントアントはしばらく痙攣してたがそのうち動かなくなった。
「やりましたね兄貴!」
「ハッ、こんな雑魚相手になんねぇよ」
所詮アリのモンスターだ、虫ケラごときこの俺の敵じゃない。
甲殻と魔核を剥ぎ取って先へと進む。妖精ほどではないが、そこそこの金にはなるだろうな。
途中何度か同じような大きさのアリが出たが、どれも雑魚ばかりだ、軽くぶちのめしながら進んでいく。
しばらくして、アリどもの巣だと思われる大きな穴の前までたどり着いた。
「ここがジャイアントアントの巣ですかね?」
「だろうな、あとは帰って報告するだけだ。そのあとは妖精を売っぱらって豪遊よ」
「へへへ、張り合いのない依頼でしたね」
「まあな、この程度俺様にかかれば肩慣らしにもならなかったな!」
そんなことを言いながら帰ろうとした時だった。ふと、妖精を見ると様子がおかしい。真っ青な顔してぶるぶる震えてるじゃねえか。こいつは大事な金づるだ、何かあってダメになったらかなわねえ。
「おいどうした! 腹でも壊したのか?」
「こ、これただの巣穴じゃないよ……たぶんダンジョンだよ」
「なんだと!?」
ダンジョンだと?ただの穴にしか見えないが。妖精には不思議な力があるらしい。ダンジョンだと気付いたのもその力のおかげか?ガクガク震えてやがる妖精の様子を見るに、どうやら本当らしいな。
ダンジョンか、ダンジョンの奥にはダンジョンコアってお宝があるって聞いた覚えがある。なんでも途方もない力を持ったお宝らしく、売れば一生遊んで暮らせるほどの金になるって話だ。
妖精といいダンジョンといい今日は運がいい、こいつはいよいよ俺にもツキがってきたかもしれねえな。
「おいお前ら、予定変更だ。いっちょダンジョン攻略と行こうじゃねえか」
「あ、兄貴!? 本気ですかい?」
「そ、そうですぜアニキ、ダンジョンっていやあAランクのやつらでも攻略は難しいって聞きますぜ」
「そうですよ兄貴! いくら兄貴でも難しいんじゃありやせんか!?」
舎弟どもが弱気になってやがる。ケッ、だらしのねえ奴らだぜ、せっかく一攫千金のネタが目の前に転がってるって言うのによ。
だが舎弟どものいうことも本当だ、いくら俺でもダンジョンは荷が重い……待てよ? ダンジョンは長い年月をかけて成長していくはずだ。
アリが発見されたのはつい最近、このあたりにダンジョンがあるって話も聞いたことがねえ。つまり、このダンジョンは生まれたてのダンジョンということだ。これなら何とかなるかもしれねえな。
そう考えた俺は、舎弟どもを怒鳴りつけ、一喝してやる。
「バカヤロウ! そいつは昔からあるダンジョンの話だろうが! ダンジョンってのは時間をかけて成長するって話だ。つまりこのダンジョンは、できたてほやほやの赤ン坊みたいなもんなんだよ。俺様にかかればこんなダンジョンの1つや2つ朝飯前よ」
「そ、そうなんですかい?」
「さすがアニキは物知りだぜ!」
「おうよ、さあお前らビビってねえで行くぞ。ダンジョンコアを見つけりゃ俺たちは億万長者だ」
「「へい! アニキ!」」
「だ、ダメだよぉ。死んじゃうよぉ……」
妖精が何か言ってやがるが無視だ。舎弟どもを連れて、穴の中へ降りる。穴の中だがそこまで暗くない。不思議なこともあるもんだと思いながら先へと進む。
しばらく進むと、大きな空間にたどり着いた。部屋の中にはアリどもがいやがる。さっきまでのアリとはまた違った見た目のやつらだ。まあ所詮アリだ、俺の敵じゃねえ。
「おい、お前ら。俺が何匹か始末するからお前らも1匹ずつ仕留めろ」
「へ、へい」
「任せてくださいアニキ!」
一気に通路から飛び出し一番デカいアリに迫る。噛みつこうとしてくるが遅せえ。脇を駆け抜けて腹を切りつける。これで1匹、さらに後ろから迫ってくるアリをステップで避けながら空きの背中を切りつけて止めだ。
アリどもを片付けて舎弟どもの様子を見ると、どうやらあっちも方が付いたようだ。
「ハハハ、なんだ、ダンジョンっていっても大したことないですね」
「だろ? この程度なら何度だって余裕だぜ。さあ行くぞ、お宝が俺様を待ってるんだ」
「あ、待ってくだせえアニキ!」
舎弟たちも調子が付いてきたようだ、この調子でさっさと進むとしよう。
それからも何度かアリの群れに襲われたが、怪我一つすることなくここまで来ている。
「しっかし、ダンジョンってのは長えんだな、まだ奥につかねえ」
「そうですね兄貴、さっさと終わらせて帰りたいもんです」
まったくだ、できたてのダンジョンだってのによ。あとどれくらい進めばお宝にあり付けるやら。そして、もう何度目かわからない大部屋にたどり着いたときに、トットが声を上げた。
「ア、アニキ! あれを見てくだせえ。アリどもが並んでますぜ!」
トットが指さす先を見ると、確かにアリどもが並んでやがる。今までみたいにバラバラにかたまってるわけでもねえ、まるで訓練された兵士みたいに整列しながらこっちに向かって来やがる。こいつはやべえ、さすがにあの数はまずい。
「おい! 退却だ! あれはやべえぞ!」
「あ、兄貴! 後ろからもアリどもが来てます!」
「なんだと!」
見れば後ろからもアリどもが迫ってきている。どうやら俺たちはアリどもの罠にはまったようだ。まさかアリどもにここまでの知能があるなんて思わなかった。
「も、もうお終いだあ!」
「バカヤロウ! うろたえるんじゃねえ!」
マズイ、マズイ、マズイ。このままじゃ挟み撃ちだ。この数に囲まれたら間違いなくお陀仏だろう。アリたちはどんどん迫ってきている、早くどうにかしなければ。
「おいお前ら! 俺様が前にいるアリどもを足止めする。その間にお前らで後ろのアリどもを何とかしろ!」
「で、でもアニキ……」
「でももクソもねえ! このままだとお陀仏だぞ! 死にたくなけりゃ気合を入れろ!」
「「へ、へい!」」
舎弟どもを怒鳴りつけて前を向く。さすがにあの数を1人で倒すのは無理だが、時間稼ぎ程度なら何とかなるかもしれない。
「ちくしょう、こうなりゃやけだ!」
「こんなところで死んでたまるか!」
舎弟どももやる気になったようだ。俺もアリどもに向かって走る。噛みついてきたアリを避け、腹を切りつけるために後ろに回ろうとする――ダメだ他のアリが待機してやがる。
それから何度も攻撃を防ぐが、こちらから攻撃する隙がない。このままじゃジリ貧だ。
「おい! まだ後ろのアリは倒せねえのか!」
「へい! もう少しで……ゲブッ……」
「おい! どうしたトット!」
トットの声が途切れる、どうしやがった? まさかやられたんじゃねえだろうな。
「サブ! トットはどうしたんだ!」
「あ、兄貴……上からアリが降ってきてトットを……」
どうやらアリにやられちまったらしい、情けねえ奴だ。ちらりと後ろを振り返ると、トットが首から血を流して倒れてやがる、あの血の量じゃ助かるまい。すると、サブが突然大声をあげる。
「うわあああ! ちくしょう、よくもトットを!」
「ばか! やめろサブ!」
「ぎゃあああぁ!」
サブがアリどもの中へ突っ込む。クソッ、あの野郎血迷いやがったか。1匹を切り殺したところで周りのアリどもに囲まれ、噛みつかれてしまった。バカなことしやがって、おそらくサブももう駄目だろう。
「ちくしょうがあ!」
クソッ、どうしてこうなった。欲をかいたのがいけなかったのか。妖精だけで満足しておけば――いや、まだだ、まだ俺はやられてねえ。諦めてなるものか。
舎弟どもと戦っていた後ろのアリどもは数を減らしている、こうなったら一か八かアリどもの間を駆け抜けるしかねえ。
「おらあ!」
「ギィッ!?」
正面から向かってきたアリの頭に思い切り剣を叩きつける。アリが怯んだすきに後ろへと――
「ぐあ!?」
振り返ろうとした瞬間、腕に何かが当たり、激痛が走る。クソッ、何が起こった!? 見れば腕に何か液体のようなものがかかっていやがる。どうやら激痛の原因はこれのようだ。
あまりの痛みに足を止めてしまった俺にアリの顎が迫る。転がって必死に躱すが、そこまでだった。俺が転がった先にもアリが待ち構えてやがった。
どうしてこうなった。俺が最後に見たものは俺に向かって迫る、鈍く輝くアリの牙だった。
◆
ふう、初陣はうまくいったようだな。
3人目の冒険者が倒れた。途中までは順調に進んでいたが、コマンダーアントが率いるアントたちの群れには敵わなかったようだ。ソルジャーアントとウォーリアーアントが何匹かやられたが、被害としては軽微なものだ。初めての侵入者撃退にしては上々だろう。
冒険者たちの死体をダンジョンコアに吸収させようとしたところで、モニターの向こうで何かが動いていることに気が付く。
そこにいたのは、アントたちに囲まれ、じたばたともがく小人のような生き物だった。