#87 戦いの火蓋
ガーランドとの対決に向けて、準備を始めてから三日。
冒険者たちを抑え、シュバルツと共に作戦の詳細を決め、それに必要な装備品を作らせるために工房に指示を出す。
今まで以上に目まぐるしく動き続けるダンジョン内の状況に振り回されそうになりながらも、寝る間を惜しんで指示を出し、三日間でなんとか準備を完了させた。
入り口方面に集まっていた冒険者たちだが、現在は膠着状態に近いものになっている。
現在では、こちらを刺激しないためなのか、それともできるだけ犠牲を出さないようにしているのか、監視役とみられる冒険者のパーティーが何組かうろついているだけだ。稀に奥へと進もうとしているのだが、すぐにアントたちに阻まれて後退している。
ダンジョン内の冒険者たちはそのほとんどが町へと撤退したのだが、外にいるアントフライたちの視界を通して、他の地域から近くの町へと徐々に人が集まりつつあるのが分かっている。
ダンジョンが氾濫した際のために、防衛用の戦力を集めているだけならばまだいい。だが、こちらに攻め込むための準備の場合は厄介だ。向こうが準備を整え行動に移る前に、ガーランドとの決着を付け、入り口方面に集めている戦力を撤退させておきたい。
冒険者の多くが撤退した今ならば、ガーランドの方にある程度集中もできるはずだ。この機会を逃す手はない。
「さてシュバルツ、準備はもうできたか?」
『はい、やはり少々動きにくいのですが、仕方ないでしょう。こちらに集まったアントレディアたちも皆準備を終えています。いつでも出撃可能です』
シュバルツがいるのは1階層の上部だ。現在、ガーランドが闊歩しているのもこの領域である。
彼女の近くには、現在ダンジョン内に存在するアントレディアのうち、工房などに所属する者以外のほぼ全てが集まっている。その数は200体を越え、文字通りダンジョンの最高戦力だ。その全てがミスリルやオリハルコンで作られた武具を装備し、その場で整然と列をなして指示を待っている。
そして、その先頭に立っているシュバルツなのだが――その見た目はいつものものとは大きく異なっていた。
その前足や頭部はアントレディアたちの手で作られた防具で固められ、重々しい見た目へと変化している。
今もなお残っている呪いに直接触れることが無いようにということで用意させたものなのだが、その巨体と合わさると、まるで装甲車のようにも見える。
そして何より目を引くのが、右前脚に固定された巨大な白い槍だ。炎竜王の腕の骨を削りだして作られた装飾も何もない武骨な見た目の槍の表面には、いくつもの棘が突き出しており、そう簡単には抜けないものとなっている。
今回の戦いでシュバルツが使う装備だが、槍だけではなく、鈍器や剣なども候補に挙がった。しかし、鈍器の場合はその重量が、剣の場合は取り回しの難しさが問題となったために、最終的に選ばれたのは槍となった。
槍もシュバルツにとっては使いやすい武器とは言えないのだが、突きならば突進の勢いによる威力も乗せられることもあり、今回の目的を考えた場合は槍が一番だろうとの判断である。
槍を用意するために工房のアントレディアたちが交代で炎竜王の骨を削り続け、ただ槍としての能力だけを考えて作り上げた。今回の戦いのためだけに作られた、工房の最高傑作だ。
あまりにも巨大なせいで、常に右前脚を持ちあげる必要があるため、重たい防具の存在も相まって機動力では優れているとは言えないのだが、今回の彼女の役目は隙を突いた一撃のみ。機動力の低下はそこまで大きな問題とはならない。
巨竜の骨を削りだした、折れず、曲がらず、そして鋭く研がれたこの槍ならば、ガーランドの装備している鎧すらも貫くことができるだろう。
「今日のシュバルツちゃんはいつも以上にかっこいいね! すっごく似合ってるよ!」
「そうだな。いつも頼りになるが、今日のシュバルツは特にかっこいいな。何というか、雄々しさを感じるというか――」
モニター越しに映るシュバルツと、その背後に控えるアントレディアたちの軍勢を見て、フィーネが目を輝かせる。フィーネは以前骨の武器を見た際に変な見た目と言っていたはずなのだが、シュバルツが装備しているそれはお気にめしたらしい。
白く武骨な骨の槍と青く輝くミスリル製の防具はややミスマッチなようにも見えるのだが、シュバルツがそれを纏うことで、そのどちらもが力強さを感じさせるものになっている。
普段は腕に巻かれている赤いリボンも、今日は右前脚につけた鎧の表面へと結び付けられていた。
リボンの燃えるような赤がアクセントとなって、その力強さを引きたてながらも見た目の異なる武器と防具を一つに纏め上げているかのようだ。
すぐ先に控えた戦いに向け、静かに闘志を漲らせる今日のシュバルツは、まさしく万軍を率いる歴戦の大将軍のような威圧感と風格がにじみ出ている。
『雄々しさ……ですか』
「あれ? シュバルツちゃんどうしたの?」
そんなシュバルツだったのだが、こちらがその見た目を褒めていると、何事かを呟くと同時に、その気力や闘志が僅かに揺らいだように感じた。
フィーネも同じことを感じたのか、不思議そうに首をかしげている。
控えている戦いに向けて、万全になるように準備を整えたはずだったのだが、何か心配事でもあるのだろうか?
今からシュバルツたちが戦うのは、格上と言える相手だ。準備した作戦にもしも不備があれば犠牲が出る。どれだけ確認を重ねても、その不安がぬぐいきれないのは仕方ない。
「シュバルツ、どうかしたのか? 何か不安な要素があるなら今のうちに言ってくれ」
『いえ――なんでもありません。そろそろ、作戦を開始しようと思うのですが、いかがなさいますか?』
「そうか? それならいいが――それじゃあ気を取り直して……もうやり残したことはないな? そう何度も挑戦することは難しい。もう一度、不備が無いか確認しておいてくれ」
『かしこまりました。……抜けている個所はありませんね。現在の状況も、特に問題はありません』
「そうか。それでは、これより作戦を開始しよう。まずは――ガーランドをあらかじめ用意した地点に誘導するぞ」
『かしこまりました。では誘導用の部隊を出発させます』
相手はたった一人だが、こちらの戦力は数が頼りだ。狭い場所では、満足に戦闘を行うことはできない。まずは、戦闘を行うのに十分な広さがある場所へと相手を誘導する必要がある。
誘導役に選ばれたのは、名持ちのアントレディアたちで構成された部隊の一つなのだが、この部隊に所属するアントレディアたちは、他の仲間たちとは少し違う。
この部隊のアントレディアたちは、ダンジョンの機能に頼らずにネームドモンスターとなったアントレディアたちだ。以前から進めていた計画が何かの拍子に実ったのか、それともただの偶然なのかは不明だが、この三日の間にネームドモンスターとなったアントレディアが複数発生した。
新たにネームドモンスターとなった彼女たちは、ダンジョンコアの力でネームドモンスターとなった他のアントレディアたちよりも、総合的な能力は若干低い。しかし、その分与えられた役割に特化しているとでも言うのだろうか? その役割のみに絞った場合は、他の仲間よりもやや優れた能力を発揮している。
前衛役だったアントレディアはその身体能力が、後衛役だった者は魔法の威力が大きく伸びているようだ。ダンジョンコアの力で成長した者が剣も魔法も使いこなすオールラウンダーならば、自然に成長した者はエキスパート、つまりはその分野の専門家ということだな。
「ダン! 始まったみたいだよ!」
フィーネが指さすモニターの先では、先行した誘導役のアントレディアの部隊とガーランドの戦闘が始まっている。
ガーランドを引きつけ、目的地点まで誘導するアントレディアの部隊。彼女たちは、後ろから迫る自らよりも圧倒的な力を持つ相手に気圧されることなく、ただ冷静に作戦を進めていく。
土の壁などを作って妨害を重ね、近づけすぎないように、そして引き離しすぎないように調整しながら、敵を誘導していく様子はさすがである。
「今のところは順調に進んでいるな。やはり相手には遠距離の攻撃手段は少ないらしい」
『そのようですね。こちらの攻撃も効きませんが、遠距離から一方的に攻撃を受ける可能性は無さそうですね』
「ただ魔法を使っていないだけなのか、それとも使えない理由があるのか。どちらにせよ、使ってこないのが一番なんだが……」
呪いの影響なのか、他の原因があるのか、ガーランドが魔法を使うそぶりは見られない。せいぜいが、砕けた岩の砲弾から手に入れた石を投げつけてくる程度だ。
ただの石とはいえ、目にもとまらぬような速さで投擲されるそれはかなりの脅威になるのだろうが、前衛役のアントレディアが飛来するそれらを武器を振るい弾き落とす。
高速で迫る石を、弾き落とした際に砕け散った欠片が被弾することはあるようだが、その程度では自前の甲殻と工房で作られた防具を纏う彼女たちには大したダメージではない。
曲がりくねる通路を駆け抜け、彼女たちが目指すのはシュバルツたちが待ち構える大部屋だ。何も起こらなければじきに到着するだろう。
「シュバルツ、そろそろ相手が到着するぞ。ちゃんと追いかけてくれるか心配だったが、それも問題ないみたいだな」
『ええ、こちらでも確認できています。主様、ここから先は戦闘に集中するので、念話によるやり取りは緊急時以外では反応できないかもしれません』
戦闘が始まれば、シュバルツは相手の一瞬の隙すらも見逃さないように、戦いに集中する必要がある。そんな状態でこちらからの連絡に対応するような余裕はないだろう。
指揮は他のジェネラルアントが執ることになってはいるのだが、それでも不確定要素はいくつも残されている。連絡が必要になるような事態が起こらなければいいのだが……
「ああ、分かっている。ここから先はお前たちに任せるしかない。苦しい戦いになるだろうが、成功を祈っているぞ」
「うん! シュバルツちゃんならきっと大丈夫だよ!」
『ありがとうございます。さて、そろそろですね――』
シュバルツがそう言うと同時に、誘導役のアントレディアたちが、大部屋の中へと駆けこんできた。さらにその後ろに続く黒い影が見えると同時に、待ち構えていたアントレディアたちが魔法を放つ。
煌々と燃え盛る火球が、風を切り飛来する岩が、影にぶつかりその姿を隠す。一瞬遅れて、炎の中から飛び出した影に向けて、武器を握ったアントレディアたちが距離を詰める。
不死身の英雄ガーランドと、それに挑むアントたちの戦いが、ついにその火蓋を切った――
次はダンの一人称視点でのバトルにする予定ですが、思っていた以上にヤムチャ視点になってしまう悲しみが…
戦闘経験のない主人公の場合、ものすごく格上同士の戦いは辛そうですね!
いっそ次の章あたりから全部三人称にしようかと思えるほどに…