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#80 変貌する黒騎士

ここから主人公視点です。

 コアルームでモニターを見ていると、シュバルツからの念話が届く。


『主様、少しよろしいでしょうか?』

「……どうした? あの黒い騎士のことか?」

『……既に確認していたようですね。御覧の通りアントレディアの部隊が敵と接触、しばしの交戦の後、撤退しました』

「そうみたいだな。それにしても……何というか不気味な相手だな」

『ええ……その通りですね――』


 モニターに映っているのは、ダンジョン内をゆっくりと進む黒い騎士。

 今日は朝からフィーネたちの様子がおかしかったので、何かあるのかと警戒していたのだが、そこでやってきたのがあの黒い騎士だ。

 その見た目は光沢が全くない漆黒、例えるならば暗闇の色だ。その輪郭から鎧を着ているということは分かるのだが、あまりの黒さのせいで影のようになっており、その凹凸すら判別することはできそうにもない。


 そして何より特徴的なのは、あの黒い騎士が纏う不気味な雰囲気だ。

 こちらはモニター越しにただ見ているだけ、相手がこちらの監視に気付いている様子もない。だが、騎士の姿を見ているだけでも何かが背中を這い回るような例えようのないぞわぞわとした感覚と、じっとりとまとわりつくような悪寒を感じるのだ。


 その雰囲気のせいだろうか? いつもは勇猛果敢に敵に向かっていくアントたちも、この黒い騎士には近づきたくないようである。

 ダンジョンコアの力を使えば、ダンジョンに所属するモンスターであるアントたちの意思を無視してでも敵と戦わせることはできる。しかし、さすがにそのような真似は避けたい。

 死と隣り合わせの状況すら恐れないアントたちが、見たこともないはずのあの騎士を避けるということはそれだけの何かがあるはずだ。まずはそれを突き止める必要がある。


「シュバルツ、アントたちが戦いを避けているようだが……何が起こっているんだ?」

『……私を含む配下のアントたちですが、敵の近くにいた全員があの騎士には近づいてはいけないと感じています。何か根拠があるわけではないのですが、本能が訴えているとでも言うのでしょうか……』

「そうか、本能か……」

『特に、アントレディア以外ではそれが顕著なようですね。戦う意思はあっても、いざ騎士の方向へと向かおうとすると、どうにも足が動かないとのことです』


 確かに、モニター越しに見ているだけの俺ですらこれだけの悪寒を感じるのだ。直接相対しようものなら、まず間違いなく一歩も動けなくなってしまうだろう。

 ダンジョンの入り口にいたはずの冒険者たちも、黒い騎士がここへやって来てからはその大半がダンジョンから逃げ去っている。

 モンスターや冒険者が逃げ出してしまう中、黒い騎士に立ち向かったアントレディアたちはさすがと言えるだろう。


 ――では、あの黒い騎士の正体は何なのだろうか?


「アントたちが戦えない理由は分かった。それなら次――まずは敵の正体を探る必要がある。アントレディアたちの戦闘で何か分かったことは無いのか?」

『そうですね……まずは――』


 シュバルツから戦闘に参加したアントレディアからもたらされた情報を聴く。


 ……戦闘に参加したアントレディアが最初に感じたのは恐怖だそうだ。何とかそれを振り払って戦ったものの、常に彼女たちの本能は警鐘を鳴らし続けていた。逃げ出しそうになる体を何とか動かし、黒い騎士との戦闘を行ったとのことだ。

 結果としては相手に何かしらの痛手を与えられたような様子は無かったのだが、おかげでいくつかの情報は手に入れることができた。


 まずは一つ目。

 遠距離からの攻撃を受けた騎士だが、アントレディアの放った炎に包まれても、一瞬その動きが止まっただけだった。鎧を着ているので、矢が効かなかったのは仕方ないとも言えるのだが、たとえ鎧を着ていようが炎は防ぎきれないはずだ。

 アントレディアの放つ炎はかなりの高温だ。このダンジョンに来るような冒険者であっても、着弾すればただでは済まない。

 炎を弱めたり、無効化する何かを持っていたという可能性はある。だが、あの騎士は一瞬だが足を止めた。

 それに、効果がないのなら最初から盾で防ぐ必要もないだろう。撤退時にも足止めに効力を発揮していたことからも、何かしらの効果を与えることはできていたはずだ。

 しかし、同時に騎士は体にまとわりつく炎を払うそぶりを見せることもなかった。あの真っ黒な見た目とその動きからではダメージがあったのか、それともなかったのかすらも判別できない。

 攻撃が通用しているのならば、遠距離からの攻撃を続ければ倒せるだろう。だが、なんとなくだが――どうにもそれではだめな気がするな。


 次に二つ目。

 騎士の攻撃を防いだアントレディアは、たった一撃でその体勢を崩されることになった。

 アントレディアの身体能力は高い。その力だけで見るならば、高ランクの冒険者と同等かそれ以上だ。そんなアントレディアを剣の一振りでよろめかせるほどの重さの一撃。

 もっとも、相対したアントレディアたちは騎士の放つ重圧のせいで、その実力を完全には発揮できていなかったことも考えられる。

 騎士の纏う雰囲気からして、普通の相手ではないのは間違いない。こちらの戦力がその実力をうまく発揮できない可能性があることも考慮に入れるべきだろう。


 そして最後に3つ目。

 騎士に直接攻撃したアントレディアだが、攻撃した際の手ごたえが奇妙なものであったらしい。

 まるで粘度の高い泥が鎧の表面を覆っているような。そして――


 そこまで考えたところで、敵の様子を監視し続けていたシュバルツが何かに気が付いたようだ。


『主様、例の黒い騎士ですが、様子がおかしいですね』

「……確かに、何かに耐えているような――」


 モニターに映る黒い騎士だが、両手で頭を押さえ、何かに耐えるようなそぶりを見せている。その場にうずくまる騎士の周囲には、アントも他の冒険者もいない。いったい何が起きているのだろうか?

 やがて騎士はその場に倒れ込むと、何かを引きはがそうとしているかのように鎧を掻きむしり、地面をのたうち回る。

 アントレディアからの情報では、騎士の装備する鎧の表面は、真っ黒な泥のようなもので覆われていたとのことだ。それを引きはがそうとしているのか? ……判断するにはあまりにも情報が足りなすぎるな。


 どれだけ時間が経っただろうか。モニターの向こうの騎士が発する不気味な気配が一変した。

 今まではぞわぞわと背筋を這い回るようなものだったそれが、押しつぶすような重圧へと変化する。直接相対しているわけではないのに、体が震え汗が止まらない。


「モニター越しでもかなり……きついな。そっちはどうだ?」

『……こちらも同じですね。見るだけなら耐えられますが、これでは戦闘は難しいでしょう。残念ですが、直接相対しても満足に動けるとは思えません』

「さっきの様子といい、一体何があった?」


 一体あの騎士に何が起こったのか? 先ほどまでよりもいっそう重苦しい雰囲気へと変貌した騎士が、その体を起こす。

 ゆらりと立ち上がった騎士だが、その風貌は騎士というよりもまるで幽鬼のようだ。異変が起きる前のゆっくりと、そして力強さを感じさせるような整然とした歩みは、だらりと手を下げ、ふらりふらりとしたおぼつかないものになっている。


 こちらがその変化に驚いている間にも、騎士は通路の内部を進んでいく。そして、ダンジョン内をふらふらと進む騎士と出会ったのは、ダンジョン内で活動していた4人組の冒険者のパーティーだった。

 騎士の放つ雰囲気に飲まれてしまったのか、ぎょっとした様子で足を止める冒険者たち。彼らへと騎士がゆっくりと近づいていく。

 入り口で冒険者と出会ったときは、騎士は周囲にいる彼らなど目に入らない様子だった。だが、今冒険者に近づく騎士の視線は、足を止める冒険者のうちの一人へと注がれている。


「なっ――」

『これは、例の黒い泥でしょうか?』


 モニターの向こうの騎士が、先頭にいた冒険者へと近づくと、その頭を掴む。すると、騎士の腕を伝って黒い泥が冒険者の頭を覆い尽くしていく。

 ようやく我に返り、何とか抜け出そうともがく冒険者。だが、騎士の腕を振り払うことはできないようだ。

 時間としてはほんの数秒だろう。騎士に捕まれていた冒険者から力が抜ける。動かなくなった冒険者の全身を泥のようなものが包み、やがて騎士の体へと戻っていく。

 残されたのは、全身が黒く染まった人の形をした何か。ピクリとも動かないそれを投げ捨てた騎士は、次の獲物に狙いを定める。


 黒く染まった仲間だった物を投げ捨て、近づいてくる騎士の姿を見て、ようやく冒険者たちが動きだす。

 魔法使いと思われる男が水の柱を騎士にぶつけるが、アントレディアと戦ったときと同じで、騎士は微動だにしない。足を止めた騎士に近づき攻撃する冒険者だが、動きが鈍い。剣を握った男の腕が捕まれ、先ほどの冒険者と同じように黒い泥で覆われて動かなくなる。

 やがて魔法使いの男も同じ末路を辿り、残されたのは神官のような服を着た女のみ。逃げ出そうとしているのだろうが、腰が抜けて立てなくなってしまったようだ。


 もはや逃げ出すこともできない獲物へと、騎士がゆっくりと近づいていく。騎士が神官に向けてその腕を伸ばそうとした瞬間、神官が光の玉のような魔法を飛ばす。

 恐怖に飲み込まれそうになりながらも、何とか放った魔法だったのだろう。アントレディアの火球や、魔法使いの放った水の柱と比べれば弱々しいとも言える光の魔法。

 威力などほとんど無いだろう。死が目の前へと迫った神官の苦し紛れの一撃。だが――


「避けた、な」

『ええ、まるであの光を恐れているかのように見えました』


 騎士に迫った光の玉だが、それが騎士へぶつかることは無かった。漆黒の騎士は目の前に迫るそれを慌てたように避けると、打つ手のなくなった神官の頭を掴む。

 神官もまた仲間たちと同じように黒い泥で覆われ、仲間たちと同じ姿の黒い塊へと変貌する。

 動かなくなった冒険者たちから興味を失ったかのように、騎士はダンジョン内をまた歩き始める。騎士が立ち去った後には、真っ黒に染まった冒険者の慣れの果てが四つ転がることになった。


「……アントレディアたちは撤退して正解だったな。もしも、あの騎士に触れてしまえば、同じような末路を辿っていた可能性は高い」

『そうですね。次に戦う場合は、それも考慮する必要がありそうです』

「できれば――このままダンジョンから去ってくれれば一番助かるんだが……」


 ダンジョン内をあてもなく彷徨う黒騎士を見て思わずそんな言葉をこぼしてしまう。

 モニター越しに感じる重圧と、先ほどの異様な戦い。そして、あまりにも不気味なその影のような姿――不吉な黒い騎士をもう一度モニター越しに見つめ、ぞわりとした感覚に背中を震わせた。

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