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#85 不死身の英雄

 呪いによる黒い泥が剥がれ落ち、騎士の正体を探るための新しい情報が手に入った。しかし、その代償として眠っていた竜を起こす結果になってしまったのかもしれない。

 もしも、あの紋章に関する記憶が正しいのならば――あの黒い騎士の正体は不死身とまで呼ばれた英雄なのかもしれないのだから。


『主様、アントレディアの部隊は撤退に成功しました。今のところ追撃される様子もありません。ダメージを受けた者も治療を受ければすぐに回復できる範囲です』

「……不幸中の幸いだな。そのまま戦闘を行わずに監視を続けてくれ。俺の方は少し調べ物をさせてもらう」

『……調べ物、ですか? あの騎士の正体に何か心当たりが?』


 こんな時に調べ物をする――その言葉でシュバルツはこちらの意図を理解したようだ。


「一応な。できれば当たって欲しくはないが……」

『かしこまりました。それではこちらはお任せください』

「ああ、よろしく頼む」


 できればこの予想は当たっていて欲しくはない。ただの勘違いや、本人ではなく子孫だったという可能性だってある。不確定なそれらの要素を確かめるためにも、急いで調べる必要がある。

 シュバルツとの念話を終えると、以前読んでいた書籍を急いで取り出して、例の記述がある場所を探す。

 ガーランドに関する記述はすぐに見つかった。そしてそこに描かれている紋章をみて、思わず溜息を吐いてしまう。

 ガーランドが叙勲された際に作らせた、眠る竜と交差する二本の剣を模した紋章。書籍に描かれていたそれは、あの騎士が付けているものと瓜二つだった。勘違いという可能性は潰えたようだ。


 英雄ガーランドは、今からおよそ400年ほど前に活躍していた人族の騎士だ。不死身の騎士という呼び名の他にも、始まりの竜騎士や辺境の守護者とも呼ばれている。

 歴史上初めて竜騎士と呼ばれる存在になった者であり、辺境を襲う幾多の魔物を退け続け、捕らわれの令嬢を救いだし、強大な力を持つ竜の屍を打ち破ったとされている。まさしく英雄のイメージそのものと言える存在だ。

 歴史書、民話、絵本などなど、今もなお種類を問わず数々の書籍にその名が記され、彼が活躍していた当時は知らぬものがいないほどだったらしい。


 今読んでいるページの内容を見てしまったのか、背後にいたフィーネが息を飲む。

 そう言えば、妖精たちがごっこ遊びに使っていた絵本の中にも、ガーランドの話は混じっていたな。どうやら、フィーネも彼に関する知識を持っていたようだ。

 そして、恐る恐るといった様子で、フィーネは本のページに描かれている紋章を指さした。


「ね、ねえダン……その絵ってもしかしてさっきの……」

「……そうみたいだな。できれば、予想が外れていて欲しいところだけどな」


 本に書かれている文字を追いながら、ページをめくっていく。

 ガーランドには妻と息子がいたらしい。その記述を見て、もしかしたら子孫かもしれないとも思ったのだが、残念ながらその予想は外れていた。

 死亡した理由は書かれていないが、彼の息子はまだ小さいうちに死んでいるようだ。となると、その子孫という可能性は低い。


「子孫という可能性も低いみたいだな……となると、やっぱり本人なのか?」

「で、でも、ずっと昔の人のはずだよ! もしかしたらただのそっくりさんかもしれないよ!」

「その可能性も無くはないだろうが――」


 そう、ガーランドは400年以上前の英雄なのだ。

 英雄になればその寿命は倍ほどにも延び、老化もある程度抑えられるらしい。だが、それでも普通の人間が400年以上生きるということは無い。エルフなどの長命な種族なら可能だが、ガーランドは人族だ。

 それに、ガーランドは処刑され、その遺体を埋葬した墓もあるらしい。つまり、今の時代まで彼が生きているはずがないのだ。鑑定が効かないとなれば、アンデッドになっているという可能性も低いはずだ。


 フィーネの言う通り、ただ同じ紋章を付けていただけという可能性もあり得ない話ではない。

 罪人として処刑されたとはいえ、その武勇と名声は凄まじいものであったとされている。ならば、それにあやかろうという者や、子孫であると主張する者もいるかもしれない。

 それらの可能性も捨てきれないが、やはりガーランド本人だと考えた方がいいだろう。


 何せ、先ほどのアントレディア8体をいとも簡単に退けるほどの強さを持ち、生物が触れればたちどころに死に至るほどの呪いに全身を包まれながらも死なないのだ。

 アントレディアの攻撃が効かなかったのも、呪いに耐えることができているのも、不死身とまで言われた英雄であるならば、不可能ではないだろう。

 例え死亡しているはずの人間だったとしても、何らかの魔法などで蘇ったという可能性だってあるのだ。ならば、あの騎士の正体が、英雄ガーランドであるという前提で動くべきだ。


 そうと決まれば、すぐに行動に移るとしよう。まずは、シュバルツと相談だな。


「シュバルツ、あの騎士の正体についておおよそだが検討が付いた。おそらくだが、あの騎士は不死身の英雄と呼ばれていた人間だな」

『……英雄、ですか。それならばあの強さにも頷けますね』

「あの呪い、解かなかった方が良かったのかな……」


 そんな言葉を、フィーネがぽつりとつぶやく。

 確かに、黒い泥に包まれていたときに比べれば、その強さは格段に向上している。以前の方がその強さだけを考えれば弱かったと言える。


 しかし――


『いえ、あの状況では呪いを解かないという選択肢は無かったでしょう。どのような手段で対処しようにも、呪いの影響を弱める必要がありました』

「そうだな。単純な強さでは今の方が上だろうが、黒い泥に覆われていた以前の方がずっと戦いにくかった。それに、敵の情報も増えたからな。状況は必ずしも悪くなったわけじゃないだろうな」

「そっか……うん! そうだよね!」


 あの黒い泥が消えたためなのか、相手の纏う嫌な気配はずっと弱いものになっている。

 鎧の色が未だに浅黒い灰色になっていることから、完全に消えたわけではないのだろうが、それでも以前よりはずっとましだ。

 呪いが残っている以上、直接触れてしまえば危険なのは変わらないが、それでも即死するような事態は免れることができる。治療手段も樹液を使えばおそらくは何とかなるだろう。


 なによりも、正体も能力も謎に包まれていたなんとも不気味な敵が、今では不死身の英雄である可能性が高いというところまで特定できたのだ。

 さらに、ガーランドに関する資料は名の知れた存在であるだけあって、いくつもの資料が存在している。相手に関する情報量は圧倒的に多くなったと言ってもいい。


「さてシュバルツ、もしもあの騎士と戦うとして、どうなると予想している?」

『先ほどの戦いでは、アントレディア8体で何とか戦えるといった様子でした。さらに数を揃えれば、打ち合う程度のことは十分に可能だと思われます。英雄と言えど、どうにもならない相手であるというわけではないでしょう』

「ふむ、そうなると問題は……どうやってあれを倒すか、だな」

『そうですね。倒す手段が無ければ、徐々にこちらの戦力を削られていつかは押し切られてしまうかもしれません。それに、いつまでも他の侵入者を押さえることも難しいかと』


 先ほどの戦いを見る限り、もう少しアントレディアの数を増やして当たれば互角に戦うことはできる。

 伝え聞く話よりは弱いように感じるのだが、ガーランドは400年前の英雄だ。彼が活躍していた当時よりはその知名度は低くなっているはずだ。

 今もなおその名が残っていたとしても、その全盛期よりはずっと弱体化しているのだと予想できる。僅かに残る呪いの影響という可能性もある。

 それでもなお、アントレディア単体と比べればずっと高い実力を持っているのだが――相手が圧倒的な個の力を持つのならば、こちらはそれを上回るだけの数を揃えればいい。

 相手が不死身の英雄であろうと、強力なモンスターだろうと、それは普段の戦いと何ら変わりはない。

 こちらの戦い方は単体の力ではなく、その数による蹂躙なのだ。普通のアントたちよりも高い能力を誇るアントレディアでも、それは変わらない。


 問題は、どうやって相手を倒すかに尽きる。

 何せ、アントレディアが使える最大火力の攻撃である火球も岩の砲弾も効力を発揮しないのだ。

 呪いの力かと思っていたが、泥が剥がれた後もそれは変わらなかった。つまり、あの圧倒的な耐久力は、英雄になって得た不死身の神性によるものだろう。

 仮にアントレディアたちがあの騎士と打ち合うことができたとしても、最終的に倒すことができなければ意味はない。

 ガーランドだけに戦力を裂きすぎてしまえば、抑えきれなくなった冒険者たちによって一網打尽にされてしまう可能性もゼロではなさそうだ。


「そうだ! 倒せないならどこかに埋めちゃえばいいんだよ!」

『そうですね。手段はともかく、どこかに封印してしまうというのもいいかもしれませんね』

「封印か……それもありだな」


 フィーネの案もいいだろう。

 例え、何をしても死なない相手であったとしても、動けなくなれば脅威ではない。

 封印したとしても、何かの拍子で出てきてしまう可能性もある。その警戒のために、ある程度の戦力は割かれるだろうが、敵を無力化する手段としては悪くない。


『それでは主様、いかがなさるおつもりでしょうか?』

「そうだな……呪いが弱くなったことを考えると、このまま放置してもダンジョンの奥に来ないなら問題ない。だが、俺はもう一度戦ってみたいと考えている」

『その理由は何でしょうか? 先ほどの戦いで犠牲は出ませんでしたが、ただ運が良かっただけです。本気で戦うとなれば、確実に犠牲は出るでしょう。それでもなお、戦いを挑むのですか?』


 いつもはあまり否定的な意見も言わず、こちらの指示に従うシュバルツだが、珍しく戦う理由を問いかけてきた。

 種族としての本能によりただ上位の者の命令に従うのではなく、知性を向上させ、様々な価値観に触れたからこその問い。シュバルツは、仲間を犠牲にしてまで、何をしたいのかを聞きたいのだろう。


「……相手は、曲がりなりにも英雄だ。戦いになれば、犠牲は出るかもしれない。だが、その戦いで得た物は必ず役に立つはずだ」

『つまり、戦いから得る経験を優先するということでしょうか?』

「そうだな。その経験が、将来的により多くの成果に繋がると信じているからな」


 その名声が薄れ、相棒であった竜もいない。今も呪いに蝕まれて大きく弱体化しているだろうガーランドだが、それでもなお高い実力を持っている。

 戦えば犠牲は出るだろう。しかし、特異な力を持ち、高い実力を持った格上との戦いから得るものは多い。その戦いで得た経験は、将来的にきっと役に立つ。

 加えて、以前手に入れた勇者の情報も気になるところだ。勇者ほどではないだろうが、それに近い存在である英雄との戦いを経験させておきたいというのもある。


 将来の十のために、今の一を切り捨てる。これはそういう判断だ。その内容は、ジャイアントアントの価値観にも通じるものがある。

 より多くの成果のために――それは聞こえはいいが、その影にはいくつもの犠牲が積み重なることになる。たとえそれが正論であったとしても、そう簡単に受け入れられるようなものではない。

 現に、俺自身も完全に納得しているわけではない。しかし、ダンジョンマスターは万能の存在ではない。

 戦う力が無い俺にできることは、より良い未来を探して手さぐりで進むことだけだ。


 しばらくの間、誰も言葉を発することは無かった。シュバルツが何を考えているのかは分からない。

 結局、この意見は俺の価値観に基づいたものでしかない。それをシュバルツや他のアントが完全に納得するということは無いのかもしれない。


 だが――


『――かしこまりました。それでは、作戦を考えましょう』


 完全に納得しているわけではないのだろう。それでも、シュバルツは戦うことを選んだようだ。


「そうだな。それじゃあまずは――」


 シュバルツと共に、ガーランドとの戦いに向けた作戦を練っていく。


 いつの日か、シュバルツは彼女なりの答えを見つけるのだろう。自分の種族の価値観に僅かな疑問を覚え始めた彼女は、一体どういう答えを出すのだろうか?

 それがどういうものになるのかはまだ分からない。だが、それは間違いなく彼女が成長するきっかけとなってくれるはずだ。今は彼女の主として、それを見守るとしよう。

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