#8 はじめての遭遇
本日4話目です
まだの方は、前の話を読んでからお読みください。
途中別のキャラクターの視点を挟んでいます。
《ダンジョンが解放されました》
ダンジョンの解放を告げるアナウンスに続けて、もう1つアナウンスが響く。
《地上階層が解放されました》
ダンジョンの入り口が開かれたことにより、地上にも領域を広げることができるようになったようだ。
900DPを使い、ダンジョンの入り口を中心に3×3マスになるようにキューブを設置しておく。
上空は――うちのダンジョンにそこまで高く飛べるモンスターはいないから必要ないだろう。
ソルジャーアントと、アントフライを偵察役として、ダンジョンの外に放つ。
ダンジョンの周囲は見晴らしの良い草原だ。少し離れたところに森と山が見えている。
領域内には、角の生えたウサギのようなモンスターが数匹いた程度で、他には何もいないようだ。さすがにすぐに侵入者が現れるということもない。
ソルジャーアントたちにダンジョンの領域外も偵察してみるように命令する。しばらくすると、ソルジャーアントが何かを見つけたようだ。
◆
ダンジョンから南におよそ20数km。
そこには、住民およそ50人前後の、小さな村があった。その名前はソナナ村。
のどかな村には笑顔があふれ、日々の暮らしに苦労はあれど、誰もが幸せに過ごしていることが見て取れる。
そして……そこに住む者たちは、恐ろしいダンジョンが口を開けたことを知らない――
◆
私の名前はミーナ、ソナナの村に住んでいます。
おっちょこちょいな弟の怪我の手当てをして、薬草が切れてしまったので、近所のソニアちゃんを連れて薬草摘みに行くことにしました。
「ソニア、ミーナちゃんに迷惑かけるんじゃないよ!」
「もう、それ何度も聞いたよ! 大丈夫だって!」
ソニアちゃんがアマンダおばさんに連れられてやってきました。
「あんたは落ち着きがないからねぇ……ミーナちゃん、ソニアをよろしく頼むよ」
「はい! 任せてください」
「だから大丈夫だって! お姉ちゃんはやくいこっ!」
ソニアちゃんがぐいぐいと手を引っ張って、早く行こうと促しています。
「気を付けて行ってくるんだよ、危ないから村からは離れすぎないようにね」
「「はーい」」
アマンダおばさんに見送られ、私とソニアちゃんは北の草原へと、薬草摘みに出発しました。
「それでねー、カインったらひどいんだよ!」
「へぇ、そうなんだ」
最近あった出来事を教えてくれるソニアちゃんと、楽しくおしゃべりしながら進むと、いつも薬草を摘んでいる草原につきました。
この草原は、村の人たちが薬草集めなどによく来る場所で、この周囲には危険なモンスターなどもいません。
二人で手分けして草をかき分け、薬草を集め始めますが、いつもより薬草が少なくあまり集まりませんでした。
「お姉ちゃん、もっと奥の方に行こうよ!」
確かに、このあたりではもう薬草は集まらないでしょう。しかし、村から離れすぎてはいけないとアマンダおばさんからも注意されています。
それに、このあたりにはそう出てきませんが、森からモンスターが出てくることだってあるのです。
「でも、村から離れすぎたら危ないし、それにアマンダおばさんに叱られちゃうよ」
そう言ってソニアちゃんを窘めますが、納得してくれないソニアちゃんは続けて言います。
「内緒にしておけば大丈夫よ! それに危ないって言ってもこのあたりには危ないモンスターなんていないじゃない!」
ソニアちゃんの言葉に、私は少し考えます……たしかに、このあたりに生息するモンスターはホーンラビットくらいです。数年に一度ゴブリンが見つかることもありますが、ゴブリン程度のモンスターなら逃げるのも簡単でしょう。
それに、このままでは薬草が集まらないのも事実なのです。少しくらいなら大丈夫と考えて、私はソニアちゃんの提案に賛成することにしました。
「じゃあちょっとだけ奥に行こうか」
「決まりね! 早くいきましょう!」
集めた薬草を入れたかごを持ち、ソニアちゃんと一緒に草原の奥へと向かいます。
今思えば、この時ソニアちゃんを無理にでも止めておくべきでした。その時の私たちは、あんな恐ろしい目にあうなんて思いもしなかったのです。
「見て見てお姉ちゃん! 薬草がいっぱい生えてるわ!」
「本当ね、これならすぐ集まりそうね」
草原の奥には、さっきとは比べ物にならないほど、薬草がたくさん生えていました。私とソニアちゃんは夢中になって薬草を摘んでいきます。
しばらく薬草を集め続け、かごいっぱいに集まりかけたころでした。
『ガサリ』という音が聞こえた気がして、あたりを見回すと近くに大きなアリのようなモンスターがいるではありませんか。そのモンスターのギラリと光る恐ろしい大顎を見て私は震える声でソニアちゃんに伝えます。
「ソ、ソニアちゃん、あ、あれ……」
「なに? お姉ちゃん……ひぃ!?」
ソニアちゃんも近くにいたモンスターに気が付いたようです。悲鳴を上げるとその場にへなへなとへたり込んでしまいました。
なんとかソニアちゃんを連れて逃げなければいけない、とは思うのですが、私も腰が抜けて立つことすらできません。
そして、アリのモンスターはだんだんこちらへと向かってきます。
大きな顎に真っ黒な甲殻、そして無機質な表情……何と恐ろしいのでしょう!
「お、お姉ちゃん……」
「ソニアちゃん!」
私は地面を這いずり、何とかソニアちゃんのもとへとたどり着くと、ソニアちゃんを腕の中に抱き締め、ギュッと固く目をつぶり神様に祈ります。
(神様お願いします、どうか私たちを助けてください……)
どれくらいそうしていたでしょうか。どれだけ経ってもあの恐ろしいモンスターが襲ってきません。不思議に思い、そっと目を開きあたりを見回しましたが、あたりには何もいませんでした。
「もう大丈夫みたい」
「助かったの?」
そうソニアちゃんに伝えると、ソニアちゃんもあたりをきょろきょろと見回します。近くにあのモンスターがいないのを確認して、ようやく安心したようです。
私たちは何とかふらふらと立ち上がると、急いで村へと戻りました。やっとのことで村へたどり着くと、アマンダおばさんが私たちの様子がおかしいのに気が付きました。
「あんたたちどうしたんだい! なにかあったのかい!」
「草原の奥に、も、モンスターが……」
草原の奥に見たこともない恐ろしいモンスターがいたことを伝えます。すると、そのまま村長さんの家に連れていかれました。
村長さんの家で、薬草を積みに二人で出かけたこと、薬草がなかったので草原の奥に行ってしまったこと、そこに見たこともない大きなアリのようなモンスターがいたことを伝えます。すると村長さんの顔がみるみる険しくなっていきます。
「アマンダさん、村の皆を集めてくれ」
村長さんがそう言うと、頷いたアマンダおばさんが村長さんの家から飛び出していきます。
「なんにせよ無事で良かった。君たちはもう家に帰りなさい」
私たちは、村長さんに挨拶をして、家へと戻りました。
家に戻るとカンカンに怒ったお母さんが待っていて、叱られてしまいました。ソニアちゃんもアマンダおばさんにこってりと絞られてしまったようです。
その日はどうしても目をつぶった時に、あの恐ろしいモンスターの姿が思い浮かんでしまい。あまり眠ることができませんでした。
神様、どうかあの恐ろしいモンスターが村に来ませんように……
◆
ウィンドウを通じてソルジャーアントの視界を共有すると、そこにいたのは二人の少女だった。
ソルジャーアントを見て腰を抜かしたようでへたり込んで震えていたのだ。無抵抗で震える少女たちを襲うのはさすがに気が引ける。ソルジャーアントに少女たちは襲わずに、戻ってくるように伝える。
人を殺すことに忌避感はほとんど感じない……おそらく記憶のなくなった影響だと思われる。だが、ダンジョンを攻めてきた人間ならまだしも、一般人を積極的に襲うのはどうなのだろうか。
あまり大きく暴れ過ぎれば、討伐軍あたりが出てきそうな気もするし、襲うのはダンジョンに攻めてきた人間だけでいいだろう。
それに、いくら殺すことに忌避感が無いとはいえ、敵では無いものを無意味に虐殺しようとは思えない。メリットがあるならば実行してもいいかもしれないけどな。
ソルジャーアントがいなくなったことに気が付いた少女たちが、どうやら来たほうへ戻っていくようだったので、監視にアントフライを付けて上空から見張らせる。どうやらこの近くの村の人間だったようだ。
二人からソルジャーアントのことを聞いたのか、村が慌ただしくなる。しばらくすると弓と槍で武装した男がこちらの方へと向かってきた。
ついに戦闘かと思ったが、遠くからソルジャーアントの姿を確認すると男たちは村へ戻っていった。おそらくだが、少女たちが見たものを確認しに来たのだろう。
その後、村から馬に乗った男が一人、ダンジョンとは別の方向へと向かっていった。モンスターが現れたことを、どこかに伝えに行くのだろう。
ダンジョンの存在に気が付いたのかどうかはわからないが、近いうちになんらかの動きがあるかもしれない。
ダンジョンに攻めてくるのならば、今のダンジョンの戦力を計るいい機会になりそうだ。