表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
107/126

#81 黒い泥

 黒い騎士はダンジョン内を彷徨っている。どうやら目的地があるような様子ではなく、突然来た道を引き返したり、同じ場所を何度も通ったりとその動きには一貫性は無い。

 このまま外に出てくれれば一番なのだが、そこまで楽観視はできない。何かあった時のためにも、対処法を考えておく必要がある。

 騎士の纏う雰囲気が急に変化したこと、そして最初は興味を持っていなかったはずの冒険者へと襲い掛かったことなど謎も増えたが、また別の情報も手に入った。


 あの神官が最後に放った光の魔法を、騎士は避けた。モニター越しだったのだが、どうにもあの光の魔法を嫌っていたように見えたのだ。

 今までどんな攻撃も避けるそぶりを見せることが無かった騎士が、あの攻撃だけを避けたとなると――


「弱点は光か? どれだけの効果があるのかは分からないが……」

『そうですね。あの騎士は今まで一度も攻撃を避けるそぶりは見せていなかったはずです。それを避けたということは、何かしらの効果があるのかもしれません』

「しかし光か――うちのダンジョンだと道具に頼ることになるか? 別のモンスターを呼び出すにしても、どこまでやれるか……」


 なんにせよ、貴重な情報だ。あの騎士と戦う際にはうまく活用できるかもしれない。光属性の攻撃を使えるモンスターがいなくとも、活用する方法はいくらでもある。


 それにしても、あの騎士の正体は何なのだろうか? 先ほどの様子を見るに、冒険者ではないだろう。何かを奪おうとする訳でもなく、ただ黒い泥に取り込むことが目的だったようだ。

 黒い泥や騎士の鎧から想像するのは、スライムやリビングアーマーなどのモンスターだ。モンスターならば種族や系統によってその能力にある程度の傾向があるため、こちらも対策も立てやすいのだが、残念ながら違ったようだ。

 ダンジョンの領域内に入ったモンスターならば、こちらの陣営に所属していなくてもダンジョンの機能を利用してその能力を見ることができる。しかし、モンスターでない場合は鑑定機能は通用しない。

 黒い騎士には鑑定が通用しない。となれば、モンスターではない。何かしらの妨害能力を持っている可能性もあるが、おそらくその可能性は低いだろう。


 騎士が何の目的で冒険者を襲ったのかは分からないが、襲うからには何かしらの理由があるはずだ。

 先ほどの戦いから見るに、あの黒い泥に触れれば数秒で死ぬ可能性がある。対策出来るかどうかは分からないが、まずは泥の正体を知りたいところだな。

 倉庫の内部には、あの騎士との戦いでアントレディアたちが使用していた武器が入っている。

 彼女たちが使っていた武器にもあの黒い泥が付着していたはずだ。まずはそちらから調べてみるとしよう。


「シュバルツ、俺はこれからアントレディアの使っていた武器を調べてみるよ。そっちはあの騎士の様子を監視していてくれ。無理に戦いを挑む必要は無いぞ」

『かしこまりました。武器に付着した泥からも嫌な気配がしたとのことです。直接触れなければ大丈夫だとは思いますが、念のためご注意を』

「ああ、もちろんだ。それくらい分かっているさ――」


 さて、監視をシュバルツに任せたところで、さっそく黒い泥が付着した武器を調べてみるとしよう。

 既に工房の方へと数本の武器を送っている。あちらでは鍛冶や錬金術の観点から泥の特性を調べてくれるだろう。こちらでも何か手掛かりが手に入るといいのだが。


 テーブルの上に取り出されたのは聖銀の長剣。

 本来のミスリルの青く冷たい輝きに加えて、世界樹の樹液に浸したことによる変化で透き通るような光沢と、僅かな温かみを感じる光を放つようになった青く輝く刃。だが、今はペンキで塗りつぶしたような黒がその美しさを邪魔している。

 ここが例の黒い泥が付着した部分なのだろう。泥はしばらくすると蒸発するかのように霧散してしまったらしく、今は黒い跡が残るだけだ。

 聖銀の長剣は世界樹の樹液に浸したことによって、微弱な光の属性を獲得している。もしも、通常の武器で戦っていたならば、武器を通して黒い泥がアントレディアを襲っていた可能性もあったかもしれない。


 黒く染みついたそれが視界に入ると、あのぞわぞわとした感覚が襲ってくる。

 ――なぜか、長剣の黒い染みに吸い込まれるかのように目を離すことができない。

 どこかから焦ったような声が聞こえる気がするが――今はそんなことはどうでもいい。

 背中を這い上るような感覚に押されるように長剣へと近づく。伸ばした手の指先が黒い部分へと触れそうになったところで――


「ダン! それに触っちゃダメだよ!」

「フィーネ!? いったい何を――」


 叫び声と共に小さな影が飛んでくると、剣へと伸ばした腕にしがみつく。

 その小さな影を見れば、真っ青な顔をしたフィーネだった。彼女はぶるぶると震えながらも、力の限り腕にしがみついている。

 その様子に驚くとともに、先ほどまでの自分の行動に気が付いた。ぶわりと噴き出す冷や汗を感じると共に、慌てて長剣の元から飛びのく。


 ――今、何をしようとしていた?

 先ほどの戦闘の様子を見れば、黒い泥が危険なのは一目瞭然だ。

 ついさっきも、シュバルツに注意するように言われたばかりである。それなのに、黒く染まった部分へと手を伸ばしていた。

 そもそも、危険な物を調べるのにもかかわらず、近くに誰も置かずに一人で調べようとしたのもあり得ない。そんな初歩的なミスをいまさら犯すなど、どう考えてもおかしい。

 もし、フィーネが間に合わず、あのまま長剣に触れていたらどうなっていたのだろうか? 黒く染まった屍を晒す、あの冒険者たちの姿を思い出して体が震えてしまった。


「フィーネ、助かったよ。もう少しであれに触るところだったな……」

「ま、間に合って良かったよ――」

「ああ、本当に助かった……」


 こちらの無事を確認して気が抜けたのか、へなりと力が抜けて腕から落下しそうになるフィーネを慌てて受け止める。

 未だに震えが止まらない様子のフィーネだが、そんな状態でも俺を心配して駆けつけてくれたようだ。危ないところだったが、彼女のおかげで助かった。


 とりあえず、テーブルの上の長剣は危険だ。またおかしくなる前にいったん倉庫へ戻そう。

 先ほどの様子を思い出し、極力長剣を注視しないようにしながら倉庫の中へと収納する。これで何があっても長剣に触れてしまうということは無いだろう。


「危機一発、というところでしたね。間に合ったようで何よりです」

「フロレーテか……そうだな。フィーネのおかげで助かったよ」

「先ほどから念話で呼びかけていたのですが、気が付いていましたか?」

「念話? そう言われると――何か聞こえていたような気もするな。それにしても、慌ててここまで来たということは、フロレーテはあれが何か知っているのか?」

「ええ……あれはまず間違いなく、呪いと呼ばれるものでしょう」


 フィーネに遅れてやってきたのはフロレーテだ。いつになく険しい表情を浮かべた彼女は、こちらの様子を見てほっと息をついている。

 どうやらフロレーテはあの黒い泥の正体を知っていたようだ。呪い――それがあの騎士を覆う泥の正体らしい。


「呪い、か。言葉の意味は分かるが、あの黒い泥はどういう物なんだ?」

「一言で言えば、生き物の放つ苦痛や憎悪、それと悲嘆の感情が、周囲の瘴気と結びついたものですね。普通ならばあそこまで凶悪なものにはならないはずですが――」


 呪いとは、生き物が抱いた悪感情によるものだそうだ。

 普通ならば発生した呪いは霧散し、周囲の生き物や環境の働きによって浄化される。ごく微量ならば感知することもほとんどできず、悪影響も起こらない。

 ごく稀に大量の呪いが発生したとしても、影響を受けた生き物が少し狂暴になったり、近づいた場合に体調が悪くなる程度でしかないらしい。

 泥のような形を作り、ほんの数秒で生き物を死に至らしめるほどの呪いなど、普通ならばありえないとのことだ。


「呪いはどこにでもあるものです。ちょっとしたことでも呪いは発生しますが、生き物に害を及ぼすほどの量が発生することはごく稀でしょう。ましてや、あれほどのものになると……」

「そんなにあの呪いは強いのか?」

「ええ、ほんの少し触れただけで死ぬような呪いなど想像もできません。普通の人間なら見ただけでも発狂するかもしれませんね」

「発狂か……俺の場合はそこまでひどくは無かったな」

「ダン様の場合は妖精の祝福がかかっています。ある程度の影響は防いでくれたのでしょうが、これ程の呪いであれば完全には防ぎきれなかったのでしょう」

「なるほどな。そこもフィーネに感謝だな」


 未だにぐったりと脱力したままのフィーネの頭を撫でる。頭を撫でられたフィーネは気持ちよさそうに目を細めている。いつの間にか俺もフィーネも体の震えは止まっていた。

 妖精の祝福の効果は運気を上げ、邪悪なものを追い払うというものだ。呪いによる精神への影響も防いでくれたということか。

 その効果の詳細は、対象者がほとんどいないので忘れ去られつつあるらしい。だが、きっと今までにも何度も助けられているのだろう。


「話を戻しましょう。発生した呪いが霧散しないためには依代が必要です。依代が無ければ呪いはすぐに消えてしまうでしょう」

「つまり、呪いの依代はあの騎士ということか?」

「そうでしょうね。ですが、呪いが強力になれば、依代にかかる負荷も大きくなります。あれだけの呪いとなれば、依代となる生き物は……」

「普通なら死んでいるんだろうな。だが、あの騎士はまだ動いている」


 高ランクの冒険者をほんの数秒で死に至らしめるような呪い。アントたちも本能でそれを感じていたのだろう。だからこそあの騎士に近づくことができなかった。

 俺もモニター越しに見ていただけだが、騎士の纏う呪いの影響を受けていたのかもしれない。もしくはあの異様な雰囲気に飲まれてしまっていたのか。

 そして、それだけの呪いの依代になりながらも、今もなお動き続ける騎士。

 あの鎧が特殊なもので、それを呪いが憑りつくことで動かしているのだろうか? それとも騎士の死体を動かしているのか? だが、あの騎士の変貌が引っかかる。


 ダンジョンに入った直後と、今の騎士の様子は明らかに違う。ならば、あの鎧の中には依代となった人間がいるのではないだろうか?

 呪いの影響によって、あのような状態になったと考えるならば納得がいく。しかし、それならばあの鎧の中身はまだ生きているということになる。


「あの騎士の正体が何であれ、急いで対処する必要があります。呪いは呪いを呼びます。特にダンジョンともなれば……」

「呪いを増幅するためには打って付けだろうな。痛み、苦しみ、憎悪に悲嘆。そのどれもがダンジョンならば簡単に手に入る」

「ええ、それに……ここまで強力な呪いともなれば何が起きるか分かりません」


 騎士が冒険者を襲った理由は、おそらくだが呪いを増幅させるため。そして、このダンジョンには呪いを増幅させるための糧が数多く存在する。

 呪いは知能が高く、より高い能力を持つ生き物であるほど強くなるそうだ。アントレディアや高ランクの冒険者などはかなり強力な呪いを生み出してしまうだろう。

 それに、アントたちへの影響も心配だ。今は大丈夫だとしても、長期間その影響を受けてしまえば危険だ。さらには、大量の呪いをダンジョン内にばらまかれてしまえば、その影響で何が起こるかすらも想像が付かない。

 取り返しのつかない状況になってからでは遅い。どう対処するにしても、急いでその方法を考える必要があるな。


 騎士を包む黒い泥の正体を知ることはできた。ならば、次はその特性だ。

 工房の方ではどのような結果が出ているだろうか? まだ結果は出ていないだろうが、まずはそちらを訪ねてみるとしよう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ