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#89 シュバルツの願い

 シュバルツの放った一撃により、巨大な槍に貫かれ、縫い止められたガーランド。その姿は、さながらピンで留められた昆虫標本のようだ。ガーランドの胸元に深々と突き刺さった槍。それは普通の生物であればまさしく致命傷以外の何物でもない。


「やった! これでシュバルツちゃんたちの勝ちだね!」

「そうだな。さすがにこの状態になれば、そう簡単に逆転することは――」


 そう言いかけた時だった。壁に縫い付けられたガーランドが、己に刺さった槍を掴むと、その両腕に力を籠める。

 胸に刺さった槍を支点として宙吊りになった状態のため、地面に足が届いているわけでもなく、ガーランドが使えるのは腕の力のみ。槍には簡単に抜かせないための返しもついている。そんな状態でありながらも――ゆっくりと、その胸に刺さった槍が抜け始める。


 すぐにそれに気が付いたシュバルツが、ガーランドを縫い止める槍が抜けないように力を籠める。巨体を誇るシュバルツと、深いダメージを負ったガーランドの力比べが始まった。

 どうやらお互いにほぼ拮抗した状態のようで、少しずつ抜けかけていた槍の動きが止まる。しかし、もしもシュバルツが力を抜けば、突き立った槍が抜けてしまう可能性がある。


「あの状態でまだ動けるのか……まさか本当に不死身ってわけじゃないだろうな?」

「ダン! あれ見て! あの黒いのってまさかこの前の……」

「……確かに、ただの血にしては色が黒すぎるな。この前の呪いの泥にも見えるが……」

「どうしよう!? このままじゃシュバルツちゃんが!」


 ガーランドの胸元から滴り落ちる黒い液体。血液のようにも見えるが、それにしては黒すぎる。

 まるで、ガーランドが纏っていた黒い泥のようにも見える漆黒に染まったその液体は。胸元を貫く槍を伝って、ゆっくりとシュバルツの元へと流れていく。

 おそらくだが、鎧の外の呪いはある程度消えていたが、体の内部までは消えていなかったのだろう。その体の内側にまで根付いていた呪いが、傷口からあふれ出しているのだ。


 ガーランドから流れ出る黒い泥が蠢くとともに、白一色だった槍にも徐々に黒い染みが生まれているのが見える。

 命を蝕む黒い泥――それに直接触れてしまえば、いくらシュバルツと言えどもただでは済まない。だが、黒い泥から逃れようにも、今もなおガーランドを抑え込んでいるシュバルツはその場から動くことができない。

 槍は心臓に当たる部分も貫通している。このまま続ければ、勝てる可能性が無いわけではないが分が悪いだろう。しかし、泥に触れて力が出せなくなり、押し負けてしまえばそれも叶わない。もしもシュバルツが槍を手放し、その場から離れたならば、ガーランドはまた自由になってしまう。そうなれば、こちらに残されている選択肢は撤退しかない。

 相手は武器を失っているが、だからといって簡単に倒せるわけでもない。それに、先ほどのような手が何度も通じるとは考えにくい。そして何より、こちらの戦力も大幅に疲弊している。


「撤退させるべきか? 泥に触れてしまえば抑えきれないかもしれないな……」

「ダン! どうするの!?」

「……仕方ない。ここまで追い込んだのは惜しいが、撤退だな。シュバルツ、聞こえるか? これ以上は危険だ。槍を放して一度撤退してくれ」


 慌てるフィーネをなだめると、未だにガーランドを押さえ続けるシュバルツに向けて指示を伝えた――だが、シュバルツはその場から動かない。


「シュバルツ? 念話が届かなかったのか? 届いているなら返事をしてくれ」

『主様、指示は伝わっています。ですが――申し訳ありませんが、その指示には従えません』

「シュバルツちゃん!?」

「シュバルツ? いったい何を――」


 槍を伝う黒い泥は、既にその中ほどに届いている。大半はそのまま地面に落下しているが、それでも僅かな呪いの泥がシュバルツに向けてゆっくりと迫っているのだ。

 シュバルツの腕に固定された槍は、ある程度簡単に外せるようにはなっているが、あまり時間に余裕があるわけではない。


『指示に背くことをお許しください。ですが、皆が命を懸けて作ったこの機会を、無駄にしたくはないのです。主様、どうか……』


 まるで懇願するかのような念話の最中にも、槍に込める力を抜く様子は無い。

 シュバルツの周囲では、負傷したアントたちの治療が行われている。今回の戦いには、エルフたちから手に入れた、世界樹本来の力を持った樹液も持たせている。致命傷であっても、死亡さえしていなければ回復は可能だ。

 それでも――治療が間に合わなかったアントレディアは存在する。高い生命力を誇るアントレディアであっても、あまりにも深い傷を負ったり、呪いを受けてしまってはそう長くは持たない。

 まだ正確な数は分からないが、犠牲になったアントレディアは存在するだろう。


 シュバルツが、こちらの指示に逆らったのは初めてのことだ。作戦を考える際に意見が分かれることはあるが、一旦こちらが決めたことに逆らったことは一度も無い。

 シュバルツに対して出したのは、ただの指示だ。ダンジョンマスターの力を使った命令ならば、彼女の意思すら無視して撤退させることはできる。だが――それでいいのだろうか?


「――このまま押さえ続けても、確実に勝てるとは限らない。それでもやるのか?」

『槍を通して伝わる力は、少しずつですが弱くなっています。このまま押さえ続ければ、いつかは動かなくなるはずです。このまま続ければ、絶対に勝てます』


 ……シュバルツの言っていることは事実のようだ。

 今もなお押し合いを続けている両者だが、拮抗していた先ほどとは違い、シュバルツが優勢のようだ。ほんの少し抜けかけていた槍はまた深々と突き刺さり、そこから動く様子は見えない。

 泥が流れ出ている影響か、それとも心臓部分を失ったからなのかは分からないが、相手が弱っているのは間違いない。確かに、このまま続ければガーランドを倒せるだろう。


「シュバルツの言う通り、このまま続ければ倒せるとしよう。だが、その前に呪いで動けなくなる可能性もあるぞ?」

『それは重々承知です。ですが、呪いを耐えることは不可能ではありません。必ず、必ず耐えて見せます。ですから主様――』


 ガーランドから流れ出る呪いが凝縮した黒い泥。それに触れればただでは済まないが、絶対に耐えられないという訳ではない。事実、今もなお呪いをその身に宿しているガーランドは、呪いに蝕まれてはいるが生きている。

 シュバルツの生命力は他のアントと比べても非常に高い。ボスモンスターになっていることによる回復能力も合わされば、少しの間ならば呪いを耐えることもできるかもしれない。


「――少しだけ、考えさせてくれ」

「ダン!?」


 フィーネが驚いたように、こちらを振り返る。

 彼女としては、このままシュバルツたちを撤退させて欲しいのだろう。その気持ちは分かるが、それと同時に、シュバルツの気持ちも分かる。

 ペットは飼い主に似るという言葉があるが、関係性は違えど、ダンジョンマスターとその眷属も同じなのだろうか? まるで少し前の自分を見ているかのような、そんな錯覚すら覚えてしまう。


 黒い泥は、今もなおじわじわとシュバルツの元へと近づいている。ゆっくりと考える時間は無い。

 以前、俺が危険を冒そうとした時は、反対する者はいたものの、最終的には全員が協力してくれた。その時と全く同じ状況という訳ではないが、シュバルツには彼女なりの勝算があるようだ。

 何度も経験を積んだシュバルツが勝てると判断した。それならば――彼女の意思を尊重しよう。


「わかった。このまま続けてもいい。だが、本当に無理だと判断した時は、命令を使ってでも止めさせてもらう」

『主様――ありがとうございます』


 シュバルツからのお礼を受け取ると同時に、彼女の周囲を囲むアントレディアたちに指示を出す。こちらの指示を受けたアントレディアたちは、すぐに残っていた世界樹の樹液を取り出す。

 仲間の治療を終え、余った世界樹の樹液。それには回復効果はもちろんだが、同時に呪いを弱らせる力を持っている。もはやアントレディアたちにできることは少ないが、それでも樹液を使って呪いを弱めることくらいなら可能だ。

 この際出し惜しみは無しだ。戦いが終わった後に必要な分以外はすべて使ってもいいと伝えておく。


 アントレディアたちにガーランドを攻撃させることもできるが、効果が出るかどうか不明なうえに、下手をするとシュバルツの邪魔になる可能性もある。このままの状態で相手を倒せるならば、下手に手を出させない方がいいだろう。

 シュバルツには悪いが、アントレディアたちは支援のみに回ってもらおう。


 集めた樹液を黒い泥にかけていくアントレディアたち。樹液を被った泥は、泡立ちながらのたうち回り、苦しむように蠢くと槍から零れ落ちていく。しかし、ほんの一部の黒い泥は、樹液の効果を受けてもしがみつくかのように槍に絡みつき、シュバルツの方へとにじり寄っていく。

 一歩、また一歩とにじり寄る黒い泥が、シュバルツの付けている聖銀の防具へとたどり着き、その表面を黒く染めていく。

 防具が黒く染まってから僅かに遅れて、シュバルツの巨体がぐらりと揺らめいた。


「ああっ! シュバルツちゃん大丈夫!?」

『問題、ありません。この程度なら――まだ耐えられます』


 一瞬倒れそうにも見えたシュバルツだが、すぐにその体勢を立て直した。無事な4本の脚で地面を踏みしめると、吠え声とともにその体に力を籠め直す。

 気迫の乗ったその声はモニター越しにすら分かるほどに大気をビリビリと揺らし、踏みしめた地面が籠められた力に押されて僅かに歪む。


 シュバルツの体を蝕もうとする呪いは、ここで消えるのならばその前に彼女を道連れにする――そう言わんばかりに呪いはしつこくしがみ付き、離れようとはしない。

 それに負けじと気力を漲らせるシュバルツと、今もなお槍を引き抜こうとするガーランド。お互いの命を削りながらの根比べがひたすら続く。

 長い、長い時間が過ぎ、見ているこちらが耐えきれなくなりそうに感じ始めた頃。ついにガーランドの腕から力が抜ける。だらりと腕が垂れ下がり、その動きも完全に止まったのを見届けると、すぐにシュバルツの腕に固定されていた槍が外される。それと同時に、巨体が地面へと倒れ込んだ。すぐに周囲のアントレディアが治療を始め、呪いを受けた防具を取り外す。

 剥がされた防具は、黒く染まっている。樹液によって浄化されてもなお、影のようにどす黒く染まったその色が、呪いの最後の足掻きを物語っているようだった。


「シュバルツ、大丈夫――ではないか。本当によくやってくれた。後はゆっくり休んでくれ」

「シュバルツちゃん、すっごくかっこよかったよ!」

『主様、私の我儘を聞いてくれてありがとうございます。お言葉に甘えて――少しだけ休ませてもらいましょう』


 治療を受け、肉体的には回復したようだが、消耗した気力まですぐに回復するわけではない。命に別状はなさそうだが、ゆっくりと休息を取らせる必要があるな。

 ガーランドとの戦いはひとまず終わった。入り口付近の戦力を撤退させれば、外の方もしばらくは大きな動きは見せないだろう。その間にゆっくり休んでほしい。


 そして、動かなくなったガーランドだが、どうやら完全に死んではいないないようだ。心臓を失ったためか活動は停止している。しかし、それでもなお止めを刺し切れていない。

 まさしく不死身と言ってもいいその生命力には驚嘆するが、動かないならば脅威ではない。槍にこびりついた呪いを浄化した後は、別の場所に移動させて封印する必要がある。

 とはいえ、それも数日もかからないはずだ。再生能力はあるものの、胸に突き刺さった槍がそれを妨害している。この槍さえ抜けなければ、また動き出すこともないだろう。

 この状態からまた復活するならば、もはやお手上げだが――


 何はともあれ、英雄ガーランドとの戦いは、ひとまずこちらの勝利だ。

 犠牲はほんの少しだが出た。やらなければならないことはまだ残されている。だがまずは、皆が力を合わせて勝ち取ったこの勝利を祝うとしよう。

とりあえずここで、第七章の本編は終わりです!

次回から閑話をいくつか挟んで第八章の予定です。

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