#86 英雄殺し
方針は決まった。今もなおダンジョン内を闊歩する英雄ガーランドと戦い、これを撃破する。
犠牲は出るかもしれないが、それでも英雄に至ったほどの強者との戦いは必ず多くの経験をもたらしてくれるはずだ。
相手は名持ちのアントレディア複数を相手にしても押し勝てるほどの力を持つ英雄である。全盛期と比べてその力が大きく損なわれているとしても、今まで以上に苦しい戦いになるのは間違いない。
それでも、戦うことを選んだならば勝利する。
たとえ負けても取り返しがつかないわけではない。だが、負けてもいいなんて考えを持っていては、実際に命をかけてくれるアントたちに顔向けができない。
――戦うからには必ず勝つ。
そう気合を入れたのはいいのだが、英雄ガーランドに勝利するには大きな問題が立ちふさがっている。
『主様、戦うことを選んだ以上私たちは最善を尽くしましょう。しかし、例の不死身の英雄でしたか? こちらの攻撃が効かないのならばどうしようもありません。そこはどうなさるおつもりなのでしょうか?』
ガーランドと戦う上での問題、それはやはり、どうやって相手に決定打を与えるのかということだろう。
これをクリアできなければ、戦ったところでこちらの戦力が疲弊するだけである。
もちろん戦うだけでも貴重な経験になるが、俺たちの目標はガーランドに勝利することだ。
「そうだな。まずはそこをクリアする必要がある。とりあえず、相手の能力の確認といこうか。まずはこちらの攻撃が効かない理由だな。……これがまた、冗談みたいな話だったりするわけだが――」
手元にある本に記されている、ガーランドの過去の逸話を読みあげていく。
三日三晩もの間、魔物の軍勢と戦い続けた。折れた足が一瞬で元に戻った。千切れた腕をその場で繋げたなどという冗談みたいな逸話が続く。
もちろんこの手の話には誇張がつきものだ。実際はそこまでの回復力などないのかもしれない。だが、火のないところに煙が立たないように、その逸話の原因となった出来事は存在するはずだ。
もしもガーランドの不死身の能力の正体が、逸話の中で語られるようなバカげた回復力にあるのならば、アントレディアがいくら攻撃を重ねたところで意味はない。
こちらがどれだけ攻撃しても、その間に受けたダメージを相手はすぐに回復してしまう。こちらがどれだけ数を揃えようとも、相手の回復速度を上回れなければ意味はないのだ。
相手がかつて戦った炎竜王のように巨体を誇るのならば、手数を増やすことで付け入る隙はあるかもしれない。しかし、相手はアントレディアと同じ程度の大きさの人型だ。
体が小さい分、攻撃できる面積は限られてくる。その上であれだけの耐久力を誇るとなれば、数を揃えて手数で勝負するジャイアントアントにとってはまさしく最悪と言ってもいい相性となる。
『これは確かに、真実かどうか信じがたい話ですね』
「ダ、ダン! そんなの勝てっこないよ! やっぱりやめたほうが……」
「……確かに、俺たちとガーランドの相性は最悪と言ってもいいだろうな。だが、だからこそ挑む価値がある。これで勝てなければ、現代の英雄そして勇者を相手にする場合は勝ち目すらないだろう」
『ですが、やはり相性は重要です。やはりこちらの使える戦力では、決定打に欠けるのは間違いないでしょう』
「それに対する策は一応考えてはいる。成功する可能性は低くはないと思うが、どれだけの効果があるかは、やってみなければ分からないな」
いくら弱い攻撃を重ねてもダメとなれば、フィーネの提案した封印による無力化か、もしくは回復できないようなダメージを与えるという方法が必要になる。
封印する手段に関しては、ある程度簡単に思いつく。
アントスパイダーの糸を利用して作った網では無理だったが、ミスリルやオリハルコンで枷を作ればどうだろうか。それすら引きちぎることができるならばお手上げだが、そこまで人外じみているわけではないだろう。
拘束するには一度動きを止める必要があるが、それすら無理ならフィーネの言うように埋めてしまえばいい。落とし穴や崩落は既に何度か試し、一定の成果を上げている。
例えそれで倒せなかったとしても、地中深くに埋めてしまえばさすがに膨大な量と重さになる土を押しのけて脱出することはできないはずだ。
その後の管理が面倒なので最後の手段となるが、いくつか用意しておくべきだな。
そして、もう一つの手段が、回復できないようなダメージを与える方法だ。高威力の攻撃でその耐久力の上から押し切るという方法を取ることになる。
ジャイアントアントの最大の強みはその圧倒的な数による手数だが、それと同時に単体での攻撃力の低さは最大の弱点でもある。
ガーランドのような相手には、対抗手段がそれこそ封印するしかないというのは非常にまずい。もしも仮に、高い再生力を持ち封印することすらできない敵が現れれば、その時点で勝ち目がない。
決定打に欠けるというジャイアントアントの弱点――今以上の強敵に挑むのならば、これを克服する必要がある。
「今回は封印ではなく、正攻法を選びたいと思っている。つまりは、不死身の英雄を正面から打ち破る。その方法だが……シュバルツ、今回はお前にも戦闘に参加してもらう」
『私がですか? 後方での指揮ではなく、直接敵と戦うということでよろしいのでしょうか?』
「そうだな。戦闘中の指揮は他のジェネラルアントに任せて、シュバルツには直接戦いに参加してもらう。戦闘に参加するアントレディアが相手の隙を作った瞬間に、全力の一撃を叩きこんでくれ」
このダンジョンで最高の威力の攻撃を放つことができるのは誰かと問われれば、それはシュバルツを置いて他にはないだろう。
アントレディアはその汎用性や、運用のしやすさでは非常に優れているが、それでもただ一撃の威力に絞るのならば、シュバルツには遠く及ばない。
ボスモンスターとしての高い能力、そしてジェネラルアントの巨体から繰り出される一撃は、まさしく一撃必殺に近い威力を持つ。
最近は指揮役として後方に配置されているため、直接戦闘に参加する機会が全くと言っていいほど無いシュバルツだが、それでも日々の訓練は欠かしたことが無い。
戦闘に関する勘が鈍っているということもないだろうし、身体強化もほぼ完全な形で習得しているのだ。
そしてなにより、相手は百戦錬磨の英雄だ。そう何度も大きな隙を見せてくれはしないだろう。僅かなチャンスをものにしなければならない。
確実に攻撃を決められる隙を見つけ、土壇場でのミスを犯さずに全力の一撃を叩きこむ。それはそう簡単にできることではない。
強敵と対峙してもその雰囲気に飲まれない精神力、そして、確実に攻撃を届かせるための隙を見分ける経験を持っているのは、ダンジョンの中でも最古参の一体であり、数多くの戦いを経験してきたシュバルツ以外にはない。
『それだけですか? そんな方法で本当に倒せるのでしょうか?』
「うーん……確かにあっけないような気がするけど……」
「確かに相手は不死身の英雄だ。だが、不死身であっても無敵じゃない。決定打になりうる攻撃が決まれば、勝てる可能性は低くはない」
仲間が作った隙に合わせて、全力の一撃を叩き込むだけ。簡単にできることではないが、とっておきの秘策とも言えないような案に、シュバルツが疑問を呈する。
たった一撃で勝負が付くと言っているようなものだ。英雄相手にそれが本当に通用するのか、通用しなければ隙を作るためのアントレディアたちの戦いが無駄になる。それだけは避けたいのだろう。
確かに、ガーランドは不死身の英雄だ。その逸話を見ても、その名にふさわしい能力を持っているのは間違いない。
しかし、彼の逸話ではすぐに治癒したとはいえ、足が折れ、腕は千切れているのだ。攻撃が全く効かなかったわけでも、千切れた腕がいきなり生えてきたわけでもない。
なにより、ガーランドは処刑され、その遺体は埋葬されたとされている。ここに彼がいるということは完全に死んだわけではないのだろうが、それでも死んだと判断、もしくは誤認するような状態にはなったということは考えられる。
例え英雄と言えども生物だ。生物である限り、弱点は存在するはずだ。
頭が無くなれば、心臓を失えば、それ以上の活動ができるだろうか? 本当に何をされても意味がないならば、鎧や盾は必要だろうか? 防御の必要性があるということは、どこかに付け入る隙があるはずだ。
「結局は集めた情報からの希望的観測でしかない。だが――試す価値はあるんじゃないかと考えている」
『これからの戦いの試金石という訳ですか――かしこまりました。必ずやその期待に応えて見せます。最高の一撃をご覧にいれましょう』
「ああ、よろしく頼む。必要なものは工房で用意させる。後は準備を整えるだけだな」
今回のカギとなるのはシュバルツの一撃だが、まさか装備も無しに攻撃させるわけにもいかない。
ガーランドの呪いは完全に解けた訳ではないのだ。呪いに直接触れないため、そして攻撃の威力を高めるためにも、専用の武器が必要になる。
シュバルツがアントレディアのように自由に動かせる手を持っていれば、今ある装備を使い回すこともできなくはないのだが、残念ながらそれは不可能だ。工房には急いで専用の装備を準備してもらう必要がある。
とっておきの材料を使って最高の装備を作ってもらうとしよう。
先ほど決めた作戦だってそうだ。今は基本となる流れが決まっただけで、まだまだ細部が煮詰まっていない。決定してすぐ行動というわけにもいかない。ここからさらにいくつもの状況を考えながら動きを決めていく必要がある。
強大な相手であればミスをした時の損失も大きくなる。考えうる限りのパターンの対策を練る必要がある。
「後は時間との勝負だな。工房の方は急かしても時間がかかる」
『作戦もまだまだ細部を詰める必要があります。くだらないミスでチャンスを逃すわけにはいきませんね』
「そうだな……さっそく、一から順番に検証していくとしよう」
装備、作戦、どれも準備には時間がかかる。しかし、あまりにも時間がかかりすぎてもまずい。
現在、ガーランドと戦う際に横槍を入れられないように、入り口側へと冒険者を追いやっている。今はまだそこまで大きな動きは無いが、長時間入り口方面に戦力を集中させるのは危険だ。
ダンジョンでは氾濫やスタンピードと呼ばれる。ダンジョン内のモンスターが群れを成して外部に侵攻する現象が発生することがあるとのことだ。おそらくは、ダンジョン内で維持しきれなくなったモンスターを外へと送り出しているのだろうが、今の状況はそれと誤認される可能性がある。
冒険者にこちらの意図が伝わるはずもない。スタンピードの前兆であると判断されれば、すぐに援軍が送られてくる可能性もある。そうなれば、今の戦力では抑えきれない。
ダンジョン内になだれ込んだ冒険者たちがガーランドと接触してしまえば、状況によっては作戦が中止になる可能性も出てくるだろう。
限界まで急がせても準備に3日以上はかかる。そこから何度も挑戦する余裕はおそらくない。
戦闘に参加したアントレディアを万全の状態に回復させるまでの期間を考えれば、挑戦できて1回か2回といったところか。
チャンスはそう多くはない。次の一回で確実に決着を付ける。そのつもりで準備に臨むとしよう。