表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
115/126

#88 一撃

 ガーランドとの距離を詰めるのは、戦闘経験が豊富な名持ちのアントレディアを主軸としたメンバーだ。

 戦闘経験が比較的少ないアントレディアたちは、やや後方で槍を構えての牽制、さらに戦いで負傷した仲間を離脱させ、治療を施す役目を担っている。

 ガーランドと肉薄したアントレディアたちは、その手に握った剣、槍、槌などを振るい、攻撃を加えていく。それに応えるようにガーランドが立ち止まり、応戦を始める。


「ダン……シュバルツちゃんたちは大丈夫かな……」

「……俺たちにできることはもうほとんど無いからな。成功するように祈るしかないさ……」

「うん……がんばれー!」


 フィーネが不安を振り払うかのように、モニター越しに声援を送る。

 もはや俺たちにできることなどほとんど無い。できるのは、予想外のことが起きないようにダンジョン内を見張る程度である。

 ただここでじっとしているのは辛いことだが、戦いに参加したところで足手まといにしかならない。今戦っているアントたちを信じて、その戦いを見守るだけだ。


 この戦いの勝算はある。しかし、それも確実なものではない。モニター越しに見えている戦いは、予想以上に熾烈なものになっている。

 以前に比べると、練度が大きく増していると言えるアントレディアの部隊であるが、その相手は弱体化しているとはいえ正真正銘の英雄だ。

 付け焼き刃の技術など通用しないとでも言うかのように、ガーランドはアントレディアが振るう武器を受け流し、痛烈な反撃を返している。

 剣だけではなく、盾での打撃や体術を加えた流れるような攻撃、そして、強弱やフェイントを折り混ぜた、素人の眼にも高い技術が見て取れる攻撃に翻弄されそうなアントレディアもいるようだ。


 アントレディアたちの技術は、基礎知識を手に入れ、それを実戦の中で磨いたいわば我流の技術でしかない。その技術は最初の頃よりも増してはいるのだが、達人と言えるようなものにはほど遠い。

 向こう側で武器を振るっているアントレディアたちの動きも、やはりガーランドの力強く、美しさすら感じるそれと比べれば粗が目立ち、どこかぎこちないように見える。

 単純な力で押し勝つことができていた冒険者が相手ではあまり気にならなかったが、力も技術も通じないような強敵を相手にした状態で、こうもまざまざとその差を見せつけられてしまうと、徐々に不安が増大していく。


「ああっ! やられちゃう!」


 アントレディアの一体が攻撃の威力を受け流せず、大きく体勢を崩してしまった。

 その隙を見逃さずにガーランドが追撃を行い、モニターを通じてその光景を見ていたフィーネが悲鳴を上げる。アントレディアに迫る剣から目が離せず、息が止まるようにも感じたその瞬間だったが、最悪の事態は免れた。


 幸いにも、追撃を受けたアントレディアは無理に体勢を戻そうとせず、弾かれた勢いに身を任せたようで、敵の攻撃はその鎧を浅く切り裂いただけにとどまった。

 攻撃を受けた仲間をフォローするように、他のアントレディアたちがガーランドの前へと立ちふさがる。一体では止めきれなくとも、二体、三体が協力することでうまく相手の動きを制限している。

 その間に体勢を崩したアントレディアが戦線に復帰したのを見て、ほっと胸をなでおろす。フィーネも同じくため息をついていた。

 同じような光景が先ほどから何度も起きている。そのたびに心臓が跳ね上がり、無事を確認して胸をなでおろすという状態が続いているのだ。


「何とか無事だったみたいだな。それでも……やはり徐々に負傷したアントレディアが出始めているか……」

「さっきも危なかったね……もうちょっと攻撃が深かったら……」

「今はまだ戦闘不能になったアントはいないが、それもどこまで続くか――」


 今のところ、戦闘不能になった、もしくは死亡したアントレディアはゼロだ。それは好ましいことではあるが、負傷した者はちらほらと出ている。

 傷を負ったアントレディアは無理に戦闘を続けず、周囲を取り囲む他のアントレディアと交替して後方で治療を受けている。傷が回復した後は、同じように後退する仲間と交替するタイミングを待つという手はずになっている。武器が欠けたり壊れたりしたものも、同様に後ろに下がって別の武器を受け取っている。

 これを繰り返すことで、長期間戦闘を続けることができるはずだが、それも綱渡りのような状態だ。

 重傷や死亡などに追い込まれてしまえば、そう簡単に戦線に復帰することはできない。決定打を与えることができなければ、こちらの戦力は少しずつ疲弊していくことになる。


 負傷しなかったとしても、肉体的、精神的な疲労は蓄積していく。疲労が重なれば動きは悪くなり、負傷するリスクは増えていくのだ。

 俺たちは、モニター越しに戦いを見ているだけに過ぎないのだが、それでもアントレディアに危機が迫る度に、精神的な疲労が蓄積しているように思う。俺たちですらこうならば、直接戦闘に参加しているアントレディアたちの疲労はどれほどのものになるのだろうか。

 簡単なミスですら、格上と相対している彼女たちには命の危険が付きまとう。ふとした拍子に戦線が瓦解する可能性は捨てきれない。そこに立ち続ける重圧は予想もつかない。

 致命的なミスが発生する前に、シュバルツが隙を突いて決定打になりうる攻撃を加えるのが今回の作戦なのだが――


「どうにも警戒されているように見えるな……こっちの作戦に気が付いているのか?」

「うーん……確かに、さっきから何度も変な動きをしているような?」

「どちらにせよ、このままじゃ攻撃する隙がなさそうだな……」


 アントレディアに囲まれ、今もなお戦いを続けているガーランドなのだが、どうにも戦線の奥で機会を窺っているシュバルツを警戒しているようにも見える。それどころか、隙を突いて、シュバルツの方向へ向かおうとしているかのような動きも、何度か見せているのだ。

 こちらの作戦に気が付いているのか、それともただの勘なのかは分からない。もしかすると、単に司令塔とみられるシュバルツを先に倒そうとしているだけという可能性もある。

 アントレディアの包囲網を簡単に突破できず、ガーランドがシュバルツの元へ向かうことは今のところない。しかし、これでは攻撃する機会もなかなか見つからないのではないだろうか?


 アントレディアの振るう武器と打ち合う際に、その攻撃を防いだり回避した瞬間に、わずかな隙が生じているのだろう。戦闘が始まってから、何度かシュバルツが動こうとしたことはあった。しかし、そのことごとくが不発に終わっている。

 シュバルツが僅かに動きを見せると、それと同時にガーランドがその正面にいるアントレディアから距離を取る。このような光景が何度か繰り返され、どうにも攻めあぐねているようだ。


「ああぁ……このままじゃまずいよ……どうしよう……」

「予想以上に相手が強すぎるのか……いったん引かせるべきか?」


 こちらの焦りをよそに、アントレディアとガーランドの戦いは続いていく。

 少しずつ、その動きに疲労の色が浮かび始めるアントレディアたちに対して、ガーランドの動きは最初と同じようで全く疲れを見せていない。


 焦れるように一向に好転しない状況がどれだけ続いただろうか――ついに、その攻撃を受けきれず、戦闘不能に追いやられたアントレディアが現れた。

 剣を受け止めたところまでは良かったのだが、そこから力負けし体勢を崩したところを狙って、盾で頭を強打されたようだ。

 すぐに後方へと運び出されたのだが、意識を失っているようでぐったりとしている。致命傷でなかったとしても、すぐに戦線に復帰することは難しいだろう。


 ついに脱落者が出た――その事態にアントレディアたちがたじろいだ気配を感じ取ったのか、それとも膠着しつつある状況を変えるために、流れを掴もうとしたのか――ガーランドが大きな動きを見せる。


 正面のアントレディアに迫ると同時に切りかかり、つばぜり合いのような体勢に持ち込んだと思いきや、次の瞬間、相対するアントレディアが握っていた剣が巻き上げられ宙を舞う。

 すかさずフォローに入った他の仲間の攻撃を避け、蹴り飛ばすと同時に、奥で機会を窺うシュバルツに向けて、盾を投擲。

 当然、そのような攻撃が通るはずが無く、シュバルツの周囲を固めていたアントレディアが岩の砲弾でその軌道を曲げる。しかし、盾と岩が障害物となり、一瞬できた攻撃のチャンスを潰してしまう。

 後ろから突き出された槍を、背中に目が付いているかのように避け、その持ち主ごと弾き飛ばしたガーランドが、盾を握っていた左手を上に挙げる。すると、先ほど宙へと巻き上げた剣がその左手へと収まった。


 盾を捨て、二刀に持ち替えたガーランドに、すぐさま体勢を立て直したアントレディアが挑みかかるのだが、状況はさらに悪化している。

 片方の刃を防いでも、すぐにもう片方の刃が迫り、硬い鎧と甲殻に傷をつける。まるで旋風のようなその剣戟は、もはやアントレディアたちの手に負えるものではないようだ。

 倒れた仲間を助けに入ったアントレディアすらもすぐに倒れ、うかつに挑むことさえ許されない。さらに、ガーランドの近くの仲間を巻き込むため、強力な魔法で牽制することも難しそうだ。


 その場から後退しようにも、僅かにでも自由に動ける隙を作れば、包囲網が破れ一気に窮地へと追い込まれてしまう。

 間合いに踏み込めば、たちどころに切り裂かれる未来が待っている。魔法で動きを止めようにも、仲間を巻き込むうえにそう長く時間を稼ぐこともできない。

 もはや簡単に近づくことさえ許されない状態で、なんとか時間を稼ごうと挑みかかるアントレディアたちが一体、また一体と戦闘不能に追い込まれていく。


「ダン! このままじゃまずいよ!」

「仕方ない、撤退させるぞ」

「はやく! はやくしないとみんなが!」


 ガーランドが二刀を扱う可能性があることは知っていた。その紋章にも使われている交差する二本の剣は、ガーランドの使う二刀を指したものだそうだ。当然、アントレディアたちから奪い取った剣を使われる可能性は予想していたのだが――盾を捨ててからの動きは、あまりにもこちらの予想を上回っていた。

 ガーランドが二刀に持ち替えてから、まだ1分も経過してはいない。それなのに、既に何体ものアントレディアが戦闘不能に追い込まれてしまっている。敵と打ち合えないのならば、隙など作れるはずが無い。撤退の命令を伝えようと口を開こうとした次の瞬間――アントレディアのうちの一体が、思いがけない行動に出た。


 ガーランドの前に躍り出た一体のアントレディア。あれは確か、この間新しくネームドモンスターになったアントレディアだったはずだ。

 例え名持ちのアントレディアと言えども、そう簡単にあれほどの剣戟を凌げるはずもない。他の仲間と同じように、攻撃を捌ききれず、がら空きの胴へと刃が迫る。しかし、そのアントレディアは、自らに迫る剣を避けようともせず、むしろ自分から剣へと向かう。

 防具を切り裂き、甲殻と肉を抉り、その胴体に深々とめり込んだ剣。どう見ても致命傷でしかないが、深く切り込んだ剣は簡単には抜けない。


「そんな――」

「自分の体で無理やり止めた、のか……?」


 それはまさしく、群れのために命すらも使うジャイアントアントの性質の体現と言えるだろう。

 今までに何度も見たその光景だが、やはり慣れることは無い。一緒にいるフィーネと共に二の句が継げないまま、ただその光景を見つめる。


 そのままガーランドの腕を掴み、自らを犠牲にしてその動きを止めたアントレディア。そこに、もう片方の刃が振り下ろされそうになる。そうはさせじと、もう一体のアントレディアが飛び込み、仲間に迫る刃を、その手に握った盾で受け流す。

 片方の剣は味方に突き刺さり、もう片方の剣は大きく受け流された。そのわずかな隙を狙い、大ぶりなメイスを握ったアントレディアがガーランドの背中をめがけてその獲物を振るう。

 十分な速度と重さが加算されたその一撃。それを、がら空きの背後に受けたガーランドの態勢が大きく崩れる。そして――ようやくできたその隙を狙って、シュバルツが駆ける。


 身体強化によって強化された脚が地面を捕らえるごとに、地面がひび割れ、抉り取られた土塊が宙を舞う。一歩ごとに加速を続けるその巨体は、まるで黒い彗星のように。大気を押しのけながら突き出された巨大な炎竜王の骨から削りだした槍が、使い手に応えるかのように、目の前の英雄へとその牙をむく。


 体勢を大きく崩したガーランドには、もはやその槍を避けることなどできない。そう――思っていた。


 時間にすればほんの一瞬。

 体勢を崩しつつあったガーランドは、受け流された剣を地面に突き立て、剣を軸に体を捻る。

 まるで曲芸のような動きに取り残されたアントレディアの手が、その腕から引きはがされると同時に、その胴体に刺さった剣を強引に引き戻す。

 うなりを上げながら迫る槍に向け、素早く剣を振るい、その軌道をわずかに反らすと同時に、剣を打ち付けた衝撃でその体勢を強引に変える。

 たったそれだけ。それだけの行動で、千載一遇のチャンスを狙った、必殺の威力を秘めていたはずの槍が外れる。


 失敗――そんな言葉が頭をよぎる直前。

 槍を避けられてしまったシュバルツが、空いている左前脚を振るった。

 全力の加速と腕がひしゃげることすら気にせずに振るわれた前足は、ガーランドの体を捕らえ、全身鎧の重さなど存在しないかのように、高く、高く打ちあげる。

 放物線を描いて宙を飛ぶガーランドに、もはや足場となるものは存在しない。

 残った4本の足をバネのように使い、その場で勢いを付けたシュバルツの槍が、落下による加速を得たガーランドへと突き出される。


 ガーランドが盾代わりに交差させた二本の剣を易々と砕き、その体を守る鎧を薄紙のように貫いた巨竜の槍は、強引にその向きを変えたシュバルツに導かれ、土の壁へと深々と突き刺さる。

 モニターの向こう側が大きく揺れ、天井から小さな土の欠片が降り注ぐ。揺れが収まった時――ガーランドは、まるで昆虫の標本のように、巨大な槍に胸元を貫かれ、土の壁に縫い止められていた。

 見事、最高の一撃を決めてみせたシュバルツを称えるかのように、砕けた剣の欠片がキラキラと輝きながら、その周囲へと降り注いでいた――

もはや主人公が完全に空気ですが、これでもすごい方なんです…

完全にヤムチャ視点はあんまりなので、俯瞰視点である程度戦いのやり取りを読み取れるようにしておきました…

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ