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#84 黒騎士の正体

 さっそくアントたちに指示を出していく。騎士の放つ雰囲気に耐えられない通常のアントたちは、今回はダンジョン内の冒険者たちの足止めと誘導がメインだ。

 どうやらダンジョンから逃げ帰った冒険者たちが何かしらの報告をしたのか、アントフライが監視を続けている町の方が騒がしくなりつつある。そのうち、調査のための人員が派遣されてくるかもしれない。

 戦闘中に横槍を入れられるのはできれば避けたいところだ。騎士と戦いながら冒険者にまで注意を払う余裕はない。


「シュバルツ、冒険者たちの誘導を頼めるか? それと、できれば例の騎士をダンジョンの奥まで誘導してくれ」

『かしこまりました。それでは、後退させている配下たちを一度前線へと戻しましょう』

「ああ、今回は戦力の出し惜しみはしなくていい。邪魔者を追い払うことが優先だ」


 おそらくだが、例の騎士の誘導は時間がかかるだろうと思われる。以前の戦いを見る限りだと、どうにも逃げる相手にはそこまで執着していないように見えた。

 冒険者に襲い掛かった時のようなあの状態ならば、逃げるアントたちを追いかけてくる可能性もあるが、騎士がいつ変化するかも分からないうえに、その状態ではアントレディアでさえも満足に戦うことができない。

 ならば普段以上の戦力を送ってでも、冒険者たちをできるだけ速やかに移動させる必要がある。


 冒険者たちも命を捨ててまでモンスターと戦おうとする訳ではない。勝てない相手と見ればすぐに撤退する者の方が多い。ある程度大規模なアントの集団で追い込めば、誘導は可能だろう。

 過剰な戦力で彼らを刺激しすぎた場合は、外部から何かしらのアクションがある可能性もあるが――そうも言ってられないだろう。


「ダン! こっちはもう少し時間がかかるみたい」

「シュバルツに頼んだ誘導もまだ時間がかかるな。騎士の誘導に手間取りそうだ。慌てずに用意して欲しいと伝えてくれ」

「わかった!」


 フィーネはこちらに背を向け、工房の奥へと去っていく。


 工房内ではアントレディアたちが忙しなく行き交っている。敵の正確な能力が分かっていない現状では、道具類はどれだけあっても十分とは言えない。

 工房の各地で作られ、こちらへ運ばれてくる道具類を片っ端から倉庫内へと突っ込んでいく。あとはこれらの物品を、騎士と戦う準備を進めているアントレディアたちの元へと送ればこちらの準備は完了だ。


 モニターの向こうでは、シュバルツに指示を受けたアントたちがダンジョン内にいる冒険者の誘導を開始している。逃げ道を用意しながらも大群をチラつかせ、入り口の方へと冒険者たちを追いやっているようだ。

 向かってくるアントたちに応戦しようとする冒険者も何人かいるが、何度か威嚇のための攻撃を受けると、分が悪いと判断したのかすぐに撤退している。

 アントたちから逃げ、入り口近くに集まっている冒険者たちはハチの巣を突いたかのような騒ぎになっているのだが、仕方あるまい。こちらの方は何も起こらなければじきに誘導が完了するだろう。


 そして本命の騎士の方だが、やはりこちらの誘導は難航しているように見える。

 騎士を引き付けようと、アントレディアが何度も攻撃と後退を繰り返しているのだが、どうにも相手の反応が鈍い。

 攻撃を受ければ防御しようとするそぶりは見せる。近距離から攻撃を加えたアントレディアにも反撃はしている。しかし、退却の際に騎士との距離が開いたり、攻撃が止まってしまった場合は、途端に興味を失ったかのように騎士の歩みが止まってしまう。

 そのうえ、長い間騎士との戦闘を続ければアントレディアたちの精神が消耗してしまうため、定期的に戦うグループを交代させる必要がある。

 こちらを脅威だと認識していないのか、それとも別の要因があるのかは分からないが、ダンジョンの奥に誘導するには時間ががかるのは間違いない。


「ダン! こっちは終わったみたいだよ!」

『主様、こちらも冒険者の誘導はほぼ完了しました。例の騎士も、ここまで誘導すればすぐに横槍が入ることは無いでしょう』


 工房側の準備が終わり、冒険者の誘導もほぼ完了した。少しずつダンジョンの奥へと誘導されている騎士も牛歩のような歩みだが、それでも入り口に集まっている冒険者との距離はある程度稼ぐことはできた。

 誘導されている騎士は、やや大きめの部屋の中へと入ったところである。あそこならば戦いに必要なスペースは十分だ。

 できればもう少し奥へ誘い込みたかったのだが、そろそろ一度仕掛けてみるとしよう。


「――よし、そろそろいいだろう。シュバルツ、作戦を開始してくれ」

「いけー! やっちゃえー!」

『かしこまりました。これより作戦を開始します』


 合図とともに、騎士の注意を引いていたアントレディアのグループと入れ替わったのは、各グループでリーダー役を務めていた名前持ちのアントレディアたち合計8体だ。ネームドモンスターと化しているだけあって、その能力は他のアントレディアたちよりも高い。

 相手の能力がほとんど分からないため、不確定要素が非常に多いが、彼女たちならば、不測の事態が発生してもある程度は対応できるはずだ。


 騎士と対峙したアントレディアたち。まずは挨拶代わりに、いくつもの火球が騎士へと放たれる。

 通常のアントレディアの放つものよりもやや大きな火球が着弾し、燃え盛る炎に包まれた騎士だが、やはり効果はあまり出ていないようだ。炎の中で動く黒い影に向けて追撃としていくつもの岩の砲弾が飛来したが、こちらも盾で受け止めた騎士をほんの少し押し戻しただけである。

 人の頭よりも一回りほど大きな岩が高速でぶつかれば、その衝撃だけでも結構な威力があると思うのだが、やはりその動きにダメージを受けた様子は見られない。


「やっぱり、普通の攻撃じゃ効果がないみたいだな。威力が足りないのか、それとも何か別の理由があるのか――」

『ここまでは予想通りですね。次の行動に移ります』


 アントレディアの魔法を耐えた騎士だが、動きが止まっていた隙に散開していたアントレディアたちがその周囲を囲んでいる。

 四方を囲むアントレディアたちが取りだしたのは、アントスパイダーの糸をより合わせたロープで作られた網だ。炎に弱いという弱点があるものの、非常に高い強度を持っている。

 投擲された網が騎士の体に絡まるのだが、騎士が力を籠めると簡単に千切れ飛んでしまった。


「ああっ! 千切れちゃったよ!」

「ふむ、これが成功すればかなり楽だったんだが……このまま拘束するのは少し難しそうだな……」


 それだけ騎士の力が強いのか、それとも生物由来の繊維であるために呪いに弱かったのか、なんにせよこの手の手段で拘束することは難しいようだ。


 続いて、フェアリーマッシュの胞子やニードルアントや植物から取り出した毒液を詰め込んだカプセル状の種が騎士に向かって投擲される。

 騎士にぶつかると同時に中身がぶちまけられるのだが、残念ながら効果はないようだ。もっとも、全身を泥のようなもので覆われているために、内部まで届かないのではないかとは予想していた。

 とりあえずやっていない手段を試してみようというだけだったので、そこまで大きな落胆は無い。


「予想はしていたが、胞子も毒も泥の上からじゃ効果がないようだな。泥が無くても聞いたかどうかまでは分からないが……」

「まだだよ! 次が本番だよ!」

「そうだな。あの騎士にも効果があればいいんだが――」

『それでは、次は樹液の投擲に切り替えましょう』


 ここまではただの確認――この次が本命だ。


 内部に樹液が詰め込まれたカプセル状の種。騎士へと投擲されたそれは、着弾すると同時に二つに割れ、その中身をまき散らす。その内部に詰められていた樹液は、回復力を高めようとした際に濃縮したものだ。

 飛び散った樹液がかかった部分から、黒い煙のようなものが噴き出し、騎士の体を覆う黒い泥が一部剥がれた。黒い泥が泡立ち、ついには形を維持できなくなったのかどろりと溶け出し、騎士の足元を黒く染めていく。

 呪いが凝り固まった泥は、騎士の足元でのたうち回るように蠢く。もしもその範囲にアントレディアたちがいたならば、きっとあの泥に纏わりつかれていただろう。


 今まで何をしてもほとんど効果が見られなかった騎士だが、ようやくそれらしいダメージが通った。

 棒立ちになった騎士に向けて追撃が加えられていくにつれて、その体を覆う泥が霧散し泥の下から騎士の装備している鎧が現れる。

 泥が剥がれ落ちたあとに残された灰色の鎧。呪いの影響が残っているのか、暗めの色調になっているためによく見えにくいのだが――その胸元と盾には、どこかで見た覚えのある紋章が彫り込まれていた。


「あの紋章、確かどこかで……」

「ふえ? ダン、どうかしたの?」

「あの騎士が付けている紋章、最近見た気がするんだが――」


 ぽつりとこぼしたその言葉に、フィーネが首をかしげる。当然だ、外部との関わりがほとんど無いこのダンジョンで、騎士の付けている紋章を知る機会などそうあるはずもない。

 じっと目を凝らしてようやく判別できたそれは、眠る竜とその手前で交差する剣が描かれた紋章だ。

 それをどこで見たのか、ここ最近の記憶をたどろうとした時――


 今までその場に立ち尽くしていたはずの騎士が動いた。


 体を屈め、目の前に迫っていた種を躱すと同時に、大地を蹴り加速する騎士。鎧の重さを感じさせないような、目にもとまらぬ速度で一体のアントレディアへと肉薄する。

 迎撃しようと振るわれたアントレディアの剣を、騎士はかすめるような最小限の動きで回避する。

 それだけではない、急に動きの変わった騎士への驚きと攻撃を回避されたことによってできた、わずかな隙を見逃さずに、騎士はその手に握った剣を振るう。

 騎士の攻撃を盾で受け止めるアントレディア。盾で止められ、拮抗するかのように見えた次の瞬間――騎士の振るった刃によってアントレディアが弾き飛ばされた。


 味方が弾き飛ばされるのを見ると同時に、我に返った他のアントレディアたちが、騎士へと立ち向かう。

 突き出される槍を、振るわれる剣を、飛び交う魔法を躱し、防ぎ、弾き落とす。その動きは、先ほどのようなどこかぎこちないものでも、豹変した際の獣じみた不気味なものでもない。

 流れるように、そして力強く振られるその刃は、まさしく剣技と呼ぶにふさわしいものであった。


 たった一人の騎士に対して、それを囲むアントレディアは8体。だが、それでもどう見ても騎士の方が優勢だ。

 高ランクの冒険者が相手であっても一対一ならば、互角以上に打ち合うことができるはずの彼女たちだが、なんとか騎士の動きに喰らい付いているといった様子にしか見えない。


「ま、まずいよ! 八対一なのに押されちゃってるよ!」

『主様、さすがに分が悪すぎます。一度撤退させましょう』

「……そうだな。このままだと間違いなく全滅しそうだ」


 シュバルツの指示を受けたアントレディアたちがすぐに撤退を選択する。火球と土の壁を目くらましと足止めに使い、全力でその場を離脱していく。

 騎士は逃げるアントレディアを追いかけようとするそぶりを見せたが、しばらく進んだところでその足を止めた。その場に立ち止まり、あたりを見回す騎士。それはまるで、自分がどこにいるのかを確認しているような――そんな様子に見える。


 その姿を見ると同時に、騎士の付けていた紋章をどこで見たのかを思い出した。あれはそう、最近読み漁っていた書籍の中だったはずだ。

 眠る竜と交差した剣。すでに生きているはずがない、数百年前の人間。『不死身』とまで呼ばれたその騎士の名前はガーランド。

 かつて王国でその名を馳せ、復讐によってその身を滅ぼしたと伝えられている――今もなお歴史にその名を残す正真正銘の英雄だ。


 黒い騎士の纏う、厄介な呪いを解くつもりが、もしかしたら、眠れる竜を起こしてしまったのかもしれない。そんな考えが、脳裏をよぎった。

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